共産党が護憲・活憲運動内で行う排他的言動の検討

 

共産党のセクト的分裂策動をやめさせるには

 

(宮地作成)

 〔目次〕

   1、共産党のセクト的排他的事例の時系列(表) (表1)

   2、日本共産党が引き摺る旧態然とした独善的排他的体質の根源 (2、3)

   3、新社会党にたいする協議拒絶回答の検討

   4、9条の会集会における言動内容の検討

   5、特定個人を排除せよという共産党指令の検討

   6、新左翼「革マル・中核」排除指令の検討

   7、共産党のセクト的分裂策動をやめさせるには

   8、護憲・活憲勢力の選挙戦略と共産党の総選挙方針との乖離・対立 (4、5)

 

 〔関連ファイル〕         健一MENUに戻る

    『護憲・活憲運動における共産党のセクト的対応』排他的誤りの事例・基礎データ集

    HP『九条の会』 『あいち九条の会』

    加藤哲郎『護憲・論憲・改憲の幅と収縮可能性』

          『護憲・活憲・論憲・創憲・改憲』憲法問題リンク集

          『1942年6月米国「日本プラン」と象徴天皇制』

    五十嵐仁『転成仁語』新著『活憲』注文。活憲・護憲でのコメント多数

    原仙作『護憲論の教条化を生み出す土壌−千坂さんへ』

    Google検索『憲法改定』

 

 1、共産党のセクト的排他的事例の時系列()

 

 共産党は、第24回大会決議・中央委員会報告においても、憲法改悪阻止・護憲課題を大衆運動の中心の一つと位置づけている。ただ、方針の特徴は、()その課題で他政党・他党派と共同する現状にないと規定し、よって、()無党派との共同を広げる、とした。その裏側の実態と本音が早くも露呈されてきた。別ファイルの事例・基礎データの並べ方順序は、セクト的排他的言動のテーマ別にした。

 

    『護憲・活憲運動における共産党のセクト的対応』排他的誤りの事例・基礎データ集

 

 それを、さらに別の時系列的な()にして、共産党の対応を検証する。この()を見れば、共産党が一貫して、護憲・活憲運動から、共産党批判・異論の組織・個人を排除しようとしてきたという共産党の裏側の独善的排他的本質が浮き彫りになる。それは、共産党の建前と裏腹に、共産党が本気で「全勢力の共同」で憲法改悪阻止をしようとしているのかという本音を疑わせるデータとなる。それは、レーニン型前衛党特有の二枚舌ではないのか。

 

(表1) 護憲・活憲運動における共産党のセクト的排他的事例

年月日

対象

セクト的排他的事例の内容

根拠・証言者

05.1.22

被除名者

「あいち9条の会」よびかけ人285人から、反党分子宮地健一をはずせ−被除名者の排除指令

水田洋・宮地健一

05.5.18

新左翼

改憲反対運動に入り込む「革マル」と「中核」−新左翼の排除指令

赤旗記事

05.6.15

新社会党

新社会党から共産党への「憲法改悪阻止の共同協議」申入れ文書

新社会党

05.9.22

掲示板投稿者

建設人9条の会よびかけ人から、「さざ波通信」投稿者をはずせ−掲示板投稿者の排除指令

「さざ波通信」山本

05.11.5

新左翼

憲法運動は無差別テロ支援勢力にどういう態度をとるべきか−新左翼の排除指令

赤旗記事

05

名古屋9条の会

名東区・他1区の9条の会で、講師が不破哲三著書を冒頭に宣伝。その著書も高く平積みして宣伝。不破著書は、9条の会や護憲・活憲運動と無関係な内容

「もくの会」会員

06.1.7

新社会党

半年無回答→共産党が新社会党の申入れに回答「政党間共闘の条件は存在しない」新社会党の排除指令

赤旗記事

06.1.8

新社会党

共産党批判−共同について話し合う「窓口」すら拒否するとは?

五十嵐仁

06.1.

新社会党

新社会党にたいする共産党の拒絶回答の経過−本部通知第21号

新社会党

06.12

新社会党

共産党の新社会党・新左翼排除指令にたいする多数の批判投稿。「さざ波通信」だけでなく、2チャンネル、ブログでも大量の共産党批判が掲載

「さざ波通信」他。Google検索

06.1.23

社民党

共産党から社民党に会談申入れ「憲法改悪反対の一点で共闘を」

さまざまな排除指令・言動にたいする党内外から大量の批判が党中央に殺到した。その結果、志位・市田・(不破)らは、共産党支持率がさらに減ると怯えた。「社民党は引いている」「政党間共闘の条件は存在しない」という政党規定を撤回し、第24回大会の9日後に路線の大転換。ただし、新社会党との共闘を拒絶したまま

赤旗記事

06.1.26

新社会党

新社会党声明『日本共産党の新社会党への「回答」について』

新社会党

 

 2、日本共産党が引き摺る旧態然とした独善的排他的体質の根源

 

 日本共産党は、これら排他的事例という二枚舌を、戦後社会労働運動史における共産党の対応において、何度も繰り返してきた。多数の事例があるが、ここでは、一つの例のみ挙げる。原水爆禁止の一大国民的運動を分裂させた中心勢力は、共産党と旧社会党という政党だった。とりわけ、共産党側に分裂の主要原因があった。

 

 共産党は、()1960年代「いかなる国の核実験にも反対」という正当な国民的要求・スローガンを否定し、「ソ連・中国の核実験は防衛的なもので、きれいな核実験である」との反国民的スローガンを対置させ、国民運動を分裂させた。()1984年、原水協と原水禁に分裂したままの原水爆禁止運動を再統一させようとの動きが、両者下部から盛り上がった。現場の平和委員会・原水協内の共産党員たちや、多数の学者・文化人がその統一に動いた。共産党の宮本顕治と統一戦線部長金子満広は、「本流である原水協の地位が、原水禁側に奪われる」と怯えて、それら党員数十人を規律違反処分にし、運動から追放した。これは共産党による反国民的な独善的排他的分裂策動だったと規定できる。その結果、運動の分裂継続は、核廃絶運動にきわめて大きな否定的影響を、今なお与え続けている。

 

    『不破哲三の宮本顕治批判』〔秘密報告〕平和委員会・原水協の一大粛清事件

 

 今回の憲法改悪阻止−護憲・活憲運動に現れた対応も、それらのケースと同質の誤りの繰り返しである。共産党が、党内体質化している歴史的なセクト的排他的策動を、現在の護憲・活憲運動においてやめさせる上で、その思想的理論的根源はどこにあるのかを見る。それは、日本共産党が、21世紀資本主義国において、唯一、レーニン型前衛党5原則、とりわけ、前衛党理論・体質を隠蔽・堅持していることからくる現象である。前衛党思想・体質とは、イタリア共産党が規定し、全面放棄したように、「政党思想の中で、もっともうぬぼれた、傲慢で、排他的な政党思想だった」。護憲・活憲運動における(表1)のような共産党の誤りは、この根本的に誤った前衛党思想・体質の発現現象である。

 

 資本主義諸国において、残存するレーニン型前衛党は、2党だけになってしまった。ただ、ポルトガル共産党は、1970年代前半に、ヨーロッパ諸党の中で一番早く、レーニン型前衛党の試金石であるプロレタリア独裁理論は誤りだとして、放棄宣言をした。よって、5つの基準・原理のすべてを、「訳語変更、略語方式、隠蔽方式」にせよ、堅持しているのは、世界で日本共産党ただ一つとなっている。マスコミの誤った報道・解説によって、日本共産党が前衛党理論・体質を放棄したと錯覚している人がほとんどである。

 

