小説
2008. 5/ 3




想い 1.パフェと友美とチケットと


 窓の外はもう薄暗くなっていた。
 如月町の駅前で映画のチケットをもらった後、ふらふらと帰ってきたらしい。気が
つくと家の前にいた。今になって考えてみると記憶にないっていうのは、かなり情け
ないことだよな。と思いつつも、この映画のチケットをどうしようと考えているうち
に日が沈んでしまった。学校から帰ってから、いったい私は何をしているんだか。
 そんなだったから夕食も、
「どうしたの?おはしが止まってるけど。」
「もういらないのか?」
「はい、今はあまりおなかが空いてないので。」
 いただきました。」
と、こんな感じで全然食べてなかった気がする。

「はあ。」
 確かに、「竜之介を映画に誘おうかな」とか、「竜之介はホラー映画が好きなんだ
ったっけ」とか思ったりしたけど。何もいきなり降って湧かなくても・・。
 ホラー映画は嫌いだけど。でも捨てるってのも・・・せっかくのチケットがって気
がするし・・・。
 明日にでもパフェおごってもらいにいこうかと思ってたけど、決心が鈍るな。
 うーん、いつまで悩んでてもどうなるもんでもないし。
 考えようによってはチャンスかも。道でバッタリって時に、映画にでも行かないか
ってのも不自然な気がするし。
 あいつと一緒にいられるんだからこの際嫌いなホラー映画でも・・・。
 うん。明日、「憩」の開店する頃に行ってみよう。クラブは、午後から行くことにし
てと。こういうとき、個人競技のクラブは助かるよな。
「ああ、心臓がどきどきしてる。早く明日になってほしいような、そうでないような
・・・。」
 ぐ〜。
「・・・・・」
 ははは、結論がでればお腹も減るか・・・。簡単なものでも作って食べよ。
 はぁ、これでも料理作るの結構得意なんだけどなぁ。作る相手が、家族と自分じゃ
張り合いもないよなあ。

 さて、できた。食べて少しからだ動かして、今日はもう寝ようっと。
 竜之介のやつ、家でどんなもの食べてるんだろう。やっぱり美佐子さんの手料理か
な。美佐子さん料理うまそういんだろうなぁ。
 ・・・なんか唯だけじゃなくて美佐子さんにまで嫉妬してるみたいだな、私。唯も
料理作ったりしてるのかな。そういえば、休みの前何日か唯がお弁当作ったって言っ
てたっけ。私も竜之介に料理作ってあげたいな・・・。



 あと5分で午前11時か。
 待ち伏せなんかして、私何してるのかなぁ。でもこれぐらいしないと竜之介なかな
かつかまらないし。
 あれ竜之介、八十八公園の方からきた。この時間ならまだ家にいると思ったんだけ
どなぁ。
「よう、竜之介。」
「えーと、どちら様でしたっけ。」
「こら、私の顔を忘れたのか?」

「ごちそうさま、竜之介。」
「いずみ、何の話だ?」
「終業式に約束しただろ、もう忘れたのか?」
「ちっ、覚えてやがったか。」
「私は竜之介みたいに、頭が不自由じゃないからな。」
「顔が不自由よりマシだと思うぞ。」
「・・・。」
「・・・・・。」
「ほう。さて、あきらの家に行って来るか。」
「ち、ちょっと待ったぁ!!
 わかったよ、確かストロー10本だったな。」
「何だよそれ。」
「店の中にストローくらいあるから、とっとと持ってけ。」
「ストローじゃなくて、ストロベリーパフェだぞ。」
「おまえなぁ、篠原重工のご令嬢だろう?」
「そのご令嬢ってのやめろよ。私だっておこずかいで細々と暮らしてる身なんだぜ。」
「たとえ社長令嬢じゃなくてもパフェの為に家の前で待ち伏せなんかするか?」
「う、うるさいな、たまたま通りかかって、パフェの件を思い出したから少し待って
ただけだよ。
 竜之介こそ、約束を守らないつもりだな、男のくせに。」
「ちぇっ、パフェ一つで男を下げてたまるか。」
「じゃあ、一緒に店の中に入ろうぜ、って。
 こら、どこへ行くつもりだ?」
「ちょ、ちょっと用事が・・。」
「往生際の悪いやつだな、早く店に入ろうってば。」
「おごってもらう相手に、往生際が悪いとは何事だ。」
「弱みを握ってるのは私だからいいの。」
「ふん、いつか犯してやる。」
「もう一度言ってみろよ。」
「ふん、いつかお菓子を買ってやる。」
 ・・・はあ?
「お菓子なんかいいから、早く店の中へ入ろうぜ。」
「あれ?おーい、いずみ!!」
「ここにいるよっ!!」
「あ、ごめん。見失っちまった。」
「いい加減にしろ!ったく。」
 人が気にしてることをチクチクと。
「さむいよっ!」
「な、なに怒ってるんだ?
 わかったよ。しょうがないから店に入ろうぜ。」
 
