第24回大会めぐるマスコミ論調

 

(宮地作成・編集)

 〔目次〕

   1、産経1月13日記事 共産、台所“火の車” 党大会、助成金求め不満噴出

   2、日経1月14日記事 共産、上田耕一郎氏が副委員長退任へ・名誉役員に

   3、朝日1月14日記事 「もっと現実味を」 党名・路線など注文次々

                  独自性捨てられず 連携拒み、主張埋没気味

   4、毎日1月14日記事 共産党:不破哲三議長が退任 現実・柔軟路線に道筋と勇退

   5、読売1月15日記事 不破共産党議長が退任、後任は当面空席に

   6、中日1月15日記事 共産・不破議長が退任 現実路線手詰まり

   7、朝日1月17日社説 ポスト不破 いつまで殻にこもるのか

   8、読売1月17日記事 若返り共産党始動、党勢伸び悩み再建へ課題山積

   9毎日1月16日社説 ポスト不破 時代の流れにしなやかに

 

 〔関連ファイル〕           健一MENUに戻る

    『党大会決議・中央委報告具体化のための15の真相データ』2006年1月11日〜14日

    共産党・志位和夫『第24回党大会にたいする中央委員会報告』

    共産党『第24回党大会の全内容』 『5中総』 『四中総』総選挙総括と現党勢

 

 1、産経1月13日記事

 

 共産、台所“火の車” 党大会、助成金求め不満噴出

 

 静岡県熱海市で開催中の共産党の第二十四回大会では、党が「違憲・腐敗の制度」としている政党助成金の受け取りを求める声が相次ぎ、党の苦しい財政事情が改めて浮き彫りになった。大会では、衆院小選挙区選挙供託支援基金の新設を明記した決議案が採択されるが、十四日に発足する新指導部にとって、政治闘争以上に財政の立て直しが喫緊の課題となる状況は変わらない。

 

 ■山分け許せぬ

 「わが党が受け取らない分を他党が山分けしているのは許せない。何とかならないものか」

 大会期間中の討論で、複数の代議員が党活動を圧迫している財政事情の悪化を指摘し、政党助成金を受け取るべきだと党の対応に不満を述べた。

 大会では、直前の中央委員会総会で採択した大会決議案を補強する意見が出ることはあっても、不満が出るのは極めて珍しい。共産党関係者も「それだけ党活動に支障が生じている証左」と、党の台所事情が“火の車”であることを率直に認めている。

 

 昨年、共産党が受け取りを拒否した助成金は約十八億円に上り、他党の助成金に上乗せされた。志位和夫委員長は中央委員会報告の中で、「山分けするのは許しがたい制度の仕掛け」としながらも、引き続き制度自体の廃止を求めていく考えを示した。

 政党助成金を受け取らない共産党の主な収入源は、(1)機関紙の購読料(2)党費(3)個人の寄付。しかし、昭和五十五年には三百五十五万人だった「しんぶん赤旗」の読者数(日曜版を含む)は、昨年十二月には約百六十四万人(日曜版百三十五万人)にまで落ち込んだ。購読料の未納者も続出し、党財政にとって「ボディーブロー」(共産党関係者)となっている。

 

 ■基金でしのぐ

 十四日に採択する「衆院小選挙区選挙供託支援基金」の設置は、こうした党財政の悪化に少しでも歯止めをかけようとの苦肉の策だ。

 共産党は昨年九月の衆院選で二百七十五人が選挙区から立候補したが、二百二十三人が法定得票数に届かず、計六億六千九百万円の供託金を没収された。比例代表でも計六千九百万円を没収されている。ただ、同党はすでに、幅広い党活動資金に充てる「救援基金」、議席が空白となっている市町村での議席獲得を目指す「空白克服基金」、議員歳費を補うための「議員活動援助基金」を設置している。

 党員は新基金導入で、四つの基金に毎月“上納”を余儀なくされる形になり、「月々いくら払っているのかなあ。基金だらけでいやになる」(中央委員の一人)とのぼやきも聞こえてくる。

 

 

 2、日経1月14日記事

 

 共産、上田耕一郎氏が副委員長退任へ・名誉役員に

 

 共産党は13日、静岡県熱海市で3日目の党大会を行い、副委員長の上田耕一郎元参院議員(78)が高齢を理由に退任し、名誉役員に就くことが固まった。去就が注目される不破哲三議長(75)は同日提示された次期中央委員候補の名簿に名前が掲載され指導部に残留する方向となったが、議長にとどまるかどうかはなお不透明だ。同党は大会最終日の14日午後、幹部ポストを決める。