(表2) レーニン型前衛党の崩壊過程と度合

プロレタリア独裁理論

民主主義的中央集権制

前衛党概念

マルクス・レーニン主義

政党形態

イタリア

´76放棄

´89放棄

放棄

放棄

´91左翼民主党

イギリス

解党

解党

解党

解党

´91解党

スペイン

´70前半放棄

´91放棄

放棄

放棄

´83に3分裂

フランス

´76放棄

´94放棄

共産党名

旧東欧9カ国

崩壊

崩壊

崩壊

崩壊

´89崩壊

旧ソ連

崩壊

崩壊

崩壊

崩壊

´91崩壊

ポルトガル

70前半放棄

堅持

堅持

堅持

共産党名

日本

訳語変更堅持

略語で堅持

隠蔽・堅持

訳語変更堅持

共産党名

中国

堅持

堅持

堅持

堅持

共産党名

ベトナム

堅持

堅持

堅持

堅持

共産党名

北朝鮮

堅持

堅持

堅持

堅持

朝鮮労働党

キューバ

堅持

堅持

堅持

堅持

共産党名

 

    『コミンテルン型共産主義運動の現状』上記内容の詳細な経過

    『イタリア左翼民主党の規約を読む』大転換の経過。添付・左翼民主党規約

    アルチュセール『共産党のなかでこれ以上続いてはならないこと』

           (宮地添付文)フランス共産党の党改革状況

    福田玲三『民主集中制の放棄とフランス共産党』 『史上初めて対案提出』

 

(表3) 日本共産党の欺瞞的な4項目隠蔽・堅持方式

4つの原理

欺瞞的な隠蔽・堅持方式

他国共産党との比較

 

 

プロレタリア独裁理論

綱領において、訳語変更の連続による隠蔽・堅持。()プロレタリア独裁→()プロレタリアのディクタトゥーラ→()プロレタリアートの執権→()労働者階級の権力→()放棄宣言をしないままで、綱領から権力用語を抹殺し、隠蔽・堅持している

ヨーロッパでは、1970年代、ポルトガル共産党を筆頭として、100%の共産党が、これは犯罪的な大量殺人をもたらし、誤った理論と認定した。そして、明白に放棄宣言をした。資本主義世界で、放棄宣言をしていないのは、日本共産党だけである

 

 

民主主義的中央集権制

規約において、訳語変更による隠蔽・堅持。()民主主義的中央集権制(Democratic Centralism)()「民主集中制」という略語に変更()「民主と集中の統一」と解釈変更で堅持→() 「民主と集中の統一」は、あらゆる政党が採用している普遍的な組織原則と強弁している

ヨーロッパの共産党は、「Democratic Centralism」の「民主主義的・Democratic」は形式・形容詞にすぎず、「官僚的・絶対的な中央集権制・Centralism」に陥ると断定した。それは、「党の統一を守るのには役立ったが、一方で党内民主主義を破壊する」組織原則だと認定した。この反民主主義的組織原則を堅持しているのは、残存する犯罪的な一党独裁国前衛党4党とポルトガル共産党・日本共産党だけである

 

前衛党概念

規約において、()前衛党→()規約前文から綱領部分削除に伴い、その中の「前衛党」用語も事務的に削除()不破哲三の前文削除説明で、「前衛党」概念を支持・擁護

イタリア共産党は、「前衛党」思想を、「政党思想の中で、もっともうぬぼれた、傲慢で、排他的な政党思想だった」と総括し、全面否定した。日本のマスコミは、左()を「前衛党」概念の放棄と錯覚し、誤った解説をした

 

 

マルクス・レーニン主義

()マルクス・レーニン主義→()個人名は駄目として、「科学的社会主義」に名称変更し、堅持。不破哲三の『レーニンと資本論』全7巻を見れば、マルクス・レーニン主義そのものの堅持ぶりが分かる。ただ、彼は、さすがにレーニンの暴力革命理論だけを否定した

「マルクス・レーニン主義」の命名者はスターリンである。ポルトガル共産党を除くヨーロッパの共産党すべてが、マルクス・レーニン主義と断絶した。フランス共産党が放棄したのかは分からない

 

 日本共産党は、4項目に関して、訳語・名称変更したり、隠蔽しただけで、ヨーロッパの共産党がしたような明白な放棄宣言を一つもしていない。その実態も、隠蔽・堅持方式を採っている。世界的にも、こういう欺瞞的スタイルを採る共産党は皆無であり、いかにも不可思議な政党ではある。

 

 その点で、加藤哲郎一橋大学教授は、日本共産党を「現段階のコミンテルン研究の貴重な、生きた博物館的素材」と指摘した(『コミンテルンの世界像』青木書店、1991年、P.)。ただし、選挙政策面では、天皇制・君が代日の丸・自衛隊テーマなどで、無党派層への支持拡大を狙って、どんどん現実化している。それは、不破・志位・市田らが、()レーニン型前衛党の5基準・原理の隠蔽堅持路線と、()選挙政策の現実化路線という矛盾した二面作戦を採用していると規定できる。

 

 21世紀の資本主義世界で、いったい、なぜ、日本共産党という一党だけが、レーニン型前衛党の5つの基準・原理を保持しつつ残存しえているのか。もっとも、残存する一党独裁型前衛党の中国・ベトナム・北朝鮮を合わせれば、アジアでは、4つの前衛党が崩壊しないでいる。「アジアでの生き残り」の政治的・地政学的原因、および、隠蔽・堅持方式については、別ファイルで分析した。

 

    『コミンテルン型共産主義運動の現状』「アジアでの生き残り」の政治的・地政学的原因

    『規約全面改定における放棄と堅持』2000年第22回大会、欺瞞的な隠蔽・堅持の詳細

    『「削除・隠蔽」による「堅持」作戦』欺瞞的な隠蔽・堅持方式の4段階の詳細

    『綱領全面改定における不破哲三の四面相』

 

 3、新社会党にたいする協議拒絶回答の検討

 

 新社会党にたいする協議拒絶の回答は、共産党が本気で、憲法改悪阻止・護憲課題をやるつもりなのかを疑わせる内容である。この回答にたいする強烈な批判が、党内外で全国的に多数噴出した。新社会党委員長栗原君子は、一貫して核廃絶運動をしてきた活動家である。

 

 共産党は新社会党の申入れにたいし、それを6カ月半も無回答で握りつぶしていた。その傲慢さとともに、拒絶回答内容もさまざまな誤りとこじつけに満ちている。それを別ファイルの回答内容に基づいて検証する。

 

 〔回答1の検証〕、部落解放同盟が、過去に、不当な「糾弾路線」の行動をしたことは事実で、誤った方針だった。しかし、全国自治体の対応も是正され、その後強化されてきた。各大衆団体が共産党批判をすることは自由である。それらの批判をすべて「反共攻撃」というレッテルにすりかえる手口は、共産党の常套手段である。世論調査の政党支持率2〜3%政党が、そんな古臭いレッテルを貼っても、有権者への説得力を持たない。そもそも、他大衆団体・他党派にたいする批判は、共産党こそがもっとも強烈にしてきたし、その回数と宣伝規模もずば抜けている。その歴史的真実を棚上げして、拒絶回答の根拠にするのは、傲慢さの象徴であろう。

 

 〔回答2の検証〕、新社会党綱領はきわめて長いが、その末尾に次の共産党批判を書いているだけである。『日本共産党は、「二つの敵」論を基本にして、「国旗・国歌」の法制化を認め、連合政府における日米安保条約問題の凍結を打ち出し、有事などでの自衛隊の活用を認めるなど、誤った「右ウィング論」で保守勢力につけこまれ、運動に混乱を生じさせています。また党の利益を階級全体の利益や大衆闘争や少数者の人権よりも上に置く体質を持っています』。綱領においては、旧社会党批判の方が、はるかに長大である。この文面だけで「共産党にたいする不当な攻撃」というレッテルを貼って、憲法改悪阻止の協議を拒絶する理由が成立するのか。

 

 〔回答3の検証〕、新社会党の申入れを「社民党や共産党の政党要件を国政選挙で活用しようとする極めて党利・党略的なもの」ときめつけて、拒絶回答の根拠としている。別ファイルの全資料・データは、共産党側こそが、護憲・活憲運動や9条の会を「党利・党略的に利用」しようとしている事実を証明した。これら拒絶理由の3つともが、説得力を欠く共産党式こじつけである。

