☆12月のnono☆

〜小さなうさぎと 僕のメモリー〜




この物語は2001年12月4日から ☆ひとこと☆ で掲載したシリーズの総集編です

〜その1〜
12/4
12月。。。

僕には、この季節になるとどうしても去来する想い出があります。 その想い出の中には懐かしい人々が一緒に住んでいて、それは儚く終わってしまった恋愛と 同じようで 相手がいることですから軽々しく口に出来ないものだったりします。 でも 僕にとって大切なあの季節の想い出に、僕個人が向き合う為に  駄文を書かせて欲しいと思います。こんなちっぽけな ホームページですもの かまいませんよね?

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子供の頃に夢中になった遊びというのは忘れられるモノでは無いようです。僕らが子供の頃、 既にTVゲームが市場で権利を獲得していましたし、その懐かしい想い出の中でもTVゲームが大きい ウエートを占めてらっしゃる方達も、結構このサイトをご覧頂いているのではないでしょうか?

ですが、『遊び』というキーワードで 僕自身が忘れられない心像風景としましては 野球がありました。学校のクラブ活動として本格的に、なんてものではなくて、そう あの頃どこの家の男の子も グローブと軟式ボールは持っていて、集まれば二人からでも野球をやったというくらいの感じで。

今以上に野球に詳しかったわけでも無く、プロ野球の選手の名前さえ知らない。勿論 将来プロに なってやるなんて夢さえ持たず、ただみんなと面白可笑しく遊んだもの 野球。僕は確かにその中にありました。

学校から帰ったら鞄を放り投げて、グローブとボールを抱えて近くの空き地へ向かいます。気の合う仲間達と 待ち合わせ、もしくは申し合わさなくても ソコへ行けば野球小僧が集まっているんです。 みんなでワイワイ言いながら走り回ります。生傷も絶えないけど、独学でへたくそ、ルールもメチャクチャ なんだけどみんな楽しんでました。

夕方も5時、6時、となるにつれて、人の影が少なくなって行きます。おうちではもう晩ご飯。 遅くなって呼びに来た友達のお母さんの「もう遅いから帰りなさい。おウチの人が心配するから」 の一声で僕らのチームは解散になります。

僕は両親が働いていましたが 自営業だったので帰ればそこにいてくれます。でも、一人で家にいても 詰まらないので 秘かに秘密特訓をするわけです。別に友達がいなくても、家の近くのマンションの壁に ぶつければボールは跳ね返ってきて、一人でキャッチボールが出来ます。夕焼けの中一人黙々と 印を付けた壁に向かってピッチングを繰り返します。そのうちワザと、様々な角度でボールを 壁に投げつける。するとボールはノックをされているかの如く不規則に飛び跳ねて、あたかも 守備練習をしているようです。

夢中になって一人ボールと戯れていると辺りは段々暗くなって、終いにはボールが見えなく なってしまいます。毎回 見失ったボールを取り損ねて自分の身体に当ててしまって 「痛っ!」ってなったところで 僕もボールが見えないほど辺りが暗くなった事を知り、 しかたなく諦めてウチに帰るのですが、その日はちょっと違いました。

「痛いっ!」

そう僕が言って胸を押さえたと同時に、

「クスッ!」

という笑い声が聞こえたのです 暗闇から。見るとほんの車2台分くらい僕の後で、小さい女の子が しゃがみ込んで笑っていました。それはケタケタと小刻みに震えて・・・

「な、なんだよぅ?」

ボールを獲れなかったばっかりか、そのボールを自分に当てて痛がっていた事、そしてそれを笑われた事が とっても恥ずかしくて、小さな声で それでも思い切り強がって口を尖らせ 彼女に言葉を返しました。 もうひとつ、もっと恥ずかしかったのは、ソコに彼女がいた事を全然知らずに ひとりキャッチボールを していた事でした。

〜ずっと見られていたのかな?〜

「お兄ちゃんヘタクソねぇ」

この辺じゃあ見たことも無い、どうみても僕より年下であろう女の子に 笑いながらそう言い返されて、 僕はただボーっと彼女の事を見ているしかありませんでした。ピンクと赤、それぞれ丸い飾りが付いた二つの髪留めで、 髪の毛を右と左、二つにピョンと束ねてる。その束ねた二つは、西の空にこっそり表れた三日月の様な弧を描いて 揺れていました。まるで「遊びたい」とキラキラ輝いている 彼女の笑顔のように・・・・・


