鳥は鳥に 〜Royal milk tea〜  親鳥に餌をねだる雛鳥達の巣みたいに、アルミのプレートに並んだマグカップ。  鍋で煮立てたあつあつのロイヤルミルクティを、そのくちばしのひとつひとつに注ぐ。 乳白色の液体がこぽこぽとマグカップに満たされる度に、薄い雲のような真白い湯気が、寒い極北の研究所の台所に、ふんわりと浮かぶ。  遠い暖かい地方からやってきた紅茶の葉が、ほんのひとときだけ見せてくれるささやかに幸せな魔法のようで、私はこのお茶をカップに注ぐ瞬間が気に入っている。  円いプレートの巣に並んだマグカップ達は、いったい何種類の親鳥が同居すればこんな雛達が生まれるんだというくらい、形も色も模様もばらばらだ。  白い無地の円筒形に、緑色の小さな四つ葉のクローバーが可愛いマグカップ。  派手な黄色い地に、コミックの1コマがでかでかとプリントされたカップ。  南の島にでも旅行へ行った時のおみやげなのか、椰子の樹が立ち並んだ海岸の風景画が描かれた真四角のカップ。  それぞれの持ち主を思い浮かべてミルクティを注ぎながら、賑やかな声が聞こえる広間の方へと目をやる。  今夜は、一年でいちばん夜の永い、冬至祭の夜。  きっと、街や村々の広場では、賑やかなな宴が催されていることだろう。  今年一年の実りや平穏な日々に感謝して、やがて来る暖かい春を待ち望んで。  人里から遠く離れた、人の住む領域と鳥の領域の境界にある、『海』と呼ばれる地域にぽつりと立つ辺鄙な研究所でも、それだけは例外ではない。  ただし、小さな研究所には、そんなお祭りをできるほどの人数も物資もないから、代わりに毎年ささやかなパーティを開いている。  普段は、真面目にそれぞれの観察や探求に取り組む研究員達も、この日ばかりはみんなで集まって、羽目を外して一番永い夜を祝う、はずだったのだけど。 「……あれ、助教授さんは何処に行ったんです?」  無地の白いマグカップに、あつあつのロイヤルミルクティを注ごうとした私は、広間にその持ち主の姿がないのに気づいて声をかける。 「何か、鳥の観察してくるって言って、屋上に上がっていきましたよ。」 「またぁ? せっかく貴重なアッサムの葉が手に入ったのに。」  私は少しむっとしながら、マグカップを一杯に並べたプレートを手に、今度は研究員達が雛鳥のように待ち構えている広間へと足を踏み入れる。  喝采に迎えられたロイヤルミルクティのマグカップは、料理もあらかた片付いたテーブルに置かれた瞬間に、雛鳥よろしく群がった研究員の手に渡ってゆく。  あっという間に、プレートには無地の白いマグだけが、ぽつりと残された。 「せっかくの、まどかちゃんお手製のミルクティなのに。僕が代わりに頂きましょうか?」  そう言いながら残ったマグカップを狙う助手のウミノ君の手を、軽くぺんと叩く。 「そういえば助教授さんって、私が淹れてあげてもいつも飲まないなぁ……お茶、嫌いなのかしら?」 「でも、僕、助教授さんがこっそり茶葉出してお茶淹れてるの、よく見ますよ。」 「何それ……。もういい、わかりました。連れ戻してきて意地でも飲ませますっ。」  むっとした私は、プレートからひょいと白いマグをつまんで、屋上へ続く階段へと向かった。背中に、やんやの拍手喝采の声を浴びながら。   ***  マグを手に、ひんやりとしたコンクリート製の螺旋階段を上ってゆく。  途中の円い窓でちょっと立ち止まって外を覗いてみると、いつもと同じの淡い乳白色の霧が、波打つようにぼんやりと漂っている。  人と、鳥とを隔てる、『海』という名の淡い霧。  遠いはるかな昔は、人と鳥はひとつだったと、聞いた事がある。  でも今は、人と鳥は別れて暮らしていて、それぞれの領域の境界を『海』と呼ばれる不思議な乳白色の霧が横たわっていて、人も鳥もこの『海』を越えることはできない。  