 

    新社会党『声明・日本共産党の新社会党への「回答について」』2006年1月26日

    新社会党『新社会党綱領』共産党批判は末尾の上記3行のみ

    google検索『新社会党 共産党 共闘』共産党批判が圧倒的

 

 4、9条の会集会における言動内容の検討

 

 9条の会集会での言動例内容は、共産党側こそが、9条の会に来る人を共産党の拡大対象者にしようとする姑息で利己的な意図を剥き出しにしている。共産党は、革新統一懇談会が全国で758できたと誇っている。しかし、その実態は、選挙時以外、開店休業状態にある。 ()それら開店休業大衆団体に取って代わるのが、共産党にとって9条の会の利用・使用価値となった。()もちろん、4000になった9条の会で真に大衆的になっている地域・階層別の会も多い。()()の比率度合が、9条の会運動や護憲・活憲運動の成否を分ける。

 

 5、特定個人を排除せよという共産党指令の検討

 

 特定個人を護憲・活憲団体や運動から排除せよという指令を共産党党中央が出している。共産党批判・異論者という特定個人排除の秘密・口頭指令を、党中央が全国的に出している証拠が愛知県の問題である。

 

 (宮地)を「あいち9条の会」よびかけ人から排除せよという指令が、きわめて特殊で例外的ケースとする人もあると思われる。そこで、共産党が隠蔽・堅持してきた基本体質を確認する。被除名者・被除籍者を、大衆団体・運動からも、引き続き社会的排除せよという指令を、宮本・不破・志位らが出してきたケースは、従来から多数ある。共産党は、1990年代以降、党中央路線と異なる言動をした党員の除籍という措置を多用している。そして、被除籍党員を被除名者と同じ位置づけをし、反党分子扱いにしてきた。最近の例では、萩原遼元赤旗外信部副部長が朝鮮総連を批判した言動を理由とした除籍である。これらは、日本共産党が「水に落ちた犬は殺せ」というスターリン型前衛党の鉄則を堅持し、被除名・被除籍者たちを、党外追放だけでなく、社会的排除までも執念深く続ける体質の政党であることを証明する事例である。

 

 ロイ・メドヴェージェフは次のデータ証拠を挙げている。スターリンは、大テロル期間や他によって、現共産党員100万人銃殺だけでなく、除名した元共産党員100万人も銃殺・処刑した。スターリン型共産党が批判・異論者に行ったシステムは、()分派容疑の査問・拷問・除名による党外排除→()職場解雇・大衆組織からの排斥という社会的排除→()銃殺・強制収容所送りによる肉体的抹殺だった。

 

    塩川伸明『「スターリニズムの犠牲」の規模』粛清データ。現・元共産党員200万人銃殺

 

 日本共産党は非権力政党なので、国家暴力装置を保有していない。よって、残念ながら、スターリンのように、被除名・被除籍党員を銃殺できないだけである。現在の社会的排除システムまではできるが、悔しくとも、それを銃殺=肉体的排除にまでエスカレートさせることができない。この言い方を大げさと思う人もいるだろう。しかし、共産党による不当で長期の監禁査問を体験した党員は、日本共産党も国家権力を握ったら、自分たち被査問・処分者を銃殺する体質を秘めていると実感した。その証言者は3人いる。()1972年新日和見主義分派事件において、13日間監禁査問された川上徹、()同事件で、6日間監禁査問されたジャーナリスト高野孟、()1967年愛知県5月問題で21日間もの監禁査問をされた私(宮地)である。

 

 動き出した大衆団体・集会のよびかけ人や対象者の中に、被除名・除籍者がすでに入っているケースもある。その場合、宮本・不破・志位らは、「よびかけ人や集会運営者をやめろ、手を引け」という指令を出す。多数あるが、その2つの事例のみを挙げる。

 

 ()、文学者の反核声明と中里喜昭問題

 

 1982年1月20日、「核戦争の危機を訴える文学者の声明」が発表され、マスコミでも大きな反響をよんだ。この声明は34名の「お願い人」が文学者たちに署名をお願いして、約500人の賛同を得たものだった。民主主義文学同盟では中里喜昭が「お願い人」の一人になっていた。ところが、「お願い人」のなかに被除名者の「反党分子」が一人入っていたことを、党中央が掴んだ。党中央文化部長は、彼に次のような指令をした。反核運動は重要だから、党員文学者がそれに署名するのはいい。しかし、「あの声明の呼びかけ人には反党分子が入っている」こと、また「すべての政党・団体・組織から独立した文学者個人」の署名を呼びかけていることには、党員としてはちゃんと批判すべきである。さらに、党中央文化部長は、長崎の中里にたいし、「お願い人」などになった責任を追及するきびしい電話をした。理由はいうまでもなく、「お願い人」34人のなかに反党分子が一人入っているということだった。彼は、党中央による責任追及と自己批判要求を拒否した。

 

 1987年3月、中里喜昭は、1983年の民主文学4月号問題もあって、「離党届」を出した。しかし、党中央はその受け取りを拒否し、半年後の9月、彼に「除籍」を通告した。

 

 ()、学者党員・古在由重問題

 

 1984年7月10日、原水爆禁止世界大会準備委員会運営委員会が、原水協側運営委員問題で紛糾した。一人は、共産党の対原水協クーデター命令による“原水協規約に違反した”でっち上げ全国理事会で選出されたばかりの運営委員・赤松原水協事務局長である。他一人は、共産党クーデターのでっち上げ理事会によって運営委員・事務局長を解任されたばかりの吉田嘉清だった。赤松は、吉田がこの場に出席しているのは認めないとして、吉田退場を大声で主張した。学者党員古在由重は「吉田君が退場になると、私も吉田君と同じ意見だから退場になる」と発言した。

 

 「同じ意見」とは、原水協の全国理事会が、党中央命令によりでっち上げられた違法なものである。そのクーデターによって選出された赤松の方こそ、運営委員としての正当性を欠くという内容である。古在由重は、学者党員でありながら、党中央命令に逆らって、吉田嘉清支持の立場を公然と表明した。

 

 1984年10月、宮本・統一戦線部長金子満広らは、古在由重が、提出した「離党届」の受け取りを拒否した。その上で、彼が「厳密にいえば分派活動」の規律違反を犯したとして、査問し、除籍した。

 

 1990年3月6日古在由重の死去(88歳)で、ほとんどのマスコミが朴報、追悼記事を載せたのに、「赤旗」は、完全黙殺した。それへの党内外からの批判が高まり、共産党本部や「赤旗」編集局に抗議が殺到し、かなりの人が怒って「赤旗」購読をやめた

 

 1990年5月23日、宮本・金子は、「赤旗」で、『古在由重氏の死亡の報道に関して――金子書記局長の報告の要点』を掲載した。そこでは、『原水禁運動をめぐっての1984年10月の「除籍」にいたる日本共産党との関係』とし、彼が学者党員だったことを意図的に公表した。そして、彼の「厳密にいえば分派活動」規律違反行為をわざわざ分析してみせて、“死者に鞭打った”

 

 1990年9月14日川上徹が、藤田省三らとともに、「古在由重先生を偲ぶつどい」の企画、事務局側の一人となった。よびかけ人には、家永三郎、久野収、加藤周一、遠山茂樹、川本信正らが名を連ねた。党中央は、よびかけ人リストを事前に入手した。そして、その中の共産党員全員にたいし、「つどい」のよびかけ人から手を引けと命令・脅迫した。脅迫とは、規律違反行為で査問にかけるぞ、という圧力のことである。その命令に屈して、多数が手を引いたが、川上徹は、党中央命令を拒絶した。そして、当日、彼は、1400人の参加者の前で「つどいの経過報告」をした。共産党は、それを「規律違反で除籍した者を偲んだ」規律違反として、川上徹を査問し、除籍した。

 

 

