星狩り  不思議なお客さんが、お店に来た日。  それは、いつもとは違う、二度目の月祭りの日のこと。  だけど、いつもと同じ、幸せなある日のこと。  潮風が、海と村とを行き来する、ちょうど通り道。  小粒の結晶を含んだ白い砂浜と、黒く静かに広がる地面の、ちょうど境目あたり。  そこに、転がりおちて半ば埋まった月のように、小さな織物の店がありました。  その店の建物は、ずいぶん古めかしい造りでした。  「機械」と呼ばれる不思議な道具達が動いていた、もう、忘れられた時代。  そんなずっと昔から、この建物は、海岸に埋まっていたのです。  冷たくて白い、金属のような繊維で作られた、なめらかなの手触りの壁。  その白い壁が、ゆるやかなカーブを描いて、まんまるい半円球をかたどっています。  それは、村の方から歩いてくると、半分に欠けたお月さまが波打ちぎわに落ちているように見えました。    ただし、上弦でも下弦のお月さまでもなく、丸帽子のように頭を上にして。  そして、ちょこんと日よけのようにくっついた、手作りの小さな店先。  だから、このお店は、「月帽子織物店」と呼ばれていました。  「どうして、取りにこないのかなぁ……」  丸帽子の日よけの下で、ぽつりと女の子は呟きました。  だんだんと、お月さまを迎えて藍色に染まってゆく空を見上げながら。  「それとも、やっぱり私が、織る数をひとつ間違えちゃったのかしら。」  店先にひとつだけ残った、深い蒼色をした織物を見つめて、女の子はちいさなため息をもらしました。    「今まで、いくら忙しくたって、そんなこと一度もなかったのに。」  お店の前の砂浜でたまに採れる、「星砂」という星型の結晶を編み込んだ、夜天の色の織物。  それが、この「月帽子織物店」のたったひとつの商品でした。  女の子が、心を込めて織った織物は、軽くて暖かく、そして何よりとても深くて控えめな瑠璃の色をしていました。  しかも、月明かりを受けると、編み込まれた「星砂」が、その織物の小さな宇宙に幾つもの星の輝きを燈すのです。  だから、「月帽子織物店」の織物は、村だけでなく遠くの街でも人気がありました。  特に、年に二度の、月祭りの日には。  「これじゃあ、お祭りに間に合わないじゃない……。」  女の子は、村に続く夕空へとちらりと振り向いて、ぼやきました。  九の月と十の月の、十三夜のお月さまの日。  村では、その年の収穫と平穏を祝って、輝く十三日の月の明かりのもとでささやかなお祭りが行われます。  ほかほかの焼き菓子や、透きとおる色とりどりのキャンデイ、果物を漬けた甘いお酒。 お祭りの夜には、普段味わえない、特別なお菓子を売るお店が通りに立ち並びます。  そして、村の広場では、心踊らせる音楽とともに、大勢の人達がお月さまを囲んでダンスを踊るのでした。  くるりくるり、今日の幸せを楽しんで、音楽に合わせて軽やかに廻って。  そんな時、肩にかけた夜天の織物は、月影を浴びて輝きを散らしながら、ふわりとたなびくのでした。  まるで、ミニチュアの流星群を身に纏ったかのように。  だから、女の子はずっと休まずに織物を織っていたのです。  今宵の、月祭りの夜を楽しみにするお客さんのために。  がんばって何とか織り終えた「星砂」の織物たちは、昼間のうちにみんな引き取られてゆきました。  夕闇が訪れても残ってる、このたった一枚を除いて。  「もう、お店閉めて行っちゃおうかしら。」    女の子にとっても、月祭りは年に二回の、特別な日でした。  だって、心をこめた織物を、羽織って踊ってくれる人を見るのは、本当に幸せなことでしたから。  でも、まだ慌てて織物を取りにくるお客さんがいるかもしれないと思うと、やっぱり気になってしまうのでした。  しかたなく、女の子は店先で、海の音を聴きながらぼんやりと待っていました。  寄せては返す、絶え間ない旋律。いつも変わらない、波の音。  日々と同じように、時に満ちて、時に引いて。  さらさらと、そんな波に洗われて音を奏でる、小さな砂の粒。  