「なあ、雅史」
「ん、なに? 浩之」
「今日は屋上で食うか」
「うん。いいね」
 その日、オレと雅史は、屋上で飯を食うことにした。


 屋上に来ると、眩しいくらいの太陽が、オレたちを
迎えてくれる。
「いい天気だね」
「ああ。たまには、おてんと様の下で食ってやろーぜ。
いつもの購買パンも、ちっとはマシになるかも知れねー
だろ?」
「そうだね」
 雅史はにっこりと、うなずいた。

 カサカサ…。
「いっただきま〜す」
 パンの包みを破り、中味を口にしようとした瞬間…。

「あっ、いたいた…。Say! ヒロユキ〜!」
 オレを呼ぶ声がした。
 声の方を振り向くと、レミィが駆けてくるところだっ
た。
「ハアィ!」
 そう言って、軽く右手を上げるレミィ。

「はあぃ!」
「こんにちは」
 彼女のアメリカ式挨拶に、オレたちはそれぞれの挨
拶で応えた。
「わざわざ訪ねてきて、なんかオレたちに用か?」
「今日はね、ヒロユキたちとランチしにきたの」
「ランチ? レミィって確か、学食派だったろ?」
「いいの。今日はそういう気分なのヨ」
 とか言って、レミィはオレの隣に腰を下ろした。
 ちゃっかり――オレたちに合わせたのかは知らない
が――パンも用意している。

「オレたちと食ったって、購買パンは所詮、購買パン
だぜ?」
 …その購買パンを少しでも美味くしようと、屋上に
上がったオレたちだけどな。
「そーなの? ニッポンのパン、おいしいわヨ」
「アメリカって、パンまでマズイのか? オレ、アメ
リカじゃ、なに食っても口に合いそうにねえな…」
「No problem。大丈夫よ。和食のレストラ
ン、たくさんあるから」
「和食レストランがないと生活できねえなんて、オレっ
てつくづく日本人だよな」

「それでも、アメリカに住めるネ」
 なんだか嬉しそうにレミィは言う。
 さらに続けて、
「ヒロユキはアタシの料理、きっと気に入るわヨ」
 とか言った。
「なんだそれ? オレ、レミィの手料理、食う約束し
たっけ?」
「ショーライの話ヨ」

「将来? 先のことなんて、分かんねーよ」
 レミィは時々、オレに気のあるような、そぶりを見
せるけど、その辺はオレの都合のいい勘違いかもしれ
ない。
「What a shame…」
 がっかりしたふうの、レミィが呟いた言葉は、オレ
には解らなかった。
「取りあえず食おうぜ。せっかくの昼休みがもったい
ないしな」

「いただきま〜す」
 オレたちは、それぞれ、買ってきたパンを口にした。
 モグモグ…。
 味は…、残念ながらいつもと同じだった。
「美味いか? レミィ」
「うん。トッテモ!」
「なんか羨ましいよな…。そーゆーの」
「ヒロユキの、おいしくないの?」
「別に…。良くも悪くも、食い飽きた味」
「フーン…」
 そんなやり取りの最中、オレは雅史がミョーなこと
をしているのに気がついた。

 サンドイッチのレタスを指でつまんで、じっと見つ
めている…。
 ついでに薄笑いなんかも浮かべてるあたりが、不気
味だといえば不気味だ。
「なあ雅史。そのレタス、どーかしたのか?」
 雅史はちょっと驚いて、
「あ…別に、なんでもないよ。これをハムスターたち
に食べさせたら、喜ぶだろうなって思ってたんだ」
 と苦笑混じりに言った。
「そーいや、お前――」

「マサシ、ハムスター飼ってるの?」
 レミィが身を乗り出すように訊いた。
「う、うん。そうなんだ」
 意外な人物の、意外な反応に、雅史も少し驚いた様
子だった。
「アタシと同じだなんて…マサシ、良い趣味してるヨ」
「レミィもハムスター、飼ってるの?」
「YES! …マサシの、どんなハムスター?」
「僕は、ジャンガリアンが二匹だよ」
 ジャンガリアンってのは、小さくて可愛い種類のハ
ムスターだ。
 何度か雅史んちで、見せてもらったことがある。

「チッチッチ、まだまだねマサシ。ハムスターはゴー
ルデンが一番ネ!」
 ゴールデンハムスターって、最もポピュラーな種類
だ。
 雅史のジャンガリアンと比べると、倍近く大きいは
ず…だったよな。
「そうかもしれないね…。取りあえず、僕は今の子た
ちが好きだから、それでいいよ」
「次はゴールデンにしようね、マサシ」
「うん…。次だなんて考えたくないけど、参考にさせ
てもらうよ」

 オレは咳払いをひとつ、
「しかし、レミィがハムスターを飼ってるなんて、意
外だよな」
 ちょっと強引に会話に割り込んでみる。
「ヒロユキも、どお?」
「オレ? 悪くないけどな…。考えとくよ」
 とか言いつつ、オレは引いてしまった。
 放し飼いにでもできるならともかく、カゴとか必要
なものを揃えるだけで、けっこーな金額になりそうだ
からな。

 それにしても、レミィがハムスターねえ…。
 ちょっと想像してみたくなってくるぜ。
「なあレミィ、お前んちのハムスターの名前、なんて
んだ?」
「え? 聞きたい?」
「ぜひ、聞きたいねぇ」
「じゃあ、教えてあげる」
「うんうん」

「アタシの大事な家族は『ジョニー』ヨ」
「じょ、じょにぃ…?」
 オレと雅史は、思わず顔を見合わせた。
 …ハムスターの、ジョニー?

「ぷぷぷ…。ハムスターにジョニーだってよ!」
 そして、オレはつい、吹き出してしまった。
 犬ならともかく、ハムスターに『ジョニー』なんて、
カッコよすぎる…。
「アハハッ! そんなにオカシーかな?」
 レミィまでつられて笑い出した。
「…いや、おかしくねえよ。いかにも、ぷぷ…アメリ
カ人らしくて…その、グッドだせ」


 その日の昼飯は、レミィの意外な一面を知ることが
できて、楽しかった。
 後で考えると、購買パンも旨かったように思えるか
ら不思議だ。


 放課後

マルチを驚かす