ゴッホとゴーギャン〜2.ゴッホとジャポニズム


ゴッホは、パリに移り住む以前のオランダ時代から、浮世絵を収集していました。
1887年には、ル・タンブランで浮世絵展を開催しましたし、自身の絵の中でも しばしば浮世絵を登場させています。
また、様式的には、背景を平塗りにする、木などを前面に持ってくる構図、縁取りをする、 など、浮世絵からの影響が多くの作品にみられます。

ゴッホが1887年にアルルに移住したのは、日本の「光」への憧れからだったと 言われています。 アルルに到着したゴッホは、「冬景色が日本のようだ」と言っています。
いったい、日本のどこにゴッホは惹かれたのでしょうか?

ゴッホは、生涯を通して、「都市的な洗練さ」よりも農民や労働者のような、 「非都市的な素朴さ」を好んで題材にしています。
その考え方を発展させると、ゴッホは、都市的な「ヨーロッパ」に対立させた 理想的な存在として「日本」を捕らえていたと想像されます。 (ゴーギャンの場合は、それがタヒチだったと考えられます。)

ヨーロッパに行かれたことのある方はご存じかもしれませんが、パリ、ましてや オランダなどは、緯度が高いので、日差しがとても弱いです。
その地で、必ずしも幸福とは言えない生活をしていたゴッホにとって、明るい色で 描かれている浮世絵から想像される日本は、光に満ちたユートピアに 感じられたのではないでしょうか?

ゴッホがジャポニズムから受けた影響は、その様式の変化だけにとどまらず、 精神面にまで、及んでいたと言えるでしょう。