疲れているせいもあってか、いつしか瞳も閉じてまどろみに落ちかけた、その時。  「こんばんは。」  変わらない海の調べに重なって、不意に流れた、高く柔らかい呼びかけの声。  「あっ……いらっしゃいませっ。」  女の子は慌てて目を覚まして、声の方に起き上がりました。  その、まだぼんやりした視界の先に。  菫色から群青色へと染まってゆく夕空を背景にして、店先に一人の娘が立っていました。  さらりと細い、肩まで伸びた栗色の髪。珍しい形のえり元の、真白い薄手の生地のコート。    「織物を取りにいらしたんですよね?遅いから、心配してたんですよ。」  「あ、そうじゃなくて……ちょっとお願いがあって……。」  慌てて胸の前で、硝子細工のように細い手を横に振って、娘は続けました。  ふわりと、夕暮れの綿の雲のように微笑みを浮かべて。  「もしよければ、この建物の、「機械」を見せてくれませんか?」  「わぁ……すごい……。」  白い丸帽子の中で、控えめながらも響く、澄んだ驚きの声。  半円球に模られた、遥か昔の建物の中心に。  あるいは、「月帽子織物店」の女の子の、いつもの作業場のまんなかに。  黒い金属でできた複雑なかたちをした、昔の「機械」が眠り続けていました。  「私は……『機械技師』、です。」  ちょっと考えて、聴き慣れない言葉で名乗った、白い衣の娘。  その何処か不思議な雰囲気につられて、女の子はつい娘を招き入れてしまったのでした。   「最後のお客さんがきて、お店を閉めるまででいいですか?」  しっかり、そう付け加えることは忘れずに。  半円球の円周の一部は、時によって削り落とされていました。  まるで、月の端っこだけ雲に隠されて欠けたように。  そのかけらが、良い明かり取りの窓となって作業場に光を差し入れています。  夕日とも月ともつかない、薄く水でのばしたような、夕凪の時刻の光。  そのさらさらとした光を受けて、「機械」は黒曜石のような輝きを映していました。  幾つかの丸硝子をはめこんだ、何処か愛嬌のある双つの球体。  そのふたりを繋いだ、精巧な細い金属の神経、音を立てて廻りそうな歯車。  ドームの外の、遠い空を見るように、斜め上空を向いたままで。  「あ……、その……、ちょうどよかったから……。」  女の子は、少し恥ずかしそうに俯いて呟きました。  昔はともかく、今は「月帽子織物店」で「機械」は眠りながらふたつの役目を果たしていました。  ひとつは、女の子が働くこの作業場を、明るく照らす役目。  ぽん、ぽん、と球体や金属の腕に燈火をぶらさげた姿は、まるで大きな燭台のように見えました。  そして、燈火だけでなく、もうひとつの明かり。  一緒にぶら下げられた籠の中からも、微かな淡い光が溢れていました。  籠には、女の子が海岸で少しずつ拾い集めた、大事な「星砂」が収められているのでした。    そしてもうひとつは、女の子の織り機のために、蒼い糸を抱えて待機する役目。  細い金属の腕や、丸硝子のふちを糸巻きにして、くるくると巻き取られた夜天の流れ。 その幾筋かは、宙を渡って、傍らの木製の織り機と繋がっていました。  女の子の、ちいさな夜空に織り込まれるのを待ちながら。  「まるで、兄弟みたいね。」  ふわりと優しく微笑んで、「機械技師」は言いました。  「え……?」  「この子、何だか幸せそう。ひとりじゃないから、寂しくないもの。」  幾年もの時を経た大きな古い金属の「機械」と、手製の木でできた小さな織り機。  永い時間を超えて、蒼の糸で繋がって、今はふたりで女の子のために働いて。  「ここにきて、よかった。」  娘は、嬉しそうに少し首を傾げて、そんな「機械」をずっと見上げるのでした。  「あの、月祭りには行かなくていいのですか……?」  そんな娘を見て、ふと女の子は尋ねました。  「だって、今日が、月祭りの日、でしょう?」  「機械」を見つめていたそのまなざしを、くるりと振り返って向けて。  