そうして、鳥はたったひとりで空を飛び旅を続け、人は大地の上で寄り添って、定住して日々を暮らす。広大な『海』が隔てることで、互いの生き方を護られて。  ただ、境界の『海』の中までは、霧への耐性が強い者ならば、特に身体への影響もなく立ち入ることができる。  だから、『海』には鳥や『海』そのものの研究のために、物好きな僅かな数の学者が集まって生活している。『海』に浮かぶ島に見たてて、"birds island"と呼んでいる、小さな研究所で。  鳥達にも、中には物好きな性格のものもいるらしく、『海』が気に入ってしばしば訪れてくる鳥や、時には"birds island"の屋根に止まりにくる強者も、いたりする。 「……ほんと、研究員って物好きばっかりなんだから。」  その研究員達のお世話とお手伝いをしながら、ずっと"birds island"に住み込んでる自分のことは棚に上げて呟いてから、私はまだ熱いミルクティを手に、階段を上る。  屋上へと続く扉を開けると、途端に身体を刺すような冷気が吹きこんでくる。  その凛とした冷たい空気に、思わず一瞬瞳を閉じてから、私は小さく声をあげた。  何時の間にか、『海』に雪が降っていた。  くるくる、くるくる、音もなく舞い降りる、無数の氷の結晶達。  見上げた灰色の夜天から降りてくる雪の粒子は、いつもよりも妙に鮮明に瞳に映り、まるでひらひらと舞い散る白い花弁のよう。  一番永い夜に、贈り物のように降りてきた雪に、嬉しくて一瞬我を忘れそうになる。  遠い鳥の領域に、『海』に、この研究所に等しく舞い降りる雪の中、屋上の片隅に毛布をかぶった小さな人影を見つけて、私は近づいてやや呆れ気味に声をかける。 「助教授さん、何やってるんですか? もうパーティ終わっちゃいますよ?」  寒さに震えながら小走りに近づく私の、ぱたぱたという足音に気付いて、やっと助教授さんは顔をあげた。 「やあ、まどかさんですか。丁度いいところに来たね。」  銀縁の眼鏡にのんきそうな微笑を浮かべて、のほほんとした声でこんなことを言う。  助教授さんは、まだ子供の私のことも研究員達と同じように「さん」付けで呼ぶ。最近はもう慣れたけど、助教授さんがここに来た当初は「まどかさん」と呼ばれる度に、何ともくすぐったいような気分になったものだ。 「……せっかくの冬至祭の夜なのに、観察ですか?」  そののんびりとした声と表情に、何だか広間を飛び出てきた時の勢いを削がれてしまった私は、助教授さんの傍らに立って『海』を眺めながら尋ねる。 「冬至の夜だから、ですよ。ほら、あそこの岩陰、見えますか?」  そう言って助教授さんが指差した先には、寄せては引いてゆく本物の海の波のように、淡く、濃く漂う乳白色の霧。  霧の粒子達は音は奏でないのだけど、真白い『海』を見つめていると、何だか潮騒さえ聴こえるような錯覚さえ、する。 「ぼんやりしてよく見えないですけど……。何か珍しい鳥でも、いるんですか?」  その霧の波間に漂う何かを見つけられないまま、軽く首を傾げて尋ねる。 「もう一週間くらい前から『海』に住みついてる。でも、今夜は冬至の夜だから、きっともうすぐ飛び立ちますよ。」   「……冬至の夜、だから?」  不思議そうな私の言葉には応えないままで、のどかで微かに悪戯っぽい微笑みを横顔に浮かべる助教授さん。  ふう、と小さくため息をついてから、その微笑みに降伏して私は助教授さんの横に座り込む。えいやっと、強引に毛布に割り込んで。  しゃがんで見上げると、相変わらず、くるくると花びらのような雪が、降りてくる。  消え入りそうに小さな粒子は、次から次へと、目の前に広がる乳白色の『海』に吸い込まれゆく。そうして波紋ひとつ立てることなく、霧という乳白色の流れの中に還ってゆく。  雪は、鳥のように空からたったひとりで旅を続けて、そして消えてゆく。  