本物にも優るとも劣らぬ贋物

ある時坪内逍遥のところに、色紙を持ってこれが本物であるか贋物であるか鑑定して欲しいと、面識のない人間が訪れた。

居留守をつけない逍遥は五分ならと言って、その色紙を眺めた。だが逍遥は「ウ−ン」と唸ったきり、声を発しなかった。直筆でないことが分かったが、それにつけても、見事な出来栄えに当の逍遥自身は「これはなかなか見事な出来栄えだ。いや、よくもまあ、似せて書いたものだね。」と感嘆することしきり。

色紙持参の人物は、この色紙の真贋が決められなくて、夜も寝られなくなって逍遥自身に判定して貰えば、たとえ偽物であっても満足だと思ったと言う。

ところが、逍遥は自ら筆を取って、「この色紙は贋作であるが、大変よくできている。」という意味の鑑定書をつけた。この人は「これは思いもよらぬ家宝を手にいれました。」と言って喜んで帰って行った。