 カランカラン。
「いらっ・・・あら、竜之介君。」
「こんにちは、おばさま。」
「いずみちゃん、いらっしゃい。」
「美佐子さん、いずみに水あげてくれる?」
「こら、私は植物じゃないからな。」
「ふふふ、相変わらずね。」
「まったく、昔から口喧嘩ばかりしてるぜ。」
「竜之介が、精神的に成長してないからだよ。」
「ふん、俺は確実に成長しているぞ。身長だって7センチも伸びた。」
「竜之介、身長の話はよせよな。」
「ほらほら、喧嘩してないで座ったらどう?」
「いずみはもう座ってるよ。」
「・・・・・。」
「あれれ、まだ立ってたんだ。」
「こ、この・・・」
「竜之介君、いいかげんにしなさい。」
「ちぇ、わかったよ。」
 ったく、竜之介のやつまた身長のことで人をからかいやがって。私だって好きでこ
んなに身長が小さいわけじゃないってのに。
「おばさま、特大のストロベリーパフェお願いします。」
「おい、どうして特大なんだ。」
「身長の話をした罰だ。」
「ごめんなさい、特大のパフェってないのよ。」
「ほーれ、ざまーみろ。」
「じゃあ、ストロベリーパフェを二つ。」
「げっ、いーかげんにしろよ。」
「竜之介君、営業妨害しないでちょうだい。」
「はあ?」
「せっかく二つ頼んでくれたのに、いいかげんにしろはないでしょ。」
「あのねえ美佐子さん、今日は俺のおごりなの。」
「あら、そうだったの。」
「竜之介君、ごちそうさま。」
「げ、竜之介君だって。(なに猫かぶってるんだよ、気持ち悪いな。)」
「(うるさいな。)おばさま・・・ストロベリーパフェ、一つでいいです。」
「いずみちゃん、遠慮しなくていいのに。」
「あ、あのね美佐子さん。」
「ふふふっ・・・冗談よ、竜之介君。」

「いずみってさ、子供の頃から顔変わってないだろ。」
「うるさいな、大きなお世話だよ。」
「いずみって、身長だけじゃなくて顔も小さいよな。」
「竜之介、今度身長の話をしたら唯に言いつけてやるからな。」
「な、何をだよ。」
「おまえがいかにスケベかって事をだよ。」
「ふん、別にいいさ。唯にどう思われようと。」
「・・・。」
 ほんとにそう思ってるのか?竜之介・・・。

「いずみさぁ、髪の毛伸ばせば篠原重工社長令嬢って感じがするかもな。」
「社長令嬢なんて、ガラじゃないよ。」
「うんうん、そりゃそうだ。」
「・・・・・。」
「・・・・・・。」
「どういう意味だよ、竜之介。」
「じ、自分でガラじゃないって言ったんじゃないか。」
だからって、そんなことに力を入れて相づち打たなくったっていいだろうに。

「それにしても驚いた。」
「なにがだよ。」
「唯と腕を組んで学校に来た時は、自分の目を疑ったもの。」
「いいかいずみ、パフェを食べたらその事は忘れるんだぜ。」
「なあ、どうしてそんなに唯の事を意識するんだ?
 一緒に住んでるんだから、腕くらい組んでもいいじゃないか。」
「一緒に住んでるからよくないんだよっ。」

「ふーん、そんなものかな。」
「唯ってさ、竜之介の事が好きなんだよな。」
「どういう意味で好きだと言ってるんだ?」
「そりゃあ、血がつながってないんだから異性としてだよ。」
「あのなあ、俺と唯は8歳の頃から一緒に住んでるんだぜ。」
「知ってるよ。」
「こーんな小さい時から身近でよく知ってる相手を、異性と感じるか?」
「じゃあ竜之介は、唯を異性として感じてないの?」
「か、感じてないよ。」
「どうしてドモるんだよ。」
「う、うるさいな。」
「ほら、またドモった。」

