小説
2002. 1/ 8




forever with…〜Short Story From ClassMate2〜


 …あれ、何だろう。
唯の視界には、不思議な景色がうつっている。
それは、なぜか見覚えのあるような、体験したことのあるような、そんな景色だ。
デジャヴ、なんてかっこよすぎるかもしれない。
…いじめ、かな?
自分は空から見ている感じで、小学生の女の子と男の子たちがうつる。
女の子は、男の子たちに囲まれて、しゃがみこんでめそめそと泣いている。
…三年生?
自信はなかった。でも、低学年であることはたしかだ。見た目がかわいい子供だから。
子供だけにやることは残酷。今では口に出せないような言葉をばしばしと女の子にぶつけている。
手は出していないけれど…ものすごくかわいそうになってくる。
唯は助けようと思い、体を動かそうとする。だけど、どうすることもできなかった。
…八十八公園?
体を動かそうとして、視界が動いた。
そのとき見えたのは、見覚えのある風景。思い出の場所。
唯にとっては、大切な空間。
…じゃあ…
そう。あの女の子は唯…私だ。少しづつ、記憶を取り戻す。ううん、記憶はあったもん。
ただ、ちょっと忘れてただけ。だって、大切な思い出だもん。忘れたりは…しないよ。
事の顛末、思い出したから。そう…ここからはじまったんだ。

 「かってにブランコで遊ぶなよ」
いじめられた理由は、そんな感じ。要するに、自分たちの縄張りに入るなということらしい。
けっこう派手にブランコから突き落とされて、いつのまにか囲まれていたんだ。
そして、今の状況。不条理極まりないけど、抵抗できる力もない。
だけど、大丈夫。わかっているから。私を助けてくれる、男の子の事。
「おい、弱いものいじめはよせよ。女の子いじめるなんてさいていだぞ!」
きたきた。みためからして、わんぱくでやんちゃそうな男の子、マイスーパーマン。
はなみずなんかがすごく似合いそう。それにしても…かわいいっ!
「なんだよ、いいこぶって。おい、やっちゃえ」
私から、マイスーパーマンの方へ目標を変更した男の子たち。リーダーらしい男の子を先頭に走っていく。
そして、私の目の前で、男の子たちのはげしいけんかが始まった。
人数で言えば、さっき私をいじめてた男の子たちの方が有利なはずなんだけど…
そうはなっていないみたい。
逆に逃げ腰になりはじめている。
そして、男の子たちは逃げていってしまった。
あっけない決着のつきかた。今見ると当然の結果なんだけど…
だけど、私はそれどころじゃなくて…怖かった。男の子が近づいてくるからだ。
「大丈夫か?」
「…うん」
お礼すら言えないほど、こわばった私の表情。助けてもらいこそしたけど、さっきの出来事は忘れられない。
圧倒的な強さでたくさんの相手を倒した事。
「あっ!」
男の子の声に、びくっと、私、反応する。全身緊張状態だ。
「ひざ、すりむいてるじゃないか」
「…うん」
「こうしておけば治るよ」
「いたっ…」
男の子は、私の前でかがむと、傷口をぺろりとなめた。今考えると、けっこう赤面してしまう…なぜかどきどきしている。
なめたあと、つばをぺっとはきだす。
「つばつけておけば大丈夫だよ」
「…うん」
「ったく、あいつら女の子しかいじめないんだよな。弱虫だから」
そう言って、男の子は私の横に腰を下ろす。そして、まじまじと私の顔を見て質問する。
「…引っ越してきたのか?」
「…うん」
「だから…知らない顔なんだ」
今度は私をちらっと見て、男の子の顔、ちょこっと赤くなる。
照れているときの癖。左手で、おでこをかくようなしぐさ。この頃からそうだったんだ。
「俺、りゅうのすけ、っていうんだ」
「…りゅうのすけ?」
「そう。よろしくな。えっと…」
「…ゆい」
「ゆい…か」
またまた、なぜか照れるりゅうのすけ君。思わず抱きしめたくなるくらいかわいい。
「あっ!」
りゅうのすけ君は急に何かを思い出したらしい。すっとんきょうな声をだす。
「…」
「は、はやく帰ろうぜ」
「…えっ?」
りゅうのすけ君、とてもきびきびした動作ですっと立ち上がると、私の手をつかんだ。
「うちでさ、おやついっしょに食べようぜ。今日はケーキなんだってさ」