ふと浮かんだ、そんな物思いに思わずきゅっと毛布を肩に引き寄せると、ほんのりとした暖かみが身体を包んだ。  毛布の暖かさと、熱いお茶。真冬の研究所の戸外での観測では、このふたりが何よりも心強くてほっとさせてくれるパートナー、だと思う。    そこで、ずっと自分の手の中で柔らかい湯気を立てている、もうひとりのパートナーのことを思い出した。 「はい、ロイヤルミルクティ淹れてきたんです。身体、温まりますよ。」  だけど、助教授さんは私の差し出したマグカップに、軽く首を横に振った。 「僕は結構ですから、まどかさん飲んでください。僕は慣れてるけど、まどかさんこそ身体温めないと風邪引いちゃいますよ。」 「……私が淹れるお茶って、もしかして美味しくなかったりします?」  ぽつりと、冷たい夜気にちいさく白く浮かんだ、私のつぶやき。 「え? そんなことはないと思うけど……、どうしてです?」 「だって助教授さん、私の淹れたお茶っていっつも飲まないじゃないですか。」  言葉は真白い息になって、一番永い夜の空気に溶けてゆく。  その行方を見上げると、冷たい雪の粒子がふわふわと、私の額や頬に触れる。 「……僕は、あまり紅茶は好きじゃないんです。」  あからさまに困ったような表情で軽く頭をかいて、助教授さんは答えた。 「でも、よくこっそりと一人で紅茶淹れてるって、ウミノ君言ってましたよ。」 「……ほら、それより、もうすぐ飛び立ちそうですよ。」  私の追及に、わたわたして双眼鏡を目に当ててごまかす助教授さん。でも私はその言葉には応えてあげないで、きゅっと膝を抱えて頬をつける。  ちらりと横目で見ると、黙り込んだ私に困り果てたような表情の助教授さん。困らせといて少し申し訳ないけど、そんな表情の助教授さんの横顔を見るのは、少し楽しい。  そんな楽しさとともに、ふと、とりとめもない想いが、私の胸を捉えた。  結局は自分は子供でしかなくて、何もこの研究所の役に立っていないんだという、根拠のない、漠然とした淋しい想い。 「……猫舌なんです。」 「え?」  そんな想いにとらわれていた私の耳にぽつりと届いた、何処か恥ずかしそうな呟き。  その呟きにあっけにとられて、私は思わず膝から顔を上げた。 「極度の猫舌だから、人が淹れてくれたお茶は、飲みたくても熱すぎて飲めない。」  嘘、と言おうとして、銀縁の眼鏡の奥の、恥ずかしげな心底困ったような瞳と出会ってしまって。  何とも可笑しくて、思わずくすくすと胸のうちから笑いがこぼれてしまった。  一度こぼれてしまうと、後から後から降りてくる雪の粒のように、止まらない。 「……だから、言いたくなかったのに。」  隣で膝を抱えてくすくすと笑い続ける私に憮然として、ぽつりと呟く助教授さん。  その憮然とした声色に、ますますくすくす笑いがこぼれてくる。 「ごめんなさい、でも、言っておいてくれれば、ちゃんとぬるめに淹れましたのに。」  まだこぼれてくる笑いを抑えて、涙を手で拭きながら私は返した。そう返しながらも、きっとこの人は見栄と恥ずかしさでずっと言えないでいたんだろうな、と思いながら。  そうして、人知れずこっそりと自分でお茶を淹れて。そんな助教授さんの姿を想像してしまうと、またくすくす笑いに拍車がかかってしまう。  そんな風にしてしばらくこぼれていた笑いが、やっと治まろうとした、その時。  緩やかな波のように漂う霧と、無数に舞い降りる雪に煙る『海』の片隅で、ふわりと真白い翼が開いたのが、微かに私の視界に映った。  まるで、人知れず夜明けの霧の野原に咲く、ちいさな花のように。 「あっ……!」  私がはじめて翼に気付いて、小さく声をあげたその刹那、翼は大地を蹴り夜天へと駆け上がった。  『海』の霧の低く漂う白、舞い散る花弁のように降りてくる雪の白。最も永い夜の闇に圧されて大地へと白が低く降りる無彩色の世界の中で。  