小説
2004. 8/25




重ねるの。-新婚組曲-


「ねぇねぇダーリン」
「なんだよ」
「お誕生日、おめでとう!!」
「…はぁ? なに言ってんだ」
「なにって、今日はダーリンのお誕生日だよ? もしかしてボケちゃった?」
「ボケたのはお前の方だ。もう忘れたのかよ」
「なにを?」
「俺の誕生日は、今年から廃止になったんだぞ」
「なにそれ」
「だから、誕生日をなくしちゃったの。俺はもう年をとらないの」
「えーっ!! ダーリンずるい!!」
「なんでだよ」
「それじゃあ、私だけおばあちゃんになっちゃうの?」
「お前もやめればいいだろ」
「そんなのやだ!! お誕生日は、ちゃんとお祝いしてほしいもん!!」
「なら、ひとりでばぁさんになってろ。俺は、永遠に二十歳として生きるんだ」
「二十歳?」
「下一桁は切り捨てだ。うそはついてないぞ」
「ねぇ、ダーリン」
「な、なんだよ…」
「もうちょっとしたら、どうしたっておじさんになっちゃうんだよ?」
「ならないぞ。俺は、絶対に、おじさんにはならないぞっ!!」
「お腹、出てきているのに? おでこだって広くなってきているのに?」
「…と、とにかく、俺は永遠に二十歳で生きるんだ!!」
「ダメっ!! そんなずるは許さないんだからね!! ダーリンはおじさんになるの!!」
「ふざけるなよ!! 俺のことは俺が決めるんだ!!」
「もぉ、子供みたいなんだから…」
「若いって言え、若いって」
「せっかくプレゼントだって用意したんだから、お誕生日やろうよう。ね?」
「…なにをくれるんだよ」
「てへへ、ないしょ」
「ならいらない」
「えーっ!! でも、すごいものだよ!! ダーリン、跳びはねちゃうよ!!」
「どうせ、プレゼントは私、なんて言うんだろ」
「そ、そんなこと…ないよ」
「なにどもってんだよ」
「…どもってなんかないもん」
「視線が泳いでるぞ」
「お、泳がないもん」
「じゃあ、なんだよ。言ってみろよ」
「な、ないしょだけど…ダーリンは絶対に喜んでくれるよう」
「本当にか?」
「本当だよ」
「絶対か?」
「絶対だよ」
「喜ばなかったらどうするんだよ」
「喜ぶもん。ぜーったいに、ダーリンは喜んでくれるもん!!」
「取らなくていい年を取るんだぞ。本当に、それ相応のものなんだろうな?」
「うんっ!!」
「…わかった。じゃあ、特別に誕生日を復活させてやる」
「本当に?」
「本当に特別だからな。変なものだったら許さないぞ」
「うんっ!! ありがとう、ダーリン!!」
「今回だけだからな」
「へへっ。お誕生日おめでとう、ダーリン!!」
「おう。で、プレゼントはなんだよ」
「ちょっと待っててね。取ってくるから」
「早くしろよ」

「あ、お待たせ。ダーリン」
「で、俺が喜ぶものってなんだ?」
「このリボンに注目っ!!」
「…こら」
「プレゼントは、わ、た、しっ!! お誕生日おめでとう、ダーリンっ!!」
「おいこら」
「なぁに?」
「俺の予想どおりじゃないかよ、それ!!」
「でも、嬉しいでしょ?」
「…ぜんぜん」
「うそだよう。素直じゃないんだから、もぉ」
「素直にまったく嬉しくないぞ」
「なにそれ!! どうしてそういうこと言うの? 普通、泣いて喜ぶよ!!」
「そっかぁ?」
「うそでも泣いて喜ぼうよう!!」
「…だいたい、どう使えばいいんだよ」
「どうって…今日はダーリンの言うこと、なんでも聞いてあげる」
「ふぅん」
「えっ?」
「なんでもなんだな? なんでも聞くんだな? どんなことでも聞くんだな?」
「え、ええっと…その、できるだけ、なんでも、かな?」
「なんでだよ。なんでも聞けよ」
「だって、その目は、ぜーったいに変なことを考えてる目だもん」
「当たり前だろ」
「…そんなこと、するの?」
「な、なんだよ、その目は…」
「ねぇ、ダーリン。こんな素敵な奥さんに、そういうこと、しないよね?」
「やる」
「ひ、ひどいよ、ダーリン!!」
「…じゃあ、いらない」
「ひどいひどいひどいっ!! プレゼントを返すなんてもっとひどいよぉっ!!」
「あのな、ひとつ言っていいか?」
「なに?」
「前にさ、お前のこと、もらってるんだけどさ」
「えっ?」
「もらってやるって言ったら、さんざん泣いたの誰だっけ? もう忘れたのか?」
「あっ!!」
「あの時に、お前のこと、もらってんだぞ? もう一度、もらえっていうのか?」
「そ、それは…」
「いつ、俺はお前を返したんだ? ああん?」
「うーっ!!」
「ったく、お前って本当にバカだな」
「…バカじゃないもん」
「だいたい、先に俺に欲しいものを聞けばよかっただろ?」
「そんなのつまんないもん」
「けど、失敗はしなかっただろ?」
「…失敗してないもん」
「素直じゃないのはどっちだよ」
「ダーリンが意地悪するからだもん!! うそでも喜んでくれればいいのに…」
「なんでもしてくれないんだろ? そんな普通なお前をもらってもなぁ」
「でも…だって…だけど…」
「ちょ、ちょっと待てよ!! なに泣いてんだよっ!!」
「だって、だって、だって…」
「わ、わ、わかったから、泣くのやめろって」
「やだっ!!」
「ったく、子供なんだから」
「ダーリンがいじめるからだよぅ…」
「わかったわかった。じゃあ、教えてやる」
「…なにを?」
「俺が欲しいもの」
「…準備してないもん」
「いいから。ほら、涙を拭けって…」
「…ティッシュ取って」
「ほら…」
「うん…」
「で、にかって笑え、にかって」
「こ、こう?」
「違う。もっとにかって…まぁ、そんなもんか」
「…これでいいの?」
「ああ」
「…それで、どうするの?」
「俺が欲しいのは、その…お前の笑顔だ」
「えっ?」
「だ、だから…」
「ダーリン」
「な、なんだよ」
「…顔、真っ赤だよ?」
「う、うるさいなぁ!! そんなの明かりのせいだ、バカ!!」
「えへへっ、恥ずかしいの」
「と、とにかくずっと笑ってろっ!!」
「ずっとなの? それだけでいいの?」
「それが…一番の贈り物だ」
「ダーリン…」
「なにも聞くな!! なにも言うな!! 黙って笑ってろ!!」
「…うん、わかった。ダーリンがおじさんになっても笑ってるね」
「だから…俺はおじさんにならないんだよ」
「おじさんになっても、おじいちゃんになっても…ずっと隣で笑ってるね」
「…ああ。ずっと俺のそばにいろ」
「うん!! ずっといっしょだよ、ダーリン!!」

(了)


(2002. 8/ 9 ホクトフィル)

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