〜その2〜
12/11
「お兄ちゃんヘタクソねぇ」

そう言われて気づいた彼女の存在。「いつからそこにいたんだろう・・・」という疑問と共に、 いつから見られていたんだろうという疑問 恥ずかしさに一瞬で包み込まれてしまった 僕は、思考を停止して 彼女の存在をしっかり把握する事にのみ神経を集中させた。 僕が抱いた『恥ずかしさ』から逃れる為だったのかもしれない。

「何やってるの?もう暗くなってきたから帰らないとダメじゃないか。キミ何年生?」

僕は年上ぶって彼女にそう訪ねた。だって彼女は、絶対僕より学年が下だもの。そう確信できる程、 ちっこくて、それで・・・とっても可愛い子だった。そう思いたくはなかったけれど・・・

「お兄ちゃんを見てたんだよ」

そう言われた。僕は見られていた事を忘れたくて、意識したくなくて彼女に質問したのに、また思い出して しまった。また、恥ずかしくなってしまう・・・そう思った。でも不思議と恥ずかしくならなかった。 何て言うのか・・・「お兄ちゃんを見てた」なんて当たり前の、僕からすれば的ハズレな答えをされて、 それでもその言い方が全然普通で、なんだか「しょうがないなぁ」なんて、彼女の本当のお兄さん になったみたいに思ったんだ。彼女の言葉が、僕をそういう気持ちにしてくれたんだ。僕は質問を変えた。

「もう遅いから帰らないとダメでしょ?」

あんまり質問の内容は 変わってなかったけど・・・

「私はまだ大丈夫なの。お兄ちゃんはもう帰っちゃうの?」

「もうボールも見えないし、キャッチボール出来ないから・・・」

「いいよ。私は一人でいるから お兄ちゃん帰っても」

そんな事を言う。。。僕は別に帰らなくったって大丈夫。遅くなったって後でちょっと怒られる だけで済むし、そんなの毎日の事だ。僕は言った

「しょうがないから、もうちょっといてあげるよ。アッチにいこう!」

嬉しかった。どうせ家に帰ったってひとりぼっちだし、普通は女の子の方がちゃんと早い時間に家に帰る ものなのに、彼女はまだいいって言うし。

マンションの敷地には一面に芝生が植えられていて、僕たち子供は そこでボール遊びやバドミントン、缶けりや 隠れんぼ、なんでもして遊んだ。その敷地の隅に、申し訳程度に鉄棒と2台のブランコが置いてある。 僕らはそのブランコに、ひとりずつ乗った。と言うより座った。

小学校も高学年になると、駅を挟んで反対側に住む遠くの友達の家とかまで遊びに行く事が多くなるから、 家の近くのここで遊ぶ事も少なくなる。でも、僕はいつも最後は一人ここで遊んだ。学校が休みの日曜日だって 最初はここから僕の遊びは スタートする。だからこの辺に住む他の学年の子たちの事も良く知っている。でも彼女はホント、初めて 見た子だった。

天気が良くて、風も無いとはいえ12月の事 空気はとっても冷たい。あんなに綺麗だった夕焼けは、 何時の間にか点いた ちっぽけな街灯の明るさにも負けちゃうくらい 辺りは暗闇に包まれている。 そんな中ひとりぼっちでいた小っちゃな女の子。僕はなんだか彼女が可哀想な気持ちになって、 僕がなんとかしてあげなければって勝手に思っていた。僕もひとりぼっちなんだけれども。

「真っ暗になっちゃったね」

「寒くないの?」

言いながら、「なんて大人びた言葉だろう」と僕は思った。だって僕自身、今日はそんなに寒くない もの。それに彼女は 内側がふわふわの綿で覆われたフード付きの ベージュ色のコートを着ていたし、見るからに 暖かそうだった。ほんとに寒かったらそのフードも被ってただろうし・・・。 ピンク地に、手の甲に白いトナカイの模様がある 毛糸の手袋の右と左は、やっぱり毛糸で 繋がっていて、彼女の右と左に束ねた髪とおんなじ左右対称、ペアだった。

「大丈夫。このコート暖かいんだよ。ポケットがついてるからここに手を入れるともっと 暖かいんだぁ。ほらほらお兄ちゃん」

そう言って彼女は自分のブランコを僕の方に寄せると、僕の手を取り自分のコートのポケットに 導き入れた。僕は突然の事でビックリしたけど、なんだか意識してるみたいで それを悟られるのが嫌で、 彼女のするがままにまかせていた。

「ほんとだ あったかい」

「そうでしょう〜」

彼女はケタケタ笑った。その笑顔がとても嬉しい。そしてその笑顔のお陰でとっても彼女が 身近に感じられた。僕は聞いた

「ねぇねぇ、キミ何年なの?」

「3年だよ。お兄ちゃんは?」

「6年だよ」

「すごーい。じゃあ私のお兄ちゃんになってよ」

何が凄いのだろう。大体さっきからずっと勝手に「お兄ちゃん」って呼んでるクセに、今更 お兄ちゃんになってなんて・・・でも僕は嬉しい・・・のかな?

