小説
2002. 1/ 8




NIGHT MARE


「お兄ちゃん、もう八時半だよ」
「・・・・・・」
「お兄ちゃんってば!」
「うーん・・・あと十分、寝かしてくれよ」
「八時に起こせって言ったの、お兄ちゃんでしょ!」
「うーん・・・さみーなー、なにすんだよ唯」
「お兄ちゃんが起きないからいけないんだよ。朝ご飯できてるからね」
そう言うと唯は部屋を出ていった。
龍之介はしばらくぼーっとしていたが、着替えをすませ、下におりていく。
「・・・おはよう美佐子さん」
「おはよう龍之介くん。朝ご飯できてるわよ」
「唯は?」
「さっき食べ終わって、もう出かけたわよ」
「ふーん」
「龍之介くんは、どこかでかけるの?」
「うん、まぁどこに行くかは決めてないけど」
もぐもぐもぐ・・・・・・
「ごちそうさま」
「もう食べ終わったの。相変わらず早いわね」
「行ってきまーす」
龍之介がドアを開けると、目の前にいずみが立っていた。
「どわっ」
「何でそんなに驚いているんだ」
「いずみこそ、こんな朝はやく家の前で何してるんだ」
いずみはムッとした表情で
「龍之介が待ち合わせの時間にこないから、迎えにきたんだよ」
「待ち合わせって・・・何か約束してたっけ?」
バコッ!
いずみは、バッグで龍之介の頭を殴る。
「自分から誘っておいてそれはないんじゃないか。
私なんか昨夜はぜんぜん寝れなかったんだぞ」
「なんで寝なかったんだ?」
バキッ!
再び頭を殴る音。
「はぁはぁ・・・・・・」
「とにかく今日は、私と遊園地に行く約束してたんだからな!」
(いつ約束したんだっけ?。まぁ別に用事もないし、いずみと遊園地にいくか)
「何してんだよいずみ。さっさといこうぜ」
「お前ほんとにいい性格してるよな」
二人は八十八駅に向かって歩きだす。
いずみは、友美の家が見えなくなるのを確認してから龍之介の腕に抱きついた。
「い、いずみ、なにするんだよ」
「べつに付き合ってるんだからいいだろ」
「なに言ってんだよ。いつから俺といずみが・・・」
「龍之介は私と腕くんで歩くのが嫌なのか?」
「だ、だから、いつから俺といずみがつきあっ・・・」
「りゅ・う・の・す・け、まさか他の娘に未練があるなんて言わないよな」
(いずみの奴、なにを言ってるんだ。いったいなんの事だかさっぱりわからないぞ)
「始業式の日に、龍之介の口からはっきりとでたあの言葉、まさか嘘なんて言わないよな?」
「だ、だから俺がいずみに何を言ったって言うんだ?」
「まだそんなこといってんのか?いい加減にしないと練習の時、的にしちゃうぞ」
(いずみの目は、嘘をついてるようには見えないぞ)
いずみは、龍坊介より少し前に行くとパッと振り返った。
「なぁ龍之介、私と二人でいるのが、そんなに嫌か?」
「そういうわけじゃないが・・・」
「だったらなんであんな事言うんだよ。もしかして、遊園地に行くのが嫌なのか?」
いずみは真剣で、しかしどこか不安げな表情で問いかけてくる。
龍之介はいずみのその表情から、いずみの気持ちを察して
「そんなことないぞ。いずみがあんまり本気になるんで、からかってみただけだよ」
と言った。
いずみは、一瞬ホッとした様子をみせたがすぐに
「龍之介、人をからかうのもいい加減にしろよ。
今度あんなこと言ったら、本当に的にしちゃうからな」
と言って、また龍之介と腕をくんで歩きだす。
しかし、いずみの不安な気持ちが完全に消えたわけではないようだった。
そんなやりとりをしてる間に、二人は八十八駅についいた。
いずみがキップを買ってくるといい、列に並んでる時
突然、背後から龍之介の目をかくすようにして
「お兄ちゃん、だーれだ」といいながら唯が現れる。
「俺のことお兄ちゃんなんていいながら話かけてくるのは繁華街の勧誘のにーちゃんか、
お前ぐらいしかいないぞ、唯」
「そっか、こういう時は龍之介くんっていわなきゃだめだよね。
ところでお兄ちゃん、こんなとこで何してるの」
(げっ、まずいな、まさかいずみと一緒だなんて言えないし、
いずみもすぐに戻ってくるだろうから、なんて答えようかな。
とりあえず、あきらをだしに使っておくか)
「あきらと待ち合わせしてるんだよ」
「へぇー、さっきあきらくんと洋子ちゃんを八十八公園で見かけたよ」
(くぅー、あきらの奴なんて使えないんだ。今度は、どうやってごまかそうかな)
「あ、あきらの奴、俺との約束を破って洋子と会っているのか」
唯は、龍之介の様子をとくに疑うこともなく
「じゃあお兄ちゃん今日は暇なんだね。だったら、唯と遊ぼうよ」
と言ってきた。
「ばっ、馬鹿なこと言うな、俺はいろいろと用事があって忙しいんだ」
唯がムッとした表情でつっかかってくる。
「お兄ちゃんずるいよ、いつもそう言って唯とは遊んでくれないんだもん」