たったひとつ、何よりも真白い、小さな鳥の翼が夜気を裂いて空へと駆けてゆく。  その軌跡に、淡い輝きを一瞬だけ残して。  はじめは、そんな輝くように白い鳥の姿に、私には見えた。  だけどその鳥の翼は、不意に私の視界の中で、ひとりの娘の姿に変化した。  冷たく澄んだ冬の夜気に銀色の長い髪を洗われながら、か細い背に生えた真白い翼が、緩やかに力強く羽ばたいて、空を駆る。  その身に纏う薄い衣も、衣に護られない肌も、まるで降りたばかりの新雪のように白い。ただ、自らの行方に広がる遥かな夜天をのぞむ瞳だけが、深い夜の色を浮かべている。  鳥の娘が地上を振り向いた一瞬、私と目があったような気が、した。    そのほんの刹那、世界に自分と鳥の娘しかいないような夢想が、私を捕らえた。  鳥は、たったひとりで、大地を離れて見知らぬ空へと旅を始める。私と合ったその夜の色の瞳には、穏やかで、迷いのない強さをたたえている。  ただひとりで飛び立つ強さを持てない私は、ぽつりと地上に残されてしまう。  残されても、たったひとりであることには、やっぱり変わりがなくて。  胸の奥に静かに溢れるように、鳥への遠い憧憬と、『海』のように広がる淋しさが、満ちてゆく。  こうして、人と鳥は別れたのだろうかと、抑えられない淋しさに包まれながら、思う。 「見えたの、ですか?」  鳥の行方に心を奪われていた私の様子に気付いて、そっと助教授さんが声をかけた。  この研究所の中で助教授さんだけには、こっそりと打ち明けたことがある。  私が、時々鳥の中に、人の姿が見えてしまうということを。 「……真白い衣に翼を纏った、すごく綺麗な子。深くて強い、黒の瞳をしてた。」  私が助教授さんの声にやっと応えた時には、もう鳥は『海』を離れて、夜空の遠くへと消えた後だった。  一言だけ呟いて、後は何も言うことができずに私はそっと助教授さんに寄り添った。  肩に、服を通じて微かに感じる助教授さんの体温に、少しだけ慰められる。  だけど同時に、この温かさは私のではなく助教授さんのもので。  やっぱり自分がひとりであることに変わりはないのだ、という漠然とした想いから、ほのかな淋しさが生まれて私の背を撫でてゆく。 「一番永い冬至の夜には、世界の何処かで新しい春が、生まれるそうです。」  先程のくすくす笑いもすっかり消えて、俯いて黙ってしまった私に、ぽつりと助教授さんが話を切り出した。   「春の子供が育つ度に、少しずつ夜は短くなってゆく。そうしていつしか成長して、春は世界に満ちあふれて、花を咲かせ、新しい緑を育てる。」  私は、顔をあげて少しだけ助教授さんの横顔を見る。 「あの鳥は、やがてくる春を迎えにゆくために、冬至の夜に飛び立って旅を始める本能を持っている。そう、知り合いの『旅人』から聞きました。」  助教授さんは、飛び立った鳥の行方を見上げて、楽しそうに、眩しそうに目を細めていた。まるで、冬の満天の星空をはじめて見た、少年みたいに。  本当に、この人は鳥のことが好きなんだ、と思う。  音もなく、細やかな雪は変わらず降り続ける。  ふわふわ、ふわふわと、その度にこの屋上や『海』の岩場、周囲の色を白く染めて。  だけど、私の瞳には、未だにその雪の白よりもくっきりと、あの鳥の翼の残像が、真白く焼き付いていて、離れない。 「ねえ、助教授さん。」 「何ですか?」 「どうして、人と鳥は、別れてしまったんでしょうね。」  また顔を膝に預けて淋しさに揺らいだままで、鳥が好きな助教授さんへと、私は唐突にこんな問いをぽつりと呟いてしまう。  あの真白い鳥の娘を見た時に想った、人と鳥の別れの夢想。  それを肯定して欲しいのか、否定して欲しいのか、自分でもわからないままに。 「……いつの日か、もう一度めぐり逢って、ひとつになるために。」  のんきな声で、私の問いに応えてくれた、言葉。  思いもよらなかったそんな言葉に、私は驚いて思わず顔をあげた。 