それから、ふたりでオレの部屋へとやってきた。
「…明日の朝までお時間をいただきました。わたしの
電池が切れちゃうぎりぎりの時間まで、浩之さんのお
側にいます」
「…マルチ」
 そして、マルチはにっこり微笑んで
「じゃあ、朝までなにをいたしましょうか? お掃除
の続きでも…」
 と言った。

「ばーか」
 オレは苦笑する。
「せっかくの貴重な時間を、そんなことに費やしてど
うすんだよ?」
「…え、じゃあ」
「ずっと…近くいようぜ、朝まで。少しでも、マルチ
のことを覚えておきたいんだ」
「…ひ、浩之さん。は、はいっ。じゃあ、今夜は、ずっ
とお近くにいさせてくださいっ!」

 それから、いろいろと話をした。
 マルチを作ってくれたスタッフの話や、研究所での
生活の様子などを聞いた。
 説明下手だが、一生懸命に語るマルチの話を聞くう
ちに、マルチが開発チームのスタッフ全員に愛されて
いることがよくわかった。
 このマルチの優しい性格は、そんなスタッフたちの
たっぷりの愛情の中で育ったおかげなんだと知った。

「…わたし、開発課のみなさんには、とても感謝して
るんです。あの方々が、お休みもとらずに頑張ってく
ださったおかげで、いまのわたしがあるんですから。
あの方々が頑張ってくださったから、わたしはこうし
て、浩之さんにも出会うことができたんです」
「マルチにとっちゃ、生みの親も同然だからな。そう
だな、感謝しなくちゃな」
「はい」
 マルチはにっこりと笑ってうなずいた。

「開発スタッフの方々も、学校で知り合ったみなさん
も、バスの中で知り合ったおばあさんも、…そして、
浩之さんも、わたし、人間のみなさんが大好きです。
人間のみなさんに喜んでいただくのが大好きです」
「…そうか」
「わたしのこの気持ち、これから生まれてくる妹たち
にも伝えたい。みんな、同じように、人間のみなさん
を大好きになって欲しいです」
「…マルチ」
「わたしのかわりに、人間のみなさんに感謝の気持ち
を伝えて欲しいと思ってます」

「……マルチは優しいな」
 オレは微笑んでから、顔を伏せた。
 少し泣けた。
 同時に、マルチのことを本当にいとおしく思った。

「マルチ」
 オレは、にっこり微笑んで顔を上げた。
「はい?」
「この数日間、本当にご苦労さん」
 ぽんっと頭に手を置いて言った。
「…あっ」
「そのご褒美といっちゃなんだけど、しばらくの間、
オレ、お前の言うこと、なんでもきいてやるぞ」
「そ、そんな悪いです…」
「好きな人のためになにかしたいって気持ち、マルチ
を見てると、オレもよく解った」
「……」

「ホレ、なんでも言ってみな。…肩揉みでもなんでも
するぜ?」
 オレが言うと、マルチは少し考えてから、やがて、
恥ずかしそうに視線を向けた。
 そして、
「…あのぉ、じゃ、じゃあ…」
 小声で言った。
「おう、言ってみ、言ってみ」

「…だ、抱っこしてほしいです」
「抱っこか? よしっ」
 オレはマルチをぐいっと抱き寄せた。
「ははは、マルチは本当に甘えん坊だな」
「…………」
「よしよし…」
 オレはマルチの背中をポンポンと叩いた。

「これでいーか?」
「…はい」
「じゃあ、次は?」
「…え?」
「まだ、なにかないか? なんでもいいぜ」
「え、あ、じゃあ…」
「じゃあ?」
「…な、なでなでしてください」
「オッケー。おやすい御用だ」


 なでなでなで…。
「よしよし、いーこいーこ」
「…あっ…」


「これでいーか?」
「…はい」
「じゃあ、次は?」
「…え、ええっと、もっとなでなでしてください」
「うん、わかった」
 オレは笑顔でうなずいた。


「よしよしよしよし」
 なでなでなでなでなでなでなでなでなでなで…。
「…………」


「これでいーか?」
「…はい」
「次は?」
「…えっ、え、ええっと、も、もっともっとなでなで
してください」


「いーこいーこいーこいーこ」
 なでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでな
でなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでなでな
でなでなでなでなでなでなで…。
「…………」


「これでいーか?」
「…はい」
「次は?」
「…えっ、えっと、えっと…」
 多分このままじゃ、ずっとこれの繰り返しだな。
「…なあ、もっと、いいことしてやろうか?」
 オレは微笑んで言った。
「え?」
「なでなでよりも、もっと、気持ちのいいこと…」
「えっ」
「こういうの…」
 オレは、マルチを引き寄せ胸に抱くと、さわさわと
胸を触った。

「あっ!」
 マルチは驚いて離れる。
「…ひ、浩之さん!?」
「…こういうの気持ちよくないか? 人間の女のコは
気持ちいいんだぜ?」
「…あ」
 マルチは赤い顔で俯いた。
「マルチは気持ちよくないのか?」
 オレは訊ねた。
 すると、マルチは…、

「…き、気持ち…いいです」
 ぽそっと小さな声で答えた。
「ロボットでも気持ちいいのか?」
 マルチは、恥ずかしそうに、こくっとうなずいた。
「そっか…」
 オレは嬉しくなる。
「じゃあ、もっとしてやろうか?」
「…えっ?」
「…もっと、マルチを気持ちよくさせてやろうか?」
「……」

「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」

 しばらく見つめ合った後、マルチはもう一度こくっ
とうなずくと、
「…は、はい、してください…」
 そう言った。


 

続き