「そっ、そんなことないぞ。今日は本当に忙しいんだ」
(げっ、いずみが戻ってくる。唯をどうにかしないと)
「わかったよ唯、明日遊んでやるよ。そのかわりに、ひとつ頼みたい事があるんだけど」
唯の表情がガラッと変わって、嬉しそうな顔になる。
(唯の奴、感情がすぐ顔にでるな)
「なーに、お兄ちゃん。唯は、お兄ちゃんの頼みならなんでも聞くよ」
「俺のお気に入りのシャツのボタンがとれちゃったんだ。つけといてくれないかな」
「そんなの簡単だよ。すぐに帰ってやっておくね」
唯は上機嫌になって家に帰っていった。
(ほっ、やっと行ったよ)
「誰かいたのか?」
「い、いや誰もいなかったぞ」
「誰かと話しているように見えたんだけど・・・」
「き、気のせいだよ」
「ふーん、ならいいんだけどな」
「それよりキップ買ってきたんだろ。早く行こうぜ」
龍之介は無意識にいずみの手をとると、駅の中に入っていった。
「龍之介から手を握ってくるなんて初めてだな」
いずみがなにげなしに言うと、龍之介は我にかえったようにパッと手を放す。
「なんで放すんだよ!」
(いずみの奴、やけにつっかかってくるな)
龍の介はなにも言わずにまたいずみの手をとった。
二人が電車に乗り如月駅に着いたのは九時半で、
二人は遊園地が開くまでの三十分をステーションホテルのロビーで待つ事にした。
ステーションホテルに向かう途中、二人の腕くみ写真を撮る者がいたが、
龍之介は全く気づかなかった。
二人がホテルのロビーでたわいもない話をしているとすぐに十時になった。
龍之介といずみがATARU内にある遊園地に入って行くと、休日だけあって人でいっぱいだった。
「なぁ龍之介、何から乗ろうか?」
「いずみの好きなのから乗れよ」
「私、激しいのが好きなんだ。あれから乗ろう」
(げっ・・・)
十五分後・・・
「龍之介、大丈夫か?」
「な、なーに平気平気」
「じゃあ、次はあれ乗ろうぜ」
(げっ、まじかよ・・・)
また十五分後
「龍之介、本当に大丈夫か?」
「へ、へーきだよ・・・」
「じゃあ、今度はあれに乗ろうぜ」
(や、やばい・・・)
さらに十五分後
「龍之介、少し休んだほうがいいんじゃないか?」
「・・・・・・そうする」
「あそこにベンチがあるから、先に行って休んでろよ。私、なにか飲み物買ってくるから」
龍之介はフラフラしながらベンチにたどりついた。
いずみが飲み物を買ってきた時には、まるで浮浪者のようにベンチに横たわっていた。
「おい龍之介、大丈夫か」
「・・・・・・」
「龍之介、ウーロン茶買ってきたから飲めよ」
「・・・・・・」
「激しい乗り物が苦手だったら、無理に付き合わなくてもよかったのに・・・」
「・・・そういうわけにもいかないだろ」
「龍之介って、へんなとこで優しいんだよな」
時折みせる龍之介のなにげない優しさが、いずみの心を素直にさせていく。
ほんの少しのあいだ、二人の会話がとぎれる。
時間にして数十秒、互いの気持ちを確認しあうような心地好い沈黙が続いた。
いずみの心に迷いはなかった。一途に龍之介だけを想う、その気持ちはかわらない。
しかし龍之介の心には他の娘がいるかもしれない。
そう思う、いや、そう思わせるのは、
龍之介の近くに自分と同じように想いをよせる娘がいることを知っているからであった。
先に口を開いたのはいずみだった。
「なぁ、そろそろ帰ろうか?」
「もう乗らなくていいのか?俺様はもう平気だぞ」
そう言うと龍之介はいきなり立ち上がって、その場でぴょんぴょん跳びはねたが、
急に立ち上がったのと、乗り物でまいっていたせいもあって、よろけて転倒してしまう。
「大丈夫か?まだ無理するなよ」
いずみは転んだ龍之介を助け起こそうと手をさしがした。しかしいずみの小さな体では、
龍之介を助け起こすどころか逆に自分が引っ張られてしまい、
龍之介のの上におおいかぶさるように倒れてしまう。
まわりで見ていた人たちがくすくす笑っている。
それに気づいたいずみは急いで立ち上がり
「なんで引っ張るんだよ!おかげで私まで転んじゃっただろ」と怒る。
「いずみが手をだしてきたんだろ。それに力をいれなきゃ立てないじゃないか」
「龍之介は度が過ぎるんだよ。なにもあんなに強く引っぱらなくてもいいだろ」
「俺はそんなに力をいれたつもりはないぜ。
いずみがチビがからあれぐらいの力も支えられないんだよ」
いずみは顔を真っ赤にして怒りだず。
「だれがチビだって?だいたい龍之介がまだよくなってないのに平気な振りしてあんなことしたから、
こういう事になったんじゃないか」
「全部、俺のせいだって言うのかよ」
「そうだよ。みんな龍之介がいけなんだ」
龍之介もいずみも興奮してまわりが見えてない。
まわりで、二人の喧嘩を見ている人が二、三人いたがしだいに数が増えて十数人の人だかりが出来ていた。
