小説
2002. 1/ 8




Merry Christmas Mr.…〜Short Story From ClassMate2PS〜


 「…なんでしょうか?」
ベッドの上でいぶかしがるのは、西園寺静乃ちゃんです。
ピンク色の少しふりふりのついたパジャマと、ナイトガウンがお人形さんみたいです。
いつもはまとめてある長い長い髪も、今はストレートに垂らしてあります。
お風呂に入り、もう寝る準備はできています。なんといっても今日はもうおねむです。
でも…手にしている物の中身が気になってしょうがないんです。
赤白緑のクリスマスカラーの包装紙に包まれて、大きさはいかにも図書券みたいです。
天にかざして中身を見ようにも、真っ黒な四角が見えるだけ。まったくわかりません。
軽くひらひらさせてみたり、手の平で重さをはかってみたりします。
当然ですが、それでもやっぱりわからないんです。首をかしげて考えちゃいます。
…本当に何でしょうねぇ。
実は、これはクリスマスプレゼントなんです。兄さまのパーティで頂いた物です。
けれども、誰が用意したプレゼントなのかは残念ながらわかりません。
クリスマスプレゼントは紐くじでした。
お客さんが持ち寄った品物を、西園寺家の威信にかけて公正かつ平等にシャッフルして、
縁日の紐くじみたいにしたのでした。
人によっては不要な物を持ってきていたみたいです。人によってはとっても大切な物をプレゼントしたみたいです。
でも、その人たちの心がこもっていればいいんですもん。
静乃ちゃんは後者でした。
去年のクリスマス、兄さまがこっそりとプレゼントしてくれた小さなペンダントを差し出しました。
友達のパーティにも行けず、兄さまのパーティにもお呼ばれされなくて、
がっくりしていた静乃ちゃんを元気つけるために下さった物でした。
とてもとても大切な物でしたが、他にプレゼントにぴったりの物がなかったのです。
それに…今の静乃ちゃんには、大人すぎました。だってまだまだ中学生です。
女の子がたくさんいらっしゃるパーティですもの。喜んで下さるはずです。
その静乃ちゃんが引いたのは、クリスマスカラーの小さな贈り物でした。
やっぱり…開けないとだめみたいです。
まずは包装紙を丁寧に外します。すると、中にはエアメール用の封筒がいてました。
「恋を唄う女の子へ あなたの街のサンタより」
日本語で書かれた宛名を見て、静乃ちゃんのかしげた首がいっそう傾いちゃいます。
…サンタさんからのプレゼントですか。
ますます中身が気になります。こんなに過重包装してあるんですもの。
なんだかわからないけれど、きっとすごい物が入っているのではないでしょうか。
だから、ベッド脇の小物入れに手を伸ばして、ペーパーナイフを取り出しました。
ぴらりと切れた封。中には一枚のシュガー色の便箋が入っていました。
静乃ちゃんは中身を取り出すために、小さな指を封筒に入れました。
「サンタさんのプレゼントって…なんでしょうか」