「しょうがないなぁ。じゃあ今日からお兄ちゃんになってやるよ」

「わーい。じゃあこれからずっと遊んでくれる?」

「うん。名前は・・・なんて言うの?」









「のぞみ。『のの』でいいよ!」

それが僕たち二人の、出逢いだった。


〜その3〜
12/18
「お兄ちゃんはピッチャーやってるの?」

ののは僕にそう聞いてきた。今 会ったばっかりだけど、僕はのの のクセというか、特徴を 直ぐに発見した。ののが話しをするときは必ず僕の目を見つめる。だから僕は一瞬言葉を 無くしてしまう。なんだかその目に吸い込まれそうになるんだ。それから思いっきり笑う。声じゃなくって、 顔がケタケタ笑う。だからクリッとした目が、束ねた髪とおんなじ様に三日月型になって 、吸い込まれないで済むんだ。それからケタケタ笑ってるから、束ねた右と左の髪はいつもピョンピョン 揺れている。ウサギの耳みたいに。

「ねえ お兄ちゃん?ピッチャーの練習してたんじゃないの?」

僕はピッチャーなんかやってない。野球は大好きで友達とも毎日のように野球で遊んでるけど、学校の クラブ活動でやる程上手くないし、少年野球のチームがあるらしいけど別にそこでやりたいとも思わない。 友達と楽しくやってればそれで良いと思ってた。

「別に、ピッチャーやってるわけじゃないんだ。監督とかいないし。でも、カーブとか投げられる んだぜ」

ほんとの事だった。

「すごいすごーい!」

別に僕のことはどうでもいいんだ。僕はののの事の方が気になる。なんでこんな時間にひとりで いて、まだ家に帰らなくていいっていうのか?なんで僕の前に急に表れたのか?なんで僕の・・・ 妹になってるんだろう?

「ねえのの、引っ越して来たのか?家は何処らへんなんだよ?」

「うん、引っ越して来た。家はあの道の先のアパートだよ」

「じゃあ直ぐそこじゃん。学校は?○○小?」

「うん。でも3学期から行くって」

もうあさってで二学期も終わりだった。冬休みになったら、ののと沢山遊べる。色んな所に 連れて行ってやろうと思った。僕の知ってる所 色々。でも取りあえず、無難に応えておく

「じゃあ3学期になったら朝は一緒に行ってやるよ」

「うん!」

「じゃあ今日はもう遅いから帰ろう。ののの家まで送っていくから」

「いいよ・・・」

意外だった。僕はてっきり喜んでくれるものだとばっかり思ってたから。それに、ののが僕の目を見なかった。 僕はののの眩しい位の視線に、ずっと身構えて話してたくらいで、ようやく慣れてきたのに・・・

「どうしてだよ?」

「まだ・・・帰りたくないし・・・」

ののはブランコからピョンと飛び降りると、膝を抱えてしゃがみ込んだ。白いスニーカーの、ピンクの 紐をなんとなくいじってる。僕は言った

「でも、遅くなっちゃうしさ、うちの人だって心配するだろ?・・・じゃあさ、家の前まで、ゆっくり 歩いて帰ろうよ」

「うん・・・」

観念したのか、ののは小さく頷いた。どんな事情があるのかは解らない。その理由がとても気になるけど、僕は なんだか、それを聞いちゃいけないような気がした。頷く彼女に 笑顔はなかった。

僕はののに手を差し伸べた。彼女は僕のジャンパーの肘の辺りをギュッと掴むと、そっとほっぺたを 押しあてた。僕たちはそのまま、さっきののが指さした方向へと歩いていった。

辺りはすっかり夜になっていた。車のヘッドライトと路面を転がるタイヤの音だけに包まれている。 ふたりともなんの言葉も交わさず、ののはずっとうつむき加減で・・・。こんな帰り道になる筈じゃなかった んだけどなぁ・・・

するとののの足が、2階建てのアパートの前でピタッと止まった。顔をあげ、視線はそのアパートの 上の階、一番手前のドアに向けられてる・・・。

〜ここがののの、家?〜

ガチャ!

