Buster Angels

mission:1
mysthic girl
B-part


 萌の首を掴んだ化け物は、そのまま片手で彼女の小柄な体を軽々と持ち上げ、じわじわと首を絞め始めた。
 さらに余っているもう片方の手では、萌の体を傷つける。
 萌も痛みと苦しさを必死にこらえながら、彼女の首を絞めている手を外そうと抵抗はしているのだが、いかんせん非力な萌の腕ではどうにもできずにいた。
 それと同時に、爪を立てたのか、萌の首筋から血が噴き出す。
 幸いにも、頸動脈までには達していなかったが、それでも流れ出す血液の量は傷つけられた体のものとあわせると無視できない量になっていた。
「このぉ!萌を離しやがれっ!」
 由羅はすらりとした足から、怒りにまかせて鋭い蹴りを放つ。
 それに対して相手は全く避ける素振りすらも見せずに、蹴りはおそらく腰であろう部分に、確実な手応えと共に炸裂した。
 昔から鍛えていた由羅の蹴りは、本気を出せば木製のバット二、三本は軽く叩き折るほどの威力を持っていた。
 今の蹴りは反射的ではあったのだが、本気で打ったものであり、それによって由羅は化け物を屠ったと確信していた。
 しかし、異形の獣は倒れることも、萌の首を絞めている手を離すこともなく、まるでうるさい蠅を見るかのようにちらっと由羅を見るだけだった。
「そ……んな、なぜあの蹴りを受けても平気なんだ?!」
 予想外の事態に一瞬由羅は動揺したが、すぐに気を取り直して今度は突きを打ってみる。
 それでもまた結果は同じで、相手の表情には変化すら見られなかった。
 しかし、相手の気をそらせるには十分だったらしく、首の締め付けがわずかに緩くなった隙に、萌はかろうじて声を絞り出すことができた。
「由羅ちゃん……わたしに……構わず……逃げて……早……く……」
 その言葉はいつもの元気な萌と比べて、あまりにもか細く、今にも消えてしまいそうだった。
 足下からは鮮やかな赤い液体が滴り落ち、それは地面の血だまりを徐々に大きくしていった。
「そんなことできるか!萌だけをおいて逃げることなんか!!」
 由羅はそう言って、体重を乗せた重い蹴りや突きを絶え間なくたたき込み続けた。
 萌を掴んでいる手を力ずくで離すことも考えたのだが、少しでも手元が狂えば頸動脈を切り裂きかねなかったので、やろうにもできなかった。
 さすがに化け物もうっとうしく感じたのか、邪魔だと言わんばかりに萌を傷つけていた方の手で殴りかかってきた。
 その手に生えている爪は萌を見ても明らかなように鋭く尖っていた。これで切り裂かれれば、普通の人間ならば、まずしばらくは動けなくなるだろう。
 だが、由羅はそれらをことごとく紙一重で避け、逆に殴りかかってきた直後に生じた隙につけ込んで相手の脇腹に攻撃を続けていた。
 化け物の荒い体表面のために由羅の手足からは血がにじみ始めたが、由羅はそんなことを気にせずに攻撃を続けた。
 萌の惨状に比べるとかすり傷にもならなかったからだった。
 萌を助け出すことができないかもしれないということは薄々承知していた。
 だが、それこそ両手両足が使いものにならなくなるまでやめるつもりはなかった。
 それは、攻撃を続けることで萌の命の灯を少しでも長らえさえ、あるはずのない可能性に賭けていたのかもしれない。
 しかし、必死に抵抗していた萌の腕は今では力無くだらり垂れ下がり、足下には大きな血だまりが形成されていた。
 萌の命の灯は今まさに消えつつあり、化け物は萌の右腕を引っ張り、その腕に喰らいつこうと、その口を大きく開けた。
「くっ、あたしの力じゃあ萌を助けられないのか?」
 蹴りを入れながらもその行為を見つめ、悔しそうに唇を噛みしめる由羅だったが、それまで努力は無駄にはならなかった。
 救いの手は意外にも由羅の背後からさしのべられた。
