昼休み。
 オレは図書室へとやってきた。
 学校中で、この場所ほど昼寝に適した場所はない。
 静かだし、空調もしっかりしてるし、空いてる椅子
もいっぱいある。
 その椅子を横に並べて寝るのだ。
 休み時間は、まだ40分もある。
 さーて、それじゃ、寝ますか。
 …と、人の寄りつかない奥の方へと移動したとき。


「なんだ、マルチじゃねーか」
 そこには、椅子に座ったマルチがいた。
 机に置かれたノートパソコン。
 そのマウスを握ったまま、目を閉じて動かない。
 居眠りしてんのか…?
「……」
 いや、居眠り…なんてするわけはねーか、ロボット
だもんな。
 この場合、メインの電源が落ちてるといったほうが
適当だな。
 うん。

 液晶のモニターを見ると、
『充電中です。電源を切らないでください』
 と、いうメッセージが表示されていた。
 充電中?
 画面上には進行状況を表示する横棒が伸びていて、
現在は64%になっていた。
 あっ、ちょっと進んで、67%になった。
「……」

 ふーん、そうか。
 マルチのヤツ、昼休みはこんなとこに来て、充電し
てやがんのか。
 手首が外れて、そこから伸びたトラじまのコードが
キーボードに直結してる。
 こっから電源を取ってんのかな。
 耳からもコードが伸びて、パソコンに繋がってる。
 こっちはデータ処理でもしてんのかな。
「……」

 うーん。
 しかし、こうやってみると、マルチって、ホントに
ロボットだな。
 外れた手首からモロ機械が見えてるぞ。
 普段はまるっきり人間みたいだし、ひょっとしたら
ロボットなんていうのは嘘なんじゃないかと思ってた
けど、こんな光景を見せられたんじゃ、もう疑う余地
はないな。
 おっ、画面の横棒がまたちょっと進んで、71%に
なった。
「……」

 いまのマルチの意識は、どうなってんのかな。
 やっぱ、オレたちが寝てるみたいな状態なのかな。
 夢とかは…見るわけはないか。
「おーい、マルチ」
 呼び掛けてみた。
「……」
 なんの反応もない。
「マルチ、マルチ」
「……」

「まるちぃ〜…」
 …ぺちぺち。
 ほっぺたを叩いてみた。
「……」
 反応なし。
 …きゅっ。
 つねってみた。
「……」
 反応なし。
 うーん。
 本当に寝てる…いや、電源が切れてる。

 それにしても、ロボットのくせに、あったかいし、
ほっぺたも柔らかい。
 …むにむに。
 ホントによくできてるなー。
 ほっぺたをつねりながら思った。
「……」
 そのとき、オレの中に眠っていた『知的好奇心』が
ふつふつと騒ぎだした。
 よし。
 マルチの肌に使われている素材を研究しよう。

 まずは触感から。
 …むにむに。
 ほっぺが柔らかなのは確認した。
 では。
 …さわさわ。
 太股も、柔らかで、すべすべで、あったかい。
 よし、まずは合格。
 さすが限りなく人間に近いロボットだ。

 では、唇はどうだ?
 …ぷりぷり。
 むぅ…。
 柔らかく、弾力もあり、ほっぺたとはまた違う素材
を使ってある。
 製作者のこだわりを感じる逸品だ。
 ならば胸、ムネはどうか?
 見た目には、マルチは幼児体型で、ムネはなさそう
だが、そこにはやはり、製作者のこだわりが隠されて
いるのかも知れぬ。
 その作者の熱意を調査してみるとしよう。

 では、指先で軽く押して…。
 …ぷにっ。
 約3センチへこんだ。
 むむぅ、柔らかい。
「……」
 これはまた、よくできておるわ。
 まさに、製作者の熱意を感じる仕上がりだ。
 これほどまでにこだわって作ってあるとは、もはや
誰かに触ってもらうのを想定して設計されてるとしか
思えぬ。
「……」

 よし。
 ならば、その製作者の思惑通り、みすみすこのオレ
がハマってやろうではないか。
 今度は両手の手のひらで、包み込むように…。
 ぴとっ。
「さらに…」
 ふに、ふに、ふに…。
 うむ、柔らかい。
 小ぶりだが、じつに柔らかいぞ。