 「けっこう重たいな」
りゅうのすけ君のつぶやき、聞こえてちょっと悲しくなる。
今は、りゅうのすけ君の背中にちょこんとのっかっているから、ぼそぼそ声でも聞こえちゃう距離。
りゅうのすけ君の背中は、なんだか大きくて、少しだけ汗の匂い。とても不思議な感じがする。
「…あいたっ!」
公園での事。 私は、りゅうのすけ君に手をひっぱられて立ち上がる。でも、ひざが少し痛い。
だから、りゅうのすけ君は、
「…あし、痛そうだからさ、おぶっていってやるよ」
なんて気をつかってくれる。
ううん、と首をふってはみたものの、りゅうのすけ君は強引に私をおぶった。
なにせ、断る勇気もないし、実際歩くにはちょっと痛かったから。
それに…本当は嬉しかったんだ。
「おれんちさ、ここから近いから、すぐついちゃうんだぜ」
声に力の入っているりゅうのすけ君に、思わずわらっちゃった。
さっきまで、余裕ありそうな感じだったのに、今はなんだかつらそうだから。
「…だいじょうぶ?」
「ゆいの一人くらい…どうってことないよ」
子供の私は不安そうにたずねている。それは、これからどうなるかといった不安も含んでいる。
「ほら、もう見えてきたぞ」
「…」
「あのかどの白いのがうちだよ」
「えっ?」
驚いた声をだす私に、りゅうのすけ君は少しバランスをくずした。なんとかもちなおして顔を私のほうに向ける。
そんなりゅうのすけ君にしがみついたまま、私は言った。
「あれ…ゆいのおうちだよ…」

 玄関に止まっているトラックが一台。引っ越し業者の広告が入っているからたぶんそう。
この日、私はこの街に引っ越してきたんだ。
で、近くに公園があることを聞いて、手伝いもせずに遊びにいってこの惨事。ついてない。
でも。トラックの影、荷物を運び出している女の人を見つけたから。私、思わず走り出す。
りゅうのすけ君の背中から飛び降りて、痛い足の事ももう忘れている。
「おかあさん!」
「あらあら、どうしたの? どろんこになっちゃって」
手にしていた段ボールを地面において、お母さんはしゃがみこんだ。私の顔をみて、そうしたんだと思う。
だって、私、泣きそうな感じなんだもん。
それにしても、お母さん、今と全然かわっていない。
むしろ今のほうが若く見える気がする。この時のお母さん、少し…さみしい。
案の定、泣き出し始めた私を抱きしめると、やさしく頭を撫でてくれる。
「大丈夫?」
お母さんのにおい、いつものいいにおい。やさしいにおい。落ちついてわんわん泣く私。
りゅうのすけ君はそんな様子をぼぉっと見ている。そんな彼にも悲劇がおとずれた。
「いてっ」
とつぜん後ろからげんこつをもらったのだ。げんこつをあげたのはりゅうのすけ君のお父さん。
私のほうをちらっと見てから、軽い一撃。かいしんのいちげきではないらしい。
「こら、女の子を泣かすなって言っているだろう」
「お、おれはなにもしていないぞ」
「うそをつけ。唯ちゃん、泣いているじゃないか」
「おれは、ゆいをたすけただけだぞ」
「ゆい、って、もう知ってるのか?」
ゆい、という言葉に、さすがに、お母さんも気がついた。
私を抱きしめたまま、りゅうのすけ君たちのほうを見る。
「そうだよ。公園でいじめられてたから、たすけたんだよ」
「そうなの、唯」
お母さんの腕の中、小さくうなずく私。
「それでどろんこになってたのね」
「ほら、見ろよ。おれは女の子を泣かすようなことはしないぞ」
りゅうのすけ君は急にふんぞりかえってお父さんを見下すようにがんばる。
もちろん身長差でそんなことはできないんだけど。
「ありがとう、りゅうのすけ君。唯を助けてくれて」
お母さんはりゅうのすけ君に頭を下げる。まだ半泣きの私のかわりに。
「ほら、唯もお礼言わないとだめよ」
「…」
だけど、私はお母さんの腕の中にしがみついているだけだった。
お母さんの腕のすき間から見えたりゅうのすけ君の顔、少しだけ寂しそうだった。

