エッセイ・「コンタクト」考

 映画「コンタクト」に含まれる謎は多い。クリントンの画像を勝手に使っちゃっていいのかとか、だいたい当時の(話の内容より、時代設定が過去であろうことは何となく推測できる)アメリカ大統領はクリントンじゃなかろうとか、よしんば時代が未来に設定してあったとしても、せめてウインドウズ95くらいは使っていてくれよとか、あのアナクロな日本の描写は何だ(ある種のブラックジョークだろうか?)とか、ツッコむべきところは山のようにある。
 だが、そのありあまる疑問を考慮しても、私はこの映画がSF映画で一番好きである。そして、この映画が好きであるゆえに、描写されなかったある事柄に関して、深い疑念を覚えずにはいられない。
 最初の「マシーン」が破壊されたのは、ハデン財団の陰謀ではないかという疑惑である。
 考えてみてほしい。あなたがNASAの施設に潜り込み、スペースシャトルを爆破するとしよう。あなたがファナティックなカルト教団の一員で、カミカゼチックな(笑)までの使命感に支えられていたとしても、そこに山積みになった難問は数多くある。爆発物の入手。建造物への侵入。特に、あの「マシーン」は政府のカネもからみ、国防省までかかわっているのだ。IDチェックや爆発物チェックなど、セキュリティに関して無防備であるはずがない。しかも、なぜかあなたには単独犯くさい。その不自然さゆえに、事件の裏に何らかの組織が関わっていた、との疑念が湧いてくる。そして、私にはその組織はハデン財団ではないかと思えるのである。
 まず、第一前提として納得していただきたいのは、ハデンが投資した対象はあくまでエリー(エリーナ・アロウェイ博士……以下、エリー)個人に対してである、という点である。宇宙人探索に対する政府の予算がカットされ、資金繰りに東奔西走するエリーが最後に行き着いたのが、ハデン財団であった。ちなみに、この辺りの経緯はあからさまに原作者カール・セーガンの実体験と怒りが込められている。はっきり言って、このくだりはリアルすぎて笑えない(多分、このシーンの会話も実話に基づいているんだろうなあ、と思うとかえって気が滅入る)。
 閑話休題。さて、ハデン財団は、当初その計画に乗り気ではなかった。監視カメラで一部始終をのぞいていたハデンの直通電話がなければ、多分あの場でエリーが泣きだしても、財団のお偉いさんは資金を提供はしなかったのではあるまいか。ハデンはエリーの何かしらに、ぞっこん気に入ったのである。
 ゆえに、ヴェガ人(?)との接触後の、政府高官たちの態度が、ハデンにはたまらなく腹立たしかったに違いない。特に、最初に予算をカットし、エリーとその計画を窮地に陥れておきながら、それが成功したと知るや、おいしい部分だけたらふく喰いちらかすドラムリン。何もせず、他人のカネで肥え太る、ケチでこすっからい怠け者――多分、モラルも何もかも捨て、非情に勝ち続けてきたハデンには、一番我慢ならないタイプである。暗号解読に成功しておきながら、その功績をエリーに譲ってしまうあたりも、彼女に対する好意と、役人に対する嫌悪感が顕れているように思える。
 以上が、私の推察するハデン個人の心情である。とにかく、エリーに対する投資である以上、エリーが成功しなければ投資は失敗なのである。また、この爆破事件によって、アメリカ政府の対テロ能力とセキュリティ能力に対する信頼の失墜、そしてドラムリン爆殺――復讐もかなう。この事件全体がハデンの仕業では、という疑惑が映画の中で提示され、払拭されていないが、どちらであろうとこの推論は成り立つのである。加えて、異星人とのコンタクトが本物だったとするのならば、ハデンにとって、その栄誉はハデンの代理人(資金提供を受けたエリーは立派なハデンの代理人だ)にこそ与えられるべきものなのである。
 情況証拠にすぎないが、まだある。「マシーン」二台目が北海道に建造されていた、という点である。「こんなこともあろうかと」で作るには、少々高すぎる物件である。そのことからも、最初の「マシーン」が爆破用に製作されたのではという疑惑の濃度は増す。
 ともかく、以上より、ドラムリンはハデンの怒りを買って、「マシーン」もろとも爆死させられた、というのが私の結論である。ところで、あの死んだ宗教家は、本当にただのカルト宗教家だったのだろうか?実はハデン子飼いのテロリストだったのではなかろうか?あるいは、本当に妄信的で、今回の事件を己の力のみで成功させたと信じている愚か者だったのだろうか?疑念はますます深まるが、今回はこの程度で筆をおくことにする。
 最後に、あの「マシーン」が設置された後の北海道について述べておく。現在、北海道は日本の他の地域にまして深刻な不況にあえいでいる。「マシーン」建造は、金融の空洞化に悩む北海道経済にとって、恵みの雨となろう。あの映画でエリーの控室がやたらごたごた和風の小物に囲まれていたが、あれは不況脱出を願う北海道民の切実な願いをこめた、エリー個人に対する贈り物であろう。また、この事件の後、釧路名物に「マシーンまんじゅう」が加わるであろうということは想像にかたくない。外側は「マシーン」をかたどったまんじゅうで、内側はポッドの形をしたミルクあんと思われる。また、新設された航空会社によって、「流氷とマシーン観光ツアー」なるものが企画されることも考えられる。ハデンは死してなお、エリーおよび北海道を、今も軌道上のミールから見守っているのである。



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