小説
2002. 4/23




Friends


 トゥルルルル
  トゥルルルル
 がちゃ。
「はい、藤田です。」
「何であんたが出るのよ!私はあかりに用があるのよ。」
 一瞬相手の応答に面食らって何が起こったかわからなくなった浩之だったが
すぐに電話の相手が誰だか気が付き返答する。
「その声は志保だな。久しぶりだって言うのに電話越しに開口一番「何であんたが出るのよ」は無いだろう。
相変わらず礼儀のかけらもないやつだな。」
「そんなことより、あかり居る?居るんなら代わってくんない?」
「ああ、わかったよ。」
(おーい、あかりー。電話だぞー。)
(はーい)
ばたばたばたっ。
志保の耳元には電話向こうのやりとりが聞こえる。
(誰から。)
(結婚式に来なかった喧しい女)
「聞こえてるわよ、まったくあの男は。」
そうつぶやいて志保はあかりが電話口に出るのを待つ。
(???)
あかりは誰からか解らないまま電話に出た。
「やっほー、あかり。」
「志保なの?わー、すごく久しぶりね。どうしたの?」
「うん、今すぐそばまで来ててさ。今から行ってもいいかなぁって。」
「そばってどのあたりにいるの?」
「あんた達の家の前。」
 ピンポーン
玄関のチャイムの音がする。
がちゃっ。
「はい、どちらさまで…。」
 浩之が玄関を開けると、そこには数年前会った時のままの志保が立っていた。
「やっほー、ヒロ。」
「おまえ何で、あかりと電話してたんじゃあ…。」
「してたわよ、ほら。」
そういって片手に持った携帯電話を見せる。
「はっ、くだらねぇ事してるんじゃねぇよ。ったく
 で、なにしに来たんだよ。」
「何しに来たはご挨拶ねぇ。昨日、日本に帰ってきたんだけどさ。
しばらく休暇なんで、結婚式にも出られなかった私としては、あんた達を冷やかしてやろう、とこうしてやって来たって言う訳よ。」
「おまえなぁ。」
「いらっしゃい、志保。」
「あかり、びっくりさせてごめんね。」
「ううん、それより今日はいつまでいられるの?」
「その事でお願いがあるんだけどさ。急な休暇だったんで泊まるとこ考えてなかったのよ。今晩泊めてくれない?」
「いいわよ。ねぇ、浩之ちゃん。」
「あ、ああ。」
「あかり、まだヒロのことそんな呼び方してるの?結婚してもその呼び方はないんじゃない?」
「うん、浩之ちゃんにもそう言われたんだけど。ずっとこう呼んでたからなかなか直せなくって。
でも外では浩之ちゃんて呼ぶなって言われて気をつけているんだけど…」
「何て呼んでるの、外では。」
あなたって。
小さな声で言って顔を真っ赤にするあかり。
「なにのろけてんのよ…。」
さすがの志保もやれやれと言った様子だ。
「そんなんじゃないの。だって呼び捨てになんてできないし…。何て呼んでいいかわからないんだもの。」
あかりは顔を真っ赤にして弁解している。
「はいはい、で、私は上がってもいいのかしら?」
「あ、どうぞ。今、紅茶入れるから待っててね。」
「あ、忘れるところだったわ。はい、これおみやげのケーキ。」
志保の出したケーキを浩之がつまみ上げる。
「ってどうでもいいが何で、近所のケーキ屋のなんだ?」
「どうでもいいことならそんなことに一々突っ込み入れなくてもいいでしょ!」

 早速、あかりが入れた紅茶と志保の持ってきたケーキがテーブルに乗る。
「ヒロ、その手に持っているビデオテープ何?」
「ん、ああ。さっき雅史が来てさ。結婚式の様子を雅史達が撮ってくれたんだ。
編集が終わったから良かったら見てくれってな。」
「相変わらず雅史もまめねぇ。」
「これからレミィや保科達に送るって言ってたなぁ。」
「ちょっと、あの委員長に送って私には?」
「おまえ、結婚式に来なかったじゃないか。」
「うっ。しょうがないでしょ。どうしても抜けられない仕事で、ボスニアに行ってたんだから。
結婚式当日は日本にいなかったのよ。」
 志保のうろたえながらの反論を浩之は楽しそうに見ている。昔を懐かしむようにからかって遊んでいるようだ。
「ねぇ、志保。これから見ようと思ってたんだけど志保もいっしょにどう?」
「いいの?悪いわねぇ」
「志保、俺には催促しているように見えたんだが。」
「ははは…細かいことは気にしないの。」