 今日のクリスマスパーティははちゃめちゃでした。
でも、なんだかとっても楽しくて、だから静乃ちゃんは疲れちゃったんです。
パイが飛び、シャンパンが降り注ぐ。簡単に言うとそういう感じでしょうか。
「ねぇ。さっきから浮かない顔してるけど…どうしたの」
壁際にちょこんとしてた静乃ちゃんに、男の子が声をかけてきました。
暇そうにしていた静乃ちゃんです。パーティの邪魔にならないようにしていたんです。
静乃ちゃんのお知り合いの人とかお友達とか、パーティにはほとんどいませんでした。
考えてみれば知っている方が少ないのは当たり前です。パーティは兄さまが主催です。
だから、パーティにご招待された人は、兄さまのお友達ばっかりですもの。
「あ、あの…その…」
思わずうつむいちゃう静乃ちゃんに、男の子は困った顔をします。
「もしよかったらさ、少しおしゃべりでもしない?」
「は、はい」
照れちゃって、顔中が真っ赤になります。
でも、男の子はそんな仕種を喜んでいるようです。静乃ちゃんの横に並ぶと、冷たいジュースを渡してくれました。
「あ、ありがとうございます」
「どういたしまして」
男の子は手にしていた飲み物を口にします。
どうにも、静乃ちゃんが手にしている物とは違うようです。大人の人の匂いがします。
「そのドレスすごく似合ってるね。ものすごくかわいいからさ、それで声かけたんだ」
「…そ、そうですか」
「みんな見る目ないよね。君みたいな女の子、ほおっておくなんてさ」
もっと真っ赤になっちゃいます。そんな事、いきなり言われちゃうと…くらくらです。
絶対に、相手の顔なんて見られません。横目でちらりしても…よく分かりません。
男の子は、静乃ちゃんの顔をのぞき込みます。
ただ、背丈のある男の子ですから、なんとなくしゃがみ込む、の方が正しい気もしますが。
それはともかく。
静乃ちゃんはちらりとだけ視線をあわせちゃいました。だからすぐにそらします。
とにかく今は恥ずかしくて恥ずかしくて…小さな胸が信じられないほどどきどきです。
でも、少しはお顔を拝見したい。だから、勇気を出して瞳を動かしたのですが…
だけど男の子は顔を上げてしまいました。どうやら他の事に興味が移ったみたいです。
男の子の視線を追えば、そこには兄さまと女の子が話しているシーンです。
「…あのばか」
そう聞こえました。男の子がそう言ったんです。もちろん、静乃ちゃんには状況はつかめません。
兄さまのお話している女の子は、派手でなくそれでいて色香のある服を着ていました。
でも、目立つのはどちらかと言えば耳の脇の大きな大きなリボンでしょう。
時々楽しそうにほほ笑むと、八重歯がちらりと見えちゃいます。
でも、それもチャーミングポイントに思えちゃいます。
女の子っていいですよね…どうでもいい事ですが。
兄さまと言えば、いかにもな感じで話してます。
壁際にリボンの女の子を追い込んで、静乃ちゃんからすれば、あんまり好きくない雰囲気だったりします。
で、もう一度男の子を見れば、目尻がなんだか悔しそうです。
「あの…」
静乃ちゃん、ちょっとびくびくしています。だって男の子の目…恐いんですもの。
「え、ああ。ごめんね。ちょっと料理取ってくるから…待っててくれる?」
「は、はい」
ひきつった笑顔、とでも言うのでしょうか。さっきとは全然違う感じです。
男の子は、バイキングみたいに並んでいる料理を取りにいくと、大きなパイを手にしました。
そして…おもいっきり振りかぶったんです。
「金閣寺っ!」
その声と共に、弾丸ライナーはそのまま兄さまめがけて飛んでいきました。
「だ、誰が金閣寺だっ!」
と振り向いた兄さま。タイミングはどんぴしゃり…ホームランになりました。
「西園寺君…お、お兄ちゃん!」
「に、兄さま…」
口元を両手で隠して、信じられないと言う表情です。リボンの女の子も驚いてます。
でも、本当に驚いたのは静乃ちゃんだけだったのかもしれません。
周りの空気は、こうなる事を予想していた感さえありますもん。
その証拠に、緊張感より期待感の方が渦まいちゃってます。これから始まる大レースです。
「すまん。手がすべった」
男の子は何事もなかったかのように、そんな事を言ってのけます。
どう手をすべらすと、ピンポイントで顔を狙えるのでしょうか。
静乃ちゃんには不思議で不思議でしょうがありません。やっぱりまだ子供なのかも知れません。
兄さまは首をぷるぷるぷると、犬みたいに振り続けました。生クリームやスポンジが少しづつ落ちていきます。
「き、貴様ぁ!」
ようやくパイを払い落とし、男の子を睨みつけます。でも…真っ白な顔ではお笑いです。
兄さまを心配している静乃ちゃんだって、ぷぷぷ、と吹き出っしゃってますもん。
「外井、パイを用意しろ。りゅうのすけ、貴様という奴はぁ!」
「聞こえなかったのか? 手がすべっただけだと言っておろうが」
今度はシャンパンを背中でこっそり振り始めました。静乃ちゃんには見えてます。
…そんな事、するんですか?
でも、やっぱり…兄さまには悪いと思いつつ、この先の展開を考えちゃうと楽しみです。
「だから、今、顔を洗ってやるぞ」
シャンパンの栓を手で引き抜くと、一直線に飛び出していきました。まるでシャンパンファイトのようです。
でも、その雨を受けているのは…おしろい顔の兄さまなんです。
「ば、ばか。やめんか」
「水も滴るいい男、って知らないか?」
ばかにした口調で、男の子はかけ続けます。
とりあえず、パイの生クリームは落ちましたが、今度は服がびちょびちょです。
「りゅうのすけ…許さんぞぉ!」
ようやく兄さまの元にパイが届けられました。
だけど、男の子は大して気にもしていないようです。素軽く、いつでも逃げられる体勢にはなっていますけど。
「話のわからんやつだな、龍蔵寺」
「西園寺だっ!」
こうしてパーティはめちゃくちゃになりました。
静乃ちゃんもきゃっきゃいいながら逃げまわったんです。
幸い、流れ弾には当たりませんでしたが、逃げ疲れちゃいました。
気がつけば、お開きの時間。お客さまは皆さんお帰りになりました。
最後はあたり一面に散らばった生クリームを掃除して終わりです。
本当は、こういう仕事はめいどさんのお仕事です。けれども、静乃ちゃんもお手伝いしています。
兄さまは…さっさとシャワーを浴びに行ってしまいました。
でも、静乃ちゃんはものすごく反省しちゃってました。だから、せめてもの罪滅ぼしのつもりです。
ちゃんと止めなくちゃいけなかったのに、なにもしないで…楽しんじゃいました。
きっと迷惑かけちゃった人だっているはずです。そう考えると…落ちこんじゃいます。
でも、まだ楽しみは残っています。そうです。胸元に大切に隠してあるプレゼントです。

