小説 |
2002. 1/ 8 |
桜の咲く頃に… 4月7日 「浩之ちゃーん、きたよー」 玄関からあかりの声が聞こえると、起き上がってベットの上で伸びをする浩之。 「おう、すぐ行くからちょっと待ってろ」 「うん、待ってるね」 玄関と二階にある浩之の部屋とでかわす会話。 学校に行くときや遊びに行くとき、必ずといっていいほどあかりが浩之を呼びに来るため、 何度となくこのシチュエーションで会話をしてきた。 この日もお花見に行くために、あかりが浩之をむかえにきたのである。 本来なら浩之、あかり、雅史、志保の四人で賑やかにお花見をする予定であった。 しかし雅史と志保のドタキャンがあり一時は中止になりかけたのだが、 あかりがお弁当を作り終えた後だった為、浩之とあかりの二人だけでお花見をすることになったのである。 トントントントン… 「おう、おまたせ」 身支度を終えた浩之が階段を降りてくる。 「浩之ちゃん、お弁当たくさん作っちゃったからいっぱい食べてね」 「おう、まかせとけ」 浩之があかりの持ってきたバスケットをあかりの手からとると、玄関を出る。 「ありがとう、浩之ちゃん」 「お礼を言われるようなことじゃねえよ」 二人は足取りも軽く公園へ向かうのだった。 公園に着くと満開の桜が二人を迎えてくれた。 たくさんの光りに照らされた桜の花が、蒼く澄んだ夜空のキャンパスに鮮やかなピンクを描いていた。 例年より少し早い桜前線の訪れであったが、満開の桜と穏やかな陽気はまさに絶好の花見日和といえた。 淡い光に照らされたピンク色のトンネルを、浩之とあかりは肩をならべて歩く。 風が吹くたびに舞い上がる桜吹雪。 「…わあ」 風になびく髪を押さえながら、あかりは大きく目を見開く。 こみあげる感動をうまく言葉にあらわせずにいたあかりだが、 ひとこと、 「-きれい…」 と口にした。 「…すげえよな」 「…うん」 うっとりと目を細め、舞い散る桜を見つめるあかり。 そんなあかりを見て浩之は、 (今日は二人だけでも花見にきてよかったな…) と思っていた。 「…来てよかった」 呟くように、あかりが言った。 「……」 あかりを見ていると、ほんの少し胸が熱くなるのを覚える浩之であった。 …夜空に広がる桜の花。 …風に舞い散る花びら。 …髪をおさえ、目を細めるあかり。 浩之は、ゆっくりあかりに近づいて、手を伸ばし、そっと髪に触れる。 「…浩之ちゃん?」 あかりに名前を呼ばれ、はっと我に返る浩之。 「どうしたの?」 柔らかな微笑みであかりが聞いた。 「あ、いや、髪に花びらがついていたから…」 「えっ」 あかりは手のひらで、頭の上を払った。 「とれた?」 「ああ」 「あ、浩之ちゃんにもついてるよ。とってあげるね」 そう言ってあかりは浩之の肩に手を掛け、背伸びをする。 まるで頭をなでるように、そっと浩之の髪についた桜の花びらを払った。 あかりの顔が浩之の目の前にあった。 「…はい、とれたよ」 「お、おう、サンキュー」 テレを隠すため、目を逸らして礼を言う浩之。 「どうしたの…?」 「なにが?」 「浩之ちゃん、なんだか、ちょっと、そわそわしてるみたい…」 「気のせいだろ」 と言って、浩之はコホンと咳払いをした。 「少し、歩こうぜ」 「うん」 二人はゆっくり公園を歩いた。 空いているベンチを見つけた浩之が 「あかり、あのベンチで弁当食おうぜ」 と言うと、 「うん」 とあかりもうなずいた。 あかりの持ってきたバスケットは、ごちそうでいっぱいだった。 ころころかわりやすい浩之の好物から、雅史の好物、志保の好物までぎっしり詰まっていた。 「こんなに入っていたのか。どうりで重たいはずだぜ」 「うん、みんなの分作っちゃったから…」 「さあ、食うぞ!」 「どうぞ」 浩之はまず自分の好物を平らげると、雅史と志保の分まで一気に片づけた。 その食べっぷりに見とれるあかり。 「ふー、うまかったぜ、あかり」 「おそまつさまでした」 「あかり、お前はあまり食べていなかったな」 「うん、作ってるだけでおなかいっぱいになっちゃうんだ」 「ふーん」 と言ってお茶をすする浩之。 あかりは、不意にベンチから立って、舞い散る花びらの中に身を踊らせた。 そして、 「来年も…また、来ようね」 と言った。 浩之は、そんなあかりを見つめながら、 「そうだな…」 と、うなずいて返事をした。 後ろ手に両手を重ね、うっとり桜を眺めるあかり。 つい先日、髪形をかえたばかりのあかり。 ほんの少し、髪形が変わった程度だったが、自分の知っているあかりとまるで別人の様に思えてくる浩之だった。 そして、 「髪形…似合ってるぜ」 ぼそりと呟く浩之。 「-え?」 と、振り返るあかり。 「なに、浩之ちゃん? よく聞こえなかったよ」 ずずず…と、お茶をすする浩之。 「いま、なんて言ったの?」 ずずずず…。 「ねえ?」 ずずずずず…。 「ねえってば」 自分の言った事が気恥ずかしい浩之。 「お茶がうまいって言ったんだよ!」 ずずぅーっ! 「っち!」 浩之は熱いお茶を一気に飲み干し、危うく舌を火傷しそうになった。 そして、 (来年も二人で来ような) 心の中でそっと呟く浩之だった。 FIN (1997. 9/29 とのさま) |