「そこの人、どきなさい!!」
 背後から凛として響いてきた女性の声には有無をいわせない響きがあり、由羅は頭の中では疑問を持ちながらも、体は反射的に動いていた。
 すると、さっきまで彼女がいたところに一陣の風が走り、化け物にそれが達したかと思う間もなく、今まで由羅の猛攻に平然として耐えていたそれを易々と切り裂き、化け物は萌を離してその場に崩れ落ちた。
 そしてその体は細かい粉となっていっていた。
 とさっ。
 軽い音と共に萌も地面に崩れ落ち、一瞬だけ動いた後は動くことがなかった。
「な……何だ?今のは……」
 由羅は、先程声をかけてきた背後の人物が気にはなった。
 だが、それよりも先に、血だまりに沈んで、ピクリとも動かない萌の容態の方が気になり、彼女に駆け寄った。
「萌、大丈夫か!?」
 由羅から呼びかけられた萌は、とりあえず今は生きているようだった。
 かすかに胸が上下し、呼吸はしているものの意識は全くなく、外傷も多かった。
 特に首筋からの出血が特に多く、これが致命的だったのか顔色も蒼白になって、うつろな瞳はもはや何も映してはいなかった。
 それはあまり医学的知識を持ち合わせていない由羅が診てさえも、萌は瀕死の重傷であり、このまま生命活動を停止してしまうのも時間の問題だった。
「萌、どうしたんだよ。目を開けろよ。死んだら許さないからな」
 由羅は半分錯乱しながら、無駄だとは分かりつつも、首の出血を止めようと自分の着ていたシャツを破って、傷口をふさごうと必死に応急処置を施した。
 救急車を呼びに一番近くの公衆電話まで走って行こうとすると、不意に彼女のすぐ後から声がした。
「大丈夫、死ぬことはないわ。私に任せればね」
 あわてて振り返ってみると、そこには闇に溶け込んでしまいそうなほど深く艶やかで、長い黒髪を持った女性が、さもずっと前からそこにいたかの様にたたずんでいた。
 由羅はその声から、彼女が先ほど由羅によけるように言った女性と言うことに気がついた。
 そして、周りには彼女以外誰もいないということから、彼女がとどめを刺したのだろうということが推測された。
「あんた誰だ!?」
 街灯に照らし出されたその女性は、美しくも妖しげな雰囲気を持っていたが、少なくとも悪意はないようだった。
「その事はちょっと後回しにしてくれないかしら?この子の怪我をまずどうにかしないと……あなたにとってこの子は大切な友達なんでしょ?」
「ああ……そうだ」
 普段なら突っかかる由羅だったが、このときは不思議と、彼女自身も信じられないほど素直にその女性の言うことに従った。
 その女性は倒れている萌のそばに座ると、傷の具合を見て少し顔をしかめたが、その酷さを確認した上で、萌の首筋の所に手をかざすと、かすかな声で何かをつぶやき始めた。が、とうてい由羅には理解不可能な言葉だった。
「La Anirma …… Lems …… Hrwart……」
 それをすぐ横から心配そうに見ていた由羅は我が目を疑った。
 ふいに彼女の手と、萌との空間が緑に光りだし、その光に照らし出された萌の傷が見る間に治っていった。
 同じようにして体の他の部分も治療して、顔にも赤みがさしてきた。
 傷がほとんど治ったあとに手をさっと振ると、光は闇に溶けるかのようにして消え失せてしまった。
 そして大きく深呼吸をすると、その女性は由羅に向き直った。
「これでだいたい傷は治ったみたいだから、ほおっておいても一週間もしないうちに完治するわ。こんな傷じゃあ病院に行っても怪しまれるだけだし、警察に被害届を出そうにも犯人があれじゃあね」
 そう言って、彼女は化け物だったものをちらりと見た。
「あ、ありがとう。だけど、さっきのはいったい何なんだ!?」
「魔法……と言っても普通だったら信用してもらえるわけないでしょうね」