「メリークリスマス! 明日の一時、八十八駅前で待ってるよ。あなたの街のサンタより」
 便箋には、小綺麗な文字でそうつづってありました。
どこか几帳面で、まるで女の子の文字みたいですが…書いたのはたぶん男の人なのでしょう。
封筒の中をもう一度確認します。便箋だって表と裏をじっくり見てみます。
けれど、他に何も入っていませんし、それだけしか書いてありませんでした。
…どういう意味なのでしょうか?
単純に考えれば、明日の一時に駅前に行けばサンタさんが待っているはずなんです。
でも…その後どうするのでしょうか?
何かプレゼントを下さるのでしょうか。それともいたずらのつもりなのでしょうか。
下手したら…誘拐されちゃうかもしれません。本人は自覚していなくてもお嬢様です。
静乃ちゃんはベッドにばたんと倒れちゃうと、またお手紙をじっと見つめます。
本当にどういうつもりか、どういう意味なのか。静乃ちゃんには皆目検討つきません。
でも、一つ気がつきました。
…そうですよね。差し出し人さんの名前がないのですから、気にしなくても…
本物のサンタさんがあの中にいたとは思えませんでした。兄さまの字でもありません。
となれば、いたずらと考えちゃっても…
…でも、本当に待っててくださったら…困ります。
明日はどうも寒いらしいです。先ほど見たニュースでそう言ってました。
いたずらなら、静乃ちゃんが寒いのを我慢すればいいだけです。
それに…こういう事をできる方って、本当の大人の人なのかもしれません。
そう考えると、静乃ちゃんはちょこっとときめいちゃってます。
なんと言っても恋に恋する十四歳。華も恥じらう十四歳。ミスタートウジンももう少しで1四歳ですもの。
…明日は…お稽古事もありませんし、家庭教師さんもいらっしゃらないですよね。
静乃ちゃんはまた起き上がると、今度はきちんとお布団の中に潜り込みます。
電気もしっかりリモコンでピです。お部屋中が真っ暗です。
…サンタさん、いらしてくださいね。
くちゅん。ちっちゃくくしゃみしちゃいます。
お布団を鼻まで上げて、瞼を閉じました。明日がとっても楽しみになっちゃいました。

 静乃ちゃんが八十八駅についたのは、便箋に書いてあった時間の十五分前でした。
いつもお家で言われていたんです。相手を待たせてはいけませんよって。
だから、早めに来て待ちます。駅の柱に寄りかかって、サンタさんを探し待ちます。
今日の静乃ちゃんは緑色のロングコートにマフラーを巻いて、防寒対策も完璧です。
お化粧こそしてきませんでしたが、それなりにおしゃれしてきたつもりなんです。
つま先で背伸びしたりきょろきょろしたり、さっきから落ち着きのない静乃ちゃんです。
それでなくても緊張しちゃっているんです。ほっぺたがほんのり染まっています。
…来てくださるのでしょうか?
今朝、長い髪の毛をとかしながら自問自答しちゃいました。
考えてみれば、もっとも大切な事を忘れていたんです。
「私はサンタさんを存じ上げませんし…サンタさんはどうなのでしょうか」
兄さまのお友達のプレゼントなんです。お互い知らないのもありえちゃうんです。
せめて、こういう服を着てくるよとか、こんな物を持ってくるよとかって書いてあればいいのですが。
サンタさんなんて言っていたのは便宜上の事。だいたいそんな服を着てる人なんて…
「もしかしたら、本当にサンタさんが…来るかも知れませんね」
そう思うと、静乃ちゃんはくすくす笑っちゃいます。
実は、駅前にサンタさんが五人くらいいるんです。
静乃ちゃんには意味のわからない看板を持っているサンタさん。ちらしをばらまくサンタさん。
ポケットティッシュを配っているサンタさんもいました。実は静乃ちゃんもポケットティッシュをもらっちゃいました。
でも、みなさん急がしそうで、待ち合わせなんてしてないようです。
…やっぱりいたずらなのかもしれません。
腕時計を見れば、あと五分で約束の時間になります。時間にルーズなサンタさんなのでしょうか。
でも…三十分くらいは待つつもりなんです。
静乃ちゃんはポケットの中で魔法をかけます。手紙を…優しく撫でました。
…誰か…来てください。
見知らぬ白馬の王子さまか、見知らぬいたずら小僧さんか。
静乃ちゃんは、静かに待つしかありませんでした。

