8月25日(金)

関係者の間でも、色々と波紋・紛糾を呼んでいるらしいこの出し物。 一観客の立場でレポートしてみます。

●7/14 戦後歌謡カバレット 〜たまごとゴジラと焼け跡と〜 at新横浜スペースオルタ
 澄淳子(vo)、黒田京子(p)、太田恵資(vl)、渡辺亮(prc)、芳垣安洋(ds)

澄さんが長年取り組んできた戦後の歌謡曲をジャズに乗せて歌う、という試みを 集大成したステージ。しかもカバレット形式で。 試行錯誤を重ね、迷ったり悩んだりを直前まで続けた末の開演だったようです。

カバレット。ミミズも正確な定義は知りませんが、 ストーリー的なものがあり、歌と音楽とおしゃべりが楽しめる出し物。 日本で言えばさしずめ、演歌歌手のリサイタルで歌ありおしゃべりありの お芝居をやるでしょう?あれに近いのではないかと思います。 但し本場ドイツではもっとメッセージ色が濃い。
で、今回の戦後歌謡カバレットは、しっかりメッセージを込めた本格派だったのです。 賛否両論あるとしたら、多分ここが焦点でしょう。

スペースオルタは、席数200くらい?ステージと客席が近くて、 まさしく小屋と呼びたい、いい感じの小劇場でした。 セッティング済みのステージを見渡せば、ピアノ、ドラムとパーカスの 賑やかなセット、数本のマイク、澄さんのための椅子がいくつか。 高さ20センチくらいの真っ白な卵が3つ4つ。 ドラムセットの後方には焼け跡を象徴するようなオブジェ =鉄線とワインのコルクで作った無機質で巨大な地球儀。
戦後の歌謡曲を楽しく歌いつなぐだけの出し物じゃない。このセットを見て、 気付いても良さそうなものだったのです(苦笑)。

案の定、ステージはピアノの強烈な一発からスタート。真っ赤なライト、 「助けて下さい、助けて下さい」という、広島の放送局からの(幻の声と言われる) SOSの声。炸裂するシンバルの音。身のすくむようなオープニングが沈静化し、 吹きっさらしの焼け跡を思わせる切々と響くバイオリンの音も止み...。
ドンドンスコン・ドンドンスコンというタイコの音とともに、 金髪のかつらを着けた澄さん登場。歌は「ミネソタの卵売り」。それから、戦後初めて 封切られた映画の主題歌「リンゴの唄」。prcの2人が生み出すグルーブ感が凄い! 太田さんも笑顔を見せ、戦争の重圧からの解放の象徴のようなその曲が高らかに、 但し澄さん流にフェイクしながら歌われ...。そして、出た〜。 渡辺さんのビリンバウに乗せて、 みんなでラップ風に唱和する「買い物ブギ」。これも楽しかったです。 忙しくて何が何だか分からない〜、と言いたげな澄さんのすねた歌い方がチャーミング。

小物を上手に使って次々に扮装を変えて行く澄さん。 ある時は卵売り、ある時はパンパン(占領軍相手のコールガール)、 ある時は焼け跡の浮浪児、ナイトクラブの歌手。 そうやって占領下の、さらに下って60年代に至るまでの 世相を反映した唄を次々に披露。 あいまのおしゃべりではお客さんに話しかけたり、かと思うと 「何だ今日は敗戦国民ばっかり!これじゃ商売にならない」なんて怒ってみたり。

ところが、他のメンバーがふいに声をかけるのです。 (特に芳垣さんの声がやたらに良いのだ。)「おや、確かあなたは広島で...」。 澄さん扮する少女は狼狽し、怯えたように叫びます。 「違う、わたしはそんな人知らない!」「時間がないの、もっと歌わなきゃ!」

この瞬間に観客は、歌の世界から現実世界に引き戻されます。 ミミズは元から言霊(ことだま)ってやつを信じておりますが、 言葉というのはかくも強いものだったのですね。 言葉にさえぎられその込められた意味に引き留められ、 目の前にある音楽に入っていけない。 それはガラス越しにステージを見ているような、金縛りにあったような、 もどかしくも鮮烈な、いままで体験したことのない時間でした。

徐々に、少女が誰なのか明かされていきます。広島の原爆で死んだ16才の少女。 恋の歌が沢山歌いたかったのに、そんな歌は知らないし許されもしなかった少女。 ようやく歌が歌える時代になり、幽霊になってあちこちに出没しながら 精一杯楽しい歌を歌おうとする少女。
そんな少女の願いもむなしく、ビキニ沖水爆実験の知らせ。 少女の悲痛なささやき「戦争は終わってないんですか?」。 そして、インストルメンタルによる「ゴジラのテーマ」。 それは明らかに怒りに満ち満ちた壮絶な演奏で、 とりわけピアノの迫力は凄まじかったです。

原水爆の実験は続き、ゆえにゴジラも次々に出没。口々に皆がゴジラの映画タイトルを 叫ぶ中、黒いドレスに白い羽のショールをまとった澄さんが「さよならはダンスの後で〜」 (というタイトルではないと思いますが)、別れの歌をしっとりと歌い上げます。

少女は言います。もし私が幽霊だというのが気持ちが悪いようでしたら、こう考えて くれませんか?わたしはまだ生まれていないのだと。生まれなかったわたしが、 生まれていないはずのあなたに向かって歌っているのだと。
ここに、卵のメッセージが込められています。 生まれ、死に、また生まれ変わる卵の環の中で、 平和を歌に込め歌い継いでいきたい。そんなメッセージをミミズは受け取りました。

エンディング、全員が手に手に楽器を持ち、行列して客席をめぐってから 場外に消えていきました。これまた強烈なサンバのリズムに乗った 「ミネソタの卵売り」の歌とともに。

言葉の力を思い知らされたステージのように思います。まさに諸刃の剣。 確かに、言葉に裏切られる瞬間を待ちながら歌を聴いている自分がいました。 その一方で、何かこなれていない、ぎくしゃくした印象も持ちました。 同じ台本でもちょっとしたニュアンス、タイミングで また違う雰囲気になったかもしれない。 歌と音楽の存在感を強めるような言葉の使い方があるかもしれない。 ミミズはこの出し物、三夜連続くらいにして欲しかった。 きっと最終日には全然違うものになっていたに違いない、と思うのです。

と言うわけで、再演を望む。お気楽な一観客の感想でした。


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