不意にその扉が開いた

「お兄ちゃん、こっち!」

ののは力強く、でも小さな声で僕を呼びつけ、同時に僕の手をひっぱって二階に上がる階段の 裏側に隠れた。僕はのののなすがままになっていた。ののは・・・左手は僕の腕を掴んだまま、 右手は自分の胸元でギュッと堅く握られていた。白いトナカイが震えている・・・

「とにかく、今日はもう帰ってください」

女の人の声がして、その後直ぐ ドアが閉まる音がした 結構強く。僕がののに視線を移した時、 階段を人が下りてくる音がした。見ると、コートを着た男の人だった・・・。









のののトナカイは、相変わらず震えていた・・・


〜その4〜
12/24
両親の店で、僕は涙を流しながらカレーを食べていた。だって、早くののの所に遊びに行きたいのに、カレーが 熱いんだもん。お腹も空いてるのに。僕は大人じゃないんだからあんまりカレーは熱くしないでって いつも言ってるのに!熱くて辛くて、早く食べたいのにそれが出来なくって、なんだか涙が出てくる。

今日は学校が終業式だった。昨日も夕方 ののと二人で遊んで、今日も遊ぶ約束をしてる。 今日は学校が早く終わるから、お昼から、明るいうちからののと遊べることが嬉しかった。 早く、早くののに会いたい。

「いらっしゃいませー」

お店のドアが開いて、父さんがそう言った。ドアに目をやって僕はビックリした。

「お兄ちゃん〜!」

ケタケタ笑ったののと、それから綺麗な女の人が入って来た。その女の人が父さんに向かって話しかける

「すみません。私、この子の母親なんですけど、なんでもこちらのお兄ちゃんにうちの子が遊んで貰った そうで。最近この近くに越して来たんですけど、今日はご挨拶にと思って・・・」

この人がのののお母さん?凄く綺麗な人で、とてもお母さんには見えない。なんだかお姉ちゃんって感じ だ。ののが家に来たこともビックリだけど、のののお母さんにも・・・ビックリだなぁ・・・。 でも、あの日 のののアパートで聞いた声と一緒だ。やっぱりあれはのののお母さんだったんだ。

父さんはコーヒーを出してのののお母さんと話してる。すると

「おい、のぞみちゃん連れて、お前の部屋で遊んであげなさい」

そう言った

「うん!」

「わーい。行こう、お兄ちゃん」

二人で僕の部屋に行った。僕の部屋、といっても、お店の向かい側、僕がいつもひとりで キャッチボールをやってるあのマンション、ののと初めて会ったあの場所の マンションの一室が 自宅だった。僕はののをそこに連れて行った。なんだか父さんにののの事を知られて恥ずかしかったけど、 それよりもこうして ののと親公認で遊べる事の方が嬉しい。

「のののお母さん、キレイだね」

「そう?エヘヘヘっ」

ののはそう言って笑った。いつもの笑顔だ。ののは何時だって元気いっぱいだ。僕の言う事には なんだって笑顔で応えてくれる。ののの元気は凄い。そこにいてくれるだけで僕も元気にしてくれる。 だけど、ののを家まで送って行くときの、あの帰り道だけはののは寂しそうな顔になる。決して 笑うことがない。のののおかあさんはキレイで、優しそうだし、ののも大好きみたいだ。なのにどうして そのお母さんが待つ家に帰るとき、あんなに寂しそうな顔をするんだろう?

「嬉しいなぁ〜、お兄ちゃんのお部屋に入れるなんて」

ののはまたケタケタ笑ってる。そうだ、そんな事より散らかった僕の部屋の方が問題だ。 そんなとこ見られたら嫌だなぁ。そんなんで嫌われちゃったらどうしよう?ののが来ることが 解ってたら、ちゃんと片付けだってしてたのに・・・。

ガチャ!