「唯のやつ、絶対竜之介の事好きなんだ。」
「いずみ。」
「なんだよ。」
「おまえこそ、どうして唯の事ばかり気にするんだ。」
「べ、別に気にしてないよ。」
「ドモったぞ。」
「う、うるさいな。」
「ほら、またドモった。」
「いずみちゃん、おまたせしました。」
「わぁ、おいしそう。」
「わぁ、おいしそう。」
「真似するなよ。」
「だいぶ盛り上がってたみたいだけど、いったい何を話してたのかしら。」
「お互いの進路についてディスカッションしてたんだ。」
「竜之介君、嘘はだめよ。あなたは、まだ進路を決めてないはずよ。」

「おばさまってきれいだよな。」
「そのおばさまって言い方、やめてくれよ。」
「どうして?」
「おばさまって言うと本当におばさまって感じがするだろ。」
「確かに、美佐子さん若くてきれいだもんな。」
「だろ?」
「ちぇっ、うれしそうな顔しちゃってさ。」
「いずみ、とっとと食えよ。」
「冷たい物あわてて食べたら、頭が痛くなるだろ。」
「俺が半分食べてやるよ。」
「あ・・・よ、よせ。」
 ペロリ。
「わ、私のスプーンで食べたぁ!!」
「別にいいじゃないか、俺は病原菌を持ってたりしないぞ。」
「だ、だってそのスプーン、私が口をつけたやつだぞ。」
 間接キス・・・
「い、いずみ。病原菌を持ってるのか?」
「も、持ってないよ!!」
「じゃあ別に問題ないじゃないか。」
「・・・・・」
 そういうことじゃないのに。

「それにしても、いずみって変わってるよな。」
「ど、どうして?」
「篠原重工って言ったら、テレビでCFをやってるようなでっかい会社だぜ。」
「でっかい会社のご令嬢なのに、その事を鼻にかけないんだもんな。」
「・・・・・」
「西御寺に爪の垢でもあげたらどうだ?」
「いやだよ、あいつ嫌いだもん。」
「あ・・そう。」

「ふう・・・おいしかった。」
「あれれ、いつの間にか全部食べてやんの。」
「ここのパフェって、お世辞じゃなくっておいしいよ。」
「ふーん、俺食べ比べたことないからなぁ。」
「さてと・・・。」
「・・・・・」
「帰ろうかな。」
「ごちそうさまくらい言え。」
「ごちそうさま。」
「ちぇっ、人のこと脅迫しやがって。」
 はあ、人の気も知らないで。
「あ、あのさ。」
「まだ何か用か?」
「お、おごってもらったお礼に、これやるよ。」
「なんだこれ?」
「映画のチケット。」
「あ・・・本当だ。」
「竜之介、ホラー映画が好きだって言ってただろ?」
「へえ、よく覚えてるな。」
「よ、よかったら・・・。」
「え?」
「・・・・・。」
「・・・・・・。」
「じ、じゃあな、竜之介。」

「あら、いずみちゃんものお帰り?」
「おばさま、すごくおいしかった。」
「ふふふ、ありがとう。」
「さ、さようならっ。」
「いずみちゃん、またきてね。」
「お、おい。いずみ。」

 言えなかった・・・。「一緒に映画に行かないか」って。そのために今日来たのに。
「おーい、いずみ。」
 竜之介のやつ走って追いかけてきたのか。
「な、なんだよ。」
「何慌てて帰るんだ?」
「別に慌ててなんていないさ。」
「そうか?それに、「よかったら」何なんだよ。」
「あ、ああ。よかったらその映画、一緒に観に行かないか。」
「何だ、チケットもう一枚あるのか。で、いずみも観に行くのか?」
「う、うん。でも一人じゃつまらないかと思って。嫌か?」
「いや、一緒に観に行こうぜ。」
「ほ、本当にいいのか?」
「どうしてさっきそう言わなかったんだよ。いずみらしくないぜ。」
「だ、だってさ。」
「確かに口喧嘩はよくするけど、俺たちダチだろ。」
「ダ、ダチ?そ、そうか・・・友達だもんな・・・。」
「映画、いつ観に行こうか。確かいずみは、冬休みも弓道部の練習があるんだったよ
な。」
「土曜日は練習してないよっ!」
「な、なに怒ってるんだ?」
「怒ってなんかいないよ。だいたいそのチケット、28日限りだぞ。」
「あれれ、本当だ。」
「ホラー映画、土曜日にしかやらないみたいなんだ。今日22日で日曜日だから、2
8日しかないんだよ。」
「じゃあ、28日に行こう。俺がいずみの家まで迎えに行くよ。」
「何時にっ。」
「な、な、なに怒ってるんだよ。」
「怒ってないってば。」
「じゃあ、2時頃。」
「うん、・・・・わかった。じゃあな。」
 ったく、人のことダチだ何だと。そりゃあ私だって、昔は妙に気の合う男の子だと
思ってた時期もあったけど・・・・。まあ、何にしても映画には誘えたし、・・・勇
気だして来てよかったな。