 「どうしてお礼言わなかったの?」
いわゆるすっぽんぽんの状態の私。
まだまだ幼児体形だけど、こうして見るととっても恥ずかしい。
その裸体を、お母さんが熱湯とタオルで拭いてくれる。それくらいどろだらけだったらしい。
私はばんざいをしながら、どうして、といった顔をする。
「…」
「これからね、りゅうのすけ君たちと一緒に暮らすことになるのよ」
「…そうなの?」
「そうよ。だからちゃんとお礼言わないとだめよ」
「でも…」
困ったわね、とお母さん。体を拭く手をとめて、私の顔をのぞき込む。
「りゅうのすけ君はね、これから唯のお兄ちゃんになるんだから」
「おにいちゃん?」
「そうよ。唯の、お兄ちゃん」
お母さんは、ここでようやくほほ笑んでくれる。それで私も少しほっとする。
「おにいちゃんだから…助けてくれたの?」
「りゅうのすけ君はやさしい男の子だから、ね」
拭き終わったタオルを真新しい服に持ちかえて、私にそのかわいらしい服を着せてくれる。
なんとか首を通して、一応着替え終わったとたん、
「ゆい、おやつ食べようぜ」
急にドアを開けられて、私はどきっとする。お母さんのほうはどっしりとかまえている
でも、
「りゅうのすけ君、女の子の部屋に入るときはノックしないとだめよ」
と、しっかり注意している。もちろん、とっても優しい声なんだけどね。
「えっ…うん。ごめんなさい」
急にしおらしくするりゅうのすけ君に、お母さんも少し驚いたみたい。
「ほら、唯。りゅうのすけ君に言うことあるでしょう?」
それはそれ。お母さんは私の背中を軽くなでる。たぶん、本当はたたいたつもりなんだろうけど。
「…えっと…」
押し出されるようにりゅうのすけ君の前にでた私。
口元に右手をあてて、もじもじしている。うつむいて、ときどき上目づかいでりゅうのすけ君を見る。
「お、おにいちゃん」
「お、おう」
りゅうのすけ君も戸惑い気味。いきなりお兄ちゃんなんて呼ばれれば、戸惑ってしまうだろうけど。
「…あのね…ゆいね…」
「うん」
「…さっきね、たすけてくれて…ありがとう」
「…うん」
お礼を言う私と、言われたりゅうのすけ君、見つめあってしまう。
それでお互いとっても照れていて、どこかういういしい。
でも、この瞬間が大切だったんだよね。
「おやつがあるんでしょう?」
少し、いたずらっぽくウインクしたお母さん。二人の沈黙をやぶる魔法の言葉。
「そ、そうだった。はやくいこうぜ、ゆい」
「うん…おにいちゃん」
りゅうのすけ君の手にひっぱられて、私はキッチンに向かっていく。
りゅうのすけ君の手は、とってもたよりがいのある、大きな手だったんだ。