言葉を区切りながら、少し悪戯っぽく微笑んで娘は応えるのでした。  「……お茶でも、いれましょうか?」  そんな『機械技師』の不思議な微笑みを見つめてると、何だかほっとした気分になって。  女の子も、はじめて微笑みをかえしながら、そう応えました。  半円球の作業場の端っこには、金属製の少し斜めにかしいだテーブルがありました。  その表面に並んだ、奇妙な丸ぼたんや上下に動く小さな棒は、このテーブルも「機械」のひとつであることを物語っていました。  でも、この「機械」も、今は女の子のお茶用テーブルという、れっきとした役目を果たしているのでした。  「毎日忙しくて変わりのない日でも、ここでお茶を飲むとほっとするんですよ。」  ほわりと流れる白い湯気と、優しい時間。  テーブルの前には、よりそう織り機と眠る機械。  「やっぱり、兄弟みたい。」  そう、娘がつぶやいた、その時のこと。  テーブルの片隅のボタンが、不意にちかちかと点滅したのでした。  まるで、ここにいるよ、というように、波のように等しいリズムの、碧色の光で。  「ねえ、こんなこと、今までにあった?」  驚いて尋ねる娘に、女の子は首を横に振ります。  「この子……もしかしたら目を覚ますかも。」  かしゃん、かしゃん。  ぶら下がっていた灯火が音をたてて落ちて、半円球の中が闇に包まれます。  天井に開いた欠けらから射し込む、薄い月明かりを除いて。  娘の押したボタンで眠りから醒めた「機械」は、ゆっくりと双つの球体を回転させます。  錆び付いた歯車をかきならして、まるで射し込む月明かりを見上げるように。  しゅるしゅる、からからと、つられて廻る蒼の糸と織り機と一緒に音を奏でて。  そして、丸硝子から、半円の天球に向けて、数多の淡い光を放ったのでした。  「わぁ……すごい……!。」  歓声をあげて、女の子はドームの中心にかけよりました。  見上げれば、瑠璃色、緋色。冷たい白の光、暖かい橙の光。  無数の、細かな鉱石のような輝きが、今は闇に包まれた天井全体に散らばっています。  その幾つもの光の全てを、あの女の子の「機械」が燈しているのでした。  永い時間を超えて、小さな、織物店の半円球の宇宙に向けて。  「やっぱり、兄弟だったのね。この子達。」  『機械技師』は、黒曜石の様に輝くふたつの球体を見つめてつぶやくのでした。    「ふたりとも、星空を織りなす道具だったんだ。」  東側の壁には、わずかに欠けた円盤型の、強い輝きが昇り出していました。  ちょうど、たったいまこの店の外にあるのと同じ、十三日目の祭りの月。  「ずっと変わらないものって、あるんですね……。ほら、織姫の星。」  女の子が、明るい三角形の頂点を指して呟きました。  薄くきらめいて流れる夜天の川。白鳥の形、琴の形、七つ星、北天の動かない星。  白いドームの壁面を隔てて、双つの宇宙は全く同じ星の形を紡いでいるのでした。  ずっと変わらないままで、時間の糸車を回し続けて。  やがて、内側の宇宙は「機械」の歯車の音を伴奏にして、ゆっくりと回転を始めました。  外側の宇宙と離れて、徐々に天頂に昇る十三夜のお月さま。  「外に出ればいくらでも星空が見えるのに、どうしてこの子を作ったのかしら。」  テーブルの点滅するボタンを操作しながら、『機械技師』はそっとつぶやきました。  「あら、私にはわかるわ。」  ゆるりと巡る夜天からくるりと振り向いて、少しはずんだ口調で女の子は応えました。  「きっと、星を捕まえて、自分だけの手で夜空を作りたかったんですよ。」  「機械」が織る夜空の時間は、ゆるやかに、だけど、ずっと早く流れていきました。  天を滑るように駆け上る月、同じ速度で東から西へと移る、無数の天の鉱石達。  女の子と娘は何も言わないまま、じっと流れる時間を見つめていました。  音もなく、やがて、西の低い空に、欠けた月が傾くまで。  削り落ちたドームの隙間からわずかにのぞく外の宇宙の星だけが、時に取り残されて、動かないままずっと二人を見下ろしていました。  