「まあ、この科学世界で魔法なんて非科学的な代物を信じろっていうのは無理な話じゃないのか?」
 常識的な答えを返す由羅に、その女性は頷きながらも、楽しそうに答えを返した。
「だけど、あなたは今その信じられないものを見たわけよね」
「ああ……今となっては信じるしかないな。瀕死だった萌を触ってもいないのにあそこまで回復させるなんて」
「あれは生体が本来持っている再生能力を加速させただけなんだけどね。だけどあの子も運が良かったわね。もし私がいなかったら確実に死んでいたわよ」
 女性の言葉は確かに的を射ていた。もし彼女がいなかったら萌はもうこの世にはいなかったかもしれないのだから。いや、確実に萌は死んでいたであろう。
「そうだな。それはあたしも同意するよ。だけど、本当に萌は助かったのか?」
「それは保証するわ。もう少ししたら意識も戻るはずだから、私はこの辺でね。それじゃあね、由羅。萌を頼むわね」
「!!……おいっ!何であたし達の名前を!……」
 呼び止めようとする由羅だったが、女性は足早にそのまま立ち去ってしまった。
 追いかけていきたいところではあったのだが、いかんせん萌を置いていくことはさすがにできそうになかった。
 その場に残ったのは一人呆然とする由羅と、いまだに意識が戻らない萌、そして、半分ほどが灰になった化け物だけだった。



 由羅の視界から消えたあたりで先程の女性は、体中を走る激痛に耐えきれずにうずくまった。そして手で押さえた口元からは鮮血がしたたり落ちていた。
 それは、重傷の萌を治すのに無理をして、自分の限界以上の力を使った事による副作用によるものだった。
 由羅の前では気力でどうにか我慢していたのだが、それももう限界に達していた。
 彼女は痛みで叫び声を上げて、由羅に聞かれてしまうことがないように、ただそれだけに注意を払っていた。
 痛みが幾分引いてきた頃、さっき起こったことについて思慮を巡らせた。
「うっ……くっ……ハアハア……ひゃー、危ない危ない。思わず二人の名前を言っちゃった。……だけど、たぶん私が誰かはばれてないでしょ……。だけど、由羅にも素質があるとは思わなかったわ……。それに……」

 そんな独り言も聞こえるはずがなく、由羅は周囲の状況を一通り見た後に、今では規則正しく胸が上下している萌の方へと寄っていった。
「どうするんだよ。これ……」
 化け物の死体を見ながら由羅が悪態をついていると、ようやく萌の意識が戻った。
 しかし、自分の置かれた状態がすぐには理解できずに混乱しているようだった。
「う、ううん……あ、あれ?わたし何でこんな道の真ん中で寝ているんだろう……?」
 萌は起きあがろうと手をついたが、滑ってしまった。その手を見ると、赤く濁った液体が手にべっとりと付着していた。
「なにこれー!? 気持ち悪ーい!」
「あ、萌、意識が戻ったのか?よかった……本当に……」
 由羅は死の淵から生還した萌に心から喜んだ。しかし、それとは対照的に事情が全く飲み込めていない萌は、キョトンとしたままだった。
「ゆ、由羅ちゃん、どうしたっていうの?それに、これは何なの?」
「それはあんた自身の血だよ。覚えてないのか?さっきのこと」
「えっ?……じゃあ、あれは夢なんかじゃなかったの?……だけど、わたし痛いところはあまりないわよ」
「それはだなぁ……」
 由羅は萌にこれまでの経緯を、自分が理解した範囲で極力分かりやすく説明した。
 しかし、その内容はあまりにも現実からかけ離れていて、すぐには信じられない様子だった。
「そ、それって本当のことなの?」
「ああ、このことで冗談を言っても仕方がないからな。それに、今、萌がこうして立っていられるのはその人のおかげなんだからな。もしいなかったら、お前は今頃ご先祖様とご対面していたかもしれないんだぞ」