 6、新左翼「革マル・中核」排除指令の検討

 

 しんぶん赤旗での公然とした「革マル・中核」排除指令をどう考えたらいいのか。彼らが過去に行った暴力行為・内ゲバなどの直接体験者は、党中央の排他的指令を当然正しいと支持している。一方、現在は暴力行使をしていないとして、過去の事例だけを口実にした、国民的な護憲・活憲運動から排除せよという指令は誤りという意見も多い。賛否両論ともいえる。しかし、インターネットを見るかぎり、護憲・活憲運動の国民的統一を図る上で、共産党が誤った排除指令を出していると批判する見解の方がほとんどを占める。

 

    google検索『「革マル」「中核」 共産党 憲法』ほとんどが共産党批判

 

 もともと、「反帝反スタ(=スターリン体質の反日本共産党)」をスローガンとする新左翼出生の秘密は、彼らが武装闘争共産党の産んだ鬼っ子という歴史的真実である。共産党・スターリン信奉者宮本顕治は、1956年2月フルシチョフによるスターリン批判と、1956年10月ハンガリー事件の党内討論を抑圧した。宮本顕治は、ハンガリー事件を、ソ中両党見解に隷従し「反革命」と非難し、切り捨てた。宮本顕治の「反革命」断定と、「革命」と規定する勢力との見解が激突した。新左翼党派は、それら2事件の受け止め方をめぐって、共産党のそれとの本質的乖離・対立が決定的になったことを契機として誕生した。新左翼の指導者たちは、ほとんどが共産党被除名者か離党者だった。共産党は、自らの武装闘争実態とそのほとんど無総括レベルが産み落とした鬼っ子係累を戸籍上で認知したがらないだけである。

 

    google検索『ンガリー事件 日本共産党 新左翼』

 

 そもそも、過去の暴力行為という面で、共産党側はどうなのか。それをきちんと総括しているのか。その上っ面だけの総括やほとんど無総括という無責任さが、新左翼の暴力行使継承路線に受け継がれた歴史的真相に思い至らないのだろうか。

 

 ()、1952年度、五全協で統一回復をした武装闘争共産党は、朝鮮侵略戦争「参戦」活動を行った。共産党による後方兵站補給基地武力撹乱武装闘争の方が、期間・スケールとも、「革マル・中核」の暴力行為・内ゲバのそれと比べれば、けた違いに、大規模だった。宮本顕治は、「宮本らは分派」としたスターリン命令に屈服し、五全協前、自己批判書を提出し、主流派に復帰した。彼は、その武装闘争に重大に責任がある。彼は、ソ中両党による武装闘争の具体的総括・データ公表禁止命令に隷従した。よって、五全協共産党の武装闘争は、きちんとした具体的総括・データ公表がされていないというのが真相である。その証拠は、彼自身の自筆メモと『宮本顕治の半世紀譜面』に基づき、下記別ファイルで検証した。

 

 ()、1953〜54年共産党の「内ゲバ」も、その規模・レベルにおいて、新左翼のそれをはるかに上回っている。1955年六全協前に遂行された「第1次・第2次総点検運動」は、殺人がないだけで、犯罪的レベルの査問を数万人にたいして行った。スパイ自白の強要・二心者や腐敗など無実の容疑による自己批判命令・長期の監禁査問によって、約1220人の除名・規律違反処分を出した。それだけでなく、多数の自殺者を発生させた。

 

 共産党員は、五全協前の236000人から、1955年7月六全協時点の約36000人へと壊滅した。共産党中央軍事委員会は、全党動員の1952年度武装闘争と、53・54年度「第1次・第2次総点検運動」の「内ゲバ」という2大暴力行為の誤りによって、自己崩壊したのが歴史的真相である。六全協は、これらの党内犯罪に沈黙し、「臭いものにふた」をした。宮本顕治は、ソ中両党の秘密人事命令で指導部に復帰できたばかりだった。彼は、ソ中両党の具体的総括・公表禁止命令に隷従し、武装闘争データ公表も、共産党の「内ゲバ」についても、その総括・討論を抑圧する先頭に立った。

 

 ()、70年安保時期における「ゲバ民(ゲバルト民青)」問題もある。宮本顕治は、全国20万人民青内の学生同盟員を、党中央が旅費・食費・宿泊費全額持ちで、東京に大動員した。彼は、川上徹やゲバ民武装闘争隊長宮崎学らに指令し、動員した民青を、党中央費用によるゲバ棒・ヘルメットで武装させた。そして、ゲバ民は、「革マル・中核」との武装闘争を展開した。その暴力行使の理論的根拠は、共産党の暴力革命理論が内蔵する「敵の出方論」に基づく暴力行使行為だった。新左翼が武装したから、民青も武装し、暴力行使で対応をした事実は、正当化できるのか。それは、暴力革命理論政党の発現形態ではなかったのか。宮本顕治は、この「敵の出方論」暴力革命の予行演習にたいし、総額でどれだけの共産党資金をつぎ込んだのか。共産党は、この総括を一度もしたことがない。

 

 共産党がこれらの暴力行為をきちんと自己批判・具体的総括・データ公表をしていると錯覚している国民がほとんどである。しかし、1955年7月六全協も、宮本顕治も、ソ中両党命令に隷従し、表面的な「極左冒険主義の誤り」というイデオロギー総括をしただけで、武装闘争のデータ公表や具体的総括を一つもしていないというのが、歴史的真実である。それに関する宮本顕治のウソは驚くべき、国民騙しの犯罪レベルにある。

 

 1967年以降、彼は、「現在の共産党(宮本)は武装闘争に関係も責任もない」と真っ赤なウソをつき始めた。その性格は、宮本顕治の敵前逃亡犯罪になる。彼が自己保身に基づいて党史偽造歪曲をした行為は、メーデー・吹田・大須という3大騒擾事件公判において、大須事件にのみ騒擾罪を成立させた副次的要因となった。大須事件ファイル『第5部』に彼の犯罪的干渉の事例を載せた。

 

    『嘘つき顕治の真っ青な真実』宮本顕治が五全協共産党で中央レベルの活動をした証拠

    『「武装闘争責任論」の盲点』朝鮮侵略戦争に「参戦」した統一回復日本共産党の証拠

    『宮本顕治の「五全協」前、スターリンへの“屈服”』宮本顕治のウソを暴く証拠

    『騒擾罪成立の原因(2)=法廷内外体制の欠陥』宮本顕治が行った敵前逃亡犯罪の証拠

 

 ちなみに、いわゆる「トロツキスト」にたいするフランス共産党の対応転換とその影響・結果を見る。

 1994年1月、フランス共産党は、第28回大会で、民主主義的中央集権制を放棄した。放棄に賛成1530人、反対52人、棄権44人という採決結果だった。この大会を機にマルシェ書記長に代わったユー全国書記は、「民主主義的中央集権制は、統一と画一性を混同し、誠実な共産主義者でも意見が異なれば、これを打倒し、隔離すべき敵であるかのように扱った」と自己批判した。

 

 1994年4月、臨時全国委員会で、「進歩のための統一協定」を呼び掛けるユー全国書記の提案が了承された。これは「すべての左翼・進歩勢力を結集して議会と政府の多数派になる新しい政治組織がなければ、民衆に有利な政治的出路は考えられない」とし、雇用、平等、社会的・人間的進歩、経済発展、教育、環境、民主主義、新欧州計画、平和、新国際秩序をめぐる対話を呼び掛けるものだった。このアピールは社会党、市民運動、左翼急進運動、環境世代、緑の党、赤と緑の選択、民主主義と社会主義のための選択、革命的共産主義者同盟(トロツキスト)の政治組織の他に、労働組合や市民団体など全左翼勢力に送られた。

 