 さてと、家に帰って学校へ行こう。今年も正月のパーティーで弓道の試技をしなく
ちゃいけないし、みっともないところを見られたくないからなぁ。

 家で少し遅い昼食をとってから、制服を着た私は学校へやって来た。部室によって
置いてあった道具を一式もって弓道場に行こうとした時に・・・。
「おーい。」
「何だ、竜之介じゃないか。」
「いずみ。これから弓道場に練習しに行くのか?」
「ああ、正月に親父の会社で催し物があるから。」
「催し物?」
「正月恒例のパーティーで。弓道の試技を披露するんだ。」
「さすがご令嬢。」
「まったく親父のやつ、勝手に決めるからいやになるよ。」
「ふーん。」
「何だよニヤニヤして。」
「なんだかんだ言っても親父さんに恥をかかせたくないからこうやって冬休みも練習
してるんだろ。いずみらしいよな。」
「わ、私はそんなつもりで練習してるんじゃないよ。」
「ま、そういう事にしといてやろう。さてと。」
「どこへ行くんだ?竜之介、もう少し話そうぜ。」
「俺様の時給は高いぞ。」
「10円くらいだろ?」
「・・・・・。」
「そういえば、唯は元気か?」
「知らないよ、いつもべったり一緒にいるわけじゃないからな。」
「家ではいつも一緒じゃないか。」
「部屋が同じなわけじゃないし、ほとんど話なんかしないぜ。」
「ふーん、そういえば唯もそんなようなこと言ってたな。
 なあ竜之介、進路は決まったか?」
「先生みたいな言い方するのやめろよ。喫茶店で美佐子さんが言ってたろ。」
「そうか、まだ決まってないんだ。」
「いずみは確か進学だったよな。」
「ああ、短大だけど。」
「女子短期大学ってやつか?」
「そう、確か『星城ヶ丘女子短期大学』とかいう名前だったな。」
「何だ、自分の受ける大学の名前も覚えてないのか?」
「ふーんだ。進路が決まってないよりマシだよ。」
 どうせ私はこの先の人生なんか選べない。あれだけでかい会社の社長の娘で一人っ
子だし。親父が決めた誰かと結婚させられてそいつが会社を継ぐ事になるんだろう、
って少し前まで思ってた。このめちゃくちゃな男を好きな自分に気がつくまでは・・
・・・。
「ちっ。そんな事ばかり言ってると面接で落とされるぞ。」
「どういう意味だよ、竜之介。」
「さて、私そろそろ道場に行かないと。」
「そうか、あまり遅くならないうちに、ちゃんと家に帰れよ。」
「わ、私のことを心配してくれるのか?」
「違うよ、暗くなってから練習すると人を殺しかねないだろう。」
「・・・・・・」
「・・・・・」
「はあ・・、怒る気力も沸かないよ。じゃあな。」

 さて、練習、練習。どうも竜之介と話してると友達同士の他愛もない会話になって
くるんだよなあ。まあ、変に意識しないで話せるのはいいことなんだけど・・・。ま
あ、もしあいつと付き合えるようになってもこんな調子になりそうだし・・・。ああ、
やめやめ。仮定でいくら考えたってどうなるものでもない。
 でも・・・、せめて28日までに私が女だって意識してもらえるようになりたいな。
「ああ!!考え事してたから20射中9本しか当たらなかった・・・。」
「よう、いずみ。何大きな声出してるんだ?」
「竜之介のせいだ!!」
「何で俺のせいになる。」
 いかんいかん、やつあたりしてしまった。しかし・・・。
「ま、何でもない。それより、竜之介まだ学校にいたのか?」
「まだいたのかとは失礼な。何だ、練習してるのはいずみだけか。」
「悪かったな、私一人で。」
「そうすねるなよ。屋外の練習場で寒いと思って、あったかい缶コーヒー持ってきて
やったんだから。」
「お、サンキュー。」
「一休みしたらどうだ?」
「ん、そうしようかな。」