 魔法の効果はてきめんでした。それらしい人がやってきたんです。
右をきょろきょろ、左をちらちら。約束の時間に五分遅れての登場です。
…うそ…
静乃ちゃんが驚いちゃうのも無理もありません。だって…本当にサンタさんです。
ただ、静乃ちゃんがイメージしていたサンタさんよりもスマートで、若そうです。
暖かそうな真っ赤なサンタさん服にサンタさん帽。
プレゼントの袋とトナカイさんのそりはいてませんでしたが、きっとどこかに預けてきてあるのでしょう。
そのサンタさん、駅前で待ち合わせをしている女の子の顔をのぞいては、声をかけています。
その声に、静乃ちゃんは何か聞き覚えがあったのですが、はっきり思い出せません。
「こんにちはー」
「やぁ、お待たせー」
声をかけられた女の子たちは、どこか面倒くさそうに…
あるいはばかが来た、みたいな感じで手をひらひらさせて、おいはらっちゃいます。
…サンタさんにそんな事したら…
そんな様子を近くで見ている静乃ちゃんは気が気でないようです。
あれでは来年プレゼントもらえないかも知れないじゃないですか。そんなの…何とかしなくちゃいけません。
思うより早く、口が動いてました。そうです。サンタさんに声をかけちゃいました。
「こ、こんにちは…サンタさん…」
女の子に声をかけようとしていたところでした。
背中の小さな声に気がついたのか、くるりと身体を半回転させます。そして、元気な声で返事をしてくださいました。
「おぉ、こんに…ちわ」
サンタさんの動きが、声が止まります。やっちゃったー、と言うような感じですか。
でも、表情はわかりません。
おっきなとんがり帽子と、その下の長い前髪がサンタさんの瞳を見るのにはじゃまなんです。
でもでもでも…この前髪だって見覚えあるような…
「あの…サンタさんですよね」
「う、うん。いかにもサンタさんだけど…」
どきどきしてしまう静乃ちゃんです。胸元に手を当てて、上目づかいです。
「い、いえ。そうではなくて、昨日プレゼントを下さったサンタさんですよね?」
「プ、プレゼントはたくさん配ったから…どんなプレゼントだったの?」
静乃ちゃんのどきどきは、ますます強くなってきました。
間違いなく、このサンタさんが下さったプレゼントです。女の直感なんて言うのでしょうか。
でも…なんでしらんぷりみたいな事をするのでしょうか。静乃ちゃんにはわかりません。
だから、ポケットの便箋を差し出しました。
「サンタさん違いでしたらごめんなさい。でも…そうですよね」
「お、おぉ。そうだそうだ。思い出した。わざわざ来てくれたんだ」
「はいっ」
嬉しそうな静乃ちゃんに便箋を返して、ぼそっと独り言です。
「…まさか静乃ちゃんに当たるとはなぁ」
「…どうしてサンタさんは私の名前を知っているのですか?」
「そりゃあ、あの西園寺の妹だし…」
「兄さま?」
「いや、あ…今年いい娘にしていたからね。そういう娘の名前は全員覚えているんだ」
静乃ちゃんはふーん、と納得したんだかしないんだか、あやふやに返事をしました。
そして…くちゅん! くしゃみがでちゃいました。ちょっと体が冷えちゃったようです。
その様子に、驚いたのはサンタさんでした。
「ね、静乃ちゃん。もしかして…ずっと待ってたの?」
「そんなには待っていません。二十分くらいです」
時計を見れば、それくらいでしょうか。サンタさんは驚いた顔をします。
そして…サンタさんの両手が静乃ちゃんのほっぺたに触れました。
「こんなに冷たくなって…静乃ちゃんさ、とりあえず、どこかお店にでも行こうか」
「お、お店ですか?」
急にほっぺを触られたから、思わずあわてちゃいました。
サンタさんの手の平はとっても温かで、とっても気持ち良くて…どきどきしちゃいました。
「ごめんね、こんなに寒いのに待たせちゃって。さ、行こう」
「は、はい」
触られたのは、ほっぺだけじゃありませんでした。
サンタさんに手を引っ張られて、商店街に向かいます。
どこに行くのかわかりませんが、静乃ちゃんはぜんぜん心配していません。
むしろ、いつ手を離されちゃうかの方が心配でした。
サンタさんの手の平は、とっても強くて、とっても優しくて…
静乃ちゃんの心をときめかせちゃうのでした。