「いずみがちゃんと支えていれば、こうはならなかったんだよ。全部俺のせいにすることないだろ」
もう二人とも意地の張り合いである。
このあと十五分間、同じ事を繰り返し言い合っていた。
その間、ちゃくちゃくと見物人が増えていく。
いずみが、ふとまわりを見ると三十人以上が、二人の喧嘩を見物している。
いずみは龍之介の手をとると、耳まで真っ赤にしながら、出口に向かって走り出した。
「おい、いずみ。まだ話の決着はついてないぞ」
「馬鹿っ!、あれが見えないのか?」
いずみはそう言いながら、自分たちのいた場所を指さした。
さっきの人だかりが龍之介たちを見ている。
「げっ、まさかあの中で喧嘩してたのか?」
「そのまさかだよ!あー、しばらくここに来れないな」
二人は出口につくと一息ついてから外に出る。
龍之介もいずみも外に出ると、冷静さを取り戻していた。
そして、さっきのくだらない口喧嘩を思い出して、大笑いしてしまった。
ATARU前は如月町の待ち合わせのメッカである。
休日の昼間ともなれば、たくさんの人達がATARU前に集まる。
その一角に、やけにたくさんの人が集まっている場所があった。
「なぁ龍之介、あそこで何やってるのかな?」
「見に行ってみるか?」
龍之介といずみは人だかりの方へ行くことにした。
すると突然背後から、TV局のリポーターが龍之介にむかって話かけてきた。
「お忙しいところすいません。
チャンネル9ですけど、ちょっと質問させて頂いてよろしいでしょうか?」
そう言うとリポーターは、かんぱついれずに質問してくる。
「お二人のお名前は?」
あまりに突然の出来事だったので、龍之介は言葉を失っている。
すると、横で聞いていたいずみが
「龍之介といずみです」と答えた。
「お二人は恋人ですか?」
「はい、そうです」といずみが答える。
「付きあいはじめてから、どれ位たちますか?」
「えーと、まだ一カ月ぐらいです」とまたいずみが答える。
「お二人は学生ですか?」
「はい、そうです」
「二人が知り合ったきっかけは?」
「同級生なんです」
「告白したのは彼の方かな」
「そうです」といずみが言う。
休日の昼間、ATARU前にテレビカメラがいれば、人が集まるのは当然の事で、
はじめは素通りする人が多かったが、一人、二人とギャラリーが増えてくにつれて、
道行く人も足を止めて「何をしているのか?」という顔で覗いていく。
龍之介たちはいつの間ににか、また大勢の人たちに囲まれていた。
「あいつ八十八学園の龍之介だぜ・・・」
「あっ、龍之介先輩と篠原先輩だ・・・」
「おっ、龍之介がいるじゃん・・・」
まわりで見ている人の中には、龍之介を知っている人たちがけっこういる。
龍之介がやっと口を開く。
「これってオンエアされるの?」
「いま生放送でやってますよ。お友だちが見てるといいですね」
「げっ、まじっ」思わず口に出てしまう。
(やばいな!唯が見てたらどうしよう。これじゃいいのがれできそうにないな。
しかも唯が見ていなくても他の誰かが見ている可能性だって十分すぎるほどあるぞ。
どうしようかな)
「お友だちに見られたらまずいことでもあるのかな?」
「そ、そっ、そんなことないですよ」
(やべっ、どもっちまった。これじゃその通りですって言ってるのと同じじゃないか)
「なにどもってるんだよ。唯に見られたらまずいとか考えてるんだろ」
いずみのするどいつっこみがはいり、龍之介の表情が一瞬ギクッとする。
(いずみの奴、なんてするどいんだ)
「その唯ちゃんに見られるとなんでまずいのかな」
「い、いや、別にどうって事ないですよ」
(この女、なんてこと言いやがるんだ)
「ふーん、ならそんな慌てることないだろ」
いずみが少しひややかな目で龍之介を見ながら言う。
(くっそー、これじゃ完全にいずみのペースだな。なんとかしなきゃ)
龍之介の表情や慌てぶりをみて、まわりにいる人たちが、クスクス笑っている。
「それじゃあ、ちょっと質問かえるわね」
(まだ何か聞くのかよ。早くこの場を立ち去らないと)
「今日はなにをしにきたのかな?あっ、どこから来たのか聞いてなかったわね」
「悪いけど急いでるから」
そう言いながら、龍之介はいずみの手を引きその場を立ち去ろうとしたが、
いずみは動かずさっきの質問に答えている。
「八十八町から来ました。今日は遊園地に行ってきたんですけど・・・」
「遊園地に行ったわりには出てくるのがちょっと早いわね」
「ええ、いろいろありまして」
いずみは龍之介の顔をちらっと見る。
「いずみ!早く帰ろうぜ」
龍之介は強い口調で言いながら、さっきより力を込めていずみの手を引く。
「なにか用事でも思い出したのかな?じゃあ最後にもう一つだけいいかな?」
「今やってるこのコーナーの本当の目的はね・・・」
(インタビューだけじゃないのか?)
