その日の帰り、オレはゲーセンに寄って、ぶらぶら
と暇を潰した。
 適当に遊んだし、小銭も使い果たしたので、店内を
出ると、おもて向かいにあるバス停で、見知った顔を
見掛けた。
 特徴的な耳の飾り。
 高校生とは思えない、ちびっこい体。
 マルチだ。

「お〜い、マルチ〜っ」
「?」
 声に気付いて、マルチは振り返った。
「あっ、浩之さん!」
 オレの顔を確認すると、にっこりと笑顔を浮かべ、
小走りに駆け寄ってきた。
 オレも軽い駆け足で近付き、ちょうど中間の地点で
落ち合った。

「よおっ、なにやってんだ、こんなところで?」
「はい、バスを待ってました」
「バス? マルチはバス通なのか?」
「はい、ここから出るバスは、来栖川電工の研究所に
直通してるんです」
「じゃあ、マルチはいつも研究所に帰ってるわけか」
「はい、第7研究開発室HM開発課が、わたしのお家
なんです」
「…ふ〜ん」

 そのとき、
「ん?」
 マルチの横にもうひとり、見慣れない顔がいること
に気が付いた。
「あれ? このコは?」
 隣の女子高の制服を着ているその女のコは、見ると、
マルチと同じように、耳に大きな飾りがついていた。
 …ということは、まさかこのコも。
「あっ、この方はですね」

「――HMX13型、通称セリオです。よろしくお願
いします」
 セリオと名乗った彼女は、そう言うと、ゆっくりと
ていねいにおじぎした。
 間違いない、マルチと同じメイドロボだ。
「マルチの友だちか?」
 オレが訊くと、
「はい。…というか、わたしとは、お互い姉妹みたい
な関係です」
 と、マルチは答えた。

「寺女(てらじょ)の制服着てるけど…」
「セリオさんは、西大寺女子学院のほうでテスト通学
してらっしゃるんです」
「へぇ〜、あの有名なお嬢様校で?」
「はい、優秀なセリオさんには、イメージもピッタリ
だと思います」
「へえ、マルチの他にも、こうやってテストで学校に
通ってるメイドロボがいるんだな」
「はい。なんでも学校は、総合的な社会への適応能力
の試験場として、最も適した場所…らしいです」
「まあ、それは解らなくもないな」

「開発の方々は、いろんな人と話をして、いろんな人
の役に立ってこいって、おっしゃいました。学校なら
大勢の人が、いろいろとテストしてくれるからだそう
です」
「なるほどな」
「で、今回は、わたしと、同時開発されたセリオさん
が学校へ通っているわけです」
「同時開発? ああ、それで姉妹ってわけか」
「はい。でも、同時に開発されたとは思えないくらい、
彼女のほうがすごいんですよ」

「なにがどうすごいんだ?」
「はいっ、なんといっても、セリオさんの最大の特徴
は、人工衛星から――ええっと…」
「――人工衛星からサテライトサービスを受けること
ができます」
 セリオが自分で言った。
「…なんだそれは?」
「――来栖川の巨大データベースから、衛星を介して
データを受け取り、それをメモリに記憶するサービス
のことです」
「それがあると、なにがすごいんだ?」

「衛星からデータを受け取ることで、セリオさんは、
あっという間にいろいろな職業のプロフェッショナル
になれるんです」
 と、マルチは言った。
「――たとえば、ユーザーの方から、食べたい料理の
リクエストがあれば、すぐにそれを検索し、人工衛星
を介して、その作り方のデータを受け取ります。そう
すると、一流店に劣らないお味で、その料理をお作り
することができます」
「ほほう」