「ふう。」
「どうだ?調子は。」
「ああ、まあまあかな。それより竜之介も暇だなあ、せっかくの冬休みだってのに。
おまえのことだから、てっきり如月町でナンパでもしてるのかと思った。」
「ああ、唯にも朝同じようなこと言われた。どうも俺は周りから暇さえあればナンパ
してるように思われてるらしいな。」
「竜之介の場合、うわさにしても半分以上本当のことだろ。」
「ひでぇな。」
「あんまりふらふらしてないで、恋人つくったらどうだ?」
「俺に彼女なんてできるわけないだろ。」
「竜之介、女子のあいだじゃ結構もてるんだぞ。」
「だって俺は八十八学園の嫌われ者だろ?」
「竜之介がそんな風に思ってるからかえって惹かれてるみたいだな。逆に自分がもてる
と思ってる西御寺を好きだというやつを私は聞いたことがないな。」
「まあ西御寺のことはわからんでもないが、そんなものかね。ちなみにそういう女の
子紹介しろよ。」
「自分で探せ!!」
「ちぇ。」
「さてと、私は練習を続けるからそろそろ出てけよ。」
「どうして出て行かなくちゃいけないんだ?」
「見られてたら気が散るだろ。」
「パーティーだかなんかは、見られてるところでやるんだろ?」
「う・・。」
 はあ。竜之介に見られてるところでやるのか。
「ヤジとばさずに静かにしてろよ。」
「はいはい。」
 ・・・・・・・・・・
 カチッ
 ・・・・・・・・・・
 ギーーーッ
 ・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・
 シュッ
 パンッ!!
「ふう。」
「いずみ。集中してる時のいずみってかっこいいな。」
「そ、そうか?」
「ああ、ぐっと男前があがって見えるぜ。」
「おい・・・。」
「なんだ?」
「私は女だぞ。」
 ・・・・・
「おお!」
「『おお!』っじゃない。出てけぇ!!」
ったく。これで集中してできる・・・。でも、あいついなくなっちゃったな。
 あれから竜之介は来なかった。練習の方は結構うまく言って、あれから40射した
けど32本当たった。でもなんか、竜之介がいたときの方が弓を引いてるって緊張感
があってよかったような気がしたなぁ。
「ふう、終わった。駅前の商店街にでもよって帰ろうかな。
 あ、友美だ。おーい、友美。」
「あ、いずみちゃん。」
「こんな時間に校庭で何してたんだ?」
「ちょっとね。図書館で調べ物があったから。
 そういえばいずみちゃん、竜之介君とパフェと映画の話したんですって?」
「あ、ああ。「憩」にパフェ食べに行ったんだ。竜之介におごってもらっちゃってさ。
悪いと思って映画のチケットが余ってたんで竜之介を誘ったんだ。」
「そう、竜之介君と映画見に行くの・・・。じゃあね、いずみちゃん。」
「あ、ああ。またな。」
 うーん・・・。なんか友美のやつ寂しそうだったな。
 あれ、何で友美が映画のこと知ってたんだ?
 竜之介だな。あいつ、友美に言うなんてひどいや・・・。明日にでも問いつめてや
る。



 次の日、朝から私はイライラしていた。学校に行くまでに誰かに会ったか、すら覚
えてない。
 でも、校門を通ったとき不意に不安がよぎった。
 私は竜之介が道場に来ることを前提に考えてる?もし道場に来なくて、28日まで
会わなかったら・・・。当日になってそんなこと聞けるかな・・。
「ばかばかしい。電話すればいいだけのことじゃないか。
深く考えるのはよそう・・・。」
 カチッ
 ギーーーッ
 ・・・・・・・・・・
 シュッ
 サクッ
 一射目から当たらないしなあ・・・。あーー、イライラする。
「よう、いずみ。」
「おい!竜之介!」
「来ていきなり、ドスのきいた声を出すなよ。」
「私と映画に行くこと、友美に言ったのか?」
「えーと、どうだったかな。」
「言っただろ!」
「そうだったか?」
「どうして言うんだよ。」
「黙ってろなんて、いずみ言わなかったじゃないか。」
「りゅうのすけっ!!」
「び、びっくりした。」
「他の女の子に喋る事じゃないだろっ!!」
「どうどうどう。」
「何がどうどうなんだよっ!!」
「落ち着いてもらおうかと思って。」
「はぁはぁ・・・いつか刺してやる。」

