2時間目の休み時間。
 さっきは結局、志保のくだらないうわさ話に付き合
わされて、ドリンクを買えなかった。
 …ったく、あいつは、放っておくといつまでも喋り
続けやがるからなあ。
 …っとに、しょーがねーヤツだ。
 ――がこんっ。
 自販機でいつものカフェオレを買った。


 教室へ戻る途中、カフェオレのストローを口に当て
ながら階段を上っていると…、
「――っとっとっと」
 よろよろと、危なかしげな足どりで、階段を上って
いる女生徒を見掛けた。
 重たそうな段ボール箱をふたつ重ねて持っていて、
足もとがよく見えないのか、つま先で一歩ずつ確認し
ながら、ゆっくりと階段を上っている。

 …なんか、危なっかしいなあ。
 そう思った矢先、
 ――カクンッ!
「あっ!」
 女生徒は、まるで見計らったように足をつまづかせ、
体勢を崩した。
「あっ、あわっ、あわわわわわっ…」
 ふらふらと体を動かし、必死にバランスを取ろうと
する女生徒も、最後はやっぱりこらえきれず、背中か
ら落下した。

「うわわわわわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…」
 大きく両手を回しながら落下してくる女生徒。
 オレはダッシュで駆け寄った。
「わわわわわわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜…」
「よっと!」
 ぽすっ!!

 ごとんごとん、ごとんごとん、ごとんごとん。
 段ボール箱がふたつ、重たい音をさせながら階段を
転がり落ちていく。
 女生徒は…なんとか無事、オレが両手で受け止めて
いた。
「ふう…」
 取りあえずはセーフ…と。
 何となく、こうなるような予感がして、あらかじめ
注意を払っていたのが幸いした。

 そうでもなきゃ、そうそう都合よく、
「――あわわわわ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 こんないいタイミングで、
「――落ちるぅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 受け止められるわけが、
「――もう駄目ぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 …って、おい。
「いつまで落ちてんだよ」
「…えっ……あっ、あれ?」
 オレの腕の中で、両手で顔を隠していた女生徒が、
大きな目をパチパチッと瞬かせた。

 きょとんとした表情で顔を上げる。
 すぐ目の前にあるオレの顔を『………』と3秒ほど
見つめると、
「はわわわっ!」
 慌てて、オレから飛び退いた。

「すっ、すすすすすすすみませーーーーーーんっ!」
 開口一番、女生徒はどもりながら謝った。
「わっ、わっ、わたしったらホントにドジで、いつも
いつも、失敗ばっかりしちゃって、そのうえ、こんな
人様にご迷惑まで――」
「まあ、まあ、少し落ち着けよ」
 オレが言うと、女生徒は、
「はっ、はいっ」
 と、うなずいて、ごくんと息を飲み込んだ。
「……」
「どうだ? 落ち着いたか?」

「は、はい」
 女生徒はコクッとうなずいた。
「ま、とにかく、怪我がなくてよかったじゃねーか。
運良くオレがいて助かったな」
「は、はいっ、どうもありがとうございましたっ!」
 ぺこっ。

「…あれっ?」
 深く頭を下げた女生徒を見て、気が付いた。
「あんたの、その耳んところ…」
「えっ?」
 見ると、そのコの耳には、金属製の白い大きな飾り
のようなものがついていた。
 長く伸びたヘッドホンという感じで、頭の後ろまで
突き出ている。

「それって…なに?」
「あっ、これですか? いちおーはセンサーになって
るんです」
 女生徒は、にっこり微笑んで答えた。
「…セ、センサ〜?」
「はい。でも本当は、人間の方と見間違われないため
に付けられてるそうです」
「人間と見間違われないため…?」
 そこまで聞いて、ようやく話が見えた。
 耳にセンサーがあって、しかも人間じゃないなんて
いったら…。

「もしかして、いま、うちの学校でテスト中の来栖川
の新型ロボットってのは…」
「はい。わたしのことだと思います」
 女生徒は、にっこり笑ってそう言った。
「すみません、自己紹介がまだでした。わたし、この
たび、みなさんと一緒にお勉強させていただくことに
なりました、汎用アンドロイドの『HMX−12型』
といいます。残り1週間という短い期間ですが、どう
かよろしくお願いします」
 そう言うと、そのコは深々と頭を下げた。

 そうか、やっぱりこのコがそうなのか。
「HM…なんだって?」
「HMX−12型です。それがテストナンバーです。
もし、呼びにくいようでしたら、簡単に『マルチ』と
お呼びください」
「マルチ?」
「はい。開発者の方々からはそう呼ばれてるんです。
なんでもゆくゆくは、発売後のわたしの商品名になる
らしいです」
 ロボットは屈託のない笑顔でそう言った。

「あのー、もしよろしければ、そちらのお名前も教え
ていただけませんでしょうか?」
「え? オレの?」
「はい」
「二年B組、藤田浩之」
「浩之さんですかー。素敵なお名前ですねー」
「そ〜か?」
「はい、素敵です」