「そ、そうね。でも、その人はどこにいるの?」
「萌の意識が戻る少し前にどこかにいっちまった」
「そう……お礼を言いたかったのに……」
「まあ、またいつか何処かで会うかもしれないから、その時に言えばいいんじゃないのか?あたし達のことを知っているみたいだったし」
 残念そうな萌に、由羅は励まそうとしたがその内容は少しちぐはぐなものだった。
「その人に見覚えはなかったの?」
「顔じゃないが、声になんだか聞き覚えがあったような気がするんだけど……思い出せないなあ」
「そう……あっ、そういえば、わたしを襲った奴はどうなったの?」
 由羅は何も言わず、親指で背後を指さすと、そこにあるのは3分の2ほどが灰になって、あとは上半身を残すだけとなった化け物だったものがあった。
「わたしはこんなのに殺されかけていた訳なの?…………ちょ、ちょっと由羅ちゃん、これを見て!!」
 萌が指さした先には、一匹の犬が何事もなかったかのように歩いていた。
 萌が驚いたのは、その犬が化け物の体をまるでそこには何も存在しないかのように通り抜けていったことだった。
「どういう事なの?……分かる?由羅ちゃん」
「あたしに聞かれても分かるわけないだろ」
「まあ、そりゃそうね。分かるといったらどうしようかと思っちゃったけど」
「そう言えば、傷の具合は本当にいいのか?」
 由羅はさっきから萌の傷が気になっていた。いくら傷が治ったとは言われても、こう血まみれではいまいち説得力に欠けるものがあったからだ。
「本当は少し痛むけどね。でも、あの時の痛みに比べたらかすり傷みたいなものだから、大丈夫よ。……由羅ちゃん、わざわざ心配してくれてありがとう」
「どういたしまして……さあて、とっととこんな場所から立ち去るか」
「そうね。下手に警察沙汰になっても困るからね」
「そうだな。幸い、こいつもほおっておきゃ消えてしまうしな」
 加害者である化け物を見る由羅。
「まあ、こっちの血痕の方は……見なかったことにするか」
「そうするしかないわね」
 そう言っていた頃、ようやく萌は由羅の手足が血まみれになっていることに気がついた。
「って、由羅ちゃん、どうしたの? その怪我は。まさかわたしを助けるために……」
「いいんだって、こんなの萌に比べたらかすり傷にもならないからな」
「だめじゃないの、きちんと手当をしなきゃ」
「ああ、帰ったらきちんと自分で手当をするよ。っとその前に、萌、お前ひょっとしてそんな血だらけのぼろぼろの服で帰るつもりじゃないだろうな?」
 由羅の言うとおりで、萌の着ていた服は首まわりの布地は完全に破かれて、肩が露出し、他の所もぼろぼろで、始めは白い服だったものが、今では全体が赤黒く染まっていた。
「えっ?でも……いまは着替えを持っているわけないから、このまま帰るしかないじゃないの」
「それはまあ……そうだな。それなら、あたしんちによってシャワーでも浴びていくか?萌の所は風呂を今から沸かさなきゃならないだろ?」
「ごめん。使わせてもらうね」
 そこまで言って、萌はふと何かを思いだしたようだった。
「あ〜!くまさんのぬいぐるみは?」
 さすがにそれには由羅も脱力したが、周りを見回してみると、少し血液が付着している大きな紙袋が転がっていた。
 萌が中身を確認してみる。
 袋の方は少々破れてはいたが、中のぬいぐるみについては大丈夫のようだった。
「よかったな。汚れていなくて」
「うん!それじゃあ、他の人に見つからないうちに行きましょうよ」
「ああ、そうしよう」
 そう言うと由羅も投げ捨てた荷物を手にし、二人は現場を後にして一路由羅のアパートへと向かった。



TO BE CONTINUED



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