 「これ…本当においしいですねっ」
静乃ちゃんが一口かじったのは、サンタさんの頼んだ"照焼きサンド"でした。
「ね。おまけにボリュームあって安くてさ、俺、よくここにくるんだ」
サンタさんが連れ込んだのは喫茶店でした。"MOMENT"という、静かで落ち着いた雰囲気のお店です。
さすがサンタさんです。いいお店を知っています。
おまけにサンタさんがおごってくれるそうで…静乃ちゃんはちょっと悪い気がしました。
でも、サンタさんは別段気にした様子もなく、いろいろと注文しました。
なぜなら…
「あの…お昼は食べてなかったんですか?」
「バイトで忙しくて…って、ほら、この時期はサンタ不足だからさ」
そう言って、サンタさんは笑います。静乃ちゃんも笑います。
でも、最初は笑えませんでした。
サンタさんとはいえ、男の人です。
こういうふうに向かい合ってふたりきりでおしゃべりするなんて、初めての事でしたから。
「そうですね。駅の前にもたくさんのサンタさんがいましたし」
「そうそう。でも、今日で終わりなんだよね。このバイトも」
最初は静かだったふたりのテーブルも、少しづつお話がはずんできたようです。
「…本当にサンタさんが来てくださるなんて思ってもいませんでした」
静乃ちゃんが口にしたホットココアは心地いいくらいの温かさです。
冷えきっていた身体も少しづつぽかぽかしてきました。
「そ、そう?」
「いたずらだったらどうしようかなって…考えてましたから」
「俺もすっぽかされるんじゃないかなって思ってたんだけど…」
「そうなんですか?」
「サンタを信じていないやつ、多いからね」
真顔のサンタさんも、お口の周りにはマヨネーズやらケチャップやらをつけていると、あんまりかっこよくありません。
お髭がないにしても、赤いお髭は趣味が悪すぎます。
だから、笑ちゃうんです。ぷぷぷ、と吹き出しちゃうんです。
「そんなに今の台詞、臭かった?」
「ち、違いますよぉ。ちょっといいですか?」
「え?」
静乃ちゃんは出しゃばりすぎかとも思いましたが…おしぼりで拭いてあげます。
手を伸ばして、ちょっとどきどきです。こんな事しちゃっていいのでしょうか。
でも…お母様がお父様にいつもしてあげている事です。だから…いいんですよね。
そってな事ばされれば、サンタさんだって赤いお髭に気がつきます。
「じ、自分でやるよ」
「動かないで下さい…はい、奇麗になりました」
「あ、ありがとう」
なんだかサンタさんも照れちゃったようです。静乃ちゃんも照れちゃっています。
「あの…出しゃばりすぎましたか?」
「そんな事ないよ。静乃ちゃんに拭いてもらえるなんて…ものすごく光栄だよ」
「…」
なんとなく、ふたりの間の空気がいい感じです。入ってきた時とは全然違いますもん。
サンタさんはあっと言う間に昼食を終えて、今度は自分でお口を拭きました。
そして、すっくと立ち上がります。
「では…そろそろ行きますか?」
「ど、どこにですか?」
一応コートに手をかけはしましたが、静乃ちゃんはまだ座ったままです。
サンタさんを見上げれば、なにやら考えているみたいです。
腕組みをして、サンタさん悩む、です。
「そうだなぁ…静乃ちゃんはアイススケートできる?」
「アイススケート…ですか?」
「じゃあ、ボーリングとかは?」
アイススケートとかボーリングとかですか。静乃ちゃんはここでピーンときました。
「あの…それって…デートですか?」
また静乃ちゃんのどきどきが始まります。
だって…今日初めて会った人です。今日初めておしゃべりした人です。
それに…デートなんてした事ないんですもの。
男の人とふたりきりなんて…冷静に考えてみたらものすごい事じゃないですか。
女子校に通っている静乃ちゃん。噂には聞いていましたが…ああ、大人です。
「…まさか待ち合わせしてはい終わり、なんて思ってた?」
「…はい」
そうです。寝る前にそんな事、漠然と考えていたのにもう忘れちゃっていたんです。
まさか…デートだなんて。身体中がなんだか熱くなっちゃいます。
サンタさんはそんな葛藤に気がついてくれたのでしょうか。それとも気がついていないのでしょうか。
とりあえず、少しいらついちゃっているみたいです。
「うーん。ま、細かい事は抜きにして遊びに行こうよ。静乃ちゃんと遊びたいんだ」
「私と…ですか」
「そうだよ。サンタがナンパしたら…おかしいかな?」
赤帽子をかきかきしながら、サンタさんは苦笑いです。でも、その仕種に静乃ちゃんは決めちゃいました。
初めてナンパされちゃって、初めてデートしちゃいます。
しかも相手は…サンタさん。普通の女の子じゃないみたいで、いいじゃないですか。
「じゃあ…あの…その…スケートがいいです」
とっても照れる静乃ちゃんに、サンタさんはようやく笑顔になりました。
「わっかりました。では、まいりましょうか。お嬢様」
「…よろしくお願いします」
「…こちらこそ」
立ち上がってぺこりと挨拶してしまう静乃ちゃんです。サンタさんも戸惑い気味にぺこりです。
最後まで、サンタさんのペースを乱した静乃ちゃんでした。