「わぁ、あかりきれーい。」
「ありがとう。」
「それに比べて誰かさんのこの硬い表情ときたら。」
「喧しい。」
「友人代表の挨拶は、やっぱり雅史?」
「ああ。幼なじみだしな。他に適任なやついないだろ。お前は捕まんなかったし。」
「お、ヒロにも私の良さがわかってきたのかな?」
「ばーか、言ってろ。共通の友人て事だよ。一番多感なころを一緒に過ごしたって意味でもな。」
「ヒロそれ言ってて恥ずかしくない?」
「ほっとけ。」
「あーっ。山岡先生だ。あの先生を呼んだの?」
「うん。挨拶してもらう先生はどうしようって浩之ちゃんと話してたら、挨拶短そうだし山岡先生にしようって。」
「まぁ、あの先生だったら妥当よね。それにしても先生あのころと全然変わってないわね。あ、挨拶ほんとに短い。」
「志保知ってる?山岡先生と英語の栗田先生結婚したこと。」
「うそっ、栗田先生も物好きねぇ。」
「お前、先生達の結婚式にも来てなかったな。」
「当たり前でしょ。山岡先生はあんた達の担任だったかもしれないけど、私やあかりは授業で教えてもらってただけじゃない。」
「そう言えばそうだが、あかりは結婚式来てたよなぁ。」
「あ、あれはね。海原先生が私達のクラス代表で3人ぐらい出てほしいいって招待状を送ってくれたの。」
「海原先生と山岡先生って親子だったっけ。でもそれって絶対栗田先生の考えよねぇ。
あの海原先生がそんな気のきいたことするはずないもの。で、じゃあ何で私は呼んでもらえなかったのよ。」
「だって、志保連絡がなかなか取れなかったんだもん。」
「お前が海外に行ってて連絡が取れないってのに呼んでもらえないのは自業自得ってもんだ。」
「そう?なんか釈然としないんだけど、そう言われるとそうなのかしらねぇ。」
「あー、うるさい。もう少し静かに見ようぜ。」

 ……

「これで終わりね。」
「ああ、そうみたいだ、ってなんだよNG集って。」
画面には、ブルーのバックに黄色やらピンクの文字で「NG集」と映っている。
「凝り性ね、雅史。すぐにこういう事したがるんだから。」
「でも雅史ちゃん、こういう事するかな。確かに凝り性だから、やれって言われればするかもしれないけど。」
「おおかたクラスの奴らが悪のりで言ったことを雅史がやったってところじゃないのか。」
「そんなとこかもね。まあいいじゃないの、面白そうなんだから。あ、始まった。」
 「NG集」の内容はと言えばありきたりの挨拶のとちりから、料理の皿をひっくり返したおっさんや、
酔って出てきた人がマイクのコードに躓いたりとしょうもないこと尽くめであまりぱっとしなかったが、
ウエディングドレスのあかりを映していたカメラマン(この時雅史は浩之とあかりと話していたので別のやつ)がビデオカメラに気を取られて、
後ろから俺達に駆け寄ってきたレミィとぶつかって二人して倒れ込んだってハプニングがあった。
 倒れた後のカメラにしばらくレミィの胸の谷間が映っていたのはなかなかお約束と行った感じで笑えたらしい。
 まぁ、一回の結婚式にそんなにもハプニングがあるわけもなく、
(と言っても結婚式の当日遅刻しそうになった花婿の手を引いて駆けつけた花嫁の映像なんかもあったりして、
志保にしばらく笑われて挙げ句の果てに「あんた達進歩してないわねぇ」など言われてしまったが。)
それなりのうちにテープは終わった。

