このページの管理人(モンタ)
なまえ | モンタ(小学校時代のあだ名) | |
生年月日 | 1972年5月26日 | |
血液型 | O型 | |
住所 | 獨協大学お膝元 | |
仕事 | ごく普通の会社員 | |
趣味 | 有料道路を使わない長距離ドライブ | |
必殺技 | 文字数の多いEメールの配信 | |
このページの作成経緯
インターネットを始めた97年4月頃、“角松”“JADOES"など、好きなアーティストを検索し、ふとさん主宰のT's Freaks Boardに行き当たる。ここでは貴重な物から世間話まで様々な情報がやり取りされており、インターネットの面白味を覚える。 | |
T's Freaks BoardがKadomatsu Web Siteへと移行される頃、自分でも何か作ろうかと、絵空事を考え始める。 | |
ある日、ふとさんの「自分で作ってみては」という言葉を真に受けて、本気で考え出す。 | |
11月初め、JADOESのイベントに足を運んだ時に「HPを作って、JADOESをもっと盛り上げよう!」と、感じてしまう。 | |
11月20日、突貫工事で仮設HPを立ちあげる。すぐさま、たきちゃんさんから立派なロゴを頂く。(玄関、勝手口の物) | |
12月初め、様々な問題が発生。また本業も忙しく全く更新できず。抗議を受ける。 | |
12月7日、一般公開に踏み切る。 | |
12月23日、森山さんからアニメgifをいただく。(MAIL TO にある物) |
JADOESと私
86〜87年頃、日曜朝10時からという、とてもありがたい時間帯にやっていた“角松敏生のポップフリーク”で、JADOESを知る。「これはいいねぇ。」と、一発で気に入る。当時中学二年生だった私には同年代の音楽仲間がいなかった。 | |
87〜89年 この間、次々とアルバムが発表されるが、当時の三千円は大金でありなかなか手が出なかった。レコード屋に行って「あるな。」と眺めては棚に戻すという日々が続く。 | |
90年11月 “Love injection”発売と同時にそれまでのアルバムも近所の「music inn HAYASI」にて購入。「これはいいぞ!」と、毎日のように聞いていた。当時高校三年生であったが、依然としてJADOESを分ち合う音楽仲間は現れなかった。 | |
92年11月 “CD買って下さい”を手にして「あっ!一人減ってる!?」と、初めてヒラーマンが脱退した事を知る。 | |
94年夏頃 某大型レコード店にて、JADOESベストアルバム(シングルベスト、リミックスベスト)同時発売の告知を見る。発売の12月まで長い日々を送る。 | |
94年12月 “J's Hot”“J's SWEET"発売される。「あっ!また一人減ってる!?」と、シマの脱退を知る。「?ちょっとまて。リミックスアルバムはどうなったんだ?」 | |
その後、リミックスアルバムが発売中止と聞く。「JADOESってそんなに売れていないのだろうか?」と、疑問と不安を抱く。 | |
96年2月 初めてJADOESライブを見る(一人で)。開演前は妙に緊張したことを覚えている。とても楽しい、素晴らしいライブだった。早速姉に薦める。 | |
96年7月 それまで、ファンクラブというものに入った事が無かった私だが「これはヤバイ。」と思い、姉を誘って“FUNK LOVE CLUB”の入会を決意。1324番の会員番号を手にする。「今年だけで1324人かぁ。」と、ボケをかましてしまった。 | |
この頃から姉が秋葉原を荒らし始める。JADOESアルバムの殆どの在庫を獲得。姉弟でワンセットずつ所有することになる。 | |
96年8月 ラフォーレ琵琶湖スターライトホールにてJADOESライブを観る。プラネタリウムでのライブは最高だった。が、行き帰り夜行バスという強行スケジュールであったので、余韻に浸る時間はあまり無かった。 | |
その後、東京で行われるライブには、必ず足を運ぶようになる。 現在に至る。 |
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以上の事からお分かりのように私は「ライブツアー全部観ました」とか、「出演番組全て押さえてます」とか、そういった熱狂的なファンではなかった。お笑いをやっていた事を知ったのも、かなり遅くになってからだ。しかし、彼らのライブを観て「これを埋めておくのはもったいない。」と、感じてしまったのである。ささやかなこのページにもそれなりに力が入っているのである。このページによって、より多くの人にJADOESが知れ渡る事を心から望んでいる。 ちなみに、未だ同年代の音楽仲間はいない。 |
もうひとこと
このページは、多くの方々の応援と協力によって作成されました。ふとさんをはじめKadomatsu Web Siteで知り合った皆さん、動作確認に協力してくれた友人達(前川・さとちゃん・野田・しげる)、本当にありがとうございました。 |