「友美に聞かれたんだぞ、映画のことを。」
「それどうかしたのか?」
「ど、どうかしたのかって、なんて答えればいいんだよ。」
「行くって言えばいいじゃないか。」
「そ、そんな恥ずかしいこと言えるかよ」
「映画に行くのがどうして恥ずかしいんだ?」
「・・・・・。」
 そう言えば竜之介は、私と友美が竜之介のこと想ってることも、私がホラー映画嫌
いなことも、友美がその事を知ってることも知らないんだよな。
「指を一本立てたまま黙り込むな。」
「う、うるさい。」

「友美のやつ、怒ってるだろうな。」
「どうして友美が怒るんだよ。」
「竜之介が、余計なこと言うからだ。」
「いずみと俺が映画に行こうが遊園地に行こうが、友美には関係ないじゃないか。」
「関係あるんだよっ。」
「どういう関係だ?」
「・・・・・。」
「・・・・・。」
「色々な関係だよ。」

「まったく信じらんないよ。」
「そんなに困ることか?」
「変な噂が立ったら、どうするんだよっ。」
「変な噂って、どんな噂だ?」
「た、たとえば私と竜之介がつき合ってるとか。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「わっはっはっはっはっ!!」
「な、何がおかしいんだっ!!」
「かけてもいいぞ、絶対にない。」
「ど、どうしてぇ?」
「いずみと俺が、いつも喧嘩ばかりしてることはみんな知ってるさ。」
「・・・・・。」
 そうだった。こいつはそう言うやつだったんだ。はぁ・・・。

「あ・・・・・思い出した。」
「な、何をだよ。」
「俺は友美に、いずみと映画に行くなんて言ってないぜ。」
「う、嘘。」
「確かいずみと喫茶店の前で別れた後、友美の方から話しかけてきて。」
「私がパフェおごってもらった時だろ?」
「ああ、あの直後に友美と偶然会ったんだ。」
「・・・・・。」
「で、『いずみちゃんと何を話していたの』って聞かれたから、パフェと映画の話っ
て答えただけだ。」
「そ、それだけしか話してないのか!?
 だって、友美のやつ、知ってるみたいな言い方だったぞ。」
「何て聞かれたんだ?」
「竜之介君と、映画の話をしたのって。」
「・・・・・・。」
「・・・・・。」
「映画の話が、一言もでてこないじゃないか。」
「そう言われてみれば・・そうだな。」
「で、何て答えたんだ?」
「チケットが余ってたから、竜之介を誘っただけだって言った。」
「いずみが教えてるのではないか。」
「・・・・・・。」
「困るな、いずみ。」
「な、何がだよ。」
「二人の約束を友美に言うなんてひどいや。普通、他の女の子にそういう事を教える
か?」
「そ、そんなに大した事じゃないだろ?」
「やだなぁ、変な噂が広まったらどうするんだよ。」
「なんだよ、変な噂って。」
「たとえば、俺といずみが付き合ってるとか。」
「ないない、絶対ない。」
「どうしてぇ?」
「だってみんな、私と竜之介が喧嘩ばかりしてる事を知ってるもの・・。」
「わからないぜぇ。」
「さっき自分でも言ってただろ、そんな事は絶対ないって・・。」
「そうだったか?」
「そうだよっ!」

「まいったな、まったく。」
「自分で言っておいて、人のせいにするかよ、普通。」
「悪かったと想ってるよ。だけど、元はといえば竜之介が、映画の話をしたなんて言
うからだろ。」
「あ・・・。」
「な、何だよ。」
「・・・・・・。」
「竜之介、今度は何を思い出したんだ。」
「・・・・・・。」
「はっきり言えよ、竜之介。」
「おい。」
「な、何だよ。」
「おっぱいが半分見えてるぞ。」
「・・・・・っ!」
『パシッ!』
「あたたたたっ。」
「ばか!エッチ!何考えてるのよ!!」
「い、いずみが前かがみになるからだよ。」
「だからって、のぞき込むことないでしょ!!」
「ちぇっ、のぞき込んだわけじゃないやい。」
「映画館で変な事したら、大声だしてやる。」
「ふん、誰がそんなことするか。」
「竜之介の馬鹿・・。」
「ちぇっ、おっぱい見たぐらいで馬鹿なんて言われたくないな。」
「竜之介は、いっぱい見てるからそういうことが言えるんだよっ。」
「はあ?」
「私はまだ誰にも見せてないんだからな。」
「うーん、一応理屈は通ってるな。」

