「友情」の舞台=鎌倉の海岸

 彼は夕食後一人でそっと浜に出た。やはり杉子のことを考えていた。彼はもう杉子を憎んではいなかった。杉子に疑われているとも思っていなかった。かえって杉子は、無邪気なのを、自分の方で早合点して淋しがったり、腹を立てたりしたのだと思った。

 彼は浜の石をひろって、海へそれを投げた。そして、それが三つ以上、波の上を切ってとんだら杉子が自分としまいに結婚するのだとやって見た。しかし石は波の上を切って、一つ大きくとんだだけで沈んでしまった。

「こんなことはあてになるものか」

しかしいい気はしなかった。今夜は偶数の数だったら一緒になれないのだ。奇数だったら一緒になるのだ。一つきりとばなかったのは二人が一人になる意味かも知れなかった。今度は沢山とびすぎて、数え切れなかった。

 三度こそ本当だ。

 彼は波のくずれようとする頭を目がけてなげた。その日は殊に波のおだやかな日であった。

 石は水をかすめて立派に三つとんで沈んだ。

「運がいいぞ」

 彼は気持よく思った。だが信用する気にもなれなかった。彼は又波のやって来るか来ないかと言う処に小さく杉子という字をかいた。そして波が十度くる迄にそれが消されなければ杉子は自分のものだと思った。彼は彼を睨んでよせつけまいと言う顔をして立って居た。一つ、彼は来たが,三間程前で、ひき上げた。

「それ見ろ」

 彼は又来た。それは一間程近く来て、彼を心配させ、そのかわり、彼にねめつけられて帰った。

 三度目、四度目、五度目、彼は根気よく来たり帰ったりしたが、杉子と言う字は消されなかった。

「あと五度、くるな、くるな、来てくれるな」

しかしかれは字を消したがるようにこりずに来た。六度目には可なりひどかった。あと一尺。七度目は三尺前でとまたが、八度目は悠々と来て杉子の字を消し、しかも一間程、あたりをなめて帰って行った。

 彼はがっかりした。

 彼は「友情」の主人公の野島であり、友人の大宮の別荘がある鎌倉に来て、一緒に生活をしている。

 杉子は、友人の仲田の妹であり、一二三の頃の写真を見せられてからというもの、そのずば抜けて美しいばかりでなく清潔な感じに、魂を奪われてしまった。その杉子と実際に初めて対面したのは、仲田の友人である村岡の芝居が行われる帝劇のロビ−であった。

 野島は仲田に「君の妹さんはおいくつだ」と尋ねると「十六だ。まだ本当の子供だ。背ばかり大きいが」と言う返事が返って来た。「そうか、僕はもう十七八位かと思った」と言って、それなら七つ違いだから自分が世に知られるようになる頃には十九か二十になっていると思って安堵する。

 この日を境に野島は杉子のことが念頭から片時も忘れられない。仲田の家を訪問しても、杉子の動静が気になり、仲田との会話も上の空である。

 杉子と会って昂揚した気持ちを最も伝えるに相応し友人は大宮である。野島が作品を発表した時、批判の矢面に立って弁護して励ましてくれたのも大宮であった。だが野島は自己の心中を率直に告白する勇気が熟していなかった。

 大宮を訪れた帰りに野島は大宮に杉子に恋をしていることを打ち明ける。大宮は仲田とは知らなかったが、従妹が杉子と同級生であることから、杉子の風説は耳にしていた。大宮の説によると、杉子は器量は十人並より美しい方だと言い、無邪気な性格、快活で一緒にいる人を愉快にさせる。身体の随分いい女性だという人物批評が返って来た。

 野島は仲田の家で、杉子とピンポンをする機会が巡って来た。野島は地上でこんな嬉しさを味わえるものとは思えなかった。幸福で幸福で誰かに感謝しなければならなかったと有頂天になった。

 仲田の口から、大宮はもう一流の作家で、妹も大宮の作品を愛読しているということを初めて耳にする。実際日本で一番有望な小説家は大宮だろう。今にきっと世界的な仕事をして、日本のために気焔をあげてくれるだろうと言ってみたものの内心は別であった。

 まもなく仲田は鎌倉に行くことになった。大宮の別荘も鎌倉にあり、大宮にすすめられて野島も鎌倉で一緒に生活をする。大宮の従妹の武子も鎌倉に来て、杉子らと皆で遊ぶ機会が増えた。それまで大宮は杉子を特に意識していなかったが、或る時こんなことを言う。