 システムキッチンと、そこそこ広いリビングだけど、段ボールと家具のせいで今はとても狭い。
でも、子供の視線からすると十分な広さなんだよね。
お母さんもいっしょにキッチンへ来て、おやつの準備をしてくれる。
キッチンの前のカウンター席に、私とりゅうのすけ君は座ろうとする。
りゅうのすけ君はさっと座れたけれど、私にはいすが少し高い。じっといすをみる私に気がついたりゅうのすけ君。
「…」
「ほら、ひっぱってやるよ」
「うん」
りゅうのすけ君がひっぱってくれたおかげで、なんとか座ることができた。
「ありがとう、りゅうのすけ君」
お母さんが冷蔵庫から顔を出してお礼をいう。
「あ、ありがとう…おにいちゃん」
思い出したように、私もお礼をいう。
それにしても。お礼を言うとき、どうして口元に手をあてるのかな、私。癖なのかもしれないね。
そうこうしている間に、私たちの前にケーキとジュースが用意された。
「はい、おまちどうさま」
ほのかに紅茶のにおいのするスポンジに、生クリームたっぷりのケーキとオレンジジュース。
「いただきまーす」
りゅうのすけ君は、がまんできないとばかりに食べはじめる。
「いただきます」
私はまるで何も知らない外国人のように、ケーキをつついてから少しづつ口に運ぶ。
「どう、おいしい?」
「うん。すごくおいしいよ、これ」
「そう、よかった」
りゅうのすけ君のたべっぷりに、お母さんは心底感心しているみたい。
「おいしいよな、ゆい」
「…うん」
私は笑いながら答えた。
「な、なんだよぉ」
「だって、おにいちゃんのおくちのまわり、白いのいっぱいついているんだもん」
「えっ?」
「ほんとだ!」
私とお母さんが笑うと、りゅうのすけ君も笑いだした。口のまわりに生クリームをつけたまま。
この時、久しぶりに笑ったんだよね。お母さんも私も。
もう、りゅうのすけ君を怖がる事もなくなった。
お母さんのケーキ、とってもおいしかったよね。おにいちゃん!