 上田氏は不破氏の実兄で、1974年の参院選で東京選挙区から初当選。ロッキード事件などの追及にあたり、4期務めて98年に議員を引退した。ただ党の理論的支柱の1人として副委員長を引き続き務めていた。

 大会では、党の月刊誌「前衛」元編集長の可知正中央委員を罷免し、党員権利を1年間停止する処分も承認した。可知委員は昨年11月に通勤途中で痴漢行為を行った疑いで逮捕され、略式起訴されていた。 (20:01)

 

    日経web『日経の同一記事』  毎日webもほぼ同一内容の記事

 

 

 3、朝日1月14日記事

 

 「もっと現実味を」 党名・路線など注文次々 党大会討論終了

 

 静岡県熱海市で行われている共産党大会は13日、討論を終了した。不破議長、志位委員長らの「柔軟路線」を結実させた党綱領の全面改定から2年。しかし、党勢は伸びない。来年の統一地方選や参院選に向け、党名変更や政策の見直し、他党との連携などで、一層踏み込むべきだとの声もあがるが――。 (丹内敦子)

 

 「票を倍にしても当選に届かない。来年の(統一地方)選挙でも相当困難な戦いになるだろう」

 13日の討論。元山口県議の男性の表情は厳しかった。昨秋の米軍再編中間報告で、日米両政府は神奈川県の厚木基地から山口県岩国市に空母艦載機部隊を移転することで合意。地域では移転反対運動が高まっている。「米軍基地撤去」を掲げる共産党には絶好のチャンスのはずだ。しかし、元県議の見通しは厳しい。03年の統一選では定数4の選挙区で4位に約1100票差で落選したが、昨年の総選挙では、選挙区内の党の比例票が自分の得票の約半分に落ち込んだからだ。

 

 昨年12月、立命館大であった志位氏の講演会では、男子学生が「お話は素晴らしいが、議席に反映されでいない。党の考えを広げるために何が足りないと考えていますか」と質問した。志位氏は「一番厳しい質問だ。私たちの考え方を国民に知ってもらううえで、努力不足や力不足がまだまだある」と認めた。

 

 党は04年の党綱領の改定で天皇制や自衛隊を容認するなど、「より現実的・合理的」(不破氏)な路線の集大成をしたはずだった。

 だが、その後の国政選挙で議席は伸びず、昨年の総選挙でも解散時の9議席止まり。今回の決議案では「善戦・健闘」と総括したが、党勢はじり貧だ。機関紙「しんぶん赤旗」の部数はピーク時の半分以下で、減少に歯止めがかからない。

 

機関紙発行部数と共産党の歩み

 

 党員らの危機感は高まっている。党が募集した大会決議案への意見には様々な苦言があった。

 たとえば党名。宮城県の党員は「党が前進できないでいる大きな要因として『党名問題』がある。共産主義という呼称には特定の体制を無理やり押しっけられるというイメージがあり、国民にはなかなか受け入れにくい」。宮崎の男性は機関紙名も変更すべきだとし「戦前の用語にいつまでもとらわれず、時代感覚にあったものにしなければ」と提案する。

 

 東京の男性は、党が前面に掲げる増税反対の方針について「国の借金をなくすためにはある程度やむを得ないのではとの考え方が多い中で、増税反対だけではかみ合わない。現実味を帯びたものとして受け止められていない」と指摘した。

 

 政策実現性のなさは識者も指摘する。後房雄・名古屋大教授(政治学)は、イタリア共産党が党名を左翼民主党に変え、中道左派連合「オリーブの木」に参加して政権入りしたことを例に「与党になって何かを実現しようという本気さが必要。(新自由主義という)大きな状況とある程度合った考え方にしないと(政党としての)役割はない。今は土俵の外。中に入った上で、左ならいいが」と語る。

 

 独自性捨てられず 連携拒み、主張埋没気味

 

 だが、「柔軟路線」を掲げているとはいえ、そこまで踏み切る気配は今の共産党にはない。党幹部は「(批判は)一部の意見。大勢は決議案の方向性に賛成だ」と説明する。格差是正や米軍再編に伴う基地問題で独自性をアピールできるこの時期に、他党との連携を模索するのは得策ではないとの考えが主流だ。

 

 また、政治状況がそれを難しくしている面もある。98年には首相指名で民主党の菅直人氏に投票して「大同団結」の姿勢を見せたが、現在の民主党は「政策的に自民党と違いはない」(志位氏)というのが共産党の立場。社民党とは「改憲阻止」では一致するものの、社民党側に連携への拒否反応が強い。

 