「その日まで、人も鳥も、永い旅を続けている、それが僕の学説なんですけどね。」  少し照れくさそうに頭をかきながら、銀縁の眼鏡の奥で優しく微笑む助教授さん。  本当にずっとそう想っているのか、それとも理由もなしに沈んでしまった私を慰めるためにそう言ってくれたのかは、ちょっとわからないけれど。  それでも、凍った心の芯がふんわりと暖まって、ほっと溶けてゆくのを、感じる。  まるで、熱くてほんのりと甘い、ロイヤル・ミルクティを飲んだ時みたいに。 「そっか……。きっと、そうですよね。」  ぽつりと言い聞かせるように呟いてから、こっそりと、助教授さんのミルクティを一口だけ飲む。少しぬるくなった紅茶の優しい甘さが、身体の内に広がって。  やっと、私は助教授さんに微笑みを返すことが、できた。  助教授さんの素敵な学説を信じてみるのも、悪くないと想って。  だって今夜は、一番永くて、新しい春が生まれる、冬至祭の夜なのだから。  そんな冬至祭の夜に、変わらずに音もなく、白い雪は舞い降り続ける。  『海』も、この研究所も、遥かな鳥の領域も、みんな同じ色に染めていって。  くるくる、風に舞う花びらのように回転して降りてくる、ささやかな雪。  それは、やっぱり一番永い夜の贈り物みたいに、思えてくる。  春を迎えに行くためにひとりで飛び立った鳥へ、そしてこの大地の小さな研究所に寄り添う人達へ、この夜が届けてくれた、ささやかな贈り物。  その雪のひとひらが、無地のマグカップの中に飛び込んで、まるで砂糖のように淡い琥珀色の中に溶けてゆく。 「だから、また逢う日までに、鳥達のことをよく知っておかないと、ね。」  まだ少し照れくさそうな助教授さんが、締めくくるように言う。 「今夜、私が、助教授さんが猫舌だと知ったみたいに、ですか?」  そんな助教授さんを、猫舌の話を蒸し返して憮然とさせておいてから、私は少し飲んでしまったミルクティを、そっと差し出した。 「はい、雪が冷ましてくれたから、もう助教授さんでも飲めますよ。」  両手で私が差し出した無地のマグカップを、うん、と軽く頷いて受け取る助教授さん。  少しおっかなそうに、口で軽く吹いてから、紅茶をそっと飲む。  紅茶も言葉も、こんな風に知っていなければ届かないことだって、あるのだ。 「美味しいけど、ちょっと甘い……。」 「ロイヤルミルクティは、甘いくらいでちょうどいいんですっ。」  勢いよく助教授さんの論評をはね返して、私は毛布から出てえいっと立ちあがる。  とたんに細やかな雪の花びらが、私の髪に、額にとふわふわと当って、微かに冷たい感触を残してゆく。笑ったり落ち込んだりと、忙しく揺れ動いた私の心を鎮めるように。  私はくるっと振り向いて、まだ毛布に包まれている助教授さんを見下ろして、小声で早口で、呟く。 「ありがとう、ございます。」 「え?」  ぜんまいを巻かれた人形みたいに弾けるように動きだした私についてこれずに、まだマグカップを両手に抱えたままの助教授さんが、慌てて聞き返す。 「さ、冬至祭の観察も終わったし、居間に戻りましょ。みんな、待ってますよ!」  そのまま助教授さんを置いて、階段の扉まで、夜空を見上げながら小走りに駆ける。  花のように舞い降りる雪は、楽しさも、淋しさも、みんな静かな白に包み込んで、小さな願いや祈りに変えてゆく。  きっと、この冬至の夜の雪の下で、鳥達は胸にそれぞれの祈りを抱いて翼を羽ばたかせ、人達は寄り添って祝って、それぞれのささやかな願いを言葉にしている。  扉まで辿り付いて、ようやく立ちあがった助教授さんを見ながら、あの真白い鳥の娘の強く深い瞳を想い出しながら、私は私の祈りを、静かな夜へと込める。  いつの日か、みんな、ひとつになれるように、と。                                    Fin.