その時、不意に、何かを語るように。  『機械技師』の手元の水色のボタンが、ぽん、ぽんと明滅したのでした。  「どうしたの……?」  娘は、「機械」の声に耳を傾けるように、そっと、ボタンを押しました。  その瞬間、歯車の音だけが流れていた半円球の中に、大きな音楽が響き渡りました。  天球から光の滴がこぼれ落ちるように、数多の流れ星をその空に描きながら。  お月さまの沈みかけた暁の空を背景にして。  「機械」は残ったその動力で必死に音楽を奏ではじめました。  遠い昔の言葉で紡がれた、男の人の歌声。力強く響きながら、何処か寂しい調べ。  無数の流星群を、祈るようにその空に降らせながら。  「……判った。」  『機械技師』は、立ち上がってその調べを聴き取りながら、無意識に呟きました。  「この子の時代、星空、見えなかったんだ……。」  不意に、何故かくるりと「機械」と女の子に背を向けて。  娘も、音楽にあわせて、そっと歌を歌うのでした。  紡がれた言葉をたどるように、瞳を閉じ、その裏に見えない宇宙を描いて。   空を見上げた 瞳からこぼれる   君の名前を知りたい   声にならずに 消えてゆく言葉が   帰りの道を遠くする   流れる星を呼び止めて ぼくらは歌を歌えるから   明日旅する 夜明けの天使に   君の名前 きっと伝えるよ  「昔の言葉、判るの……?」  驚く女の子の問いにも応えず、ただ娘は歌いつづけました。  やがてお月さまが西の空に沈んで、朝の訪れとともに、「機械」が眠りに就くその時まで。    『月帽子織物店』にもとの時間が戻っても、しばらく娘はそのまま立ち尽くしていました。  その姿は何処かちいさくて、寂しそうに見えて。  「ねえ、おもて見にいってみません?」  もう残った織物のことも忘れてしまって、女の子はそっと明るい優しい声で呼びかけました。  織物店の外側のお月さまは、ようやく東の群青色の空に昇りはじめていました。  内側のお月さまが、東から西へ、ゆっくりと、あっというまに巡った間に。  「やっぱり、変わってないんですね。」  そして、大きな宇宙の小さな鉱石達は、変わらない星座のかたちを紡いでいるのでした。  永い時間をかけて、人から人へと変わらずに語り継がれた、星の描くかたち。  くっきり見えた時代も、ぼやけて見えなかった時代も、変わることなく。  絶え間ない波のリズムと、村から遠く聴こえる、お祭りの音楽だけが流れるなか、二人は海岸の方へと歩いていきました。  お祭りの月を見上げながら、何も、言わないままで。  そのまま、波穂が砕けて砂に溶ける、波打ち際が見えるところまで来た時のこと。  ふと気付くと、たくさんの小さな輝きが、ちらちら、踊っていました。  満ちては引く海の呼吸に揺られながら、まるで天の星達を映したように。  「……たいへん、籠持ってこなくちゃ!」  急に慌てて、女の子は「月帽子織物店」に駆け戻っていきました。  残された娘は、波打ち際に降りて、細い指でそっとその輝きをすくい取りました。  ひやりと心地よい、夜の海の体温。  手のひらで、お月さまの光を受けてぴかぴか輝くそれは、星型の、透明で細やかな砂でした。  女の子の織り込む夜天の織物で輝く、海に降りた星達。  それは、この十三夜のお祭りの夜に、波打ち際をその輝きで煙らすのでした。  まるで、天の川のように無数に集まって、たゆたう波にころころと転がりながら。  「きっと、あの『機械』を作った人も、同じだったんですよ。」  籠をかかえて、息を切らして、頬を真っ赤にして、戻ってきた女の子が言いました。  「だって、私も、自分だけの星空作るの、大好きだもん!」  風に乗って月祭りの、陽気なダンスの音楽が聴こえていました。  その音楽と波穂のリズムに合わせて、楽しそうに女の子は星砂を捕まえるのでした。  「それにしても、こんなにたくさん星砂が落ちてるのって、はじめて!」  そんな女の子の興奮した声に、ようやく悪戯っぽい微笑みを取り戻して。  