最後だし、オレはマルチを見送ってやることにした。
 オレはマルチを手伝って、掃除用具を片付けた。
「なあ、マルチ」
「はい」
「これから帰るんだろ?」
「…はい」
「よし。だったら、一緒に帰ろうぜ?」
「えっ?」
「送るぜ、バス停まで」
「あっ、はいっ!」


「――お世話になりましたっ」
 マルチはそう言って、校舎に向かってぺこんと礼を
した。
 土曜日の校舎は、普段よりも早く人気が引き、遅く
まで掃除していたオレとマルチ以外はもう、グランド
や体育館にいる部活の生徒ぐらいしかいない。
「…短い間でしたけど、とってもとっても楽しかった
です。この学校で過ごした8日間のことを、わたしは
一生忘れません」


 ちょっと遅い…もしくは、ずいぶん早い卒業式。
 卒業生は、あそこにいるマルチひとりだ。
「……」
 感慨深そうに、じっと校舎を見つめるマルチの背中
を見ていると、なんだか少し、可哀相に思えた。
 ロボットだけど、マルチには、オレたちとなんら変
わらない心がある。
 さっきからずっと、微笑みを絶やさないでいるが、
その表情は、やっぱりどこか寂しげだ。
 このままずっと学校にいられればいいのに。

 たたたっ…。
「すみません。お待たせしましたっ」
 走り寄ってきたマルチが言った。
「もう、いいのか?」
「はい。しっかりとメモリーに焼き付けましたから」
 マルチは明るい笑顔で答えた。
 この明るい笑顔とも今日でお別れか…。


 穏やかな午後の陽射し、オレとマルチは並んで坂道
を下って歩いた。
 いかにも春っぽい風が、ふたりの髪を揺らしながら
通り過ぎた。
 道の途中、オレが楽しい話を振ると、マルチは笑顔
で応えながらも、まだ目の中に残った涙をこすってい
た。


 少し足を遅らせ気味に歩いたが、それでもやっぱり
目的地には着いてしまう。
「またここで、セリオってヤツと待ち合わせか?」
「はい」
 オレが訊くと、マルチはうなずいて答えた。
「じゃあ、ここでお別れだな」
「…浩之さん」

「マルチ、元気でやれよ」
 オレが言うと、マルチは、
「はい」
 と、明るくうなずいた。
「浩之さんもお元気で。お体にお気をつけて」
「ああ」
 オレが微笑むと、マルチはぽろっと涙をこぼした。

 マルチは、このオレが見えなくなるまで、元気に手
を振り続けてくれた。


 終わり(バッドエンド)

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