 1996年4月、このアピールに基づくフォーラムが1年をかけてフランス全土で行われた。パリでこれら一連のフォーラムを締めくくる最後の集会が共産党の主催で行われた。1万人を結集したこの集会には社会党のジョスパン党首、「市民運動」のシュベーヌマン議長(元社会党、国防相)、緑の党のヴォワネ代表、「革命的共産主義者同盟」(トロツキスト)のクリヴィン代表らが参加した。ユー全国書記によれば「歴史的」なものに、ジョスパン氏によれば74年のミッテラン大統領選挙運動以来のものとなった。

 

 1996年12月、第29回大会で、「ミュタシオン」(変化)を提唱し、党改革を図っている。そこで、ユー全国書記は要旨次のような提案を行った。「共産党の新たな社会的政治的役割は第三インターナショナル型のものではなく、現代的で、開放され、ダイナミックで、民主的な新しい型のものである」。

 

 1997年4月社会党と統一戦線を組み、総選挙に取り組んだ。与党が惨敗し、左翼が躍進した。社会党の下院議員56人は245人と4倍に伸び、共産党も24人が37人に、環境派はゼロから8人になり、左翼の総合計は議席総数577人の過半数30議席超えた。共産党は、ジョスパン新内閣に3人の閣僚を送り込んだ。

 

    アルチュセール『共産党のなかでこれ以上続いてはならないこと』

     (宮地添付文)フランス共産党の党改革状況−「トロツキスト」への対応転換

 

 

 7、共産党のセクト的分裂策動をやめさせるには

 

 これら日本共産党のセクト的排他的対応事例を見れば、「無党派との共同をひろげる」という共産党方針の裏側の本質・本音が透けてくる。それは、共産党批判・異論者を排除した上での、共産党支持の無党派層だけを囲い込む意図である。そして、彼らを集めた9条の会を、共産党系大衆団体に変質させ、閉店・休業状態に陥っている革新統一懇談会・安保破棄実行委員会などの組織に代わって、共産党の党勢拡大のための新たな草刈り場にしようとする利己的な狙いを秘めた方針である。

 

 共産党は、新社会党や新左翼党派が、護憲・活憲運動に取り組もうとしているのは、自己の組織拡大の目的からだと非難した。そして、それも理由の一つとして、協議も拒絶をしたり、排除指令を出している。これら共産党のセクト的対応は、共産党の方にこそ、非難内容のつばが逆噴射されることになろう。共産党は、()護憲・活憲運動により、本気で憲法改悪を阻止するつもりなのか、それとも、()護憲・活憲運動や9条の会を利用して、党勢拡大を狙うという利己的な企みで行動しているのか。別ファイル・基礎データ集にも載せたように、上記のような対応は、共産党の本気さを疑わせる証拠である。

 

    『護憲・活憲運動における共産党のセクト的対応』基礎データ集

 

 志位和夫は、1月15日、中日新聞インタビューにたいして、「共産党との連携には民主、社民両党も「引く傾向が強い」(志位氏)」と答えている(中日記事)。また、朝日1月17日社説も次のように証言した。「志位氏は大会で、護憲を目的とした社民党などとの連携について「共産党との共闘をためらう傾向が根強い」と関心を示さなかった。不破路線から踏み出すつもりはないという表明だろう」。

 

 一方、明確な真相は、共産党が第24回大会までの間に、民主党・社民党にたいして、「憲法改悪阻止の一点で共闘」という呼び掛けをしたことが一度もない、という事実である。自分から呼び掛けたことがないのに、「引く傾向が強い。共闘をためらう傾向が根強い」などとよくぞ切り捨てられたものである。

 

    『第24回大会めぐるマスコミ論調』中日1月15日記事、朝日1月17日社説の証拠

 

 ところが、志位・市田・(不破)らの情勢判断・呼び掛けをしていないままの他党派排斥規定を一変させる事態が、党大会前後から突発した。新社会党や新左翼党派の排除指令にたいして、党内外で全国的に党中央批判が沸騰した。党中央にも批判メールや電話が殺到したと思われる。共産党への批判噴出レベルと規模は、彼らにとって、まるで想定外の突発事態だった。志位・市田・(不破)らの傲慢さは、臆病さと裏表一体をなしている。彼らは、国政選挙における連続惨敗、歯止めのない党勢減退状況が、この傲慢な排他的誤りにより、一段と悲惨になる状況を想定して怯えた。彼らは、インターネットの恐ろしさを初めて実体験し、恐怖に打ち震えた。

 

    「さざ波通信」 『一般投稿欄』1月分とそれ以前投稿多数。ほとんどが共産党批判

    google検索『新社会党 共産党 共闘』共産党批判が圧倒的

    google検索『「革マル」「中核」 共産党 憲法』ほとんどが共産党批判

 

 その結果、彼らは、第24回大会のわずか9日後に、「社民党は引く傾向が強い」「政党間共闘の条件は存在しない」という政党規定を覆して、社民党に共闘を申入れた。

 

 党中央批判の殺到・噴出におびえ、あわてて社民党に申入れたという証拠が、社民党幹事長の記者会見内容によっても露呈した。社民党の又市征治幹事長は27日午後の記者会見で、改憲阻止に向けた共産党の共闘申し入れについて「もう少し丁寧にやってほしい」と不快感を示した。京都新聞は、別ファイルのように報道した。「又市氏は二十三日の共産党の志位和夫委員長らの共闘申し入れについて「突然『会いたい』とここに来て、申し入れした後に、三十分くらいしかたたないうちに記者会見して発表した『会見していいか』ぐらいは、共闘しようという相手には問うべきだ」と苦言を呈した」。

 

 不破・志位・市田らは、新社会党の協議申入れにたいし、それを2005年6月15日から2006年1月7日まで、6カ月半も握りつぶし、その間、回答もせずという対応をした。政党間関係のマナーに反する傲慢な前衛党体質をどう判定したらいいのか。一方、社民党にたいし、共闘申入れ事実発表の記者会見を事前設定し、記者団に事前連絡をしておいた上で、突然『会いたい』と出かけて申入れた。それは、とりあえず、他政党に申入れたぞという事実の一種のアリバイ作りであり、これも信頼関係のルールに反する、うぬぼれた体質を露呈した。

 

 もっとも、この党大会9日後の路線大転換=風見鶏的な前言翻し言動は、全国的な党中央批判爆発に屈し、怯えた結果とはいえ、歓迎すべきことではある。さらには、新社会党や新左翼党派の排除指令を撤回させるかどうかが、共産党のセクト的排他的言動・体質にたいする批判行動の次の課題となる。これら多数のHP・ブログ・各種掲示板における共産党批判投稿が、共産党HP宛のメールによっても殺到したら、志位・市田・(不破)らはどのような顔面になるのかを想定したらどうだろうか。

 

    『日本共産党index 『しんぶん赤旗』 「メールはこちら」をクリックして、投稿

 

 憲法改悪阻止の護憲・活憲課題を、国民的な大統一運動に広げる上で、共産党が早くも始めたセクト的排他的策動は、運動内部における深刻な障害になっている。共産党は、国民的な原水爆禁止運動を、自らのセクト的排他的な誤りにより、2度にわたって分裂させてきた。その誤りに関する総括を一度もしていない。

 

 護憲・活憲勢力は、国民運動における、()共産党の歴史的誤りとその無総括という実態について、および、()再びその誤りを繰り返そうとしている真相・データを具体的ケースに基づいて正確に認識する必要がある。もちろん、共産党は、憲法改悪阻止勢力の重要な構成部分を占める。しかし、志位・市田・(不破)らの排他的分裂策動をやめさせなければ、現在の国会内力関係では憲法改悪を強行される危険性が高い。それは、下記に分析する選挙戦略問題にも直接絡んでくる。

 

 共産党が、新社会党との協議拒絶・新左翼の排除指令という2つの分裂・排他的策動を撤回するかどうかが、志位・市田・(不破)らが前衛党式二枚舌をやめたかどうかを判定するメルクマールになる。護憲・活憲勢力は、共産党がその策動をやめ、社民党への対応と同じく、また、フランス共産党が行ったように、新社会党・新左翼にたいし、憲法改悪阻止の共闘を自ら申入れるまで、共産党監視の目を緩めてはならない。このようなレベルで運動内部に障害物が発生したことは悲しいことである。しかし、運動内部分裂の歴史的教訓を心に刻んで、監視し、障害政党にたいする国民的統制を発動するしかない。政党が国民を指導するのではなく、国民・大衆団体こそが政党を監視・統制し、その誤りを是正させるという思考に大転換する時代になった。