「だって、今日は、月祭りの日、でしょう?」  そうして、ダンスの音楽に合わせて、楽しそうに海風に歌声を乗せるのでした。   ポンパドールくるくるり    糸まき からめて   もっともっと輝いて満月   ほら ガラスの魚が   まぶたを泳げば   左手で招く猫の目 きらきら  群青に広がる夜空には、変わらない天の星座達。  絶え間なく満ち引きを送る海辺には、ころころと動く地上の星座達。  そして、十三日のお月さま。  今日は、月祭りの夜。  女の子は、夢中で星を捕まえて、『機械技師』は歌を紡ぎます。   この銀河の星くずのぜんぶ   ひとりじめにしたいむすめ   かごのふたは あふれそうなのに   背伸びしては まだ足りない   空の高さ分の 心は遠い淵   迷いこんだ夢から もう二度とは出られない  星のめぐりのように、ずっと変わらない日々。  忙しかった日、何もなかった日。  大好きなものを作る日、大好きな人に出逢えた日。  今日は、月祭りの夜。  一年の、そんなたくさんの幸せな日を、十三日のお月さまに寿いで。  「あさっても、幸せだといいなぁ。」  籠の中を星砂でいっぱいにして、浜辺に座ってお月さまを見上げて、女の子がぽつりと呟きました。  「あした、じゃないの?」  そんな呟きに、不思議そうに尋ねる『機械技師』の娘。  「あしたはもう、充分幸せに決まってますもの。」  娘のまねをして、悪戯っぽく微笑みながら、女の子は満足そうにそう答えるのでした。  「もっと、ゆっくりしてゆけばいいのに。」  やがて、広場の音楽も止んで、月祭りの夜も終わりの時を迎えました。  「だって、私は『機械技師』だから。世界中の機械の歌を聴きにいかなくちゃ。」  そう言って、娘は少し首をかしげて、ふわりと笑いました。  でも、その笑顔が微かに何処か寂しそうに、女の子には思えてしまうのでした。  「あの子を見せてくれた、お礼に。」  そう言って、娘はそっと、小さな水色の金属のプレート手渡しました。  「これと同じ『機械』があるって聞いて、ここまで歩いてきたの。」  「わぁ……!」  プレートを開いてあふれた光を見て、女の子は歓声をあげました。  数多の光で描かれた、立体の絵。  その絵には、半円球の天井に星を光を燈す、双つの球をもった『機械』の姿が描かれていたのでした。  たくさんの、たくさんの星の輝きをその宇宙に織り込んで。  「きっと、この絵を描いた人も、自分だけの星空作るのが好きだったんでしょうね。」  そう言って、柔らかい微笑みを残して、祭りの名残の夜に歩いてゆく娘。  「待ってください。お忘れものですよっ。」  そんな娘を、慌てて女の子は呼び止めました。    「はい。これ、あなたのでしょ?私、織る数を間違えたことなんてないんだから。」  最後までお客さんが取りにこなかった、瑠璃色の星の織物を、そっと手渡して。  「私に……?」  「だって、今日、あなたに会えたから。」  不思議そうな顔の娘に、女の子は、そっと、さっきの質問の答えを教えるのでした。  「だから、明日はもう充分に幸せに決まってるんです。」  「ありがとう。」  今度は嬉しそうな笑顔で、女の子の小さな宇宙を、不思議な白いコートに纏って。  『機械技師』の娘は、さっきの歌を口ずさみながら、また何処かに歩いてゆきました。 「機械」達の歌を聴くために。   川面はケセラセラ まわるる 太陽   きっと きっと あさっても しあわせ  それは、いつもとは違う、二度目の月祭りの日のこと。  だけど、いつもと同じ、幸せなある日のこと、でした。                                 Fin.             挿入詞:『Tears』/zabadak                   作詞:杉林 恭雄 作曲:吉良 知彦                 『星狩り』/zabadak                   作詞:覚 和歌子 作曲:上野 洋子