きいき
2006.7. 21
随録(未来の病院)

命日にフラワーアレンジメントを頂く
劣化する体感機能
私の母は晩年、夏でも冬でも暑さ寒さ、つまり体感温度を教えられた数値により感じていた。「今朝は30℃もあったよ」と言うと「暑いね」というように。おそらく高齢になり五感の機能・性能が衰え自分の身体で感じることができなくなったのだろうと想像する。
環境が与えてくれる情報を耳からの数値情報で代替していたらしい。そして「30度以上は暑い」という判定基準で「暑い」と判断していたのだと思う。体が暑さを感じるのは、温度もさることながら湿度の要因も大きいと思うのだが。湿度のことは言わなかった。
人の体感機能すなわち身体に備わっているセンサーは加齢とともに劣化していくようだ。

最近の病院では
数日前の新聞の投書欄をながめていると医療に足りない本当の「手当て」というのが目を引いた 。投書の内容はおおむね次の通りである。
投書者は病院の職員で、幼い自分の子供が自転車に乗っていて車と接触、病院にかかった。急いでその病院に行ってみると看護師が症状などをパソコンに入力中だった。1時間後に現れた医師もパソコンに触れてエックス線写真を見て「異常なし」、患部に一度も手を触れることがなかった、そうだ。

私も最近似たような状況を目のあたりにした。知り合いが入院したという知らせを聞いて見舞いに行った。その病院は最近開院したばかりの立派な総合病院で私も初めて訪れた。
知り合いはICUに入っていると聞いていたが、広い建物の中をさがしてようやくICUの入り口までたどりつき面会にきたことを告げると、看護師さんから脇の面談室で待つように言われた。狭い部屋の中はテーブルとイスがあり、テーブルの上にパソコンが1台置いてあった。こんな所にもパソコンがあるのと思いつつしばらく待つ。
なかなかお呼びが来ない、そのせいもあってか私の興味心は真っ暗なスクリーンのパソコンの方に向いていった。キーを叩いてみる。なっ、なんとエックス線写真が現れた。ヤバイ、×をクリックする。すると患者のデータらしい表が現れた。ムムッ、再び×をクリックしてみる。よく見る[変更を保存しますか]のようなメッセージが表示される。
変更してはマズイと、 しばらくほうっておくとスクリーンセーバーのWinマーク出てきた。看護師さんが顔を見せたのでいちおう白状した。ほんとは”無防備だよ”と言いたかったが止めた。
看護師さんの後ろについて知り合いのベッドに行く。知り合いの奥さんに挨拶しまわりを見渡す。身体に貼り付けられたセンサーからのデータ心拍などが頭上の2台のモニターに表示されている。ベッドサイドにはパソコンが2台設置され、ときどき看護師さんが何やら入力している。折れ線グラフのようなものが表示されている。
ICUにはこのようなベッドがいくつか並んでいる。へやの中央にあるテーブルの前で医師、看護師がパソコンのモニターを見ながら話をしている。ときどき看護師さんらしい人が患者のベッドの側に行ったりしている。

知り合いのモニターに表示されている数字がアラーム音とともに点滅しはじめた。看護師さんがすぐ来るのかと思っていたがなかなか来ない。家族の方が不安そうにこちらを見た、「ナースコールボタンを押した方がいいですよ」。
「どうしました?」看護師さんがやってきて、モニターやパソコンの画面を見ている。
私が似たような状況に接したというのはこの状況である。患者の方を直接見ないので、機械を通して患者と接するということである。
たしかにモニターやパソコンには、その時の患者の状態を示すデータが表示されているかもしれない。しかし患者の顔色や状態を直接確認しないのだろうか。これが現在の最先端の病院なのだろう。
別の日、一般病室に移った知り合いを見舞ったとき、ナースステーションをみて様変わりに驚いた。パソコンがずらりと並んで看護師さんが黙々とキーを叩いていた。病院もすっかりOA化されたものだ。
家内が入院していた7年以上前のナースステーションでは膨大な記録を残すためなんだろうか数人の看護婦さん(たしか当時はそう呼んでいた)がいつも黙々と何かを書いている姿が印象に残っている。


未来の病院は
以下は私の勝手な想像であるが、未来の病院ではさらに極端になり、おそらく患者に直接手当てすることがなくなるのではないだろうか。
患者は病院に入ると治療用の着衣に着替えさせられる。この着衣には内面に各種 センサーが組み込まれている。必要に応じて体内にもセンサーと発信機を備えたマイクロチップが注入される。 治療用着衣と体内に注入されたチップから、データが送られてくる。現在のようにすぐ血圧計で腕を締め付けられることもなくなるだろう。看護師は次々に運ばれてくる患者にマイクロチップを注入し着衣を替えて治療室へ送りこむ。
医師はたちどころに患者の状態を正しい数値として把握し診断を下すことができる、一度も患者に接することもなく。いやそのうち医師が診断を下すこともなくなり、全てコンピュータが診断してくれるようになるかも?。
看護師も現在のように追いまくられることも少なく、どこかの病院で起きた医療事故のように心拍停止のアラーム音を30分も聞き漏らすことなんてきっとなくなるのだろう。


随録