 ついさっきいじめられた場所、八十八公園。今度はりゅうのすけ君と遊びに来た。
まだ、大きな家具なんかを入れるらしくて、じゃまになりそうな私たちに、
「外で遊んでらっしゃい」
と、お母さんが言ってくれたから。
少しずつしずんでいく太陽が、二人を軽くオレンジ色に染めていく。
ブランコにのる二人のシルエットも、オレンジ色。
甘酸っぱい、懐かしい色。
「うわー、おにいちゃん、すごいすごい!」
かなり高く上がるブランコに私は歓喜の声をあげる。
りゅうのすけ君は得意そうに、にやりと笑うと、もっともっと高く上がろうとブランコを一生懸命こいでみる。
だけど、どうやら限界らしくて、少しずつゆれが小さくなっていく。
「あー、りゅうのすけがあいつとあそんでるぞー」
遠くからの声。私には聞き覚えのある、もう聞きたくなかった声。
さっきの…男の子たちのリーダー。そして、その後ろには子分たちがかまえている。
「お、おにいちゃん…」
りゅうのすけ君はブランコからおりると、私をかばうような格好で、一歩前に踏み出す。
その背中にしがみつくようにする、小さな私。
「なんだよ」
「りゅうのすけがぶすとあそんでるぞ」
「るぞ」
「るぞぉ」
「るぞー」
りゅうのすけ君の服をぎゅっとつかむ。さっきそうやっていじめられたんだ。
嫌な思い出、涙と共にふきだしてくる。
「おまえら…女の子しかいじめられないんだろ」
「りゅうのすけこそ、よわむしだから女の子としかあそべないんだろ」
「だろ」
「だろぉ」
「だろー」
「こういうのをもてるっていうんだよ」
「ふん、ぶすにもてたってうれしくないよーだ」
りゅうのすけ君がちらりと見た私の顔。曇りから本格的な雨にかわりそうな表情。
「きっと、そいつおよめにもいけないんだぞ」
「だぞ」
「だぞぉ」
「だぞー」
「おまえらいいかげんにしろよっ!」
りゅうのすけ君がとうとうきれて、走りだした。
だけど、もともとの距離が離れすぎているから追い付かない。
それに、私を気にしているから。
「べーだ」
男の子たちがいっせいに舌をだす。
りゅうのすけ君は、少しの間、肩をぷるぷるふるわせていたが、泣きだした私を見て、すぐさま駆け寄ってきた。
「なくなよ…」
「…だってぇ…」
ひっくひっくと泣いている私に、どうしていいのかわからないらしく、動揺しているみたいだけど。
「だって…だって…ゆいはぶすなんでしょ?」
「そ、そんなことはないぞ」
「うそだもん」
「ゆいは…かわいいぞ」
「ほんと?」
私は半泣きになり、りゅうのすけ君の怒りは照れにかわった。
私はりゅうのすけ君の瞳を見つめる。赤い目だけど、もうちょっとで笑顔になりそう。
「…ゆい、およめにいける?」
「あたりまえだよ。だっておれがゆいをおよめさんにするんだぞ」
「じゃあ、じゃあ、ゆいをおにいちゃんのおよめさんにしてくれるの?」
「もちろんそうだぞ」
ためらう事なく、りゅうのすけ君はあさっての方向を見ながら答えてくれる。
夕日で赤くなったりゅうのすけ君のすてきな照れ笑い。
「ほんとにほんとにほんとにほんと?」
「うそは…つかないぞ」
「じゃあ…ゆびきりしてくれる?」
「ああ、いいぞ」
私のかわいい小指と、りゅうのすけ君の柔らかい小指が重なりあう。
私は二、三度指を上下にふると、りゅうのすけ君の小指もこたえてくれた。
「ゆびきりげんまんはりせんぼんのーます、ゆびきったっ!」
「これでいいだろ?」
「うん。ありがとう、おにいちゃん…やくそくだよ」
「さ、かえろうぜ。そろそろごはんだろ?」
「うん、かえろ」
今度は私からりゅうのすけ君の手をにぎる。
この時から、私、決めていたんだ。
「ずっと…おにいちゃんといっしょだよ」

 「如月町の女子校…ですか?」
「そう。いまの鳴沢の成績なら、推薦で入れるぞ」
「…女子校じゃ…男子は入れませんよね」
「はははっ。鳴沢はまだ冗談言える余裕があるか。もう目の色かわっている奴もいて…」
「…今週中に考えておきますね」
「えっ、あ、あぁ、そうか。はぁ…」
「失礼します」
おにいちゃんとあえないのはいや

「お母さん、唯ね…やっぱり編入する! もうこれ以上がまんできないよ」
「何にがまんできないの?」
「…がまんできないの…どうしても」
おにいちゃんとはなればなれはいや

「廊下であっても話しかけるなよ」
「うん」
「あと、学校でお兄ちゃん、なんていうなよな。誤解されるから」
「うん」
「聞いてんのかよ」
「うん」
「…」
「明日からいっしょに学校行こうね、お兄ちゃん!」
おにいちゃんといっしょにいたいの

「唯を…お兄ちゃんの恋人にしてください」
「…」
「だって…お兄ちゃん、あのとき何も言ってくれなかったから」
「そんなこと…言わなくたってわかるだろ?」
「女の子はね…言葉で言ってほしいこともあるんだよ」
そしておにいちゃんといっしょになれたの

「ねぇ、お兄ちゃん。明日ね…」
「…なぁ、そろそろやめろよな」
「なにを?」
「お兄ちゃん、っての」
「…いや、なの?」
「だってさ、俺達、一応恋人同士なんだろ」
「一応、じゃないよ」
「だったら…」
「お兄ちゃんがそう言うなら…これからりゅうのすけ君、って呼ぶね」
だけどふたりはかわらないの