 …うーむ。
 マルチって、メイドロボのくせにお世辞も言ったり
できんのか。
 さすがは新型。
 まあ、相手に名前を訊ねたら、その後で、必ずそう
返すようにプログラムされてるのかもな。

「ふーん…」
 オレはマジマジとマルチを観察した。
「……」
「へえ…」
「……」
「ほお…」
「…あ、あの、なにか?」

「いや、さすがは最新型だなーと思ってさ。ホント、
よくできてるぜ。全然人間と見分けがつかねーな」
「そう言ってもらえると嬉しいです。現在の技術の粋
を集め、可能な限り人間に近いロボットを作ろう…と
いうのが、わたしの開発コンセプトらしいですから」
「ふ〜ん、なるほどね。うん、たしかに人間っぽい」
「ありがとうございます!」
「はあ〜…、技術の進歩ってやつはすごいねぇ」
 オレは、しみじみと感嘆の息を漏らした。

 ここ最近のメイドロボは、ぱっと見た程度じゃ人間
と見分けのつかないものが増えている。
 実際オレも、メイドロボを人間と間違えてしまった
恥ずかしい経験がある。
 だが、その中でも、このマルチは、飛び抜けて人間
に近い。
 喋り方もスムーズだし、表情だって自然だ。
 これまでのメイドロボに感じられた人形っぽい部分
などまったく見当たらない。
 あの耳の飾り(センサーだっけ)がなきゃ、本当に
人間と区別がつかないぜ。

 …もしかして、メイドロボだといいつつも、じつは
普通の女のコが飾りを付けてるだけなんじゃないか。
 そんなふうに疑ってしまいたくなるほどだ。
 なるほど、最新型か。

「でも、階段から転げ落ちたりするなんて、結構ドジ
な最新型だな、お前は」
 ちょっとからかい口調でそう言うと、マルチは苦笑
を浮かべた。
「…はい、そうなんです。わたし、最新型のくせに、
なぜか失敗が多くて…。せっかくいろいろと高性能に
作ってもらっているのに、これじゃ、開発者の方々に
申し訳ないです」
 だが、マルチはそこで落ち込まず、
「ですが、そのぶん一生懸命頑張って、駄目なところ
は努力で補いたいと思います」
 にっこり微笑んでそう言った。
 うーむ、前向きに挑むロボットだな。

「あっ!」
 そのとき、突然マルチが大きな声を上げた。
「どーした?」
「そういえばわたし、お仕事の途中でした! その箱
をコピー室まで持っていかないと!」
 そう言うとマルチは、床に転がった段ボール箱の前
に行き、うんしょっ、と持ち上げた。
 どさっともう1個の箱に重ねて、2個をいっぺんに
持とうとする。

「う〜んっヾ
 歯を食いしばって力を入れるマルチ。
 その肩を、オレはポンと叩いた。
「なんでしょう?」
「…ほらっ、どきな」
「えっ?」
「こんなのいっぺんに運ぼうなんて、また、さっきの
二の舞だぜ? よいしょっと」
 そう言って、オレは重ねた2個の段ボール箱を持ち
上げた。
「あっ…」

 B4のコピー用紙が詰まった箱だった。
 2箱同時となると、男のオレでもさすがにちょっと
きつい。
「コピー室だったな?」
「そ、そんな、悪いです。わたしがやります。人間の
方が、ロボットの手伝いをするなんておかしいです」
「だけど、マルチは女のコだろ? 困ってる女のコを
助けるのは、男なら当然だぜ」
「え?」
「さ、行こうか」
「あっ、浩之さんっ!」


 ちょっと重かったが、オレはコピー室まで荷物を運
んでやった。
「…あの、本当にありがとうございました。あぶない
ところを助けていただいたばかりか、荷物まで運んで
いただいて…」
「ははは、いいって、いいって、このぐらい」
 まあ、正直ちょっと腕が疲れたけどな。
「これじゃ立場が逆ですね。わたしは人間のみなさん
のお役に立つために作られたロボットなのに…」

「ま、ロボットっていっても、やっぱり得手不得手が
あるもんだ。マルチは女の子のロボットなんだから、
力仕事は向いてないんだろ、きっと。そのぶん得意な
ことでみんなの役に立ちゃーいいんだよ。得意なこと
は何なんだ?」
「得意じゃないですけど、お掃除は大好きです!」
「そうか。だったら、そういうので頑張ったらいいん
じゃないのか?」
「あ、はいっ、そうですね!」
 マルチはにっこり微笑んでうなずいた。

 キーンコーンカーンコーン…。
 そのとき、授業開始のチャイムが鳴った。
「おっ、授業が始まりやがった。じゃあな、マルチ。
またな!」
「はいっ、浩之さん。またお会いしましょう!」
 オレは手を振ってマルチと別れた。
 なんか、変なロボットだな。


 放課後

一気に掃除