「――来栖川のデータベースには、料理の項目だけで
も、世界120カ国、約80000種類に及ぶお料理
のデータが登録されています」
「だから、セリオさんがお家にいれば、レストランに
行かなくてすむんですよー」
「そりゃすげーな」
「その他にも、たとえば、お勉強のデータを受け取る
と、超一流の家庭教師にもなっちゃうし、お買いもの
を任せても、最短ルートで必要な物をそろえちゃうん
です」
「はあ、そりゃすげ〜な。なんかこれまで発売された
メイドロボたちの立場がねーじゃねーか」

「…そうなんです。…セリオさんに比べると、わたし
なんか、何もできなくて。――お料理もあんまり得意
じゃないし、お使いに出ても迷子になっちゃうし…。
セリオさんは、駅から電話して、開発の方に迎えに来
てもらったりなんかしませんよね?」
 マルチが落ち込むと、セリオがポンポンとその肩を
叩いた。
「……」
 うーん、ロボット同士に芽生えた友情か。

「セリオさんは、今年の春のロボットショーで、最も
注目されたロボットなんです」
「へえ…。そんなすごいロボットとマルチが、なんで
同時にテストされてるんだ?」
「はい。わたしとセリオさんの、どちらか優秀な方が
来年のメイン商品になるそうです」
「じゃあ、マルチとセリオはライバル同士なのか?」

「ライバルというよりも、お友だちです。でも、開発
の上ではそうなのかもしれません」
「友達であり、ライバルでもあるか…。なかなかいい
関係じゃねえか」
「でも、どう考えたって、セリオさんの方が優秀です
よね。わたしなんか…」

「いやぁ、マルチだって十分よく出来てると思うぜ。
近所の春木さん家にいるメイドロボなんてさ、すげー
初期のころのヤツで、ハコにタイヤがついたみたいな
デザインで、ありゃひどいもんだぜ」
「どういう方なんですか?」
「そいつ、足がなくてタイヤだから、家の敷居とかも
まともに越えられねーんだ。それが原因で、春木さん
によく叱られるんだよ。そしたら、ヘンなところだけ
良く出来ててさ、ちゃんと謝るんだ。ハコが」
「礼儀正しい方ですね」

「そいつさ、謝るのはいいんだけど、声なんかまんま
録音再生って感じでさ、『オハヨウゴザイマス』とか
『カシコマリマシタ』とかって喋るんだ。だから謝る
ときも『モウシワケゴザイマセン』って言うんだよ。
毎回同じ敷居を越えられなくて。もう春木さんの怒る
こと怒ること。毎日、ガンガン蹴るんだよ、ボディー
をさ」
「…か、かわいそう」

「そしたら自己防衛機能が働いて『ヤメテクダサイ』
とかいうんだよ。それがまたムカつくらしくて、ガン
ガン蹴るわけだ」
「ひ、ひどいです」
「蹴る度に、また『ヤメテクダサイ』だ。そしたら、
ムカついてまた蹴る。また『ヤメテクダサイ』。もう
キリがねえ」
「…あうぅヾ

「でもそいつ、頑丈さだけは超一流で、今じゃボディ
もボッコボコだけど、まだ元気に働いてるぜ。捨てよ
うにも、買うときに組んだ800万円のローンがまだ
残ってるそうだから、捨てるのもムカつくんだとさ。
あれに比べりゃ、マルチも超高性能だぜ」
「…ううっ、…わたし、もっと頑張ります。一生懸命
努力しますから、…乱暴に扱わないでくださいぃ…」
「…マ、マルチ?」
 いつの間にやら、マルチはぼろぼろと涙をこぼし、
ひっくひっくと泣いていた。






 ほどなくバスが来て、ふたりはそれに乗って研究所
へと帰っていった。
 最新型のロボットふたりが仲良く帰る姿は、なんと
なく微笑ましいものがある。
 それにしてもあのふたりって、まるっきり優等生と
おちこぼれって感じだよな。
「ぷぷぷ…」
 …でも、やっぱりマルチのほうが、セリオより全然
人間っぽい感じがするな。
 あいつはそういう意味で最新型なのかもしれねーな。


 夜

漫画も読書