「竜之介のエッチ・・・。」
「いつまで言ってるんだよ。」
「だってさ。」
 恥ずかしくてまだ心臓がどきどき言ってる・・。
「あ、あのさあ。」
「ん?」
「話、変わって悪いんだけどさ。
 明日の西御寺の家のパーティーのことだけど・・。」
「いずみ、行くのか?」
「昨日、私は西御寺みたいのは嫌いだ、って話しただろ。」
「そうだっけ?」
「そうだよ!それに、うちはクリスマスだからって門限を延ばしてくれたりはしない
から・・。」
 そう、それに親父はクリスマスだからって早く帰ってきたこともない。だから、家
族でクリスマスのパーティーをしたこともなければ友達の家のパーティーに呼ばれて
も行ったこともない。サンタを信じていたのはいつまでだろう。
「そうじゃなくって、竜之介は行くのかなって。西御寺の家のパーティー。」
「俺が?去年はつまみ出されたしな。まあ、今年あいつの家に行って何かしようって
気にもならないし・・・。まあ、行ったところで入れてももらえないだろうけど。」
「行きたいのか?」
「冗談。やることもないのにあんなところで時間つぶすほど俺は馬鹿じゃないぜ。」
「で、さあ。友美は行くのかな、西御寺のパーティー。」
「さあな、昨日会ったときには何も言ってなかったけどな。」
「そうか・・。」
「気になるんだったら友美に直接聞けばいいだろう?」
「う、うん。やっぱりいいや。」

「さて、あんまり邪魔してると、的にされそうだから俺帰るわ。」
「そうか、あんまりぶらついてるなよ。」
「じゃあな。」
 ・・・・・・。

 ふう、80射68中か。今日はこれぐらいにしておこうっと。
 さて、片付けて部室に戻って着替えてと。
 それにしても、竜之介に胸を見られるなんて、顔から火がでそうだったよ。

 はあ。明日はクリスマス、か・・・。
 このまま帰ってもすることないしなあ。海岸にでも行ってみるかな。
 やっぱり、友美に言わない訳にはいかないよな、私の気持ち。知ってるかも知れな
いけど、言わないって事は隠してるって事だし・・・。
 親友の好きな人を知ってて好きになるなんて、まるで泥棒猫だよな。でも、人のだ
から欲しいっていうんじゃないし・・、自分の気持ちに嘘をつくなんてできないよ。

 あれ、海岸への降り口に止めてあるバイク、洋子のみたいだな。
 あ、洋子が海岸に降りてる。
「おーい、洋子。」
「おう、いずみ。」
「めずらしいね、どうしたんだこんなところで。」
「そうか?私だって結構ここに来てるぜ。最近来てなかったんで、久しぶりにここも
いいかって思ってさ。
 いずみこそ、なにしに来たんだ?」
「うん、一人で考えたいことがあってさ。」
「そうか、邪魔しちゃ悪いから他のところに行くか。」
「そんな、私の方が後から来たんだから邪魔なら私の方がどこかにいくよ。」
「いや、気分変えようと思って走ってる最中に立ち寄っただけだから、もう行くよ。」
「そう・・・、じゃあね。」
「ああ。」
 洋子に悪いことしちゃったな。洋子のやつ何か、追いつめられたみたいな、悩んで
るみたいだったけど。
 ・・・。それにしても、この映画の誘い方って、フェアじゃないかな・・・。チケ
ット、友美にあげようかな・・・。行けなくなったとか何とか言って。考えてるだけ
じゃ解決しないし、友美の家に行ってみよっと。

「さて友美の家に来たけれど・・・。」
「よぉ、いずみ。友美の家に遊びに来たのか?」
「竜之介。遊びに来たって言うか・・・ちょっとな。」
 竜之介に話しとこうかな・・・。
「なあ、竜之介。」
「なんだ。」
「映画の約束なんだけどさ。」
「28日だろ、ちゃんと覚えてるぜ。」
「う、うん。」
 なんか言いにくいなぁ・・・。
「・・・・・。」
「・・・・・・。」
「なあ、竜之介。私のチケット、友美にあげてもいいか。」
「はあ?」
「・・・・・。」
「何だ、3人で映画観に行くのか?」
「ち、違うよっ。」
「俺は別に、友美と一緒でもかまわないぜ。」
「・・・・・。」
「何だよ、黙り込んで。」
「ん?」
「28日の2時、家で待ってるからな。」
「あ、ああ。」
「じゃあ私、友美に用があるから。」

