雑味館抄 <あいさつ>
2003. 11. 13
私のホームページは定年後「毎日が日曜日」の生活の中で、大部分を占める「母の介護」と、介護の合間を縫っての 息抜きである「美術鑑賞」、「映画鑑賞」、「ウオーキング」、「たび」などで感じたことをテーマとしている。 いわば定年後の自分史になるものと思っている。
パソコンに接し、文章を作ることで自分に刺激を与え「ボケ防止」になることも期待している。
家を出た娘たちへ私の状況を知らせるメッセージでもある。
2004年の秋にはCDに書き込み保存しようと考えている。
義父と談笑する
11月4日から8日まで北九州に出かけた。今秋91歳になった義父は健在だった。
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一年に一回亡妻は帰省していた。その意思をついだわけでもないが、久々の訪問を喜んでくれた。
元気な義父は多少頑固なところもあり、ひとりで生活している。近くには義弟夫婦が住んでおり、義弟は度々通って食料・日用品などの世話をしている。 市内に住む義兄夫婦も物理的な距離、精神的な距離を気にかけて見守っている。
今回の目的の一つは義父との歓談のほかに近くの史跡を歩いて見ることである。
宮本武蔵、佐々木小次郎にゆかりのある小倉北区の手向山(たむけやま)と下関市の巌流島である。
訪問した翌日は午後から降雨が予想されていたので手向山に出かけた。小倉北区、庶民が食材を求める旦過市場を通り、さらに銀天街というアーケード街を抜け小倉駅前まで歩いた。バス案内所で「手向山」へのバス乗り場を教えてもらう。私と同じくらいの年齢の男性が「昔の電車通り・・・」と説明してくれた。
私にとって、今は撤去された「電車通り」は懐かしい言葉である。
20分位だろうかバスに乗り「手向山」で降り手向山公園に登る。雨が降ってきたので今日はここまでとする。
巌流島へ渡る
翌日、小倉駅から門司港までJR九州で。港から定期連絡船に乗って巌流島へ。さらに下関市・唐戸市場で海産物を求め、旧英国領事館、藤原義江記念館、 史跡春帆楼、日清講和記念館の側を通り赤間神宮へ。
安徳帝御陵、平家一門の墓、耳なし芳一など数多いの史跡を駆け巡り壇之浦の古戦場址で昔人を偲ぶ。
関門国道トンネルの人道を歩いて九州側の門司へ。和布刈神社へ詣で門司港駅までレトロ調の建物の間を歩く。
かなり疲れと満足感を感じた。
ウオーキング距離:3683km!!(2002.7.19カウント開始)
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ミュージアムに「ゲストブック」をセットしました。
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