小説
2002. 1/22




「お弁当」〜いずみの場合〜


1
 キーンコーンカーンコーン
「ふぁーぁ。もう昼休みか。」
 3時限目はどうやら世界史だったらしい。
黒板には聞いたことのあるいくつかの人物名と年号が記されていた。
机の上に突っ伏したのは1時限目だったろうか、2時限目か?
そんなことを考えながら竜之介はもう一回あくびをした。
「やっとお目覚めか、竜之介。」
「よう、いずみ。」
「よう、じゃないだろう。まったく何しに学校に来てるんだよ。朝から眠りこけてて。」
「まあそう言うなって。あ、いずみ悪い。先に屋上行っててくれ。」
「いいけど、どうしたんだよ。」
「パン買いに行ってくる。」
「あぁ、走って行っちゃったよ。あれ、昨日まで美佐子さんにお弁当作ってもらってたのにな。
美佐子さんが寝坊でもしたのかなぁ。まさかな。」
 竜之介といずみが付き合い始めたのは始業式の日からだった。それから2週間ぐらいが過ぎただろうか。
 端から見ればそんなに変化があったわけではなかった。
昼休みに二人でお弁当を食べ、帰りはいつも一緒。それ以外は今までとほとんど変わらない。
 もっとも、休みの日は二人で遊びに出かけたりしていたがクラスメイトで知っているのはごく一部だった。
 まあ、竜之介もいずみもあまりベタベタするのを好まなかったせいでもあるのだが。

「おばちゃーん、カレーパン二つ。」
「はい300円だよ。」
「焼きそばパンとコロッケパン。」
「330円ね。」
「サンドイッチちょうだーい。」
「はい、200円。」
 いつものことながら、昼休みの購買はすごいものがあった。
なにせ、早くしないと自分の食べたい物どころか食べる物そのものが売り切れてしまうのだから。
「おばちゃん、焼きそばパンとコロッケパン二つ。」
「おや、竜之介君久しぶり。510円ね。」
「はい、510円。」
「まいど。」
「ふう、やっと買えた。さて、早く屋上に行かないといずみを待たせてたな。」

「遅いなぁ、竜之介のやつ。」
「おう、お待たせ。さあ食おうぜ。」
「うん。竜之介、何で今日はパンなんだ?昨日までずっとお弁当持ってきてたよな。」
「ん。ああ、昨日美佐子さんが倒れちゃってさ。」
「倒れちゃってさ、ってそんな簡単に。美佐子さんどこか悪いのか?」
「いや、どうやら過労だったみたいで、
美佐子さん、大丈夫だから点滴が終わったら帰るみたいなこと言ったんだけど。
医者も様子を見た方がいいって言うんで、家のことは唯と二人でなんとかするからって、
2、3日入院ていうことにしてもらったんだ。
まあ、家のことで俺にできることって言えば風呂掃除ぐらいしかないからさ。
ほとんど唯にまかせっきりになちゃってるんだけどな。」
「そうか、美佐子さん「憩」も竜之介の家の家事もほとんど一人でやってるんだろう。無理してたんだな。
いい機会だから竜之介も何か家事覚えて退院してきた美佐子さんに楽させてあげたら?」
「ああ、前にも何か手伝うことがないかって言ったら
「これは私の役目だから」って何も手伝だわせてくれないんだ。」
「ふうん。で、何でお弁当無いんだ?唯は持ってきてたみたいだけど。」
「あ、ああ。さっきも言ったけど俺にできるのは風呂掃除ぐらいだから料理は唯の担当になるんだよ。
で、だ。
朝飯や夕飯はいいんだよ、食べるのは二人だけだし、俺が急かすからあんまり見た目に凝らないから。
ただ、弁当はちょっとな。」
「ちょっとって?」
「その煮物おいしそうだな。」
ひょいっ。
パク。
「あ、こら。」
「冬休みの前に何日か唯が弁当を作ったことがあってさ。」
「・・・。ああ、唯もそんなこと言ってたなぁ。」
「それが、ゲロゲロゲロッピの弁当箱に中にゼロヨンシンちゃんのチーズとたこさんウインナーが入ってて、
仕方なく屋上で食うはめになったという。俺は中学生の女の子かって。」
「はははっ。唯らしいって言えば唯らしいかな。かわいい物が好きって。
まあそれは唯に限ったことじゃ無くって女の子なら誰でもそうだと思うけど。」
「そんなもんかね。」
「で、なに。唯が作ってくれるって言ったの断ったの?」
「いや、唯が先に家を出たんで、忘れたことにして置いてきた。」
「竜之介!それはいくら何でもひどいぞ。作った唯に失礼だと思わないのか?
食べるつもりが無いのなら作ってくれる前に角が立たないようにちゃんと断るべきだろ。」
「ああ、わるい。」
「ったく、謝るのは私じゃなくて唯にだろ。後でほんとの事言って謝るぐらいのことしとけよ。」
「ああ、わかったよ。ふぁー、食後の一眠りといくか。いずみ、膝枕してくれないか。」
「いいけど、あれだけ寝といてまだ寝るのか?」
「じゃ、おやすみ。」
「昼休みが終わったら起こすぞ。ったく。
 えーっと、救急セットの中に確か綿棒があったはず。あったあった、寝てる間に耳の中きれいにしちゃえ。
 まあ、私もキディーちゃんの救急セットとか持ち歩いてるし唯のこととやかく言えないんだよな。」
(はぁ。唯がうらやましいな。私も竜之介に料理作ってあげたいのに。
そうだ。美佐子さんまだ入院してるみたいだから、明日お弁当作ってあげよう。
竜之介驚くかな。)