 ついカッとなってあんな事言っちゃったけど・・・。竜之介のやつ本気で私のこと
女だと思ってないのかな。デリカシーが無さすぎるんだよなあ・・・。
 ふう、玄関の前に来たのはいいけど、ここまで来て悩んでても仕方ないし。
『ピンポーン』
「はーい。」
「篠原ですけど、友美さんいますか。」
「いずみちゃん?ちょっとまってて。」

「いらっしゃい、どうしたの?」
「ん、ちょっと話したいことがあって。」
「どうぞ、あがって。」
「おじゃまします。
 そう言えば、友美の家に来たの久しぶりだな。」
「そうね、この間来たのいつだったかしら。紅茶とケーキ持ってくるわね。」

「で、話したい事って?」
「ああ。・・・私、好きな人ができたんだ。」
「そう・・・。」
「誰か、って聞かないのか?」
「私が聞かなくても、聞かせたいことなら話してくれるでしょう?
 で、聞いて欲しいの?」
「うん・・・。
 竜之介なんだ・・。」
「・・・・・・。」
「驚かないんだな。」
「私が気がついてないと思ってた?
「ううん、気がついてるんじゃないかとは思ってた。
 いつまでも黙ってるなんてできなくって・・・。
 初めて、竜之介と会ったとき、正直、馬鹿なやつがいるなあ、って思った。
 それから、友美と仲良くなって友美と竜之介が幼なじみだってのもその後知ったん
だ。
 友美は竜之介のことを想ってるのは、端から見ていてもわかったし、その頃は、竜
之介は友美の幼なじみで、それこそ異性を感じさせない友達て感じだったんだ。
 そのうち、あいつの魅力に引き寄せられてる自分に気がついたんだ、でも、友美が
想いを寄せてるのはわかってたから、私は」あいつのことを好きになっちゃいけない、
って自分に言い聞かせようとした。
 でも、だめなんだ。自分でもどうしたらいいか、わからないくらいあいつのことが
好きになってて。自分の気持ちに嘘がつけないよ。
 このこと、友美に言おうかどうしようか迷ったんだ。もし、もしだよ、このまま、
私と竜之介がうまくいっても、自分が泥棒猫みたいでいやだ、って思ったんだ。
 馬鹿だよね、私。竜之介は、私のこと男友達のように思ってる。こっちを振り向い
てくれっこないのに・・・。」
「・・・やっと話してくれたわね。
 そう、いずみちゃんの言うとおり、私も竜之介君が好きよ。小さな頃から、いつも
泣いてる私を助けてくれた。帽子が風でとばされたとき、男の子たちにいじめられた
とき・・・。そんな単純なことで、気がついたら竜之介君、私の中でとっても大きな
存在になっていたわ。
 いずみちゃんが、私の気持ちがわかったように、私にもいずみちゃんの気持ちがわ
かったの。いずみちゃんが私に気を使ってくれてることも・・・。
 でも、いずみちゃんが私に話さなきゃならないって思ったら話してくれるだろうっ
て、私からはその事について何も言わないでおこうって。私、ずるいわね・・・。」
「そんなことない。」
「いずみちゃん、竜之介君に女の子だって思われてないって言ってたけど、いずみち
ゃんの気にしすぎだと思うわよ。少なくとも最近は違うんじゃないかな。
 何にしても、これで恋のライバルってとこかしらね、私たち。
 映画のことで先を越されちゃったけど負けないわよ。」
「ああ、私だって。
 話して良かったよ。気が楽になった。」

「おじゃましました。
 ケーキごちそうさま。」
「また来てね。
 竜之介君のことはどうなっても恨みっこなしね。」
「ああ。じゃあな。」
 さて、如月町にでも行こうかな。そういえばさっきの洋子の様子が気になるなあ。
洋子の家によってみるか。

 あれ、洋子のバイクがない。この時間なら店番してると思ったのになあ。どこ行っ
たんだろう。

(To Be Continued)


(1997.10/19 sinto)

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