夢忘れ物、峠旧道
バスのお客も段々減って、最後の部落を過ぎるとわたしだけ。
はるか下界を見ながら、弱い路肩のガタゴト道をバスは飄々の登り。

車掌は運転手と煙草を吸いながら世間話。
ふいと振り向いて、
「兄ちゃん、一本やらん?」

少し開けた峠を越えると、
昼なお暗き杉林の長い下り。
子どもの頃、
「この峠、昔はバスがよう落ちよったんよ」

杉林が終わると、バスは谷あい山すそを土煙。
生まれる前から見たことがあるような、
何とも言えない心地よさ。

いくつか目の部落でバスを降りると、脱世間。

 透明が停まったままの朝まだき、
 畳み目まで染み込む刺す日の出、
 昼下がり蝉時雨の碁盤、
 山並み稜線いっぱいの星、
 天井隅の蛇目張り。

帰りのバスは、近くの娘さんと乗り合わせ、
峠の手前の部落で、
「さようなら」と娘さん。

谷間の橋を、日傘で渡る娘さん、
ゆっくり遠ざかる後ろ姿に、
何故か、涙がとまりませんでした。

これも画か?


 何十年か経って、
 もう一度訪れた峠は...

 峠の手前は、俗塵野。
 峠を越えれば、草枕。