キーンコーンカーンコーン
「おい、竜之介起きろよ。昼休み終わったぞ。」
「ん。ふぁー、もうそんな時間か。」
「ほら、教室に行くぞ。」
「ああ。ふぁーぁ。」

2
「さて、早く帰ろーぜ。」
「如月町のゲーセン行かねえ?」
「ねえ、一緒に帰りましょう。」
「いいわよ、駅前の輸入雑貨のお店によってかない?」
 3年生のこの時期になるとほとんどの生徒が進路が決まりクラブも終わってしまうので、
みんな授業が終わるとさっさと帰っていく。
残っているのは週番や委員会の仕事があったり、先生に呼ばれたりした人たちぐらいだろう。
「竜之介。」
「いずみ、悪いけど今日先に帰らせてもらうわ。この埋め合わせは明日な。」
 そう言うと竜之介は教室から飛び出していってしまった。
「何だよ、ったく。」
「いずみちゃん、今日一緒に帰らない?」
「唯、いいけど友美も一緒にいいか?」
「うん。」
「ちょっと待ってて。
 友美、唯と3人で帰らないか。」
「あ、いずみちゃん。ごめん今日ちょっと用事があって。また今度誘って。」
「わかった。
 という訳らしいから二人で帰るか。」

「唯、どこかよってくところあるか?」
「ううん、いずみちゃんは?」
「いや、特に今日はないかな。」
「それでね、いずみちゃんに聞きたいことがあったんだけど。」
「なに?」
「お兄ちゃん、お弁当のこと何か言ってた?」
「ああ、そう言えば昨日美佐子さん倒れたんだって?
竜之介のやつ朝慌てて出てきてお弁当忘れたって言ってたぜ。購買でパン買ってきて食ってたな。」
「もう、お兄ちゃんてば、唯がせっかく作ったのに。
 いずみちゃん今日家によってく?」
「今日はちょっとやりたいことがあるから、また今度な。」
「じゃぁ、バイバイ。」

「さて、家に帰ってからお弁当の買い出しに行こうかな。」
 いずみはそうつぶやくと自分の家に向かって歩き出した。
まだ日が落ちるのは早く、あたりは夕暮れといった感じになっていた。

3
「ただーいまー。」
「ほふ、ひゅひほはへひ(おう、唯お帰り)。」
 竜之介が台所から顔を出した。口いっぱいに何かを詰め込んでいるようなのだが・・・。
「お兄ちゃん何やってるの。」
「何って弁当を食べてたんだけど。」
「もう、いずみちゃんに聞いたよ。朝慌てて持ってくの忘れたんだって?
 今食べたら晩ごはん食べられなくなっちゃうよ。せっかく唯が腕によりをかけて作ってあげようと思ったのに。」
「だいじょうぶだよ。5時限目の体育に久しぶりに出たらお腹空いちゃってさぁ。
弁当が残ってたの思い出して跳んで帰ってきたってわけだ。」
「それで急いでたの?あ、いけなーい。お母さんに会いに行くの忘れてた。」
「おいおい、俺4時限目抜け出して行って来たからいいけど。面会時間5時30分までじゃなかったか。」
「お兄ちゃんずるーい。唯、晩ごはんのお買い物しながら行ってくるね。」