「そろそろ唯の誕生日でしょ?」
「うん」
「今年もりゅうのすけ君といっしょなの?」
「えっと…それは秘密です…ね」
「そうそう。りゅうのすけ君と唯、休みの日がなぜかいっしょなのよね」
「へー、そうなんだ」
「まったくおあついことで」
「だって…」
「まあよろしくやってよ。でも、次の日はちゃんときなさいよ」
「…じゃあ、お先に失礼します。おつかれさま」
おにいちゃんとひとつになりたいの

「唯。そろそろ誕生日だろ?」
「覚えててくれたんだ…うれしい」
「ばか、班長さんたちが噂してたんだよ。俺が唯に何あげるのかってさ」
「あ…なるほど」
「で、何かあるか。ほしいもの」
「えっ…えーとね…」
「お互いの財布の中身わかってるんだから…あんまり期待するなよ」
「お金は…かからないから大丈夫だよ」
「なんだい、そりゃ?」
「ことば…が、ほしいな」
「ことば?」
「うん…プロポーズの…そろそろ…ほしいな。りゅうのすけ君の一言…私、待ってるね」
どうしてもほしかったもの

「今日のデート、とっても楽しかったね。また行こうね、りゅうのすけ君」
「ああ、いいぞ」
「…つまらなかったの?」
「なんでだよ」
「…気のない返事してるから」
「…緊張、してるんだよ」
「どうして?」
「…」
「だまっててもわからないよ、りゅうのすけ君」
「結婚…しようぜ」
「えっ?」
「誕生日プレゼントだよ」
「もう一度…言ってほしい…」
「もう言わない」
「りゅうのすけ君!」
「唯を…もらってやるっていってんの!」
「ほ、本当に?」
「な、泣くなよ」
「だって…」
「子供の頃とぜんぜんかわらないな、唯は」
「…りゅうのすけ君こそ…かわらない」
「泣き虫のままだ…」
「だから…ずっと守っていてね…お兄ちゃん!」
ようやくねがいがかなったの

