小説
2002. 1/ 8




恋愛組曲・大人になれば・〜Short Story From ClassMate2〜


 日曜日はお昼時。ましてや、晴天。近づく春に思いを馳せて、人は街を闊歩する。
雑踏にのみこまれ、それもまた楽しいと、ガードレールに腰掛けて、
行き交う人々を眺めつつ、げに楽しきはふたりきり。
たあいのない、恋人同士の会話は甘くとろける。
「ねぇ、りゅうのすけ君。さっきの新婦さん、綺麗だったね」
「さっきの?」
「もぉ…ほら、ヤックの前の教会で結婚式していたの、忘れちゃった?」
怒ったような呆れたような彼女の顔を、しばし見つめて考える。
言われてみれば、そんな事をしてたっけ、桜子が見とれてたっけかなと、ぼやけた頭がぼんやり動く。
「あー、なんか派手にやってたやつか」
「あの新婦さんみたいな、真っ白いウエディングドレス、いつか着てみたいなぁ」
「そうかぁ。桜子はいいとしても、俺にはきつそうだからなぁ…ちょっとやだ」
「大丈夫。りゅうのすけ君でも着られるのを、ちゃんと探してあげるから」
冗談らしく言いながら、彼氏の腕にしがみつき、照れたみたいに笑った桜子。
そんな彼女が可愛くて、彼氏はそっとほほ笑み返し。だけど何かを思い出したらしい。
どことなしにぶっきらぼうに、どことなしにぎこちなく、ぼそっとつぶやくように。
「ところで、さ」
豹変し、真面目な彼氏の顔に、右肩の彼女は不思議を感じて、不安げに、見上げた。
「俺ってさ、いつまでりゅうのすけ君なわけ?」
「え?」
きょとんとしたのは、質問の意味がわからなかったから。
医大の受験に失敗したから、人生でも考えているのかと、りゅうのすけ君でもそういう事を考えるんだと、
最初は思ってみたものの、哲学が似合う人ではない。そんな事で悩む人でもない。
かといって、少々鈍い彼の事、言葉に想いをのせたって、気がつくはずもないのだが。
「いつまでって…どういう意味なの?」
「いや…なんか子供扱いされてるみたいでさ。そろそろ呼び捨てにしない?」
かなり真剣。だから、おかしい。一瞬の間は、笑うための準備期間。
彼氏の腕にしがみついたまま、ふふふっ、と笑いが漏れた。
「男の子って、そういう事にこだわるのが好きよね」
「だーかーら、成人式を終えた男に対して、男の子はやめろよ」
「だって、私にとっては、りゅうのすけ君は永遠に男の子なんだもん」
憮然としている彼氏は、やっぱり男の子。出会った頃の幼さは、未だに変わらない。
桜子にすれば、それはりゅうのすけの魅力のひとつ。言うと怒るけれど…可愛い彼氏。
こっそり思ってくすくす笑って、りゅうのすけ、それでますますぶすっとなった。
「だったら、りゅうのすけさん、にする?」
「あのさ…同い年なんだからさ」
「でもね、男の人を呼び捨てにするのはいやなの」
教育のたまものか、古風な事を言う彼女。だから、これだけは譲れない、と目が語る。
とはいえ彼氏も譲りたくない。慣れたと言えば慣れたけど、時々壁を感じてしまう。
「うーん、困ったなぁ」
「じゃあ、りゅうちゃんにしようかな。それなら、あだ名みたいでいいでしょう?」
いたずらな瞳で、くすくすと笑い出す桜子に、彼氏は、またもやむっとしてしまう。
「そんな事言うと、俺もそう呼んじゃうぜ」
「なんて?」
「さ、さ…さっちゃん」
言いながら、真っ赤に染まった顔に気がついて、それでもふたり、見つめあう。
少し冷たい風が、そんな間をびゅーんと抜けた。桜子は、それを合図に口を開いた。
「それこそ子供みたいじゃない。成人式、いっしょに行ったのにな」
「…んな事いったって、桜子は現役女子高生じゃないかよ」
「それって、理由にもなってないよ」
「い、いいのっ!」
「もぉ…だけど、そんなに気になるの?」
どことなしにいじけてみせる彼氏が、いじめられっ子のようにこくんとうなづいた。
男の子の事、やっぱりまだまだわからない。疑問ではあるけれど、謎は解けない。
彼氏の横顔を見つめながら、少し考える。純白がはためき、呼び方がひらめいた。
「じゃあねぇ…ちょっと、いい?」
「うん」
右耳に、近づく彼女を感じとる。全身が、その一点に集中しては、なんともむずがゆい。
こそばゆく、栗のように甘く、生暖かい息遣い。耳元の空気が、すぅーっと吸われた。
「あ、な、たっ」
唇と唇を、初めて交わした後の、視線の交錯の瞬間のような、不思議な空気が流れ出す。
赤面を、隠す事もしないで、コンクリートの地面を、前を通る足々を観察する桜子。
そんな彼女を、やっぱり真っ赤に見つめる彼氏。後頭部を何度かかいて、空を見た。
あおいあおい空。しろとしろいくろの雲。ぬくぬくと、お日様はまんまるい。
「やっぱ…りゅうのすけ君でいいわ」
「どうして? 似合わなかったから?」
言ってしまえば照れはない。少しばかり残念そうに、それでもやっぱりほっと一息。
「…そういうわけじゃないけどさ」
彼氏の、長い長い前髪の中。遠い空を見ているようで、見えているのは近い未来。
だから、本気の本音を素直に出した。格好つけたわけでも、きめたわけでもない言葉。
「ちゃんと、桜子を幸せにできるようになったら、そう呼んでもらうからさ」
「…その日まで、ずーっとりゅうのすけ君だからね」
「ああ」
腕にしっかりしがみつき、同じものを見上げては、そのまぶしさに目を細めた。
いつかきっと、こんな事があったよねって、彼氏といっしょに思い出すのだろうか。
出会いの偶然に感謝して、これから先の永遠を祈るように、桜子は声にした。
「その日を…ずうっと待ってるからね」
お日様の、照らす彼女の可愛さに、もう一度、彼氏はああとつぶやいた。
肩をそっと引き寄せて、言葉の役目はもう終わり。のんびりと、春がふたりを抱きしめた。

(了)


(1998. 3/ 8 ホクトフィル)

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