4
「ごちそうさまでした。」
「はい、おそまつさま。」
「あ、片付けは私がやっておきます。」
「そう、じゃあお願いね。」
 夕飯が終わり、いずみは一人台所に食器を片付けにきた。もちろん明日のお弁当の下拵えもあってである。
「さて、洗い物を片付けてと。
 明日のお弁当のおかずは、唐揚げと玉子焼き、アスパラのベーコン巻き、あとポテトサラダ。
唐揚げとポテトサラダは今晩の内に作っておくと朝楽かな。」

「ふう、できた。後は、ラップしといて、明日の朝お弁当に入れよう。」
 二つの皿には、二人分の唐揚げと、ポテトサラダがのっている。
手慣れた料理といった感じがしてなかなかおいしそうである。
「さてと、今日は課題がないし、お風呂に入って早めに寝よう。竜之介おいしいって言ってくれるかな。」

トントントンッ。
 6時30分。台所から野菜をきざむ音がしていた。
「あら、おはよう。今日はいつもより少し早いわねえ。」
「あ、お母様。おはようございます。」
「お弁当、二つなの?一つは少し大きいみたいだけど。男の人かしら。」
「はい。」
 いずみはそう頷くとにっこり笑った。
「はいはい。幸せそうなのはいいけれど、手元を気をつけないとベーコン巻きが焦げますよ。」
「あ!」
 気が付くのがもう少し遅ければアスパラのベーコン巻きは焦げるところであった。

5
「竜之介!わるい、待った?」
「いや。俺も今来たところだから。」
 竜之介といずみは毎朝八十八駅の北口で待ち合わせていた。
特にこれといった訳があるわけではない。どちらか片方の家まで行くと時間がかかるからである。
「そっか。さ、急がないと遅刻するぜ。」
「いずみ。その袋なんだ?」
「なんでもない。」
「そうか。」

キーンコーンカーンコーン
 1時限目が終わって唯が竜之介のところにやってきた。
「お兄ちゃん、今日もお弁当出しておいたのにまた忘れてったでしょ。
 はい。」
「昨日いらないって言っただろ。購買でまたパン買うからって。」
「そんなこと言って、お金もったいないでしょ。」
「わかったよ。」
 いずみは、一部始終を見ていたらしく、
「よう、竜之介。結局作ってもらったのか。」
「いや、断ったんだけど・・・、理由が弱かったらしい。」
「そっか。(・・・・・。せっかく喜んでもらおうと思って作ったのに無駄になっちゃったな。
・・・まあ、竜之介に黙って勝手に作ったんだから、しょうがないよな。)」
「いずみ、どうかしたのか。」
「ん?どうもしないよ。どうしたの?」
「なんでもないならいいんだけどさ。・・・・・。」

 今日も珍しく竜之介は2時限目の体育に出たらしい。それもむちゃくちゃ張り切っていたみたいだ。
3時限目は教室にいなかった。さぼって屋上にでもいるのだろう。
「(おいおい、竜之介単位足りてるのか?卒業できないなんてことになったらしゃれにならないのに。)」

6
くー、くー
「竜之介。起きろよ、昼休みだぞ。」
「あ、ああ。・・・。
 あー、腹へった。いずみ、悪いけど金貸してくれない?」
「竜之介、さっき唯にお弁当もらってなかった?」
「さっき2時限目が終わったときに食っちゃったよ。 唯の弁当だけじゃ足りなくて、購買でパンかって食ったんだけど腹減っちゃってさ。」
「しょうがない奴だな。私が作ってきたお弁当あるんだけど食べるか。」
「いずみ、料理作れるのか?」
「失礼だな。去年旅行に行ったときに話したの覚えてない?」
「う、そういえばそんな話をしたような。」
「食べるのか、食べないのか。」
「食べる食べる。
 いっただきまーす。」
ぱくっ。
「うまい。」
「そうか?そう言われるとお世辞でも作ったかいがあったよ。」
「なあ。いずみ、これから毎日弁当作ってくれないか。当然お金は払うからさ。」
「いいのか?食べてくれるんだったらお金なんていらないよ。・・・すごくうれしい。」
「いずみが作ってくれるんだったら毎日食べるさ。」
「竜之介・・・。でも今日みたいに無理はしないでくれよ。唯のお弁当無理して食べただろう。」
「ははは。ばれてたのか。まあ、唯には今度はちゃんと言っておくよ。美佐子さんにも。」
「うん。
食べないって言っても作るからな。」

(Fin)


(1997. 5/ 5 sinto)

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