小説
2002. 1/ 8




NIGHT MARE


「やべっ、完璧に遅刻だ」
 寮の階段を駆け降りながら、けんたろうは呟いた。
 卯月駅前に十時に待ち合わせをしていたのだが、腕時計の針は十時十分をさしていた。
「駅までダッシュで行けば七、八分ってところか…」
 一回は、目を醒ましたはずだった。
しかしここ数日のもの凄い冷えこみのせいもあり、目覚まし時計を止めた後
『あと十分』などと考えているうちに、つい二度寝してしまったけんたろうであった。
 寮から走る事数分後、駅が見えてくる。そして彼女がいる事を目で確認すると、ラストスパートした。
「ごめんっ!みこちゃん」
 そう叫びながら神山みこの目の前でぴたっと止まる。
 息をきらし、ゼーゼー言ってるけんたろうを見つめながら
「もう来ないかと思いました」と言ったみこの目は、少し潤んでいるようだった。
「ははは……ごめんね」
「はい、もちろん許してあげます」
 息を整え、「それじゃ行こうか」とみこを促す。
「あの……手をつないでいいですか?」
 恥ずかしそうに下を向き、小さな声でみこが聞く。
「もっちろんいいよ!」
 そう言って、みこの小さな手を優しく握るけんたろう。
「あっ、電車が来たよ。急ごう」
 みこの手を引き、早足でホームに向かうのだった。



「けんたろうくん、お魚さん綺麗でしたね」
「そうだね」
 水族館で二時間ほど遊び、今は帰りの電車の中。
「みこちゃん、ずいぶん熱心に見てたよね」
「はい、とても綺麗でした」
「うん、魚はともかく、俺はみこちゃんの顔ばかり見てたから」
「そ、そうだったのですか?」
「みこちゃん、全然気づかないんだもん」
「す、すいませんでした」
「別に、あやまるような事じゃないよ。気にしないで」
「はい」
「みこちゃん、卯月町に着いたら何か食べようか?朝飯食ってないから腹へっちゃって」
「はい、けんたろうくんにお任せします」
 このあと卯月町に着くまでに、けんたろうの腹はグーグー鳴りっぱなしであった。
そして腹が鳴るたびに、隣でみこが「くすくすっ」と楽しそうに笑うのであった。



「けんたろうくん凄いです」
「ん…なにが?」
「あんなにたくさん食べる人、初めてです」
 少し遅いランチをすませ、食後のコーヒー(みこは紅茶である)を飲む二人。
「うーん、朝飯どころか昨日の夜も食わなかったから…」
「どうして食べなかったのですか?」
 みこが不思議そうな表情で尋ねる。
「夕べは腹減ってたんだけど、飯作るのも、食いに行くのもめんどくさいからそのまま寝ちゃったんだ。
その上今朝は寝坊したから、飯食ってるひまがなくてさ。だから今ので三食分食ったってわけ」
「そうだったのですか……けんたろう君は偉いですね」
「えっ、なんで?」
「自分でご飯を作るからです」
「べつに、作るって言ってもたいしたもん作るわけじゃないさ。肉焼いたり、魚焼いたり、サラダ作るぐらいだよ。
しかも毎日って訳じゃないし、外食の方が多いくらいだもん」
「でも偉いです」
「そ、そうかな、一人暮らしだからあたり前の事してるだけなんだけど、誉められるとかえって照れちゃうな……」
 ポリポリと指で頭をかき、照れくさそうなけんたろう。
なんとか話題を変えようと、とっさに出た言葉が「みこちゃん、そろそろでようか?」であった。
 ちょっと強引な話題の変え方(?)であったが、とりあえず成功し、店をあとにする。
「みこちゃん、送っていくよ」
「はい…ありがとうございます。あの…腕を組んでもいいですか?」
「も、もちろんいいよ、ほら」
 そう言って腕を差し出すけんたろう。
「う、うれしいです……これで家に着いても寂しくありません」
 腕を組み歩く二人の姿は、さながら恋人同士のようである。
 しばし沈黙が続いたが、指切り神社の手前の曲がり角、計ったようなタイミングでけんたろうが口を開く。
「そういえば、十八日がみこちゃんの誕生日だったよね」
「覚えていてくれたんですか」
「もちろんだよ、みこちゃんの誕生日を忘れるわけないよ」
「う、うれしいです。あ…家に着いてしまいました」
 喜びの表情から一転して、残念そうな表情になる。
「みこちゃん」
「はい」
 真剣な顔のけんたろうに引きつけられるみこ。
「ちょっと早いけどこれ、誕生日プレゼント」
 そう言って小さなリボンのついたリングケースをみこに手渡す。
「あ、ありがとうございます。あの……開けてみてもいいですか?」
「うん、いいよ」
 リボンを解き、蓋を開ける。
「……」
「あ、あれれ……どうしたの?」
「こ、こんな高価な物を…いただけるんですか」
「みこちゃんに貰ってほしいんだ。安物だけど今の俺の精一杯の気持ちだから…」
「あ、ありがとうございます……一生大事なさせてもらいます」
「みこちゃん好きだよ」
「けんたろう君……私も好きです」
 けんたろうは、みこの華奢な体をそっと抱きしめ、キスをする。
「ん……」
 一分少々のキスであったが、二人の想いは一つになり無限の愛を感じていた。
 唇がはなれた後も二人はしばらく抱き合っていたがふいにみこが口を開く。
「私、もっともっと努力して…けんたろう君の好みの女の子になりますから…
…私の事…いやにならないでくださいね」

FIN


(1997. 2/ 2 とのさま)

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