 少し混んでいる電車でも、サンタさんの面白いお話であっという間でした。
 でも…もっともっと聞いていたかった静乃ちゃんは、ちょっぴり残念でした。

 如月町のビッグフォックスと言えば、とても有名なデートスポットです。
ボーリングレーンやアミューズメントコーナー。来年には温水プールもできるんです。
他にも、おしゃれなショッピングセンターとレストラン街もあって、それはもう満員御礼大盛況な場所なんです。
静乃ちゃんだって来た事ある場所なんです。
でも、アイススケートは屋外なので冬季だけ。
とりあえず、デートスポットらしく、カップルアベック恋人さんでいっぱいです。
平日とはいえ学生さんはほとんどがお休みですものね。
もちろん、静乃ちゃんだって学生さん。サンタさんは…どうなのでしょうか。
「静乃ちゃんは滑れるの?」
今さらながら、サンタさんがスケート靴を履く姿ってとっても可愛いなんて思っちゃいます。
まるでお人形さんみたいにもこもこ動くんですもの。
「え、あ、はい。久しぶりですけど…」
「なら大丈夫。俺も久しぶりだから」
見とれている時に話しかけられたから、ちょっと慌ててしまいます。
普通に考えれば、サンタさんとデートって…他の人にはどう写るのでしょうか。
さっきからちらちら見られますが、サンタさんは全然気にしていないようです。
静乃ちゃんは…あんまり恥ずかしくはありませんでした。
むしろ、普通の男の子が相手だったらものごっつぅ恥ずかしかったりしちゃうでしょうけど。
準備が終わってよっこらしょです。ふたりはいかにも危なっかしい動きでリンクに上がりました…上がりましたけど。
「うおっ!」
すってん!
「だ、大丈夫ですか…えっ、きゃっ!」
すってんてん! どすっん!
「ご、ごめん。大丈夫?」
「は、はい」
サンタさんが転びそうになって、静乃ちゃんの手をひっぱっちゃって、ふたり転んじゃいました。
でも、静乃ちゃんはサンタさんの上に転んだので、濡れずに済みました。
先に立ち上がった静乃ちゃんはサンタさんに手を差し伸べます。
サンタさんは少し迷いましたが、素直にその手を握りました。
「サンタさんでもスケートはだめですか?」
「…服が動きにくくてさ…バイトサンタはだめだなぁ」
「そうですね」
スケートリンク、ふたりが笑います。爆音でかかり続けているヒット曲です。
サンタさんは、服についた水滴を軽く払います。でも…余計な動きでした。
「うわっち!」
ころりん!
「サンタさん!」
今度はひとりで転びます。だけど、しっかりと受け身をとりました。
静乃ちゃんはサンタさんに、また手を差し伸べようとしましたが…
「何か…落ちましたよ?」
自力で立ち上がってしまったサンタさんの変わりにそれを拾ってあげます。
それは…静乃ちゃんの見慣れたペンダントでした。
「あの…これは」
「昨日のパーティでもらったプレゼントだよ」
…やっぱり、そうですか。
こうしてまた手の中にあるのが不思議な感じがします。もう会う事もないと思っていたんですもの。
そんなペンダントを、サンタさんものぞき込みます。
「前に持っていた人の宝物だったと思うよ。丁寧にしまってあったからね」
「…」
「こういうプレゼントできる人ってうらやましいよ。俺には…できないから」
「そんな事…きっと、サンタさんにもらっていただいた事…喜んでますよ」
「そうかな…」
「そうですよ」
手の平のペンダント、またサンタさんに返します。今度はちゃんと手渡しです。
静乃ちゃんの目はとっても真剣です。ペンダントに未練はないんです。
なによりも…サンタさんに持っていていただける事が嬉しくて嬉しくて…
「ずっと持っていてあげて下さいね。無くしたらだめですよ」
「う、うん」
積極的な静乃ちゃんに少し驚くサンタさんです。しっかりとポケットにしまおうとしましたが…バランスを崩しかけます。
静乃ちゃんの手をまたひっぱっちゃいます。
「サンタさん…気をつけて下さいね」
「ご、ごめん…本当にだめかも知れないなぁ」
よろよろと体勢を立て直します。静乃ちゃんの肩を借りて、ペンダントをなんとかポケットにしまいました。
でも、それ以上は動こうとはしませんでした。
サンタさんは二度も転んでしまったせいで、腰が引けちゃっているんですもん。
だから、静乃ちゃんがリードしてあげます。少しでもお役にたちたいんです。
「じゃあ、私がサンタさんをひっぱってあげます」
「…なんだか情けないぞ」
「もう。文句を言わないで下さい」
静乃ちゃんは笑顔満開です。手をつないでゆっくりと、ふたりは滑り出します。
気がつくと…スケートリンクのまわりは、華やかに輝き出しました。
囲むようにしている木々に、ロマンティックなライトがつけられていたんです。
その光の中、ふたりはすってんころりんを繰り返しながら遊び続けました。
いつの間にか…外は暗くなっていました。