 「小さな政府」を競い合う自民、民主両党の間で、共産党の主張は埋没しがちだ。ただ、党関係者は「中小企業への融資拡充など、弱者の視点で政策を示し続ければ、必ず二大政党についていけなくなった国民の受け皿となる」と期待する。

 

 一橋大大学院の加藤哲郎教授(政治学)は「若者向けに何かをやったり、党名を変えたりしたら(支持者の)中核部分が離れていく面はあるが、新しいことができないと、大きく伸びる展望はどんどんなくなる。世論調査して、厳しくても結果を受け入れるべきだ」と指摘する。

 

 

 4、毎日1月14日記事

 

 共産党:不破哲三議長が退任 現実・柔軟路線に道筋と勇退

 

 静岡県熱海市で開会中の共産党の第24回大会は最終日の14日、不破哲三議長が今回の党大会を最後に議長を退任することを柱とする指導部人事を決定した。今月26日に76歳となる高齢に加え、不破氏主導で行われた党綱領の改定が04年の前回大会で実現し、自ら進めてきた「現実・柔軟路線」に道筋がついたとみて勇退を決断した。志位和夫委員長、市田忠義書記局長は留任した。

 

 不破氏は退任あいさつで「選挙戦をはじめ、党活動の現場で指導の先頭に立てない。議長として責任者の任務を担い続けるのは合理的ではない」と述べた。

 

    毎日web『毎日の同一記事』

 

 

 5、読売1月15日記事

 

 不破共産党議長が退任、後任は当面空席に

 

 共産党は14日、静岡県熱海市での党大会で、不破哲三議長(75)の退任を柱とする新執行部人事を決めた。志位和夫委員長(51)、市田忠義書記局長(63)は再任された。後任議長は当面置かない。

 

 2000年11月から党の最高ポストに就いていた不破氏が第一線を退くことで、志位委員長を中心とする体制が本格的に構築されることになる。副委員長については、退任する上田耕一郎氏(78)の後任に国際局長の緒方靖夫氏(58)を充て、石井郁子氏(65)と党職員の浜野忠夫氏(73)を再任することを決めた。

 

 不破氏は退任のあいさつで、「年齢や健康の状況もあり、党活動の現場で全党の先頭に立てなくなった。党の議長を担い続けることは、若い幹部が力を思い切って発揮することを妨げる要因になりかねない」と退任を決めた理由を説明した。ただ、不破氏は引き続き、党の常任幹部会委員にとどまるため、一定の影響力は残ると見られる。

 

 志位氏は記者会見で、今後の党運営について、「集団の英知と力を結集し、職責を果たしたい」と述べた。

 不破氏は党の書記局を経て、1982年から2000年には病気で副議長となった時期を除き、委員長を務めた。04年の前回党大会では綱領を全面改定し、天皇制が当面は存続することを認める方針などを打ち出した。高齢に加え、自らが進めてきた「現実・柔軟路線」に道筋がついたことで、退任を決めたと見られる。大会は14日、来年の参院選や統一地方選に向けた活動方針を盛り込んだ大会決議を全会一致で採択し、閉幕した。

2006115131 読売新聞)

 

    読売web『読売の同一記事』

 

 

 6、中日1月15日記事

 

 共産・不破議長が退任 現実路線手詰まり 世代交代で活路探る

 

 共産党の不破哲三議長が十四日、党大会で辞任を表明したのは、党指導部の世付交代を促進し、じり貧にある党勢の拡大へ活路を模索する狙いがある。ただ、不破氏が路線を敷いた一九九〇年代後半からの「現実・柔軟路線」は、手詰まり感も否めない。    (吉田昌平)

 

 「最初は衝撃を受けた。だが、不破氏の判断は合理的、納得のいくものだった」。志位和夫委員長は大会後の記者会見で、不破氏から議長退任の意向を聞いた際の心境を語った。不破氏は昨年九月、党幹部に「年齢と健康もあり、選挙戦も第一線で活動することは難しい。大会を機に、若い指導部が責任を持つ体制にした方がいい」と退任する意向を伝えていた。

 

 不破氏は一九九八年、日米安保条約破棄の要求を当面凍結する暫定政権構想や、天皇制を当面容認する見解を相次いで発表。これを受け、同党は党綱領の全面改定に初めて着手し、前回二〇〇四年の党大会で、こうした政策を盛り込んだ新綱領を決定していた。この「現実・柔軟路線」への転換で果たした不破氏の役割は、極めて大きかった。

 

