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-> ラオス旅日記
'97年,ちょっと早いゴールデンウィーク.4月26日,土曜日.
12時20分発のエア・インディア:AIのチェックインカウンターでフライトは2時間遅れと言われた.しかし空港で4時間待っても結局飛ばなかった.それ以前にバンコクから,折り返しの飛行機が来てなかった.
またストでもやってるのだろうか?
結局バンコク行きの乗客は,16時発のエジプト航空に振り替えになった.インド行きの人たちも,その日の別の便になったようだ.
ゴールデンウィークなのに他の便にも結構空席があったらしい.
バンコクに着いて,AIの帰国便のリコンファームをした.
ドンムアン空港のAIオフィスに行き,リコンファームしてくれと言うと,インド人職員は露骨に嫌な顔をしたが,21時をまわっていたにも関わらずリコンファームしてくれた.これは奇跡だと思った.両替を終えて空港を出たら,もう21時半だった.
初めは北バスターミナルから,夜行バスでチェンマイかチェンライに行こうと思っていたが,もうこの時間では夜行バスの最終便の発車にも間にあわないだろう.そこで考え直して,夜行列車でとりあえずチェンマイに行こうと思った.空港を出てすぐ目の前のドンムアン駅で寝台のチケットが取れるか聞いてみたら,運良く2等寝台のチケットがとれた.
目的地が決まればあとは列車を待つだけだ.ドンムアン駅のホームでタイの有名ビール"SINGHA"を飲みながら列車を待った.ところが列車が来ない.ビールの酔いもさめ,今度はタイウイスキー「メコン」を飲みながら待った.列車は2時間も遅れてきた.
タイの2等寝台は快適だ.シーツもあるし毛布もあるし,なんとカーテンまである.でも,寝台料がいつも泊まるような安宿より高く,200B:バーツ(1B=5円)以上もするってのはちょっと高い気がする.
2日目,列車のチェンマイ着は3時間遅れた.出発が2時間遅れたぶんを途中で挽回するのかと淡い期待をしたが,さらに1時間遅れた.
おかげでチェンマイは見れずじまいだった.飛行機が遅れ,列車が遅れ,なんか遅れまくりの旅の序盤だ.
チェンマイから速攻でバスに乗り継いで,チェンライに着いたのが夜7時過ぎ.明朝のチェンコン行きのバスのチケットを買って,町を
ぶらぶら歩いてみたが,雨が降ってきたのですぐ宿に帰った. 結局,移動しただけでこの日は終わった.
3日目,朝6時のバスで,国境の町,チェンコンに向かった.
チェンコンには午前10時頃に着き,さっそく旅行代理店でラオスビザの申請した.1600B(8000円)で即日交付だ.代理店ではパスポートのコピーをとり,それをFAXでラオスに送る.ラオス側でビザの確認がとれたら代理店に電話がくる.その後,旅行者はメコン河を渡し舟で渡るとラオスのイミグレでビザをもらえるというシステムだ.ビザを取るためパスポートを預ける必要がなく安全.これでバンコクで取るより安くて早い.16時にはメコン河を渡ってラオス入りできる.
ビザがもらえる時間まで町歩きをした.名所を見るというより,ぶらぶら町を歩くのが楽しい.だいいちこの町には,名所という名所はない.町をひと通り歩いてから,メコン河と対岸のラオスが見える河沿いのレストランでゆっくりと時間を過ごした.
夕方,ビザを申請した旅行代理店のバイクでイミグレまで送ってもらい,出国スタンプをもらって,渡し船で対岸のラオス,フェサイに渡った.タイのイミグレはほとんど掘っ建て小屋といった印象.ラオスのそれも大差ない.国境には緊張感もなかった. タイバーツをラオスキップに両替(1B=40K)したあと,近くのホテル(Manirath Hotel)に入った. あいにくシングルの部屋は満室.ツインは150B(750円)でちょいと高い.値段交渉していると,渡し船で一緒だったフランス人が入ってきた.彼も一人旅のようなので,一緒に部屋をシェアしないかと尋ねたら 「おまえは学生か?」と聞かれた.そのときハッとした.1泊750円の宿泊費を高いと感じてしまう感覚,フリーの旅行者と何の疑いもなく相部屋にする感覚,まだ学生時代の貧乏旅行気分が抜けていないのだった.
