「マルチ」
「えっ!?」
 オレはマルチに駆け寄ると、その細い体を背中から
ぎゅっと強く抱き締めた。
「まだ帰るな。…もう少し、…もう少しだけ、オレと
一緒にいようぜ」
「…ひ、浩之さん」
「これがもう最後のお別れなんて、唐突すぎて、全然
実感がわかねーぜ。このまま別れちまったら、オレ、
多分、ものすごく後悔すると思う」
「……」

「…ずっと一緒にって、…本当はそう言いたいところ
だけど、そいつはムリな注文だって解ってる。だから、
もう少し、もう少しだけでいい。帰る時間を、別れる
までの時間を延ばせねーか?」
 オレは抱き締めた腕に、さらに力を加えた。
 土壇場でこんなことを言い出して、マルチを困らせ
てしまうのは解っていた。
 だけど、このまま永遠にお別れだなんて、あまりに
切なすぎる。

「駄目だっつっても帰さねーぞ」
 オレはマルチの頭を抱いた。
「…あっ」
「たとえ、マルチを困らせようと、それで後々面倒な
ことが起こるとしても、構やしない。少しでも一緒に
いられるんなら、オレはそっちを選ぶぞ」
 ぎゅ…。
「…ひ、浩之さん」
「マルチ…」

 ピンポーン。
 ピンポーン。
 ふたりを急かすチャイムの音。
 そんな中、まるで時が止まったように、オレはマル
チを抱き締めた。
 柔らかい肌の感触。
 温かな体温。
 息づかい。
 人間の女のコとなんら変わりはない。
 とてもロボットだとは思えない。

「…浩之さん」
 しばらくして、マルチは言った。
「…わかりました。もう少しお側にいます」
「ホ、ホントか!?」
「…はい」
 オレが両手を解くと、マルチはこっちを向いた。
「…研究所の方にお願いしてみます。大好きな人と、
もう少し一緒にいさせてくださいと」
「マルチ…」

 ピンポーン。
 ピンポーン。
 騒がしく鳴るチャイムの音。
「…じゃ、じゃあ、運ちゃんのほうにも謝って帰って
もらわねーとな」
「はい」
 マルチは笑顔でうなずいた。


 

二人の夜