 

 その作戦としては、()党内外から、志位・市田・(不破)らの分裂策動批判・中止のメールを殺到させる。()インターネットのHP、ブログにおいて、共産党のセクト的排他的事例への批判を湧き上がらせる。()あらゆる集会で、共産党に排他的策動を中止・撤回するよう呼び掛ける。その他、創造的で、多様な形態を発揮させれば、憲法改悪阻止の護憲・活憲運動内部の障害を取り除くことが可能となろう。私(宮地)は、これら2つの憲法関連ファイルを、私個人のゲリラ的作戦行動の一つと位置づけ、それを開始している。

 

 

 8、護憲・活憲勢力の選挙戦略と共産党の総選挙方針との乖離・対立

 

 〔小目次〕

   1、護憲・活憲勢力の総選挙戦略

   2、共産党の総選挙方針とその現実

 

 1、護憲・活憲勢力の総選挙戦略

 

 憲法改悪か阻止かの最終局面は、今後の衆院選結果に基づく衆議院議席比率である。その前に、憲法改正是非を問う国民投票法案の提出と採決問題がある。2005年総選挙の結果、民主党が賛成すれば、現在の議席比率なら、それらいずれをも可決・成立させることが可能な力関係になっている。

 

 院外における憲法改悪阻止・護憲・活憲の国民運動を盛り上げるにしても、それは衆議院議席の大変動に連結させなければならない。それを目指す護憲・活憲勢力の選挙戦略は何か。300小選挙区・180比例区選挙において、護憲・活憲勢力を大量当選させる方策はあるのか。一人しか当選できない300小選挙区における戦略は、憲法改悪阻止の一点で、あらゆる政党・党派・大衆団体が共同する選挙協力しかない。2005年総選挙結果を見れば、この選挙戦略は、護憲・活憲勢力にとっての常識であろう。

 

 そのような全政党・党派の選挙協力、憲法改悪阻止のための統一名簿作成は可能なのか。ちなみに、ヨーロッパの事例を見る。旧共産党、または、現共産党ともに、単独立候補戦略でなく、他党派との選挙協力・統一名簿を作成して、選挙をたたかっている。

 

(表4) ヨーロッパにおける選挙協力・統一名簿作成の事例

時期

政党

議席

内容

 

イタリア

 

1996

左翼民主党と中道・左翼党派

→「オリーブの木」全体で319

オリーブの木結成による選挙協力。1996年、総選挙で中道左派連合政権が誕生した。左翼民主党21.1%、共産主義再建党8.6%の得票率で、「オリーブの木」全体では、319議席を獲得した。その後、保守に政権交代

 

フランス

 

1997年4月

共産党、社会党

2434

社会党と統一戦線を組み、総選挙に取り組んだ。与党が惨敗し、左翼が躍進した。社会党の下院議員56人は245人と4倍に伸び、共産党も24人が37人に、環境派はゼロから8人になり、左翼の総合計は議席総数577人の過半数30議席超えた。共産党は、ジョスパン新内閣に3人の閣僚を送り込んだ。2002年選挙では後退

ポルトガル

20052

共産党、緑の党

1214

共産党と緑の党が統一民主同盟を作り、選挙をしている。2002年総選挙12議席、2005220日の総選挙結果は、14議席、得票率7.57

ドイツ

2005年8

旧社会主義統一党、他党の離党派

2→54

旧社会主義統一党がドイツ崩壊後に転換した左翼党と西ドイツ側政党の離党した一部が、統一名簿を作って、2議席→54議席に躍進

 

 ただし、これらヨーロッパの旧・現共産党と日本共産党との決定的な違いがある。

 ()、イタリア共産党と、東ドイツ政権党の社会主義統一党は、レーニン型前衛党5原則のすべてが誤りだったと総括し、社会民主主義政党に大転換した。その上で他党派との選挙協力・統一名簿を作成して、選挙をたたかった。

 ()、フランス共産党は、レーニン型前衛党の5原則中、プロレタリア独裁理論と民主主義的中央集権制(Democratic Centralism)のいずれも誤った理論として放棄宣言をした。そして、フランス社会党と選挙協力・統一名簿を作成して、選挙をたたかった。

 ()、ポルトガル共産党は、ヨーロッパでもっとも早く、プロレタリア独裁理論は誤りと断定・放棄した。そして、緑の党と選挙協力・統一名簿を作成した。

 

    『コミンテルン型共産主義運動の現状』上記内容の詳細な経過

    『イタリア左翼民主党の規約を読む』大転換の経過。添付・左翼民主党規約

    アルチュセール『共産党のなかでこれ以上続いてはならないこと』

           (宮地添付文)フランス共産党の党改革状況

    柴山健太郎『ドイツ連邦議会選挙における左翼党躍進の政治的背景』2005年の総選挙

 

 ()、日本共産党だけは、(表2、3)のように、資本主義国で唯一残存するレーニン型前衛党5原則の隠蔽・堅持政党である。その体質は、前衛党特有の傲慢で、うぬぼれた、セクト的排他性をかたくなに秘めている。よって、ヨーロッパの上記4党とは、単純に比較できない。その前衛党体質政党の選挙方針と護憲・活憲勢力の選挙戦略とは、根本的な違いを抱えている。その相違・対立が、護憲・活憲運動における第2の決定的な障害物となって立ちはだかる。

 

 2、共産党の総選挙方針とその現実

 

 第一、志位和夫は、2006年1月の第24回大会において、共産党の総選挙総括を、次のように報告した。1、自己評価−善戦・健闘。2、議席−改選前の9議席を獲得。3、主体的対応−いち早くたたかう構えをつくりあげた。4、政策「野党としての公約」、スローガン「たしかな野党」は正しかった。

 

 第二、彼は、その自己評価に基づいて、次のような条件設定と政党規定をした。「国政選挙での共闘は、(条件1)国政の基本問題での政策的一致と、(条件2)先方に共闘をおこなう意志が必要であり、(規定3)その条件がある相手は、全国政党としては、現在は存在していません」。「一つは、日本共産党と無党派との共同であります。その運動体としては、全国革新懇の運動が重要です。この十年間に草の根での革新懇が倍加し、地域、職場、青年で合計七百五十八に達していますが、この運動の発展にさらに力を入れたい」。

 

 第三、党大会は、その政党規定に基づき、総選挙方針として、「すべての小選挙区で立候補をめざす」「ただし、義務づけない」と決定した。その方針は、2005年総選挙とほぼ同数の約275人立候補者を立てることになる。他政党との選挙協力・護憲活憲の統一名簿作成も拒絶し、300小選挙区の90%において、共産党独自のたたかいをし、その作戦で憲法改悪阻止ができるという見込みをしていることになる。

 

 志位・市田・(不破)らは、次回総選挙においても、得票率10%も取れない共産党単独候補者を、下記()のように立てて、憲法改悪阻止ができると本気で考えているのだろうか。彼らは、憲法改悪阻止の衆議院内力関係を転換させる戦略構想を持っているのだろうか。

 

(表5) 共産党の供託金と没収者数・額・率

立候補

供託金

当選

没収者数

没収額

没収者率

96

小選挙区

300

9億円

2

109

32700万円

36

00

小選挙区

300

9億円

0

130

39000万円

43

 

03

小選挙区

比例区

合計

300

47(重複31)

347(重複31)

9億円

18900万円

108900万円

0

9

9

235人

29

264人

7億500万円

8700万円

7億9200万円

78

重複94

80

 

05

小選挙区

比例区

275

39(重複22)

314(重複22)