 しかし、同党が新綱領で目指した「民主連合政府の樹立」も、「現実・柔軟路線」にかじを切った八年別に比べると、遠のいているのが実情だ。同党は○一年参院選、〇三年衆院選、〇四年参院選と、三回連続で惨敗。昨年の衆院選は九議席の公示前勢力を維持したが、同党との連携には民主、社民両党も「引く傾向が強い」(志位氏)と孤立感が深まっている。

 

 このため、志位氏も党勢拡大に関し、「今の状況では無党派層との共同を広げていく」と強調。憲法改正や、消費税率引き上げなどの増税阻止といった独自政策を訴えていく考えだ。

 不破氏の退任決断には、新たな無党派層との連携に向け、党の若返りが必要との判断が背景にあったのは間違いない。

 

 

 7朝日1月17日社説

 

 ポスト不破 いつまで殻にこもるのか

 

 共産党のひとつの時代に幕がおろされた。35年余にわたって党を指導してきた不破哲三氏(75)が、先週の党大会で党のトップである議長を退いた。 カリスマ的な存在だった宮本顕治元議長(97)から書記局長に抜擢(ばってき)されたのは1970年、40歳のとき。宮本氏が病に倒れ、議長を引退したのは97年だが、不破氏はそれ以前も含めて党の理論面の支柱であり続けた。

 

 これからは志位和夫委員長(51)が名実ともにトップに立つ。不破氏は党の執行機関である常任幹部会のメンバーに残り、いわば「取締役相談役」として志位体制が固まるまで中から見守るということなのだろう。「ポスト不破」時代の緩やかな幕開けである。

 社会主義のイデオロギーは堅持し、その枠内で共産党を近代化する――。不破氏がめざしたものをひとことで総括すれば、そんな試みの積み重ねだった。

 

 ソ連・東欧の社会主義の崩壊で、世界の社会主義政党は窮地に立たされた。日本共産党も例外ではない。 逆風が吹き荒れる中で、不破氏は党名の変更や社民主義への転換は拒み続けた。それに代わって打ち出したのが柔軟路線への取り組みである。 その集大成として、不破氏は00年の規約改正で「前衛政党」や「社会主義革命」といった言葉を削った。さらに04年の綱領改定で象徴天皇制や自衛隊の存続を認めることも主導した。

 

 半面、新綱領には「社会主義・共産主義の社会への前進」「生産手段の社会化」といった、社会主義の理念をなぞった言葉を並べた。柔軟路線は多数派を形成しようと打って出たというよりも、荒波をかわして生き残るための防御的なイメージチェンジという印象が強かった。

 

 不破路線の限界が、00年以降の国政選挙で共産党の退潮傾向が続いたひとつの要因になっている。そんな見方は一線の党員の声からもうかがえる。 今回の大会に向けた党員の討論では、改憲阻止のため社民党や民主党との連携強化や、党名の変更、社民主義政党への衣替えなど、より大胆な転換を訴える意見が相次いだ。これまでの共産党ではあまり見られなかった現象だ。

 

 だが、志位氏は大会で、護憲を目的とした社民党などとの連携について「共産党との共闘をためらう傾向が根強い」と関心を示さなかった。不破路線から踏み出すつもりはないという表明だろう。

 

 いま、自民と民主の2大政党がともに憲法改正をいい、新自由主義的な改革を競うなかで、護憲や社民主義の政治を期待する有権者は行き場を失いつつある。共産党が内向きの殻にこもっていては、有権者の選択の幅は狭まるばかりだ。

 

 2大政党への批判の受け皿に徹すれば小さくとも生き残れるかもしれない。一方で党員の高齢化が進み、党勢拡大の展望は見えない。このじり貧の道からどう抜け出すのか。ポスト不破時代の共産党が背負う重い課題である。

 

    朝日web『朝日の同一社説』

 

 

 8、読売1月17日記事

 

 若返り共産党始動、党勢伸び悩み再建へ課題山積

 

 共産党は、不破哲三議長の退任を受け、志位委員長―市田書記局長の新体制を16日、本格的にスタートさせた。

 ただ、党勢の伸び悩みや党員の高齢化など、党再建のための課題は多い。市田氏ら幹部は16日、東京・代々木の党本部にこもり、今週中に開く常任幹部会の準備などに追われた。新体制でも、不破氏が主導した「現実・柔軟路線」を堅持するのは確実だ。

 

 志位氏は、不破氏の退任を決めた14日の党大会で、「世代交代と言えば、他党は世代間の足の引っ張り合いが普通だ。共産党は、そういうものとは無縁だ」と強調した。円滑な体制移行と幹部の若返りをアピールしたものだが、実際は若手の幹部候補が不足しているとの指摘がある。

 

