活きいき
2005. 3. 11
随録 (n病息災)
まあ何とか<都立七生公園にて>
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無病息災という言葉がある。神社にお参りするとき、家内安全、無病息災を願う。
近ごろ全く病気をしたことがないというよりどこか小さな病があった方が健康に気をつけるものだという意味から、また余りくよくよするなという意味を込めて「一病息災」とも言われる。
ある年齢に達するといろいろと体の部品が故障しやすくなる。
無→ム→m→n(n=0、1、2、3・・・いまいくつだろう)
私は一病どころか一年経つとひとつづつ加わっているようだが、感じないようにしなければならないと思っている。
最近見聞きしたことについて記してみたい。
その1.ドキュメンタリー「ふたりの時を心に刻む」
先日、NHKの番組でアルツハーマー症に罹患した58歳の男性の日々の生活を追跡したドキュメンタリーを放映していた。
この人は昨秋、京都で開かれた国際アルツハイマー学会で自らの体験を発表した。ドキュメンタリーはその後の生活、特に家庭内で奥さんとの会話などを生々しく映している。
私自身の家族、親類にこの病に罹ったものはいないので身内の心情はほんとのところ理解できていないと思う。しかし知人や介護家族の会のメンバーの話を聞いてある程度理解できるつもりでいる。
ドキュメンタリーのOさんの場合、学会での発表も失念しているようだ。ある時間5分くらいは記憶できているとのこと。支えている夫人の心的苦労は想像を絶する。しかし今の時間を大切にしているふたりの姿に涙が滲んでくる。
その2.ドラマ「黄落、その後」
よく「介護」とひとくちでいわれるが、する者・される者、現在・過去の状況などにより考え方・取り組み方はそれぞれ異なってくる。それぞれの介護はすべてオーダー・メイドと言っていい。
テレビ・ドラマ「黄落、その後」を見た。義母の介護を終えた作家夫人が、こんどは90歳の義父の介護を余儀なくされる。当初、義父の介護を受け入れることが出来なかった夫人が義父と心を通じ合う過程を描いている。ここでも介護は長男の嫁がやるものという風に描かれている。
人は歳を重ね老いていく。これは仕方のないことである。子供、あるいは第三者になるかも知れないが誰かに自分の始末をして貰わなければならない。
私はなるべくこの時間を短いものにしたいと思いそれには自分の心身の準備を今からしておかなければならないと思う。最後の骨を拾うのは自分では出来ない。お願いするしかない。
その3.講演会「老後を楽しむには」
私は母の介護を卒業したが、今まで介護支援センターで主催されていた「介護家族の会」に引き続き参加させてもらおうと思っている。家族会は隔月に開かれるが、この家族会のテーマを考えるように仰せつかった。
まあ、なにかお役に立てればいいかなと思っている。
まだ当分先のことだろうが、これからの自分が介護を受けることを最小にしたい、いわゆる介護予防を今からやっておきたいということである。
早速、関連しそうな講演会を聴講した。
市内の著名な精神科医で認知症の対応にも詳しい医師が行った「老後を楽しむには」という題の講演である。
「ボケないために、ボケてしまったら」どうすればいいか。
近年医学が発達して体の寿命はどんどん伸びてきているが、脳の方の寿命が追いつかないそうだ。
医師が診察に当たってきた事例などを交え、
100歳を超えて健康な高齢者の特徴
脳の健康度チェックリスト
ボケないための右脳活性方法
初期認知症の観察リスト
などまた
ケアする上での一般的注意事項
のなかでは被介護者に後から話しかけない。必ず前にまわって話す。手本を示すときは同じ方向で・・・。など具体的な方法の話はなるほどと感心させられた。また資料の中に認知症の方に時計の文字盤を書かせたものがあったが、はじめて見た私にはショックだった。キウイフルーツの断面のようなものが描かれていた。
我が市の介護施設は都内のなかでもかなり充実しているそうだ。
医師は老人保健施設の経営にも携わっているそうで、ホームページの紹介もしていた。
それによればデイケア、ショートステイのベッドの空き状況がそれぞれ一般棟、痴呆棟別に確認できるそうである。
その4.フォン・パルのSさん
私には奇妙な関係のお友達がいる。一年位前に介護の愚痴を新聞に投稿したところ掲載され、記者さんの取り持ちで埼玉県K市のSさんと知り合いになった。
そこで私はペン・パルならぬフォン・パルと称している。以後ときたま電話をしたり最近はメールを交換している。Sさんは電話の方がいい様だ。
電話で顔が見えないせいか、いや未だご尊顔を拝見したことはないが(SさんはmyHPで私の顔を知っているかも)お声から考えて信頼しあえるようで、自分の思っていることをあるいは愚痴を言い合っている。なかなか奇妙な大事なお友達である。