「キスして二人の愛を確かめてもらおうというのが本当の目的だったんですよ!」
「えっ!」
(げっ、なんだよそれ)
それを聞いてまわりの人たちが囃し立てる。
「ヒューヒュー」
「いいぞーやれやれー」
「よっ、兄ちゃんがんばれよー」
いずみの頬がほんのり桜色に染まる。
(おまえら無責任なこと言うんじゃねえよ。だいたい誰がこんな企画を考えやがったんだ。
この番組やってるスタジオに乗り込んで、ディレクターの事ぶん殴りたい気分だぜ)
「龍之介、どうする?」
いずみがてれくさそうに聞いてくる。
龍之介はちょっと困った表情で考えている。
「まだ迷ってるのかな。それじゃいい事を教えてあげましょう」
そう言うとリポーターは持っていた袋から封筒をとりだす。
本当はキスができたら発表するんだけど、特別に教えてあげちゃうね。
今日ここでキスをしてくれたカップルには、賞金一万円とスーパーアイドル舞島可憐ちゃんの
オリジナルテレフォンカードを差し上げます」
それを聞いた外野が騒ぎ出す。
「いいなー」とか
「俺も欲しい」とか
「次は私達がキスする!」etc
いろいろな反応が聞こえてくる。
「さぁ、龍之介くんといずみちゃんはキスにチャレンジするのかな?」
「龍之介、キスしてもいいよ」
いずみが少しうつむきながら言ってくる。
(うーん、もうあとにはひけないな。ここでやめたらいずみの事傷つけちゃうもんな。
もし唯にばれたら、そんときはしょうがないぜ)
「いずみ、いいか?」
「ちょっ、ちょっとまって。人前でキスするなんて初めてだから」
「俺だってした事ないよ」
いずみは呼吸を整えると、目をつむり少し顔を上げる。
「いずみ、いくよ」
いずみは何も言わずにこくっと頷く。
龍之介は意を決していずみの顔にゆっくりと唇を近づける、
そしてためらうことなく唇をあわせた。
どこか照れがあるのか、とても濃厚なキスとは言えないが、
二人は一分近く口づけをかわしていた。
二人は写真を撮られた事など気づかないでいる。
キスの最中は誰も何も言わなかったが、唇が離れた瞬間にひやかしまじりの歓声がおこる。
そしてリポーターから賞金が渡されると龍のすけはいずみの手を引き、
逃げ出すようにその場を離れていった。
二人は駆け足に近いスピードで、どの道を通ったかもわからないほど夢中で歩く。
そして気づいた時には如月駅に着いていた。
二人はそのまま電車に乗り、八十八駅につくまでの間、ずっとうつむきぎみで会話もなかった。
八十八駅に着くてからやっといずみが口を開く。
「なんかずっと誰かに見られている気分だったよ」
「俺もそうだった」
「八十八駅に着いてからやっと、ほっとした感じ」
「俺、しばらく如月町に行くのやめようかな」
「私も。それどころか家の外にでるのも恥ずかしいよ」
「これからどうするんだ?」
「もう家に帰るわ。とてもじゃないけど恥ずかしくてどこかに行く気になれないよ」
「ふーん、そうか」
「べっ、別に龍之介とキスしたのが恥ずかしいとかいうんじゃなくって、なんていうか・・・」
「そんな風には思ってないから安心しろよ」
「うん」
「家に帰るんだろ、送っていこうか?」
「いいや、一人で帰るね。
龍之介といると、またさっきみたいに誰かに見られてる気分になりそうで・・・」
いずみの顔が赤くなる。
「じゃあ、気をつけて帰れよ」
「うん。それじゃまた明日学校で」
「おう」
龍之介は、いずみの姿が見えなくなるまで見送ってから、ふと、時計を見た。
「二時か」
いずみと分かれ、どうしようかと迷っている龍之介の背後からあきらが話しかけてきた。
「龍之介!テレビ見たぞ。いつからいずみと付き合ってるんだ?」
「あっ、あきら、いきなり現れるな。びっくりするじゃないか」
「龍之介、びっくりしたのおれの方だよ。生放送で、いずみとキスしてるんだもんな」
龍之介は明かにうろたえながら
「あっ、あれは、ちょっ、ちょっと事情があってだな、そのなんていうか・・・
不可抗力みたいなものであって・・・」
「龍之介、なにを言っているのかよくわからないぞ」
(このままあきらと話していてもらちあかないぞ)
「あっ、そうだ、洋子があきらの事さがしてたぞ」
「えっ、洋子が。龍之介、どこで会ったんだ?」
「海岸の方だったような・・・」
「龍之介、すまんが俺行かなきゃならないから、このつづきはそのうちに聞かせてもらうぞ」
あきらはそう言い残すと海岸に向かって走って行く。
(あきら、すまん)
龍之介は心の中で懺悔した。
「ここにいてもしょうがないな。一度、家に帰るか」
龍之介は家に向かって歩きだす。
途中、洋子の家の前を通り、家につくちょっと手前で愛車に跨った洋子が後ろからあらわれた。
「よう龍之介、あきらの奴見かけなかったか?」
(グッドタイミング!)