 ふに、ふに、ふに、ふに、ふに…。
「うーむ、よくできておるわ」
「…あ、あのぉ、なにを?」
「うむ、こんにちのロボット工学の進歩というものに
ついてだな…、――えっ!?」
 いつの間に目を開けたのか、オレとマルチは、正面
から向き合っていた。
「……」
 きょとんとした顔のマルチは、ゆっくりと、視線を
オレの顔から自分の胸もとへと下ろしていく。

 そして、しっかりと鷲づかみされた自分のふたつの
ムネを見て、
「………」
 3秒間のフリーズ。
 そして、
 ――ばっ!
「浩之さんっ!」
 叫びながら飛び退いた。
 引き抜かれた各種コードが、ぱらりと床に落ちた。

「…………」
「や、やあマルチ」
「…………」
「い、いや、べつにやらしい気持ちで触ってたんじゃ
ないんだ」
「…………」
「ちょ、ちょっと、身体に使われてる素材とかが気に
なってさあ」
「…………」
「いやー、お前の身体って、じつによくできてるな」
「…………」
「うん、たしかに限りなく人間に近いぞ。体中の至る
ところから製作者のこだわりが感じられるぜ」
「…………」

「あの、マルチ?」
「…………」
「えっと、マルチさん?」
「…………」
「ねえ、まるちぃ〜」
「…………」
「おらあっ、マルチってばよぉーーーッ!」
「…………」
「お、おい、マルチ?」

 ぷしゅーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!
「げっ!」
 マルチの体から、勢いよく白い蒸気が吹き出した。
 かと思うと。
 ふらっ。
 マルチは大きく傾いて、床に倒れた。
 ドタンッ!
「まっ、まるちぃぃぃぃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!」


 オレは倒れたマルチに駆け寄って、その肩を抱え起
こした。
「マルチ、マルチっ!」
 ぺちぺちっ!
 熱い。
 ロボットなのに、ほっぺたが熱く火照ってるぞ。
「マルチ、マルチっ! しっかりしろっ!」
 ガクガクッ!
 ぺちぺちっ!
 肩を揺らしながら、頬を叩いた。

「マルチ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!」






「なんだよ、マルチぃ、びっくりさせるなよ〜」
「……」
「オーバーヒートでもしたのか〜?」
「……」
「心配したんだぜ?」
「……」
「どうした、マルチ? まだどっか調子悪いのか?」
「い、いえ…」
「そっか、なら、いいけどよ…」
「……」

「それよりさ、マルチ。ちょっと訊きたいことがある
んだけど」
「はい、なにか?」
「さっきの充電中って、マルチにすりゃ、いうなれば
眠ってたみたいなもんなんだろ?」
「はい、そうです。眠りながら、体の機能をチェック
してるんです」

「そこで質問なんだけどさ、マルチたちロボットって
『夢』とか見んの?」
「え? 夢…ですか?」
「そう、夢。寝てるときに見る変な映像」
 ロボットは、果たして夢を見るのか、見ないのか。
 普通に考えたら、当然見ないよな。
 夢を見るための脳がないんだから。

「見ますよ、夢」
 だが、マルチはあっさりとそう答えた。
「え? ロボットなのに?」
「はい、ロボットでも夢は見ますよ」
 マルチは笑顔でうなずいた。
「体は眠っても、わたしの頭にあるCPUは眠らずに
働いているんです。記憶の整理をしたりとか、いくつ
かあるCPUが、それぞれ交互に休みながらチェック
し合ったりしてるんです。ですから、そのときに夢を
見るんです」

「ほう。じゃ、マルチはいつもどんな夢を見るんだ?
やっぱり電気羊がとんだり跳ねたりする夢?」
「うーん。いろいろです。とくに新しく経験したこと
はよく夢で見ます。頭の中で、記憶を整理し直してる
からです」
「たとえば、さっきはどんな夢を見てたんだ?」
「さっきはですねぇ…」
「さっきは?」
「……」
「早く、教えろよ」
「や、やっぱり内緒ですっ」
「なんだよ、それーーー」


 放課後

マルチを驚かす