僕は覚悟を決めてののを部屋へ案内した。

「うわーっすごーいっ!」

僕の部屋はとにかくおもちゃばっかり。ゲームとかピストル、ミニカー、ソフビの怪獣とかね。 女の子らしいものなんて何にもないと思うんだけど・・・

「コレかわいいよ、コレーっ!」

「?」

ののが興味を示したもの、それはUFOキャッチャーのぬいぐるみとか、スヌーピーやキティちゃんの ぬいぐるみだった。お店に来るお客さんのおねえちゃん達にもらったものばっかりだった。僕は 男だからそんなのあんまり欲しくなかったんだけど・・・

「かわいい〜、ののこれ欲しい〜」

「いいよ、あげるよ」

「ほんとう〜、うれしい〜っ!」

ののはまた僕の腕に巻き付いて来た。こんな事で喜んでくれるなんてやっぱり女の子なんだなぁ。

僕はあっちこっちに散らかってるおもちゃを一つ一つ手にとっては、ののにその説明をした。ののも 手当たり次第に拾い上げては、僕に質問をした。そんなことしてるうちに時間は過ぎて、もう外も暗くなって いた。のののお母さんが迎えに来た。

「お兄ちゃん、のぞみの面倒見てくれてありがとうね。今度はお兄ちゃんがうちに遊びに来るといいわ」

「そうだよお兄ちゃん。今度はお兄ちゃんが家に遊びにおいでよ。冬休みなんだから泊まっていけば いいじゃん」

「のぞみ、今日もお兄ちゃんに遊んでもらって良かったね。のぞみはほんとにお兄ちゃんが好きなのねぇ」

「うん、ののは大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになるの」

はしゃぎながらののはお母さんと一緒に帰って行った。









今日は、いつもの帰り道とは違って元気いっぱいだった。たとえ僕が 一緒じゃなくても・・・

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〜その5〜
世界中の 恋を抱きしめたいあなたへ X'masスペシャル
12/25
♪しゅーわっきーまっせーりー しゅーわっきーまっせーりー

町中のおもちゃ屋さん『ヤマダ』では、ここ数日この歌がよくかかってる。ずっと前にも聞いた事がある歌 だけど、何言ってるんだろう?今日はクリスマスイヴだから、いろんなところでクリスマスツリーが 飾られてる。メリークリスマスの「メリー」はおめでとうって意味なんだってさ。なんでめでたいんだろう? うちじゃクリスマスパーティーなんてやった事無いし、サンタクロースなんて 最初からいるなんて 思った事もなかった。何が楽しいんだろう?クリスマス・・・

お昼過ぎ、母さんと買い物に行く途中、ののと、お姉ちゃん(ののが引っ越して来て 一週間。この頃にはのののお母さんの事を僕はそう呼んでいた)に会った。そしてお姉ちゃんにこう言われた。

「お兄ちゃん、今日家でクリスマスパーティーをやるから、晩ご飯食べないで遊びにおいで。 そうだ、パジャマとか持って、お泊まりの用意をしてきなさい」

僕はどう答えていいのか解らなくて、母さんの顔を見た。母さんは僕にニッコリ笑うと、お姉ちゃんに 「すみません お邪魔させます」と言った。勿論僕は嬉しかったんだけど

「わーい、お兄ちゃん一緒にクリスマスツリー飾ろうねぇ」

そういってケタケタ笑ってるののを見て、その事の方が嬉しかった。

〜クリスマスパーティーかぁ〜

そこでのの達と別れて 僕は母さんと買い物に来たわけだけど、母さんはこう言ってくれた。

「パーティーに招待されたんだから、なにかプレゼントをしてあげないとね。のぞみちゃんが貰って 喜ぶようなモノ、自分で見つけてご覧。買ってあげるから」

プレゼント。僕はクリスマスのプレゼントなんて人に上げた事がない。お店に来るお姉ちゃん達に 貰った事はあるけど、人の為に考えた事はなかったなぁ。スヌーピー、キティちゃん、かわいい ぬいぐるみとか、手袋とか・・・。おもちゃの『ヤマダ』にも ののが好きそうなものは沢山あるけど、 なんだかそれをプレゼントにはしたくなかった。そういうのはののが持ってるヤツの方がずっとかわいい。ののが持つから かわいいんだろうけど・・・・・。良いプレゼントが思いつかなくって困っていたら、ふと目に付いたモノがあった。 僕は迷わず言った。

「コレにする!」

「ええ?コレって・・・のぞみちゃんにはまだ早いでしょう?のぞみちゃんが欲しいって言ってたの?」

〜ブンブンブン〜 僕は首を横に振った

「なにか他のモノにしたら?いくらなんでもコレは・・・」

「コレがいいっ!」

本当にそれが良かったのかどうか解らない。でも、なんとなく一度目についちゃったら 他のモノに変えたくは 無かったんだ。とにかく僕はそれを買ってもらって、大切に抱えて帰った。