82500万円

16800万円

99300万円

0

9

9

223

21

244

66900万円

6300万円

73100万円

81

重複95

84

 

 共産党の総選挙敗北度を示すデータは、議席・得票数・得票率だけではない。もう一つの敗北度データは、供託金とその没収問題である。供託金は、小選挙区300万円、比例区との重複立候補者は、さらに300万円の追加である。小選挙区の供託金没収対象は、有効投票率の10%未満候補者である。小選挙区275人立候補者中、81%・223人が、有効投票率10%をとれなかった。

 

 この悲惨な敗北度第2データは、何を表しているのか。これは、没収金額の多さで驚くのに止まらない。それは、投票者が、共産党小選挙区立候補戦略をどう見たのかを示す。

 第一、共産党の戦略・立候補者を、泡沫立候補戦略と見た。当選しそうな他党候補者に流れたのは、300小選挙区制における投票者心理から見れば、当然である。しかし、政権交代要求の有権者にとっては、それだけではない。

 第二、その裏側の心理として、有権者は、共産党が、自分たちの政権交代要求を妨害した「自公政権延命を結果として支援する革命綱領政党」であると、自らの投票行動によって弾劾したという側面の存在を否定できない。

 

 次期総選挙は、任期満了なら2009年になる。3年前後の2008年度解散もありうる。志位・市田・(不破)らが決定した()国政選挙の他政党規定=選挙協力申入れせず・統一名簿作成拒絶方針と、()300小選挙区全区立候補方針を、護憲・活憲勢力が撤回・変更させることもできなければ、次期衆院選結果がどうなるのか。それは、共産党・社民党の議席数の面で、2003年・2005年総選挙結果レベルになることが確実である。

 

 憲法改悪阻止という一点で全政党・党派の共同を目指す時期において、共産党の「国政選挙の条件設定1」は正しいのか。たしかに、一般論としてなら、第24回大会が決定した国政選挙での共闘は、(条件1)国政の基本問題での政策的一致と、(条件2)先方に共闘をおこなう意志が必要であり、(規定3)その条件がある相手は、全国政党としては、現在は存在していません」という方針は正当ともいえる。しかし、憲法改悪か阻止かというテーマが、国政選挙の最重点になる時点になっても、(条件1)に固執し、他政党・党派にたいし、共産党側から、憲法改悪阻止の一点のみによる選挙協力・統一名簿作成を申入れもしないという選挙方針はまったくの誤りであろう。

 

 たしかに、今日、「国政選挙で、共産党と国政の基本問題での政策的一致」する政党などない。他政党の側からその拒否理由を見てみる。護憲・活憲勢力は、このような別角度から、共産党に抱く他政党側の視点も考慮に入れておく必要があろう。

 

 〔拒否理由1〕、共産党にたいする警戒心と不信が根強い。共産党は、レーニン型前衛党5原則すべてを隠蔽・堅持する革命綱領政党である。しかも、資本主義国で唯一の特異な残存政党となっている。一党独裁体制の根幹をなすプロレタリア独裁理論を、訳語変更を繰り返しつつ堅持している。「社会主義日本では複数政党制・政権交代を認める」と宣伝するが、それは二枚舌のウソであり、信用できない。

 

 というのも、()社会主義14カ国の一党独裁実態・根源を批判・解明したことが一度もない。()政治活動・政党結成の自由を剥奪する犯罪的な一党独裁国家・中国共産党と共産主義友党関係を復活し、中国共産党との理論交流までも始めた。()文字通りの犯罪国家北朝鮮・朝鮮労働党の日本支部である朝鮮総連(学習組)とも共産主義友党関係を復活し、実態としての金正日擁護路線を採っている。その証拠の一つが、2005年、朝鮮総連批判を理由とした萩原遼の除籍である。しかも、その朝鮮総連幹部全員が、朝鮮労働党党員である事実を、他政党や日本国民は熟知している。他政党幹部には、そんな二枚舌の革命政党と正式な選挙協力などできるかという不信感が根深く存在している。

 

 〔拒否理由2〕、共産党との選挙協力・統一名簿作成政党にたいする自民党による攻撃へのプラスマイナス評価とその恐怖心がある。レーニン型前衛党5原則堅持という特異な革命綱領政党であり、かつ、一党独裁国家前衛党の中国共産党・朝鮮労働党の日本支部(学習組)と友党関係を復活させた政党と選挙協力をしたら、何が起きるのか。菅直人が民主党代表のとき、イタリア左翼民主党を中心とする「オリーブの木」勢力が躍進した影響もあって、彼は共産党と選挙協力をすると発言したことがあった。自民党は、瞬時に、それへの総攻撃を仕掛けた。彼は、共産党と選挙協力をすれば、民主党の得票が減ると恐れ戦いて、直ちにその発言を撤回した。

 

 菅直人は、レーニン型前衛党5原則すべてが誤りだったと総括して社会民主主義政党に大転換したイタリア共産党と、5原則とも隠蔽堅持している日本共産党との根本的な違いをまるで理解できていなかった。もし、護憲・活憲課題の一点で、他政党が共産党との選挙協力をしようという姿勢・発言を再びしようものなら、自民党はその時を上回る攻撃を他政党に浴びせるはずである。それによる自党の得票数激減を見越してでも、そのレベル・体質の革命綱領政党と手を組む政党が現れるか。得票数が激減する見込みの根拠は、自民党からの総攻撃以外に、もう一つある。それは、世論調査において、「嫌いな政党」の第1位置をつねに共産党が占め、有権者の20%前後が共産党を嫌うという政党意識が定着していることである。

 

 21世紀日本の政党間力関係は、資本主義世界で唯一残存する特殊政党を含んでいる。護憲・活憲勢力は、ヨーロッパと違う異様な政党事態を冷厳に認識しなければ、憲法改悪阻止戦略の対応を誤ることになる。政党への善意ある願望は当然存在する。しかし、政党にたいする根拠のない期待や、圧力行動を伴わない要望レベルに留まるかぎり、護憲・活憲運動は壁にぶち当たる。その特異残存度の経過・原因については、別ファイルで分析した。

 

    『「レーニンによる十月クーデター」説の検証』文末7−特異残存度の経過・原因

 

 イタリア共産党やドイツ社会主義統一党のように、日本共産党が社会民主主義政党に大転換をすれば、護憲・活憲の一点で、あらゆる憲法改悪阻止政党・党派と選挙協力・統一名簿作成に踏み込む道が開けるであろう。イタリアの左翼・中道政党は、共産党が大転換をしたことを見極め、初めて警戒心を解いた。そこから「オリーブの木」による選挙協力が発足した。

 

 しかし、志位・市田・(不破)らは、民主主義的中央集権制(Democratic Centralism)を放棄すれば、共産党トップとしての地位・特権が奪われ、トップから転落することを完璧なまでに認識している。Democratic Centralismとは、彼らにとって、鉄壁の自己保身=批判・異論者完全排除システムだからである。放棄した各国のレーニン型前衛党では、それによって、共産党トップたちがすべてトップから転落し、交代させられた。したがって、彼らが主導し、党内民主主義抑圧・批判者排除の武器である暴力革命のための軍事集権規律を放棄する見込みはない。21世紀になって、この反民主主義的・犯罪的組織原則を堅持しているのは、資本主義国で、ポルトガル共産党と日本共産党の2党だけになった。

 

 それなら、護憲・活憲勢力は、自らの選挙戦略と共産党の選挙方針との乖離・対立をどうしたら解決できるのか。護憲・活憲運動における共産党のセクト的排他的誤り事例は、運動内部の第1障害物である。共産党は、小選挙区比例代表並立制選挙の5回目も、300小選挙区全区立候補という名誉ある孤立方針を、党大会において満場一致で決定したばかりである。これが、運動内部の第2障害物となる。いずれにしても、護憲・活憲勢力が、誇り高き前衛党の固執する第1・第2障害物除去する作業は至難の業となる。

 