「悪いわね、ヒロ。あかり取っちゃって。」
「馬鹿なこと言ってないでとっとと寝室に行け。あかりよりベットを取った事を悪く思うんだな。」
「無理しちゃってねぇ、あかり」
「ふふふ、志保ったら。」
「一緒に寝るの久しぶりね。中学の時以来かな。」
「そうね。」
「ねぇ、あかり。」
「なに?」
 ベットに入ると、志保が話かける。
「私ね、ヒロのこと好きだったんだ…。」
 いきなりの志保の告白に少しだけびっくりしたようなあかりだったが、
「うん…。知ってた。」
 あかりの顔をまともに見ないようにするためか志保は向いていたあかりの方から寝返りを打って仰向けになる。
「…そう。でもね、あかりのことも好きだった。
いつからかヒロとはあかりが一緒にいるのが一番自然じゃないかって思えてきたの。
だからさ、ヒロから離れたんだ。ほんとはね、引っ越すときに親に言われたの。
後一年ちょっとなんだから残ってもいいって。でも、これ以上ヒロやあかりと一緒にいると二人に嫉妬しそうだったしね。」
「そんな…。」
「でもやっぱり吹っ切れなくってね、ヒロが大学生の時1回会いに行ったんだ。もしかしたら吹っ切れるかなって。
ま、そのときはじめて、あのころより二人が進展したことを知ったんだけど。
やっぱり妬けちゃったな。涙が出そうになってね。
 少し話して気づかれないように戯けてぱっと別れちゃったけどね。」
「そう、だったの…。」
「結婚式に行かなかったのも半分はそう言うこと。
 誤解がないように言っておくけど、仕事でボスニアに行ったって言うのはほんとよ。
ただね、その仕事自体は断ることもできたんだけどね。
 素直に祝福してあげられなかったんだ。」
 困惑しているあかりをよそに志保は一呼吸置いて続ける。
「ま、今日来たのはそのことがあったから。でも、ふたりの仲を見て安心したっていうかね。
これでやっと昔みたいな関係に戻れるかなって思うのよ。」
志保は自分の話を終えると、大きく息を吐いた。まるで貯め込んでいたものをはきだすような、そんな感じだった。
 そしてごろんとあかりの方を向き直る。
「ま、なんにしても人の旦那に手を出すほど物好きじゃないし。」
「…志保。」
 あかりは不安そうに志保の方を見つめる。
志保もあかりのその視線が浩之を取られるかも知れないと言う不安ではなく志保の気持ちを思ってのことであるということを察して軽口を叩いている。
「あー、疑ってるわねその目は。本当にそう思ってるわよ」
「でも…」
「それに、今日ヒロにあってさ、私が好きだったのはあの頃のヒロだったんだって。
 あ、別に今のヒロに魅力が無くなったなんて言ってるんじゃないのよ。
でもね、時間が経てば人は変わるわ。良くも悪くもね。
それで、別れたときから悶々としてたからずっと好きだなって思いこんでたんだなってわかったわけ。
 あーぁ、こんなこと言えるのあかりしかいないしね。思ってたこと口に出したらすっきりしちゃった。さ、もう寝よっ。」
「うん。」
あかりは、志保の思いをすべて受け止めるようにうなずくと仰向けになっている志保の方を向いて目を閉じた。

「ごめんね、突然で。」
次の日、そろそろ日も高くなろうという時間である。浩之が会社に出かけてしばらくした頃志保は荷物をまとめた。
実際はバック一つなのでまとめると言うほど大げさしいものにはならなかったが。
「またいつでも来てね。」
「次来るときはさ、ちゃんと連絡入れてからにするわ。雅史も誘ってどっか4人で遊びに行こうよ。」
「うん、落ち着いたら連絡先教えてね。」
「そんなに心配しなくったって、あかりのおなかが大きくなるまでには遊びに来るわよ。」
「志保っ!!」
「ヒロによろしく言っておいて。
 じゃあね、おっしあわせに!」
 志保はヒロたちの家を後にして昔のように元気に歩き出した。

Fin


(1997. 5/17 sinto)

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