「杉子と言う人は指の奇麗な人だね。僕はまだあんな奇麗な爪をしている人を見たことはない」

 漠然と全体を見ていた野島は「そうかね」と返事をするしかなかった。

 大宮が野島の恋敵の早川や村岡をピンポン大会でこてんぱんに負かしたことは、野島にとって胸のすく思いであった。

 翌朝、野島が発熱して臥せっていた。その時大宮は野島の枕元にあった泰西美術史を見ながら、「西洋に行きたくなった」という。

 野島の恋敵達はみな杉子の尊敬を失ったが、大宮には杉子があまり感心して欲しくなかった。大宮が外国に行けば、本物の絵画や音楽を見聞して、多くの収穫を得て来るのは間違いない。自分の本音と友情の二律背反に悩む。

 その外遊の話を聞いたら、武子は「杉子さん、、、、随分、、、」と言いかけてあわててどもった。だが野島には相当な打撃だった。

 その翌日、野島は杉子の姿を見たさに海岸に行く。杉子は野島を認めると傍に寄って来て、野島の病状をきいたり、大宮が外遊することを述べ、大宮の先生筋にあたるから、いなくなったら、いろいろ教えて貰いたいと言われる。野島はそれまでの考から一転して、心の中で大宮達に謝罪する気になった。

 大宮の外遊を聞いた野島は鎌倉を引上げ、東京に帰ることになった。大宮、仲田、武子、杉子、野島らが東京に向かう車中は楽しい雰囲気に包まれていた。

 大宮が横浜から旅立つ当日、多くの見送り人の中にいる杉子は誰にも気がつかれない処に立って、一つのものを見つめていた。それは野島にとって忘れ難い杉子の態度と目であった。

 大宮がいなくなってからも、野島は仲田の家に遊びに行って杉子とこれまでどおりの交際をしていたが、一年後に人を立てて杉子の家に結婚を申し込んだ。だが体裁よく断られた。それでも諦らめきれずに仲田に手紙で杉子の真意を確かめたが、杉子にその意志のないことを言って来た。野島はこれで仲田の家に行くことは出来なくなった。

 野島は綿々と自分の心情を綴った最後の手紙を書いた。杉子からは簡単な意に添えないという手紙が来た。

 その後一年して既に結婚した武子が夫と西洋に行くことになり、杉子も一緒に洋行することになった。

 外遊中の大宮から、野島に杉子との関係を告白した小説を同人誌に発表したから、自分たちを裁いてくれという手紙を受け取った。

 そこまでが「友情」の前編で、後編は雑誌に掲載された大宮と杉子の往復書簡である。これを読んだ野島は目眩がした。

 手紙は杉子が武子に頼んで大宮の外国での住所を知った。そしていかに、野島より大宮を尊敬し愛しているかを書いた手紙である。

 その手紙に対して、大宮は野島の長所を見てやって欲しいと親友の立場から再考を促す。

 杉子は正直に言って、野島から愛されることが有難迷惑だという。この世で大宮に会わなかったら、早川と一緒になっていたであろうと述べ、積極的に大宮に愛の告白をする。

 大宮は外遊は宿願であったが、一つには自分がいなくなれば、野島と杉子が結ばれると思うと言う。野島は自分より優れたものを持っていて、自分を凌駕する。

 大宮が杉子を愛しているのに冷淡を装っている。野島は杉子を理想化して実際結婚したら、その落差に驚くだろう。野島は杉子が傍にいなくとも立派になっていけると言う。大宮の傍にいて大宮に立派な仕事を知てもらいたい。

 大宮からの返事が未だにない。パリに行って一目会いたい。

 返事に躊躇したのは、親友が恋している女を横取りできないからだ。野島がいなければ、野島以上に杉子に媚びたかもしれない。野島よ許せと書く。

 大宮の真意を知って杉子は天国にいるような幸福を初めて感じる。友情の義理より自然の義理を優先して欲しいと強調する。これから、二人が一緒になれたら、如何に幸福であるかと長文の手紙を書く。

 大宮の杉子への最も長い手紙。ここには大宮が友情との板挟みになり、野島のため如何に杉子を愛することが、友を売ることになるので、苦悩するさまが鏤々書かれているが、今となってはもう後戻り出来ないところに来てしまった。大宮の心の葛藤が、時を追って次第に杉子に傾斜していく変化を描いていている。

 大宮の正直な告白を聞いた杉子は親、仲田、武子に報告してパリにいる大宮のところに行く準備をする。すべてこうした幸せを神に感謝して。

 最後に大宮の野島への手紙。二人の手紙をありのままに書くことにより、今後一層奮起して偉大な人間になって欲しいと願う。大宮はすまぬ気とあるものに対する一種の恐怖を感じるだけだという。そんな訳で大宮は杉子と結婚することになったと締めくくった。

 野島は大宮のこの小説を読んで、泣いた、感謝した、怒った、わめいた、そしてやっと読み上げた。そして大宮に手紙を書いた。大宮の小説と杉子の最後の手紙は野島に大きな精神的打撃を与えた。今後同情は無用。仕事の上で決闘することを誓う。一人で淋しさに堪えて行かねばならぬが、それも神からの試練なら甘受しようと。