「あきらなら海岸に行くって言ってたぞ」
「そうか、サンキュ」
洋子は爆音をたてながら走り去っていった。
「ふぅ、なんていいタイミングなんだ。洋子に感謝しなきゃな」
龍之介は、再度、家に向かって歩き出す。
友美の家を通り過ぎようとしたときに
「龍之介くん!」
と声をかけられ振り向くと友美が走ってきた。
「ごめんなさい。待ち合わせに遅れてしまって」
「へっ?」
「ちょっと家を出るのにてこずってしまって。本当にごめんなさい」
「・・・友美、なにか約束してたっけ?」
「龍之介くん、時間に遅れたからってそういう言い方はちょっとひどいんじゃない。
遅れたことは謝ったんだから早く映画を見に行きましょ」
「えっ、いつ約束したんだっけ?」
龍之介はなんことだかさっぱりわからないとゆう風な顔つきで尋ねる。
本当に忘れちゃったの。・・・じゃあ、なんで家の前にいたの?」
「いたっていうよりも通ったっていう方が正しいかな」
「・・・じゃあ本当に約束忘れちゃってたのね」
一瞬、寂しげな表情をみせる友美。
「」でもいいわ。こうして会えたことにはかわりはないんですもの。
それに私の遅刻と龍之介くんの約束ど忘れで、おあいこね。それにしても私達って・・・」
「なんだよ友美、最後が聞こえなかったぞ」
「いいの!聞こえなくて」
「ちぇっ・・・」
友美が楽しそうに笑っている。
(そういえば、いつ約束したんだけっけなぁ・・・
まぁいいか別に忙しいわけじゃないから友美に付き合うか」
「龍之介くん、早くいきましょ」
友美に手を引かれながら駅まで歩く。
「ねぇ龍之介くん、さっきのつづき聞きたい?」
「なんださっきのつづきって?」
「ううん、なんでもない」
(さっきのつづきってなんだ?・・・あっ、あれか)
「友美、思い出したよ。つづき教えてくれるのか?」
「あのね、さっき言おうとしたのは・・・やっぱり言えないわ」
友美は手で顔を隠して恥ずかしがっている。
「そうゆう言い方されると、よけい気になるぞ」
「・・・・・・」
「まぁ、言いたくないなら言わなくてもいいぞ」
「・・・あのね、龍之介くんが約束を忘れれちゃってたでしょ、
それに私が待ち合わせに遅れたじゃない、なのに会えたってことは・・・」
友美はチラッと龍之介の顔を見る。
「私達、赤い糸でむすばれているのかなって思ったの」
「ただの偶然も解釈のしかたによってはそうゆう風に思えるもんなんだ」
龍之介がなにげなしに言う。
「龍之介くんは赤い糸で結ばれてる相手が私じゃ不満なの?」
友美が少しムッとした顔で聞く。
「い、いや、そうゆう意味でいったんじゃないけど」
「フフツ、冗談よ、ちょっとからかってみただけ。それより早くいきましょ。
映画がはじまっちゃうわ」
二人の様子を少し離れたところから覗いている怪しい者がいた。
「ちくしょう、この写真を友美ちゃんに見せるチャンスだったのに・・・
友美ちゃんだってこの写真を見ればあいつに愛想をつかすはずなんだ・・・」
「おい芳樹っ!唯さんの家の前でなにやってんだ」
西園寺があらわれる。
「べ、別になにもしてないよ」
「どうせまたよからぬことでも企んでんだろ」
「そんなことないよ」
「なんだこの写真は、ちょっと見せてみろ」
芳樹の手から写真を奪う。
「芳樹、なかなかいい写真をもってるじゃないか。この写真はつかえるぞ」
「だめだよその写真は。その写真は僕が使うんだから」
「何に使うんだ?」
「そ、それは秘密だよ」
「まぁ、お前のことだからこの写真をつかって龍之介を脅そうなんて考えてるんだろう」
「違うよ、僕は友美ちゃんを・・・し、しまった」
「ほー、友美さんの事をねらってたのか」
西園寺がニヤッとする。
「お前と友美さんじゃ月とスッポン、猫に小判、いやそれ以上だな。
まぁ僕の考えた計画に協力すれば、お前と友美さんの事も協力してやらないでもないがな」
「ほ、本当かい」
「これから家に行って、完璧な計画をねろうじゃないか。本来ならば綺麗な女性しか、
家に呼ばないんだが今日だけは特別に家に入れてやろう」
西園寺は芳樹を連れて家に帰っていく。

「龍之介くん早く、映画が始まっちゃうわ」
「友美、そんなに慌てなくても大丈夫だよ。上映までまだ二十分もあるぜ」
「ゆっくり座って見たいじゃない」
龍之介と友美はATARU前に着いていた。
そして友美にせかされながら映画館に入っていく。
ちょうど、上映が終わって人の入れ替えが行われている時だったので、
すんなり席を確保できて友美は上機嫌である。
「席がとれて良かったわね」
「そうだな、やっぱ二時間上立ち見じゃつかれるもんな。友美のおかげだよ」
このあと、たわいもない会話をしていると場内が暗くなっていく。
「はじまるみたいね」
「映画館で見るときいつも思うんだけど、封切り前の映画の予告が長すぎるよ。
