3時間目の休み時間。
 渡り廊下で、マルチを見掛けた。

「犬さん、犬さん、こんにちは!」
「わんっ」
「今日もいい天気ですね」
「わんっ」
「ひなたぼっこはお好きですか?」
「わんっ」
「そうですかぁ」
「わん、わんっ」
「うーん、ご一緒したいのはやまやまですが、わたし
は授業があるからダメなんです」
「わんっ」

 …イ、イヌと喋ってる。
 まさか、ホントに言葉が通じてる…わきゃねーか。
 雰囲気で考えを読み取れるのかも知れねーな。
 しかし、イヌに敬語なんか使いやがって…。
 でも、機械で出来たマルチにすりゃ、人間もイヌも、
自分とは違う『生き物』なんだし、明確な差のような
ものはないのかもしれねーな。

「もうすぐ、お昼ですね」
「わんっ」
「お腹は空きましたか?」
「わんっ」
「そうですかぁ。うらやましいです。わたしはご飯が
食べれないので、お腹も空かないんですよー」
「わん、わんっ」
「お腹が空くって、どんな気分ですか?」
「わんっ」
「知りたいですー」
「わんっ」

「あっ、そうだ。今朝バスの中で席をかわってあげた
おばあさんにクッキーをもらったんですよー。わたし
は食べれないので、犬さんにあげます。どうぞ!」
「わんっ」
 がつがつ。
「おいしいですか?」
「わんっ」
「そうですかぁ。よかったです」
 がつがつ。
「……」
「わんっ」

「すみません。もうないんですよー」
「わんっ」
「そんなに、おいしかったですか?」
「わんっ」
「そうですかー。じゃあ、今度また何かいただいたら、
持ってきますね」
「わんっ」
「……」
「……」

「…ねえ、犬さん」
「わんっ」
「おいしいって、どういう気持ちですか?」
「……」
「わたし、犬さんがうらやましいですー」
「わん、わんっ」

 おいしいがわからない…か。
「……」
 ロボットって、どんな気持ちなんだ?
 オレたち人間のことを、どう思っているんだ?
「……」
 アホらし。
 ロボットなんて、プログラムされたとおりに動いて
るんだから、気持ちもなにもないだろう。
 第一、心なんて…。
「……」
 マルチには…あるような気がする…。

「そういえばですね、犬さん」
「わんっ」
「おーい、マルチー」
「?」
 声に気付き、マルチはこっちを振り返った。
「わんっ」
 と同時に、イヌがオレの足もとに駆け寄ってくる。
「あっ、浩之さん! こんにちはー」
「よおっ、今日も元気そうだな」
「はいっ! 元気ですっ」

 その後、チャイムが鳴る1分前まで、オレはマルチ
となにげないお喋りをした。
 マルチはいつも通り、明るく素直で前向きなとても
いいヤツだった。


 放課後

マルチのスペック