 国政選挙の度ごとに、多くの人が、善意に溢れ、共産党と社民党・他党派と選挙協力すべきという意見を、新聞・掲示板・HP・ブログにおいて発表してきた。しかし、上記で分析したように、資本主義国で唯一残存するレーニン型前衛党5原則堅持政党のままでは、共産党側と他政党側ともに、自らがその障害物を除去する自浄能力を喪失している。

 

 護憲・活憲勢力の戦略展望は、明白である。護憲・活憲運動は、衆院選の主要テーマが、憲法改悪か阻止かになる前から、共産党・社民党・新社会党などすべてをして、民主党・公明党にたいしても、9条改悪阻止の一点で協議・共同しようという申入れ行動を開始させるよう追い込まなければならない。民主党内には、集団的自衛権賛成議員とともに、9条改悪阻止を主張する議員も多数いる。それを画一的に「民主党と自民党と同一」で片付ける共産党の政党規定は誤っている。加憲論の公明党も、9条改悪阻止という一点なら、護憲・活憲勢力と一致できる。自民・公明政権だからといって、公明党を対岸の彼女に追いやることは誤りであろう。志位・市田・(不破)らは、このような戦略展望を共有できないのだろうか。

 

 「地獄への道は善意で敷き詰められている」と言われる。「戦争ができる国にしよう」という地獄に至る9条改悪の道にも、甘い期待や行動を伴わない善意の要望が溢れている。そこから脱皮し、国民側こそが、自民党を除く全政党に、9条改悪阻止の一点だけで協議・共同を開始するようさまざまな形態による強烈なプレッシャーを加えなければならない。

 

 日本共産党側をして、フランス共産党がしたように、自民党を除く全政党・党派にたいし、「9条改悪阻止の一点での協議申入れ文書」を出させるように追い込んだら、どんな事態を想定できるだろうか。他党派といえども、共産党が新社会党にした仕打ちのように、6カ月半も握りつぶし、その間まるで無回答という傲慢でうぬぼれた対応はしないであろう。もちろん、()新社会党と新左翼にたいしては、護憲・活憲運動からの排除指令を撤回し、その誤りを自己批判しなければならない。()民主党・公明党の回答内容がどうなるのかを、護憲・活憲勢力は見守る。申入れ・回答の経過を公表すれば、憲法改悪阻止における全党派の政治姿勢が一段と浮き彫りにできるという大きな効果が生れる。誇り高き前衛党が、そんな拒否されることが分かっている屈辱的な行動に出るわけがないと諦めていたら、何も始まらない。護憲・活憲勢力が、全政党・党派をこの協議参加レベルにまで追い詰めないかぎり、憲法改悪阻止はスローガン倒れに終わる。

 

 日本共産党が、資本主義世界で唯一残存するレーニン型前衛党の特異5原則体質を隠蔽・堅持する限り、他党派は共産党の申入れにたいし、上記〔拒否理由1、2〕を持ち続ける。この政党間関係の閉塞状況は、ヨーロッパと比べて、21世紀日本の悲劇である。その実態を固定化させないためには、まず、共産党が体質化している第1・第2障害物除去に、護憲・活憲勢力が全力をあげる時期になったのではないか。根本的には、唯一の残存共産党が、ヨーロッパのように社会民主主義政党へと大転換すればいいが、当面その見込みは薄い。

 

 現役の共産党員でも、志位・市田・(不破)らにたいし、規律違反にならず、合法的に圧力をかけ、第1・第2障害物を除去するよう要求する方策がある。それは、党中央宛に、メール・意見書を何度も提出し続けることである。党中央と訴願委員会は、「受領書」だけを出して、返事もしないで握りつぶす。しかし、党費納入27万党員の内、少なくとも数千人が一人あたり10通以上出せばどうなるのか。それとも、憲法改悪阻止要求を抱いていても、要求のゲリラ的提出までもしようとする行動的な共産党員は、一握りになってしまっているのだろうか。

 

 私(宮地)の場合、正規の会議において、赤旗の極度な一面的拡大方針と成績主義的数字追及の誤りの責任所在問題で、愛知県常任委員会批判とともに、党中央批判だけでも10数回発言した。1975年・38歳のとき、党中央は、私を党中央批判専従として報復解任した。それ以後の1年8カ月間、私はそれを正規の発言にたいする不当な報復解任だとし、党内でたたかった。その方法として、意見書・質問書・調査要求書など25通を党中央宛に出し続けた。党中央は、それにたいし、一通の「受領書」も出さず、調査もしなかった。私の妻も、宮本委員長宛に、解任理由の質問書6通を送った。妻には「受領書」が6回送られてきたが、すべて無回答だった。党中央は、夫婦が出した31通を無回答・無調査のままで握りつぶした。その提出行動は合法的で、規律違反にならないので、党中央は私たち夫婦にたいし、その行為だけを理由として査問・除名することができなかった。

 

    『日本共産党との裁判第1部〜第8部』意見書・質問書・調査要求書など夫婦で31通

    宮地幸子『政治の季節』10年後、友人、尾行−宮本委員長宛の解任理由質問書6通

 

 また、党大会が満場一致で決定した第3議題−全党員が毎年1200円以上の「小選挙区供託金支援基金」の拠出を拒否する抵抗形態もある。党費納入党員268664人全員×毎年1200円納入×3年間≒総額で9億6720万円になる。その基金は、300小選挙区全区立候補方針に基づき、多額の選挙カンパ目標とは別に、解散(仮定)までの3年間で9億円以上を徴収する方針である。それは、誤った選挙方針を原因とする没収供託金約7億円の資金的穴埋めを事前にしておこうとする二重の誤りである。

 

 ただし、注意すべき一点がある。集団で、または、支部単位で、メール・意見書提出や「供託金基金」の拠出拒否することは厳禁であり、あくまで個人行動に限る。なぜなら、党中央や中間機関専従は、待ってましたとばかりに、それら数人の行為を「分派活動」だとでっち上げ、査問・除籍をするからである。

 

 このような党員個人単位のメール・意見提出や抵抗が数千人規模で激発すれば、フランス共産党なみに、とりあえず、()民主集中制と()プロレタリア独裁理論というレーニン型前衛党の2原則を放棄させるよう、志位・市田・(不破)らを追い込む展望が手でくるかもしれない。というのも、第24回大会報告において、志位和夫が自白したデータを、別ファイルで分析したように、支部数の崩壊度・「政策と党勢拡大計画」を持たない支部の激増・党員の綱領未読了率などを見る限り、共産党の内部崩壊現象が確実に進行しているからである。掲示板においても、民主集中制の弊害と廃止展望が書かれている。

 

    『第24回大会決議・中央委報告における15の真相データ』(データ7〜12)内部崩壊現象

    人文学徒『民主集中制の弊害と廃止の展望』民主集中制さん、松岡さんへ

 

 共産党が第1・第2障害物に固執し続けるかぎり、護憲・活憲勢力が共産党に審判を下す時期は、まず、来年2007年4月・7月に訪れる。4月の統一地方選は、ほぼ1年後である。7月の参院選も重要な政党間戦争になろう。政党にたいし、なんの行動も伴わない善意の要望姿勢を脱し、政党にたいする具体的な圧力行動に護憲・活憲勢力の数十万人が立ち上がれば、至難の業にも見える第1・第2障害物除去することが可能になるであろう。

 

 それができない時は、戦争ができる国家に突き進む地獄の門が再び開く。

 

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 〔関連ファイル〕

    『護憲・活憲運動における共産党のセクト的対応』基礎データ集

    HP『九条の会』 『あいち九条の会』

    加藤哲郎『護憲・論憲・改憲の幅と収縮可能性』

          『護憲・活憲・論憲・創憲・改憲』憲法問題リンク集

          『1942年6月米国「日本プラン」と象徴天皇制』

    五十嵐仁『転成仁語』新著『活憲』注文。活憲・護憲のコメント多数

    原仙作『護憲論の教条化を生み出す土壌−千坂さんへ』

    Google検索『憲法改定』