日本が第2次世界大戦後、はじめて国産した戦車がこの61式中戦車でした。それまで、日本の陸上自衛隊では、アメリカ軍から払い下げられた旧式のM4、M24、M41といった戦車が使用されていましたが、それらは日本人の体格に合わない設計になっており、ぜひ国産の戦車が必要であるとの要望が高まっていました。61式戦車は、日本の狭軌道の線路幅に合わせた車幅にして、鉄道輸送のことを考慮するなど、日本の事情にマッチした設計になっており、戦後の兵器開発の空白をみごとにうめた傑作戦車です。ただ、実戦経験はまったくないままに、次第に後継の74式や90式に席をゆずっています。考えてみればこれは、幸せなことかもしれません。ふたたび日本の戦車が役にたつときは、平和が破られたときでもあるからです。ところで、私がこの戦車にとても愛着を感じるのは、子供の頃、東宝の「ゴジラ対モスラ」?に登場したり、純国産の戦車ということが、何となく誇らしく思えたからです。また、細部をよく見ると、なぜか、旧陸軍の97式戦車のスタイルとM47パットンのスタイルを融合させたような不思議な形態を持っています。日本ホビーKKは、自衛隊の戦車を多数模型化していますが、その中でもこの61式は私にとってとても思い出深いものです。現在でもこのボックスアートの戦車そのものが現存しており、電池をつなげば走行も可能です。しかし、この画像をよくよくながめても、なぜかこの絵であったことがまったく思い出せません。サインを見ると、例のI.Sekiguchiさんの作であることがわかります。日本ホビーKKがプラモデルメーカーから退いた直後タミヤが1/35戦車シリーズに61戦車を追加しましたがその出来映えは、日本ホビーKKをしのいでいました。しかし、この2つを並べて比較してみても、ディーテールはおとるもののその全体的なプロポーションの正確さはけしてひけをとりません。スケールがまったく同一であったためなのか、日本ホビーKKの流れがタミヤに受け継がれグレードアップされたような不思議な気持ちになった記憶があります。

(画像提供:松井康真氏)