 正確に言えばまだ6時を過ぎたばっかしなのに…外の明かりが目立ちます。
夏なんかよりずっとずっとお日さまのいる時間は少なくて、今はお月さまの時間です。
お日さまが隠れたからか、静乃ちゃんの笑顔も少しくもってしまいます。
「門限とか大丈夫なの? 静乃ちゃんの家って厳しそうだけど…」
「私は大丈夫です。あ…サンタさんがご迷惑ですか」
「俺も全然大丈夫だよ。じゃあさ、もう少しつきあってよ」
「はいっ」
元気で嬉しそうな返事です。でも、静乃ちゃんはうそをついてしまいました。
…もう間に合いませんから…
だいたい門限が五時では、ちょっと遊べばすぐに過ぎてしまう時間です。
特に、今日みたいにとっても楽しい日なんて…五時になんて帰れません。
自分が怒られるのなら別にいいんです。サンタさんに飛び火しなければいいんです。
今、ふたりがいるのはビッグフォックスのアミューズメントコーナーです。
ピストルでぞんびーぞーさんを倒すゲームはすぐにやられちゃいました。
スキーのゲームはサンタさんよりもうまく出来て、ちょっと嬉しかったです。
ふたりで協力してクイズに答えるゲームは、問題が難しくてぜんぜんでした。
でも…静乃ちゃんはあんまりこういう所には来た事ありませんから、置いてある物がとても珍しく感じます。
とっても楽しく感じちゃいました。
そして…
「サンタさん。これってなんですか?」
静乃ちゃんはガラスに顔をつけて中を見ます。お人形さんのつまった大きな入れ物です。
よく分かりませんが、上についているアームでお人形さんをつかむようです。
「ゆーほーきゃっちゃーって言うんだけど…知らないかな」
「ご、ごめんなさい。私、こういう所はほとんど…」
「そ、そうだよねぇ…あ、のさ。静乃ちゃんはどの人形が好きかな?」
いろいろなお馬さん不規則に置かれています。静乃ちゃんの目に止まったのは…
「あのお馬さんが可愛いですね。あ…でも、どうするんですか?」
「こうやって取るんだ」
サンタさんが腕まくりします。コインを一枚投入口に転がして…さぁ、始まりです。
リズミカルな音楽が、大げさに鳴り響きます。なんだか恥ずかしくなっちゃう静乃ちゃんです。
けれども、好奇心いっぱいです。わくわくした目が純粋なんです。
「あれだよね…なるしすのあーる、って書いてある馬」
「その隣の…しゃんそにえーる、なんですけど…大丈夫ですか」
「オッケー。じゃあ…っと、ここら辺だな」
真剣な表情のようです。目尻にしわを寄せて、緊張のあまり呼吸だって止まります。
そんな雰囲気を感じちゃた静乃ちゃんもまた、生唾をのんじゃったりします。
アームがゆっくりと下に下にと伸びていき、二本の手が広がっていきます。
「よしっ、どんぴしゃだヌ」
しっかりと、しゃんそにえーるの体を包み、ゆっくりとアームが上がってゆきます。
「途中で落ちるなよ」
「がんばって!」
たかだかゲーム、されどゲームです。ふたりは真剣に応援しているんです。
横でゲームグッズを取っていたお兄さんが怪訝な顔をしても、気がつくわけがありません。
それどころではないんです。
意地悪なくらいゆっくりと、アームが取り出し口に近づいてきます。
どこか悪いのか、ぐらぐらっと揺れながらだけに、いつ落ちてもおかしくなかったのですが…
「よっしゃっ!」
サンタさんが誇らしげに手をつっこんで、しゃんそにえーるを取り出しました。
そして、高々と突き上げます。えっへんです。鼻高々です。
「うわー、すごいんですね」
「サンタに不可能はないんだよ」
思わず拍手しちゃいます。お馬さんをメダル一枚で取ってしまうなんて尋常ではありません。
尊敬のまなざしで見ていたサンタさん。しゃんそにえーるを差し出します。
「はい、サンタからのプレゼント」
「えっ…でも…こんなにいいものをいただいては…」
すると、サンタさんは軽く笑って言いました。
「実はね、こういう景品って安いんだ。ほら、外国で作ってるだろ?」
「そ、そんな…舶来の品をいただくなんてできません」
本当に静乃ちゃんは中学生なのでしょうか。今時の若者の使う言葉ではありません。
サンタさんは冷や汗をかいちゃいました。でも…そんなところがらぶりーなんです。
「…うーん。静乃ちゃんの為だけに取ったんだけど…それでもいらない?」
そう言われちゃうと困ります。さらに、ちょっとどきっとしちゃう発言です。
「それにさ…静乃ちゃんからプレゼントもらっているしさ」
「えっ?」
「もらってくれないと、来年は静乃ちゃんの家に行かないよ」
「…脅すサンタさんなんて始めてみました」
静乃ちゃんは少しほっぺを膨らましました。口のとんがり方が今一つでしたが。
「はい、静乃ちゃん。プレゼント」
「…ありがとうございます、サンタさん」
しゃんそにえーるを受け取った静乃ちゃんの笑顔は、とっても素敵でした。