その点ビデオはいいよな」
「私は予告を見るの好きよ。予告で面白そうな映画のチェックができるから。
あっ、始まるわよ」
・・・一時間後
(あー眠い。恋愛映画を見てると眠たくなってくるよ
友美は真剣に見てるな。・・・手、握っちゃおうかな)
龍之介は友美の手を握ってみる。
それに答えるように友美も手を握り返してくる。
二人は映画が終わるまでずっと手を握りあっているのであった。
・・・一時間後
「友美、面白かったな」
「・・・ええ」
友美はまだ余韻にひたっている。
(なんかいい雰囲気だな。・・・キスしちゃおうかな)
「友美」
龍之介は友美の顔にそつと唇をよせる。
友美は目をつむり、だまってそれをうけいれる。
映画館内全体がまだ感動のラストシーンの余韻にひたっており、
そのせいもあっての二人のキスはしばらくつづいた。
徐々に館内が明るくなってくると、二人は自然に唇を離す。
そしてなにもなかったかのように映画館を出ていく。
「龍之介くん、とってもよかったわね」
「えっ、な、なにが」
「映画に決まってるでしょ。何だと思ったの?」
「い、いや、もちろん映画だと思ったよ」
「本当は違うことだと思ったんでしょ」
「そ、そんなことはないぞ」
「私は両方ともよかったってつもりで言ったのよ」
「えっ、今なんて言ったんだ」
「おしえてあげない」
友美は凄くご機嫌である。
「これからどうするんだ?」
「食事でもしましょうか」
「そうだな」
二人はステーションホテルのレストランで、食事をすることにし、
ATARUを出てステーションホテルに向かう。
日も沈みかけているというのに、ATARU前には相変わらず、たくさんの人達がいる。
その一角、例の人だかりらしき集団がまだある。
「あら、あそこで何やってるのかしら?」
(あれはまさか・・・まだやってるのかな)
「べ、別にたいしたことやってないんじゃないかな」
「そうかしら。けっこう盛り上がってたわよ」
「そうか?たいしたことやってないと思うけどな」
「私には面白そうに見えるけど・・・ねぇ龍之介くんちょっと見ていかない?」
「えっ、ほんとにたいしたことやってないぜ」
「龍之介くん、まるで何をやってるか知ってるみたいな言い方ね」
友美はそう言って龍之介の顔をちらっと見る。
(やばいな、なんか怪しまれてるみたいだな)
「お、俺さ、すっげー腹へってるんだ。だから早く飯食おうぜ」
「ちょっとぐらいいいじゃない。それとも行きたくない理由でもあるの?」
(ギクッ)
龍之介の顔色が少しだけ青くなる。
「ほんとにちょっとだけな」
これ以上はさすがにやばいと思った龍之介は、とうとう友美の押しに譲ってしまう。
そして人だかりに近づいていく。
「あっ、この番組、昼間ちょっとだけみたわ」
(ギクッ)
龍之介の顔がさらに青くなる。
「今まで何組ぐらいキスしたのかな」
「さぁ、わからないな」
「龍之介くんんもこの番組見てたの?」
「い、いや、昼間は出かけてたから」
友美は背伸びをしながら覗き込んでいる。
そして振り向き、龍之介の顔を見て一言。
「私達もしましょうか?」
「えっ、なにを?」
「キスよ、キス」
友美は目を輝かせながらせまってくる。
(やばいな、今日の友美はなんかハイテンションだぞ。さっきのキスでこうなったのかな)
「ねぇ、りゅうのすけくん」
友美が甘い声で誘ってくる。
「ここでキスするの一万円貰えるのよ」
「知ってる」
「なんで知ってるの?」
(やっべー、なんて言おうかな)
「この番組、前に見たことあるからさ」
「あら、これ特番よ」
(傷をひろげてしまった)
「前にも似たようなのがやってたんだよ」
「ふーん」
友美はちょっとだけ白い目で龍之介を見る。
「なんか隠してるみたいねー」
「そ、そんなことないって」
「ほら、どもってる」
「うっ」
「じゃあこうしましょ。ここでキスしてってくれたら隠し事してるのは許してあげる」
龍之介をうわ目づかいで見ながら言う。
(まいったなー、どうしたらいいかな。
そういえば、なんで俺は友美に隠し事しちゃいけないのかな)
「なぁ友美、たとえ幼なじみでも隠し事の一つや二つはあるものだろ」
「ただの幼なじみだったらそれでもいいでしょうけど私達、付き合ってるんでしょ。
恋人に隠し事はしてはいけないわ」
「へっ。いつ、俺と友美が・・・」
「いつじゃないでしょ。私が図書館で告白したとき、
龍之介くんも私と付き合いたいって言ってくれたじゃない」
龍之介はキョトンとした顔で友美を見ている。
「りゅうのすけくん、いまさら他の娘がいいなんて、いわないでね。
私、絶対別れないわよ。龍之介くんのこと離したくないもの」
友美は真剣な眼差しで龍之介を見つめている。
「友美・・・」
龍之介は思わず友美を抱き寄せた。