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さて、一旦家に帰って準備。アパートの入り口まで母さんに送ってもらって、ののの家のドアを一人でノックした。

「ごめんくださ〜い」

「いらっしゃいお兄ちゃ〜ん」

ののが飛んで出てきた。頭にサンタクロースの赤い帽子を被ってるけど、二つの束ねたウサギ耳 が邪魔して のっかってるだけだ。

「はい、お兄ちゃんも」

言ってののは僕にもサンタの帽子を被せた。なんだか照れくさい。

「お兄ちゃんいらっしゃい。お腹空いた?」

お姉ちゃんがそう訪ねた。僕は首を横に振って、ののに持ってきたプレゼントをお姉ちゃんに手渡した。

「アラアラ・・・ありがとう」

お姉ちゃんは何故かそう言っただけでプレゼントを端っこに置いた。ののに持って来たんだけどなぁ。

「お兄ちゃん、クリスマスツリーの飾り付けやろう。もうちょっとなのよ」

飾り付けはもう殆ど終わってるみたいで、とっても綺麗だった。 ツリーには綿の雪とかのっけてあるし、窓にはスプレーで雪の結晶とかが描かれている。 お店屋さんのショーウインドゥと同じだ。部屋全体がクリスマスって感じ。

「はい、お兄ちゃん コレ」

ののは僕に白い紙切れを差し出した。

これに欲しいクリスマスプレゼントを書いて、ツリーの真ん中辺りに飾ってある赤白の長靴の中に入れると サンタクロースが届けてくれると言う。どうやらののはまだ 本当にサンタクロースがいると信じてる みたいだ。僕が何て書くのか見ようと、ののは僕の手元をのぞき込む

「な・なんだよ、ののはもう書いたのか?」

「書いてもう長靴に入れちゃったよ。後はお兄ちゃんだけ」

「見ちゃダメだよ。願い事は人に見られたら叶わないんだ。これはサンタクロースさんと二人だけの 秘密だからね」

僕は必死になってごまかした。

「本当?ママ?」

お姉ちゃんは静かに笑って頷いてくれた。ののは口をとんがらせながらも 後を向いてくれた。 僕はそのすきに素早くプレゼントのお願いを書いた。『のの』って・・・

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メリークリスマース!

お姉ちゃんの鳴らしたクラッカーがパーティーの始まりの合図だった。と言っても僕らは三人。 お姉ちゃんの手作りのケーキやフライドチキン、ポテトとか、料理を食べる「いただきます」の 合図みたいだった。ののがパクパク食べている。

僕はののといられれば毎日がパーティーみたいなもので、僕にとっての 初めてのクリスマスパーティーはとっても楽しいものだった。まだ終わってないんだけど、もう そう言っちゃっていい。

とっても楽しいクリスマスだけど、そして僕にとっては初めてのクリスマスパーティーだけど、やっぱりこのクリスマス はなんか変だ。子供心に僕はそう思た。だけどそれを、僕は口に出さなかった。出せなかった。

〜どうしてのののお父さんはココにいないんだろう?どうしてその事を ののもお姉ちゃんも、何も 言わないんだろう?〜

だけどそれは、それだけは言っちゃあいけない様な気がした。言っちゃったら、楽しい今が消えてしまう ような気がしたから・・・。でもいい。今僕の目の前に、いつもと変わらずケタケタ笑ってるののが いるから・・・。楽しい時間が過ぎていく・・・

「二人ともそろそろお風呂に入りなさい」

おねえちゃんが言ってドキッとした。

〜ののと一緒に???〜

「じゃあ ののが先に入る〜」

言うとののは一目散にお風呂場に駆けていった。僕はちょっと残念な様な、ホットしたような気持ちになった。 お姉ちゃんが言った。

「のぞみね、本当にお兄ちゃんが好きみたいよ。なんだか自分が女の子だって 意識しちゃったみたいなの。 おしゃまよね」

〜ののが?〜

なんだかホットした。僕だけじゃなかったんだ。僕だって 女の子を好きになった事はある。それを誰かに 知られるのは恥ずかしい事だけど、でも男はみんな女の子が好きだと思う。女の子が男をみんな好きに なるかっていうと、ちょっと解らないけど・・・。僕が好きになる女の子はみんな同級生だ。それが 普通だと思ってた。お姉ちゃんの事も好きだけど、女の子を好きになるのとは違う。ののは・・・ののの事は 大好きだけど、ののは小学3年で、僕は6年だ。9才と11才、僕が好きになっちゃうのはおかしいんじゃ ないだろうか?僕はののに会ってから、ずっとそんな事を考えてた。年下のののの事、好きになっちゃあ 変だって。だけどやっぱり僕は・・・。でも、ののは僕のこと好きって思ってくれてるのかな?お兄ちゃんって呼んでる ののが・・・