 帰りの電車。静乃ちゃんはサンタさんに寄りかかって寝ちゃいました。
 とっても気持ち良さそうで、可愛らしくて…サンタさんも寝ちゃいました。

 静乃ちゃんの家の近くです。サンタさんとの楽しい時間ももう終わりです。
八十八駅でお別れかと思っていたのですが、サンタさんはちゃんと送ってくれました。
だって、外はもう真っ暗なんです。街灯の光がふたりの姿を照らしています。
大きな影と小さな影が、動きを止めました。そして…向かい合いました。
「あの…今日はありがとうございました。とっても楽しかったです」
「そう。それならよかった。俺もすごく楽しかったしさ…ありがとう」
静乃ちゃんは見上げます。サンタさんは少し腰を低くします。見つめあいます。
サンタさんの素顔、結局わかりませんでした。でも…今は笑っていてくれます。
「今度また、会ってくださいますか?」
「そうだね。来年のクリスマス、またいい娘にしてたならね」
「そうではありません」
それは自分でも驚いてしまうような声でした。サンタさんもびっくりです。
「そうではなくて…」
言った後に今度はうつむいちゃいます。そうなんです。でも…そうではないんです。
今度、またプレゼントがほしいんです。駅前で待ち合わせをするプレゼントです。
今度はボーリングでもショッピングでも…いっしょに連れていってほしんです。
「…ごめんね、静乃ちゃん。サンタのバイトは、一年に一度だけなんだ」
「でも…やっぱり…あの…」
どんどん声が小さくなります。どんどん苦しくなってきます。こんな気持ち初めてです。
もっともっといっしょにいて、おしゃべりをして、遊びたいんです。
それに…もっともっと、サンタさんの事を知りたいんです。
予想もしていない反応に、サンタさんだってびっくりです。困った感じで静乃ちゃんを見つめています。
少し考えてから話し出しました。
「今日はね、魔法にかかってるだけなんだ。俺のかけた魔法にね」
「…」
「明日には…たぶん魔法は解けるよ。今日の事は夢だったってさ」
そう言って、静乃ちゃんの肩に手を置きます。そして、初めて瞳を見せました。
長い前髪のすき間からちらりとみえるその瞳は、とっても優しげに輝いています。
「俺よりも、もっといいサンタがそのうち表れるよ。永遠の魔法をかけてくれる、運命のサンタが…君に見つかるさ」
静乃ちゃんは何も言えませんでした。でも、目と目はあわせたままです。
「そのサンタさんがあなただったら…また会えますよね」
「そうだね。俺だったら…ね」
ようやく静乃ちゃんは落ち着いたようです。ちょっぴり悲しかった瞳も、今は輝きを取り戻しています。
サンタさんもにっこりです。
「信じてますから。サンタさんに、またすぐに会えますようにって…信じてますから」
胸元に引き寄せた手を強く握ります。まるでイエス様にお祈りするような仕種です。
その様子にどきりとしたのはサンタさん。静乃ちゃんがとってもかわいく見えてしまったんです。
とってもいとおしく感じてしまったんです。
「じゃあ…もう一つ魔法をかけてあげるよ」
「あ…」
サンタさんが近づいたかと思うと…魔法をかけられていたんです。その魔法は、とてもとても素敵でした。
ふたりの影がほんの少しの間だけ重なります。
そして…サンタさんは静乃ちゃんから離れました。笑顔は変わりません。
「サンタさん…」
お祈りのポーズのまま、静乃ちゃんは動きが止まってしまいました。
「それじゃあ…メリークリスマス、静乃ちゃん」
「メ、メリー…クリスマス…」
サンタさんは逃げるように走っていきました。静乃ちゃんは…背中を見送るだけです。
少しづつ、赤い服が闇の中に消えていきます。まるで魔法のように消えていきます。
最後に、静乃ちゃんはおじぎといっしょに声をかけます。一生懸命の大きな声です。
「サンタさん。プレゼント、ありがとうございました」
闇に見えかくれするサンタさんは、一度だけ振り返って手を振ってくれました。
だから、静乃ちゃんはまた小さくお祈りをしました。
…また…会えますように…

 お家に帰って怒られちゃいました。もちろん静乃ちゃんだって納得しています。
 そして、すぐにお部屋に戻って寝ちゃいました。でも…寝つけたのは夜遅くです。
 だって…ほっぺたの事を考えると、なんだか不思議な気分だったんです。
 お馬さんを抱きしめて、羊を数えて、ようやく夢の世界へ行く事ができました。
 サンタさん、と幸せそうな寝言を聞いたのはしゃんそにえーるだけでした。

 目をぱちくりさせて、あたりを見回します。見慣れた自分の部屋のようです。いつものような朝起きです。
まるで何もなかったような朝なんです。
でも…お馬さんの人形が、まくらの横で寝ています。やっぱり夢ではなかったんです。
じゃあ…あれも夢じゃなかったんですね。
静乃ちゃんは、まるでニキビを気にするように左の頬に触れてみます。
もちろんなにもありません。ですが、魔法のかかっているほっぺたです。
だから、嬉しそうにひとりでほほ笑みます。
…絶対に会えますよね。だって…この魔法は永遠ですもの。
そうです。静乃ちゃんのほっぺに初めて触れた唇ですもの。忘れてなんてあげません。
ベッドを下りて、大きな南向きの窓に向かいます。お日さまは、もう海を出ています。
砂浜に朝の散歩をする人たちが見えます。岩場から釣り糸を垂らしている人がいます。
鼻をすすって、くしゃみをして、わんちゃんがお空を見上げているんです。
波に返る光がとてもとても綺麗です。まるで昨日のスケートリンクみたいです。
…サンタさんは…どこにいるのでしょうか。魔法は…!
ふと思い出しました。静乃ちゃんだって魔法をかけてあったんです。
プレゼントしたペンダントです。きっと、ペンダントが引き寄せてくれるはずです。
昨日、サンタさんに出会わせてくれたんです。楽しい時間をくれたんです。
だから、昨日みたいにちょっとお出かけしようと思います。
八十八駅で女の子に声をかけているかもしれません。
喫茶店でお昼ご飯を食べてるかもしれません。
スケートリンクで…ふらふらと滑っているかもしれません。
また転んで、ペンダントを落としちゃって探しているかもしれないんです。
…サンタさん。待っていて下さいね。
柔らかくほほ笑んだ静乃ちゃんの横顔は、昨日よりもほんのちょっぴり大人びて見えました。

(了)


(1997. 2/ 2 ホクトフィル)

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