お兄ちゃんとひとつになれたの…

 「唯、入るぞ」
ドアをノックされて、唯は居眠りの世界から引き戻された。思わずいすから立ち上がりそうになってしまう。
寝ぼけた頭が働いてくれない。だから、行動しようとする。
「唯、動いちゃだめよ」
頭の後ろ、背中から声が聞こえる。美佐子の声だ。そこで少しだけ、頭が動き出した。
…あ、そっか。
「りゅうのすけ君、もうちょっと待っててね」
まだ、寝ぼけている唯のかわりに、美佐子が返事をする。
…飾り付け、してたんだ。
目だけを動かして、自分の着ているものを見て思い出した。
それは、薄い桃色のウエディングドレス。質素だけど、唯はとても気に入っているウエディングドレス。
今日はとうとうお祝いの式の日。唯は教会の控え室で、ウエディングドレスの着付けをしているところだった。
「お母さん…」
「もう少しだから…それにしても居眠りしちゃうなんて、よっぽ疲れてたのね」
「…これが…夢だったらどうしよう」
つぶやいて、不安な表情を見せる唯。それをちらりと見て、美佐子はやさしくほほ笑む。
「はい、終わったわよ…りゅうのすけ君、どうぞ」
真っ白な扉が開かれると、タキシードを着たりゅうのすけが表れた。
「…」
「りゅうのすけ君…」
「どう、きれいな花嫁さんでしょう」
「…」
りゅうのすけは何も言わない。唯の全身をじろじろと眺めたあとは、唯の瞳を見つめるだけだった。
「やっぱり…変だよね。私…こういう格好似合わないんじゃないかなって…」
「唯、なにいってるの?」
美佐子の言葉はやはり母親の言葉。やさしくさとすような響き。だけど…唯の瞳に涙。
「りゅうのすけ君は…」
「きれいだよ、唯」
「えっ?」
「そのドレスも…似合ってるぞ」
いつもなら、照れてもうそらしているはずの視線は、しっかりと唯をとらえている。
「…」
「見とれてた…だけだぞ」
「…お兄ちゃん」
唯の中で何かが外れた気がした。さっきの夢のせい? それともこの時間のせい?
「美佐子さん、少し外してもらえますか?」
りゅうのすけは申し訳なさそうに美佐子に告げる。
「時間になったら呼びに来るわね」
「はい、お願いします」
美佐子が外に出るのをちらりと確認すると、また唯と向きあう。見つめあう。
「お兄ちゃん…なんて久しぶりに聞いたな」
「…」
「…もう泣くなよな。そんなに俺と結婚するの嫌なのか」
「違うよ。ずっとずっと夢だったんだもん。お兄ちゃんと…一緒になること」
「だったら…」
「幸せすぎて…こわいの。だって…お兄ちゃんの恋人になれて、プロポーズしてもらって…結婚だなんて」
「いいじゃないかよ。夢はかなったしさ、幸せなんだろ?」
「だから…こわいの。もしかして…これが夢だったらって…考えちゃう」
ふぅ。
りゅうのすけのため息。暖かい笑顔、苦笑い。唯を抱きしめて。
「これでも…夢、か?」
「だって…私…幸せすぎるんだもん。お兄ちゃんと…こんなに…だからこわいの」
「今が、唯にとって一番幸せなら、それ以上幸せにすればいいんだろ。してやるよ、幸せに、さ」
「お兄ちゃん…」
「それじゃ、だめか」
「ううん…ありがとう」
心地好い腕の中、見上げれば、見つめてくれている、ずっと唯を見ていてくれる人の顔。
「落ち着いたか?」
「うん。こうしてるとね、とっても落ち着くんだ」
りゅうのすけに完全に体をあずけて、すべてを重ねて。夢のような幸せは、永遠に。
「私、さっき居眠りしたらね…夢、見たんだ」
「また夢か?」
「…お兄ちゃんと、はじめてあった時の事」
「ふーん」
「あの時、私、いじめられてて、お兄ちゃんが助けてくれたんだよね。それで…」
「ゆびきりしたんだよな」
「覚えててくれたんだ!」
「忘れやしないよ」
「きっとあの時に…運命の糸が結ばれたんだね」
「赤い糸か…できすぎだよ」
ちらりとお互いの小指を見て、まんざらでもなさそうに、りゅうのすけはにやりとした。
「そう言えば、お兄ちゃんはもうやめろよな」
「…それも夢でみたんだ。はじめてお兄ちゃん、って言った時の事。あの時、動揺してたでしょ?」
「…」
何か言い返そうかと、りゅうのすけは考えたが、何もいわないで、自分の話に戻した。
「自分のこと、唯、って言わなくなったのに…」
「だって…わた…唯にとっては、お兄ちゃんはいつまでもお兄ちゃんだもん」
「明日からは違うだろ」
「…そうだね」
唯は不満そうな、面白そうな、複雑な表情をする。
「やっぱり、りゅうのすけ君って呼ばないと…」
「それでもだめだよ」
「えっ?」
「…」
「…あ、あなた?」
戸惑った後、口元を隠すようにして、ぼそっとつぶやくように呼んでみる。
「…なんだよ、おまえ」
うつむきは恥ずかしさから。顔じゅう真っ赤にして、ふたり黙り込む。
「唯、りゅうのすけ君。そろそろ時間よ」
ドアの外、美佐子の呼び出しが聞こえた。
「…さてと、いくとするか」
「うん。お兄ちゃん」
唯の、いたずらをした子供のような顔に、りゅうのすけは少し苦笑い。
ドアを開ける。
まぶしい、明るい光が二人をつつみこむ。
りゅうのすけの腕に唯はしがみつくと、少し背の高い花婿を見上げた。
そして、とびきりの笑顔でりゅうのすけに宣言をした。
「ずっといっしょだよ。もう離さないからね、お兄ちゃん!」

(了)


(1996. 7/14 ホクトフィル)

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