ののがお風呂から出てきた。洗った髪の毛が、ウサギ耳じゃない。長い・・・長い髪の毛・・・。 なんだか大人っぽく見える。でも、赤いクマさんのパジャマを見てると、いつもの ののだ。 なんだか・・・

「次、お兄ちゃんも入りなさい」

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お風呂から上がったら、お姉ちゃんがアイスクリームを出してくれた。サンタクロースがのっかってる、 ケーキみたいなアイスクリーム。こんなところにもクリスマスだ。それを食べて、歯を磨いて、もう 眠る時間になった。

「さあ寝よう、お兄ちゃん。きゃあっ お布団が冷たいようっ!早く早くぅ!」

ののが先に布団に潜り込んで、いつものようにケタケタ笑ってる。僕はお姉ちゃんに手渡された 枕を抱えて、なんていうか・・・その・・・固まってた。ののは、平気なの・・・か?一緒に・・・寝るんだぞ。

「さむいっ さむいよぅ お兄ちゃん、早く早くぅ!」

言われるままに僕はののの布団に入った。ののが僕の胸に顔を埋めてくる・・・。

「ううぅぅ、寒いねぇ?」

布団の中で、はたまた僕の胸に顔を押しつけてるせいで声がこもってる。ののの匂いがひろがって なんだかドキドキする。髪の毛はいつものウサギ耳じゃない。ちょっと大人っぽいのの。でも、声はいつもののの。

「お兄ちゃん、抱っこしてよぅ・・・」

「・・・うん」

僕は言われるままに、ののの肩に手を回した・・・あったかい・・・

「お兄ちゃん、今日は楽しかった?」

「・・・うん。ののも・・・楽しかった?」

「うん・・・」

「お姉ちゃんのケーキ、美味しかったな?」

「ん・・・」

「クリスマスツリーも、キレイに飾れたよな?」

「ん・・・」

「サンタさんに、何をお願いしたの?」

「・・・ないしょ・・・」

「どうして?」

「・・・どうしても・・・」

「・・・教えてよ?」

「・・・ないしょ・・・」

「のの・・・?」

「ん・・・」

「・・・あのさ・・・」

「・・・」

「・・・お兄ちゃんのこと・・・」

「・・・」

「・・・好き?・・・」

「・・・」









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「わーい!ありがとうお兄ちゃん! ありがとうサンタクロース〜」

見るとののが僕の目の前で笑ってる・・・・・。二人ともあのまんま寝ちゃったんだ。あれ?

「クリスマスプレゼントありがとう お兄ちゃん!」

ののを見ると、手に大きなバレーボールを抱えている。それは昨日、僕が母さんに買ってもらったものだ。 そう、のののプレゼント用に。ケタケタ笑ってるののを見て、「良かった」って僕は思った。でも、アレ? 今 のの、サンタクロースありがとうって?

「お兄ちゃん、昨日のぞみが書いたお願いってコレよ」

お姉ちゃんが昨日の白い紙切れをみせてくれた。そこにはお兄ちゃんのプレゼントって 書いてあった。ののがサンタクロースにお願いしたプレゼントって『僕からのプレゼント』だった んだ。だからお姉ちゃんが昨日直ぐにしまったんだな。

「でもお兄ちゃん。どうしてのぞみへのプレゼントがバレーボールなの?」

お姉ちゃんが聞いてきた。するとののが

「いいんだよねぇ。お兄ちゃんが野球やってるんだもん。女の私はバレーボールやるんだもんねぇ」

ののが笑って答えてくれた。クリスマスっていいもんだなぁ。メリークリスマス!





