秋風の曲
2003年12月5日二人会
一歌  もとむれど 得がたきは 色になんありける
         さりとては 楊家のこそ 妙なるものぞかし
ニ歌  雲のびんずら 花の顔 げに海棠の眠りや
         大君の 離れもやらで 眺めあかしぬ
三歌  翠の華の 行きつ戻りつ如何にせむ
         今日九重に 引き換えて 旅寝の空の秋風
四歌  霓裳羽衣の仙楽も 馬嵬の夕べに
         蹄の塵を吹く 風の音のみ残る悲しさ
五歌  西の宮 南の園は 秋草の露繁く
         おつる木の葉のきざはしに 積もれども たれか掃はむ
六歌  鴛鴦の瓦は 霜の花にほふらし
         翡翠の衾独り着て などか夢を結ばむ

筝曲復興の精神に基づき、古い形式の中にも新鮮な息吹を吹き込んだ近代的な作品であ
る。前奏の部分は、段物の形式をふみ、六段からなっている。歌詞は白楽天の長恨歌を
元に作られたもので組歌の形式で作曲されている。全体に秋風調子と呼ばれる独特の調
絃法が使われ、八橋検校の筝曲創世当初の組歌に残る品格の高さをよみがえらせ、洗練
された手法と感性とが織りあって、傑出した作品となっている。
この曲も、柳井の最も愛する曲の一つである。古曲から、現代曲までを演奏し、また、
自らも曲作りを続けつつ、新境地にかけた光崎検校のこの曲にいかなる思いを載せるで
あろうか。
                             (解説  守山 偕子)

秋風の曲
2001年12月7日二人会
 一 もとむれど 得がたきは 色になむありける さりとては 楊家の女こそ 妙なるものぞかし
 ニ 雲のびんずら 花の顔 げに海棠の眠りとや 大君のはなれもやらで 眺めあかしぬ
 三 翠の華の 行きつもどりつ いかにせむ 今日九重にひきかえて 旅寝の空の秋風
 四 霓裳羽衣の仙楽も 馬嵬の夕べに 蹄の塵を吹く 風の音のみのこる悲しさ
 五 西の宮 南の苑は 秋草の露しげく おつる木の葉のきざはしに つもれど誰か掃はむ
 六 鴛鴦の瓦は 霜の花にほふらし 翡翠の衾独り着て などか夢を結ばむ

 歌詞の内容は、唐の玄宗皇帝の御代、安禄山の反乱の為に、馬嵬に於いて楊貴妃が
自害させられ、皇帝が 悲嘆に暮れるという悲劇を詠った、白楽天の「長恨歌」の自由訳です。
この曲は、筝のルネッサンスと稱される光崎検校の筝曲復古主義に基づき作曲されました。
この復古主義の精神は以降、名古屋の吉沢検校に引き継がれていったという、画期的な曲と
申せましょう。
構成は、六段になる段物形式の前弾に続き、六歌の、いわゆる組歌の形式による、
歌の部分とで出来ています。
  この曲の思い出は、私が芸大の四年の時、さあ卒業演奏に何を弾こうかという時、
只単に好きな曲ということで「水の変態」か尾上の松」にしたいと、宮城喜代子先生に申し上げた
所、”あなたがそんな曲を弾いても仕方がない、あなたには組が似合う”という一言。その時は、
先生の深いお考えに思いが至らず、私の手が下手なのかと思い込んで居ました。
それでも一年間「秋風の曲」に取り組んでいく内、私の中に古典への情熱が息づいていることに
目覚めさせられたのです。時は現代邦楽全盛期、誰も彼も現邦の世界に進む中、
古典への道をこれからも歩んで行こうと決意を固められたのも、この「秋風の曲」の
お蔭でした。また、そんな本質を見抜き、この曲に出会わせて下さった、先生の心眼に
只々畏敬の念を深くし、その思いと共に今日まで大事にして参った曲です。
                                       (芦垣美穂)