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少女はただひたすら走り続けていた。
その目には、脅えの色を浮かべながら・・・。

「逃走」・・・今、これを読んでいる方で、本当の逃走というモノを経験した方はいるだろうか・・・。
おそらく、ほとんどの方が「No」と答えるだろう。
しかし、少女は「逃走」をしていた。

 話は、封建社会のヨーロッパにまでさかのぼる。
 身分制度がしっかりと敷かれていた当時、貴族と臣民の差は歴然としていた。
 しかし、その状況を打破しようとした貴族が存在したことを皆さんはご存知だろうか・・・。
 その者の名を・・・「マルスター=エスタ=エスパオール」といった。
 貴族の地位にありながら臣民と同様の生活をし、直にその生活状態を感じ取り国王まで持っていく。
 彼がとったこの行動は当時の貴族にとっては面白くないものであったが、臣民の信頼は絶大なものであった。
 しかし、快く思っていなかった貴族の中には過激な思考を巡らせるものが多く、

 マルスターはこの後一家ともども暗殺されてしまった。
 臣民はこの事実に怒りを覚え国王に対し反抗をする。
 その結果・・・その国家において封建制度の崩壊を見るに至ったのであった。

少女は、自分の限界を感じ取りつつも足を進めた。
「止ったら・・・連れ戻される・・・。」
それだけは確実であったからである。

 しかし、マルスターはなかなかに頭の切れるものであった。
 自分の暗殺を予期していたマルスターは、自分の娘と娘の家庭教師をある島へと逃がしていたのである。
 はるか東方の島。まだ、人が住居を構えていないような島へと・・・。
 娘の名を「ミラーニャ=ユウキ=エスパオール」家庭教師の名を「マクロイド=ジパーニ」といった。
 この二人は、その島で確実に生きながらえ、エスパオール家の血筋を絶やすことはなかったという。

少女は、疲労を押し殺し自分のことを考えていた。
「・・・私は・・・誰なの・・・?」
答えは簡単である・・・。
「ミランジャ=パルス=エスパオール」
・・・それが答えである。
そして、ミランジャ自身がたどり着く答えもまたこれ以外には無かった。
さらに言えば、ミランジャはそれ以外の事象を思い出すことが出来なかった。

 「マルスターが自分の娘を外に逃がしていた。」
 という事実はいつのまにか、
 「マルスターは自分の財産を娘に持たせ、その管理を家庭教師に任せた。」
 というものにすりかわっていた。
 やがて、ヨーロッパ各国はこぞってマルスターの財産を探すため東方の島へと船を向けた。
 ここに、大航海時代がはじまるのである。
 そして、その財宝は「ジパーニの財宝」と呼ばれていたが、時が経つにつれて
 「黄金の国ジパング」へと変わっていった。
 そう、ミラーニャ達が住み着いた島は、1999年の地球で言うところの日本の南方にある島だったのである。

ミランジャは最後の気力を振り絞り森を抜けようとしていた。
「あと少し・・・」
別に確信があるわけではない。
ただ、そんな気がする。
そんな一念でミランジャは走り続けた。

 時は流れたが、ミラーニャ達の姿は確認できなくなっていた。
 彼女たちは、最初に住み着いた島を6年ほどで離れ、ヨーロッパに戻ってきていたのである。
 彼女たちは人知れず生活をし、エスパオールの名を絶やすことはなかった・・・。

ミランジャは、森を抜けた。目の前には、1件の家。
「助かるかも・・・」
そう思い、ミランジャはその家のドアをすがる思いでノックした。
「はぁい。」
意外にも、答えはすぐに返ってきた。
しかし、ミランジャにはもう限界がきていた。
その声の主がドアを開けると、ミランジャは家の中へと倒れ込んでいったのだった。
家の主・・・20代中頃の青年は、ミランジャの足やその倒れ方から追われていたのがすぐに分かったらしく
ミランジャを抱えると自分のベッドへとつれていった。

 時は過ぎ、いつしか「ジパング伝説=ジパーニ伝説」は忘れられていった。
 しかし、現代にその伝説の謎を探ろうとした組織があった。
 その組織は、エスパオール家の者が代々その宝について受け継いでいると推測。
 エスパオール家の子孫であるミランジャを監禁し、その情報を聞き出そうとしていたのである。
 そして、先ほどの逃走劇となったわけである。