友美も龍之介に身を任せる。
そして二人は口づけをかわす。
人の目など全く気にせず、熱く長い口づけをかわす。
その様子を見つめる人達。
いつしかテレビカメラまでもが二人のキスシーンを映していた。

「よし、これで完璧だな」
「この計画が成功すれば友美ちゃんが僕のものになるんだ・・・」
「まだ友美さんが、お前のものになると決まったわけじゃないだろう」
西園寺がむきになって否定しようとする。
「計画がうまくいったら、僕に協力してくれるって、言ったじゃないか」
「まぁ、考えておくよ」
「約束が違うじゃないか」
「約束した覚えはないな。協力してやらないでもないと言ったんだ」
「騙すなんて、ひどいぞ!」
「まぁ、そんなに興奮するな。うまくいったら、どうにかしてやるよ」
曖昧な言い方をして、話をはぐらかそうとする。
「約束してくれるかい?」
「俺の描いている筋書きどおりに、ことが進んだらな」
芳樹に背を向けて言う。
その表情には、したたかな笑みを含んでいた。
「そろそろ行くか」
二人は計画を実行する為に、あの場所へ向かった。

「あー腹いっぱいだ。もう何も食えない」
友美はテーブルの上の空になった皿をみて、目を丸くしている。
「龍之介くん、かるく三人分ぐらい食べたわよ」
「なぜか、ものすごく腹へってたんだ」
ATARU前の騒ぎから、一時間が過ぎていた。
龍之介と友美は、ステーションホテルのレストランに食事に来ていた。
「そろそろ帰りましょうか」
「そうするか」
友美が伝票をとり、レジに向かう。
「ここは私が払うね」
「いいよ、俺が払うから伝票かして」
友美の手から伝票をとろうとする。
「今日は私が誘ったんだから。私が払うわ」
「それじゃ俺の気がすまないよ」
レジの前で伝票のとりっこをしている二人。
「あの、お客さま。後のお客さまのご迷惑になりますので、お早めにお願いできますか」
後ろを見ると、二組の客が待っている。
「す、すみません」
友美がレジのお姉さんに伝票を渡す。
「今日は私が払うから。龍之介くんは今度のデートの時におねがいね」
「わかったよ、友美」
二人はステーションホテルを出て、駅に向かう。
「今日はいろいろあって、ほんとに楽しかったわ」
友美が微笑む。
「あれ、雨が降ってきたぞ」
「本当だわ」
「友美、急ごうぜ」
「ええ」
二人は駆け足で駅に向かった。

突然降りだした雨と、なかなか帰って来ない龍之介に西園寺は腹を立てていた。
龍之介が外出しているのは、確認済みであった。
待つこと二時間。まもなく十時になろうかというのに帰ってくる気配すら感じられない。
「遅い!龍之介の馬鹿なにやってんだ」
「友美ちゃん、何もされてないかなぁ」
「そんなことあってたまるか!」
西園寺の不愉快指数は120%を越えていた。
「おい、お前らこんなとこでなにやってんだ?」
突然、背後から話かけてきたのはいずみである。
西園寺と芳樹はビクッと体を震わす。
「篠原くん、人を脅かすのはやめたまえ」
「お前らこんな時間になにやってんだ?西園寺と芳樹が一緒じゃ、
どうせろくな事してないだろうけど」
「君の方こそ、こんな時間に外出していいのか」
「お前には関係ないだろ!私は龍之介に用があるんだよ」
いずみが怒鳴る。とても不機嫌そうである。
「りゅ、龍之介ならいないぞ」
「なんでお前が知ってるんだよ」
「・・・・・・」
「まあいいや。ここで待ってればそのうち帰ってくるだろうからな」
西園寺と芳樹が目を合わせる。
「いずみちゃん、帰ったほうがいいよ。家、厳しいんじゃないのかい」
芳樹が恐る恐る言う。
いずみは芳樹をキッと睨んだ。
「お前らには関係ないって言っただろ!私がここにいたらまずい理由でもあるのかよ」
西園寺がギクッとする。
「お前らなにか企んでるだろ」
さらにギクッとする。
「いったいなにを企んでるんだよ」
西園寺は芳樹に耳打ちする。
(いったん、この場を離れるぞ)
西園寺は芳樹を従えて八十八公園の方へ歩いて行く。
「くそっ、予定外の展開になってしまったな」
「西園寺くん、どうするんだい?」
「しばらくすれば帰るだろう」
「でもその間に友美ちゃんたちが帰ってきたら・・」
「うっ・・・」
困った顔の西園寺。
おろおろする芳樹。
二人はしばらくの間考え込んでいたが今日のところは出直すことにし、
それぞれの家に帰っていった。

「友美、家までどうやって帰ろうか?」
「そうね、タクシー使いましょうか」
龍之介と友美は八十八駅に着いていた。
電車に乗っている間に、雨が激しくなったのでどうするか相談していたのである。
タクシー乗り場に着いたが、順番待ちの人たちが十人以上いる。
「このままじゃ乗るのに三十分以上かかるぞ」
「龍之介くん、走って帰りましょ」