 最高指導部の常任幹部会を見ると、委員18人の平均年齢は前回大会(2004年1月)と同じ60・3歳。前回の党大会では43歳で抜てきされた小池晃氏(現政策委員長)が、茶髪姿で登場して注目されたが、今回の大会では、最も若い新任委員も57歳と、新鮮さに欠けているのは否めない。

 

 党大会に関連する会合では、党が受け取りを拒否している政党助成金について「他党が山分けをしているのは許せない。何とかならないか」として、受け取りを求める声が出るなど、党の苦しい財政事情も浮き彫りになった。指導部の方針に異論が出るのは、極めて異例だ。

 

 背景には、党の主な収入源となっている機関紙「しんぶん赤旗」の購読料と党費の低迷がある。「赤旗」の現在の発行部数は164万部でピーク時の半分以下。来年中に50万人達成を目指す党員数も、40万人前後で足踏みしている。

 

 志位氏が委員長に就任した2000年11月以降、衆参計4回の選挙では、公示前勢力の9議席を維持した05年の衆院選を除き、議席を減らしてきた。先の大会決議で「国政選挙で本格的前進に転じる選挙」と位置付けた07年の参院選の結果次第では、指導部の求心力が低下する可能性もありそうだ。

2006117028読売新聞)

 

    読売web『読売の同一記事』

 

 9、毎日1月16日社説

 

 ポスト不破 時代の流れにしなやかに

 

 約35年におよんだ共産党の「不破時代」が事実上幕を閉じた。静岡県熱海市で開かれていた党大会で不破哲三議長(75)が退任した。新執行部人事では後任議長を置かず、志位和夫委員長と市田忠義書記局長は続投する。不破氏は党の常任幹部会メンバーに引き続き名を連ねており、理論面では影響力を行使するとみられる。退任理由について「より若い世代を吸収しその力を発展させるため」と述べ、世代交代を強調している。だが組織の若返りと言っても、自らが40歳の若さで書記局長に就いたような抜てき人事の裏打ちがないだけに、党の支柱が表舞台から去っていっただけという印象が強い。

 

 不破時代とは、階級政党色の強かった党を「普通の政党」に衣替えすることに腐心した日々だった。2度目の委員長に復帰した89年には中国で天安門事件が起こり、91年のソ連共産党の解散と東西冷戦崩壊で共産主義のイメージが著しく悪化した。これを機に不破氏は「現実・柔軟」路線に舵(かじ)を切る。狙いは無党派層の取り込みで、野党連立政権を強く意識した時期もあった。

 

 ソフト路線の集大成は、00年の「前衛党」規定削除や04年に党綱領を改定し天皇制や自衛隊を当面容認したことだった。しかし、党名の変更や社会民主主義路線への転換はかたくなに拒否した。妥協は堕落につながるという共産主義者としての誇りだったのかもしれないが、冷戦後、共産党の党名がほとんどなくなった世界の時流からはかけ離れるばかりだった。

 

 逆から言うと、そこが不破流柔軟路線の限界でもあった。不破氏や党幹部が「思い切った変革」を打ち出してみても、時代はそれよりもっと先に進んでおり、変革が変革として扱われなかった現実がある。そのギャップを克服できなかったからこそ、党勢も伸び悩んでいる。

 小党に不利な小選挙区制も一因だろうが、共産党は01年参院選、03年衆院選、04年参院選と大敗した。昨年衆院選では公示前勢力と同じ9議席に踏みとどまったが、かつて野党連立政権のキャスチングボートを握るとまで言われた同党がこの数字に「ホッと一息」(党関係者)の現実が、現在の党の勢いを象徴している。

 

 共産党は、党員の高齢化や減少、機関紙の部数減、財政の悪化などの課題を抱えている。ピーク時50万人だった党員は今40万人に減った。党の台所は火の車となり、党大会では「(これまで受け取りを拒否していた)政党助成金をもらうべきだ」という地方党員の声もあったくらいだ。

 

 組織の動脈硬化はイデオロギーでは救えず、より柔軟な対応が求められる。今後の舵取りは志位委員長が担うが、政策課題に限って言えば、共産党が存在感を示し得るのは当面憲法問題をおいてないのではないか。

 

 党勢拡大のカギとなる無党派層を呼び込むには、憲法9条改正に反対する勢力を結集できるかどうかが試金石となる。

 毎日新聞 2006116日 東京朝刊

 

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 〔関連ファイル〕

    『党大会決議・中央委報告具体化のための15の真相データ』2006年1月11日〜14日

    共産党・志位和夫『第24回党大会にたいする中央委員会報告』

    共産党『第24回党大会の全内容』 『5中総』 『四中総』総選挙総括と現党勢