力強くドアがたたかれた。
男は、ドアを開けた。
そこには、黒服が2人たっていた。
「神代さんですね。」
「はぁ、あなたがたはいったい?」
神代は、見当がついてはいたが問いただしてみた。
「私たちのことはどうでもいい。それより、先ほど少女が一人逃げ込まなかったですかな?」
(なるほどね・・・ビンゴってわけかい)
そう思いながら、
「知らないね。大体こんな時間に少女が走ってるって言うのが不自然だと思うが?
 事情があるならそれから説明してもらいたいね。」
「・・・知らないほうが命を長引かせるものもあるって答えじゃいけませんか?」
黒服Aは脅すかのようにそういった。
「・・・まぁ、事情はどうあれここにはきていないな。町に降りたんじゃないのか?
 どちらにせよ研究材料を探してる途中なんでね、付き合っていられないんだ。悪いがそろそろお引き取り願えないかな?」
神代は、適当なことを言うと一方的にドアを閉めた。
「ふぅん。これは、しばらく移動できないかな・・・?ならば、先手を打つとしますか・・・。」
神代は、ミランジャのほうへと歩みを進めようとした・・・
しかし、ミランジャは起きていた。神代のほうを見ながら疑問の表情を浮かべていた。
「ねぇ、なんでボクのことかばってくれたの?」
ミランジャはいきなりそんな質問をした。
「なに。君が悪い子じゃないってわかったからさ。それよりも、今のうちにここから俺の研究所へ行ってしまおう」
そういうと、神代はミランジャを自分の車に乗せ走り出した。

神代は、先手を打った。
翌日になれば黒服がマークしにくるに違いない。
となれば、チャンスは・・・今夜。
しかも、追い払った後すぐとなればなおさらである。

「そういえば、名前を聞いてなかったな・・・。」
疾走する車の中で神代はそう切り出した。
「・・・ミランジャ・・・ミランジャ=パルス=エスパオール」
ミランジャは、少し脅えた様子で小さな声で答えた。
「そうか、ミランジャって言うんだな。いい名前じゃないか。」
神代は明るく答えた。
「・・・ねぇ、あなたの名前は・・・?」
ミランジャも弱々しいながらもたずねた。
「あ?俺か?俺は、神代友希っていうんだ。」
「へぇ・・・神代さんっていうんだ・・・。」
「そういえば、さっきの奴等一体何なんだ?」
「・・・・・・ごめんなさい。ボク名前ぐらいしか思い出せないの。どこから来たのか、子供の頃どんな風だったのか
 ・・・覚えていないんだ・・・。」
「そうか・・・」
・・・記憶喪失
いいながら神代の頭にその単語がよぎった。
そして、会話が途切れてしまった。
それっきり、何も会話が無いまま神代の研究所にたどり着いた。
時間にして約7時間。ノンストップで来ただけあって神代にも疲労の色が見えていた。
「さぁ、とりあえず今日はここでゆっくりしていくといい。俺も少し寝るから・・・。
 ただ、間違っても外に出ないように。・・・じゃ、おやすみ。」
神代は、ミランジャに自分のベッドをあてがうと床に布団を敷きとっとと眠りについてしまった。

どれだけの時間が過ぎたのだろうか・・・神代はいつもと違う感覚の中目を覚ました。
鼻につくのは明らかに誰かが調理した食事のにおい・・・。
ふとベッドを見るとミランジャの姿が無い。
「彼女が作ったか・・・黒服の前祝いか・・・」
確率は7:3・・・
神代は、自分を信じてキッチンへと向かった・・・。
「はぁい、ご主人様ぁ。」
帰ってきたのは、ミランジャの声だった・・・。
「なんだ、ミランジャが作ってたのか・・・。」
分かっていながらも、大げさに答えた。
「みぃ。ご主人様、お疲れだったみたいだから・・・。」
「ちょっといいか?なんでご主人様なんだ?」
神代はミランジャに問い掛ける。
「う〜ん。なんでだろう・・・。でも、お世話になったし、なによりお礼がしたいから・・・。
 それに、ここは神代さんのおうちなんでしょ?だったら、神代さん、ご主人様じゃないですか。」
ミランジャは元気な笑みを浮かべながらそういった。
「・・・そうか。そうだよな・・・ところで、ミランジャしばらくここにいるか?ここならある程度は安全だ・・・。
 いろんな意味でな。」
神代はミランジャの答えをさらりと流して彼女に問い掛けていた。
ミランジャは、少し考えた様子ではあったがややあって小さくながらうなずいた。
「・・・決まりだな。しばらくはここにいるといい。下手に外出歩くよりは安全だろうからな・・・」
ミランジャの答えを見て神代はそうこたえていた。
「うん。・・・じゃないや、ありがとう。お世話になります。」
ミランジャは、今までに無いくらいすばらしい笑みを浮かべ明るく答えていた。