島田正吾
5月31日、新橋演舞場で島田正吾さんのひとり芝居を見た。池波正太郎原作の「夜もすがら検校」である。
発売と同時に売り切れるという島田さんの「ひとり芝居」、この貴重な切符をくれたのはプロデユ−サ−協会以来の長いおつき合い、元フジテレビの嶋田親一君である。
嶋田といっても別に島田さんと親戚ではない。嶋田君はフジテレビに入る前に「新国劇」の演出部にいたのである。
二枚もらった貴重な入場券の一枚はNHK時代の仕事仲間、山川静夫君に行ったのだが、山川君急用のため、山川夫人、富士子さんが見えた。「前から是非拝見したかったのです。幸せな夜になりました!」富士子さんはそういってよろこんで下さった。
さてこの一人芝居、池波さんの原作を島田正吾さんが自ら手を入れてご自分の心ゆくまで直されたものだという。
島田正吾、明治38年生れ、ことし96歳である。明治38年生れの私の母も長生きだったが、85歳を過ぎてからは目に見えて弱くなり、平成6年の夏89歳でなくなった。その母の姿と比べてみると、これはもう問題外である。坐る時、立ち上る時に、さすがに、す−っとはいかない。
だがその他の動作は極めて生き生きとしていて、特にセリフの明快なこと。見事である。
むかし新国劇の全盛時代、島田は辰巳柳太郎とよく比較された。そして辰巳の陽に対して島田は陰、といわれた。万事に派手な辰巳に比べて島田はいつも地味であった。
若い私などは「もっと辰巳と真正面から取り組んだらいいのに!」などと思ったりした。
今ひとり芝居を演じている島田正吾を見ると、決して地味などではない。はっきりと「めりはり」をつけて自己主張をした見事な演技である。
この島田に対して一寸華やかに見える辰巳の演技があったからこそ、新国劇は時代にマッチして、多くのフアンを持ったのであろう。
この夜は皇后陛下が二階の正面でごらんになっていた。
芝居が終って、再び幕があがり、島田はひとり中央に立って深々と頭を下げた。
「私のひとり芝居を見て下さってありがとうございます。これからも体に気をつけて、一生懸命。舞台をごらんいただこうと思います。どうぞよろしくおねがいします。」
短いが力のこもったいい挨拶だった。
2階の皇后陛下も手をふられ、拍手をつづけておられた。
私は本来芝居とは色んな役者の入り交った演技の交錯にその醍醐味がある、と思っている。だから本質的には「ひとり芝居」は余り好きではない。
だがこの島田さんのようにご高齢でもあり、沢山の俳優さんを相手に立ち廻りしたりして演ずるのがむつかしい場合は、最もふさわしい形だと思う。久しぶりに心に残る芝居だった。
その翌日山川夫人からハガキがきた。「昨夜は楽しいお芝居にお招き頂きましてお礼申し上げます。
良いお席で96歳におなりの島田正吾さんのしっかりした舞台を拝見しまして教えられることばかりでした。、、、、」
島田さんは「何とか99歳まではひとり芝居をつつ゛けられたら、と思っています」といわれた。
「是非、又見せて下さい!そして出きるだけ永く!」と私も思っている。