でも貧乏な気分は旅を面白くするし,無理に高い部屋に泊まる必要はない.
結局,そのフランス人と2人で150Bの部屋をシェアした.
4日目,朝9時頃,メコンを下るスピードボートでラオス第2の町,ルアンパバンへ向かう.乗客は6人.その中で外国人は自分だけだった.ほんとはスローボート(普通の船)で行きたかったけど,ルアンパバンまで2日かかるからあきらめた. 昨夜,一緒に泊まったフランス人はこの日,スローボートでやはりルアンパバンに行くと言っていた.
スピードボートは,ほとんど水面をはねている感じ.体感速度80Km/h.たまにこの船が転覆して旅行者が死亡するという事故が起こるらしい.そこで外国人はヘルメット・ライフジャケットの着用が義務付けられているということだが,すべての船にそれらが常備されているわけではなかった.
初めの2時間は気分爽快だったが,それ以降は疲れて,早く着かないかなと思った.時々,無人の砂岸にボートを止めて休憩タイムがあるからまだ助かった.
ルアンパバンに着く直前にスコールになって,岸に寄せていた船にボートを横付けして雨宿りとなった.スピードボートは屋根がないから,こんな時はつらい.
ラオスは県を移動すると,パスポートにスタンプ押してもらわないといけないのだが,ルアンパバンに着いたときには,もう,イミグレが閉まっていてその日はスタンプもらえなかった.
さっきのスコールが嘘のように,メコンの夕日がきれいだった.
ルアンパバンではプーシーの近くのPhoun Sab Guest Houseに宿をとった. シングルはやはり満室だったが,7000Kのツインの部屋を5000K(630円)に負けてもらった. 共同シャワーにはお湯も出るから満足だった.ルアンパバンの夜はとても静かだった.
メコンを眺めながら,ラオスNo.1ビール,ビアラオ"Beerlao"できめようと,河沿いの屋台風のレストランに入った.串焼き肉を5本頼んで席に着こうとすると,3人組の地元民がこっちに来いと手招きしている.彼らは飲みかけのグラスを差し出して,それにビアラオをいっぱいに注いだ.すごく楽しそうな雰囲気だったので,私は彼らのテーブルに着くと,差し出されたビールをぐびぐび飲んだ.すごく冷えていて最高にうまい.4人で4リッター飲んだ.自分でも1リッターおごったら,自分が頼んだ串焼き肉の代金を代わりに払ってくれた.
彼らはイミグレ役人の親子とその友人の3人組だった.2人は河沿いのイミグレ,もう一人は空港で働いているという.若い一人だけが英語を話した.
一人がチャリで,私が泊まっているGHまで送ってくれた.すっごく気持ちよくなって,シャワーを浴びてからすぐに寝てしまった.5日目,朝一番でイミグレに行くと,昨日の3人組みの一人がいて,ポンとスタンプをくれた.イミグレで働いているという彼等の話は嘘ではなかった.
その後,ラオス航空オフィスにヴィエンチャン行きのチケットを買いに行った.
「明日,ヴィエンチャンに行きたいんだけど」
「朝の便と昼とあるけど,どっちがいい?」
「昼ので頼む」
最も危惧していた,ルアンパバン→ヴィエンチャンのチケットは思ったよりもあっけなく取れた.値段は米ドル払いで$46.でも時間があれば,悪名高いラオスのトラックバスにも乗りたかったのだが...
これでもう何も気にすることが無くなった.このあとヴィエンチャン→バンコクのチケットも心配だったが,そこは陸路で渡れる国境だ.