友美の以外な言葉に龍之介はびっくりしていた。
「俺はかまわないけど、友美は平気なのか?結構濡れるぞ」
「平気よ、どうせ家に帰るんですもの」
あきらかにいつもと違う友美に、驚くばかりの龍之介。
「友美、走るぞ」
「うん」
勢いよく走る二人を嘲笑うかのように、雨はますます激しくなっていった。

「お兄ちゃん遅いなぁ。今日はせっかく唯が心を込めてハンバーグ作ったのに」
唯は龍之介と一緒に夕食を食べようと、いままで待っていたのである。
「唯、龍之介くんはきっと遅くなるから、もう食べなさい。
龍之介くんだってこんな時間までなにも食べてないわけがないでしょう」
唯が頬を膨らます。
「お兄ちゃんと食べるの!」
一度言ったら聞かないらしい。
美佐子さんに同じことを二度言われていた。
これが三度目である。
「ちょっと表で待ってるね」
「雨が降ってるわよ」
「玄関だから大丈夫だよ」
唯はそう言って表に出る。
ドアを開けた瞬間、いずみの姿が視界に入った。
「あれーいずみちゃんなにやってるの?」
「あっ、唯。・・・ちょっとな」
「ふーん」
「唯こそどうしたんだ。雨が降っているのに、傘も持たないで」
「お兄ちゃんがまだ帰ってないから、ちょっと表で待ってようかなって思って」
「そっか・・・」
唯は、いずみにいつもの元気がないのに気がつく。
「いずみちゃんどうしたの?なんか落ち込んでるみたい」
「・・・・・・」
唯もこれ以上は聞けないと思い、黙り込む。
少しの間、沈黙していた二人。
いずみが口を開こうとした瞬間、誰かの足音が聞こえた。
パッと足音が聞こえる方を見るいずみ。
つられて唯もそっちを見る。
その方角からは龍之介と友美が走ってきた。
「りゅうのすけ!」
思わず叫ぶいずみ。
「お兄ちゃん」
唯も叫ぶ。
友美の家の前で足を止める、龍之介。
「いずみ・・・唯まで、この雨の中なにやってんだ」
龍之介のところまで駆け寄るいずみと唯。
「龍之介。お前、私をだましてたのか?」
凄い剣幕で問いつめるいずみ。
「お兄ちゃん、遅いよ。なにやってたの?唯、ご飯作って待ってたんだからね」
プンプン怒る唯。
なにがなんだかさっぱりわからない龍之介と友美。
「龍之介!私、信じてたんだぞ。でも、もう龍之介の気持ちがわからないよ」
「いずみ・・・なんのこと言ってるんだ?」
「テレビで見たんだからな!」
「だから、なによ」
「友美とキスしてたとこをだよ」
その言葉に一瞬、空気が凍る。
唖然とする龍之介。
赤面する友美。
ぼーぜんとする唯。
「いずみ、何をいってるんだ?なんで俺と友美がテレビでキスなんて・・・」
「今日の昼間、私とキスしたのと同じとこでだよ」
この言葉で、さらに世界が凍る。
もはや、絶対零度の世界。
「ほ、ほんとなの、龍之介くん」
「お兄ちゃん、どういうこと?」
龍之介は言葉がでない。ただ口をパクパクさせるだけ。
「私だけが特別な娘じゃなかったのかよ」
「龍之介くん、どういうことなの」
友美も龍之介を問いつめる。
龍之介はまだ口をパクパクさせている。
「龍之介!なんとかいえよ!」
「・・・龍之介くんひどい。私のことも騙してたのね」
「龍之介の馬鹿!もう知らないよ」
走り去るいずみ。
家に入っていく友美。
そして・・・
「お兄ちゃんの馬鹿!」
家に向かって走る唯。
雨、逃げ出した後。
ただ、立ちつくす龍之介の頭の中は、真っ白になっていった・・・・・・

「お兄ちゃん、もう八時半だよ」
「・・・・・・」
「お兄ちゃんってば!」
「うーん・・・あと十分、寝かしてくれよ」
「八時に起こせって言ったのお兄ちゃんでしょ!」
唯はそういいながら掛け布団をはぎとった。
「あ、あれっ、唯。お前、なにやってんだ」
「お兄ちゃん早く起きて、着替えなよ。今日は唯と、デートするんでしょ。
って言っても昨日もデートしたんだよね」
唯が窓を開ける。
「お兄ちゃん、今日もいい天気だよ。早く起きて」
唯がベッドの端にちょこんと座る。
「・・・なんだ、夢だったのか」
「どーしたのお兄ちゃん?汗びっしょりかいてるよ」
唯がキョトンとした顔で龍之介の顔を見ている。
「唯っ!」
龍之介は起き上がって、唯をきつく抱きしめ、キスをする。
「お兄ちゃん、どうしたの?朝からこんなに強く抱きしめてくれるなんて・・・」
「・・・なんでもない」
「へんなお兄ちゃん」
「唯、今日は何処に行こうか?」
「唯ね、動物園に行きたい!」
「お前ほんとにガキだよな」
「いーんだもん。・・・でも動物園じゃなくてもいいよ。
唯はお兄ちゃんと一緒ならどこでもいくよ。どこでも・・・・・・」

FIN


(1996. 5/26 とのさま)

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