チケットがとれなければ橋を渡ってタイのノンカイに行き,夜行バスを探せばバンコクには楽に戻れる.このときまた気付いたが,私の旅のスタイルはやはり学生時代とは変わった.バスで行ける近距離の移動で気軽に飛行機に乗るようになった.でもこれは仕方がない.
今ではお金より時間の方が貴重なのだから...
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ルアンパバンの休日を楽しんだ.GHでチャリを借りて,走った.この町はチャリで回るのにちょうどいい大きさだ.寺院を巡り,市場をひやかし,メコンを眺めて過ごした.すごくのんびりしている町だ.
80以上の寺院が立ち並ぶ雰囲気で言えば,日本の京都にあたるラオスの古都.たまに外国人観光客の姿を見かける.立派なホテルも所々に建っている.これから観光に力を入れようとしている様子がうかがえた.
6日目,朝はラオス名物フランスパンのサンドウィッチ(フランス統治時代の置き土産)をかじりながら,町を歩いた.最後にメコンを見て,この町ともお別れだ.トゥクトゥクで空港に向かう.空港は小さいがとてもきれいだ.建て替えたばかりなのかな? 滑走路では子供たちが遊んでいる.空港のイミグレには,先日一緒にビールを飲んだ3人組のうちの一人がいた.しかも見た感じ一番偉そう.しかし,みんな制服着てるのに,そのおっちゃんはなんと赤いポロシャツ姿.試しに手を振ったらおっちゃんも気づいてくれて,部下らしき役人に何か言った.
するとその役人は,100K払わないと押してくれないスタンプを,ニコニコしながら押してくれた.その後,空港税500Kも払わずに,さらに手荷物のX線検査も,ボディチェックも免除された.こんな事が許されてしまうのだ.
ヴィエンチャン行きの飛行機は双発のプロペラ機,旧ソ連製アントノフAn24.48人乗りでほぼ満席.小型機に乗るのは,実は最近,ちょっとした楽しみにしている.海外じゃないとこんな飛行機なかなか乗れないし,飛行高度が低いから地上の景色がよく見えるのだ.でも離陸したら,天井から水がぽたぽた落ちてきて,白い煙(水蒸気)が立ちこめたのには驚いた.
そわそわと不安げな乗客と,妙に冷静なスチワーデスのコントラストが愉快だった.乱気流に入るとひどく揺れる.ガクンと高度が下がるときはまさに落ちるような感覚だ.空から見るラオスの景色は山また山,ごくたまに未舗装の道が,遙か延々と伸びているのが見える.とても山がちな国土だ.
町らしいものは見えなかった.バス旅は相当ハードだろう.コンディションの悪い車体も道路も.でも時間があれば乗りたかった.
ヴィエンチャンは確かに都市の雰囲気があるが,相変わらずのどかだと思った.高い建物があまりない.せいぜい10階建てぐらいの
ホテルがあるくらいだ.まずメコンを見に行った.河幅が,ルアンパバンとは比べものにならないほど広くなっていて,対岸のタイが遠い.国境に架かる橋:Frendship Bridgeは,ここからでは見えない.
ラオス航空オフィスに行って,翌日のバンコク行きのチケットを取った.やはり米ドルで$105だった.これでもう,飛行機乗り継いで帰るだけになってしまった.近くのホテルにレンタサイクルがあったので,またチャリを借りた.でも寺院は,ルアンパバンの方がよっぽど雰囲気出てるし,町には賑やかなところがない.
7日目,バンコク行きのB737は,半分もいない乗客を乗せて14時にヴィエンチャンを飛び立った.
バンコク.もわっとする熱気が肌にまとわりつく.
ドンムアンのエア・インディアオフィスに,「フライトは5時間遅れの午前5時発,チェックインカウンターは午前2時30分に開く」という貼紙があった.エア・インディアのフライトはこれで7回目だがそのうち3回はフライトキャンセル,今回は5時間の遅れだ.
これだからAIは面白い.荷物を空港の一時預かり所に預け,街に繰り出そうと路線バスに飛び乗ったのだが,バスは相変わらずひどい渋滞に巻き込まれ,さっきからほとんど動いていない...
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