〜その6〜
1/2
「あーけーまーしーて おーめーでーとう ごーざーいーます!」

誰がこんなお正月を予想しただろう? 12月の、冬休みになる少し前にののと初めて会って、そして 今日は1月2日。元気なののの新年の挨拶を聞いて、僕は初めてお正月が来た事を嬉しいと思った。

今年の冬休みはとっても楽しい。思いがけない初めてのクリスマスパーティー。そして大晦日も僕はののと 一緒だった。ののの家でののとお姉ちゃんと年越しそばを食べた。大晦日だからずっと起きてて良いって 言われたけど、ののは10時過ぎには眠っちゃって、僕もその後直ぐ眠ってしまった。悲しかったのは 僕が 起きたらそこは自分の家で、隣にののがいなかった事だ。眠ってる僕を父さんが家まで連れて帰ったらしい。 そして本当は昨日もののと遊びたかったんだけど、父さんに「元旦は人様の家に遊び歩くもんじゃない」って言われて ずっと家にいた。ののにもお姉ちゃんにも今年初めて会ったんだ。

毎年誰に会いに行くってわけでもなく、僕は神社に遊びに行く。お参りは昨日父さん達としてきたんだけど、 今日はののとお姉ちゃんと近くの『八幡様』までお参りに行くことになった。のののウサギ耳を見てると なんか嬉しい。ただ心配な事は、友達と会わないかって事だ。だってののの事は誰にも内緒だもの。

神社は凄い人がいっぱいで、例え友達がいても見つけられないかもしれない。僕はちょっとほっとした。 そしてお祭りの時と同じで出店が一杯だった。「型抜き」とか「射的」とか「あったかい飴」とか・・・。

「お兄ちゃん、アレやろうアレ〜!」

ののは「輪投げ」の所で僕の手を引っ張った。

「え〜?輪投げやんのかぁ?」

「アレが欲しいの、アレが〜」

ののが指差す方向を見ると、それはペンダントだった。ネックレスの先についていてパカッと 開いて、中に何か入れられるようになってるやつ。珍しいなぁ、ののはぬいぐるみとか 子供っぽいものばっかり欲しがるのに、アクセサリーなんて大人の女の人が持ってるようなもの 欲しがるなんて・・・

「お兄ちゃん取ってよ」

「いいけど、ののが欲しいならののが取らないと。一緒にやろうよ」

「うん!」

「おじさん、二人分ください」

おじさんから3本づつの「わっか」をもらって僕たちはスタンバイした。狙いは勿論ペンダント。 そのペンダント、位置は一番手前にあるんだけど、チェーンが拡がってて、もしかしらわっかより 大きいんじゃないかな?とにかくののが欲しがってるんだから何とか取りたいなぁ。

「さあのの、がんばれ!」

「うん!」

ののは狙い定めて赤いわっかを投げた!

「あ〜あぁ〜・・・」

何処に投げてるんだよ。わっかは真横に飛んで行っちゃった。もっと落ち着いて投げないと・・・ って、ののは直ぐさま2個目の 緑色のわっかを投げた。

「あ〜はずれた〜!くやしいっ!」

「そんな・・・ちゃんとやらないと無理だよ」

「だってちゃんと飛ばない〜」

「もっとゆっくり狙わないと・・・」

「えいっ!もう、ダメ〜 全然入らないよぅ」

僕の話もちゃんと聞かないで、ののは三個目のわっかも投げた。もちろん入らない。 僕が何としても取らないと!〜でもうまく入らないよなぁ あんなの・・・

「お兄ちゃん、くやしい〜」

見るとののが怒ってる。怒ってるけど・・・目に涙を溜めてる。今にも泣き出しそうだ・・・

「のの・・・やる?」

「うんっ!」

ののはまたケタケタ笑って、僕のわっかを全部横取りした。僕はののに良いところを見せようと思ったけど、 とてもじゃないけど自信は無かった。だからののが「やる」って言って内心ほっとしたんだけど、 でもののじゃあ結局取れないだろうなぁ、ペンダント。でも、ののってホントは負けず嫌いなんだね。

「ううぅぅ・・・お兄ちゃ〜ん・・・」

そんな事言われても・・・。やっぱり三つとも「わっか」はとんでもない所に飛んでいってしまって ののは悔しがってる。でもなんだか泣きそうでもある。「べそっかき」って、こんなののの事を言うんだな。 でもどうしよう?

「あ〜惜しかったなぁ・・・こりゃオマケだ」

おじさんが全然見当はずれに落っこちた「わっか」をカギ付きの棒でヒョイと拾い上げて、 ののが欲しがってたペンダントにかけてくれた。

「はいよ、お嬢ちゃんのモノだ。お兄ちゃん、渡してやんな」

「わ〜、おじさんありがとう。早く早くぅ お兄ちゃん」

僕はののに促されて、急いでおじさんから景品のペンダントを受け取って ペコっとおじぎを した。そしてケタケタ笑ってるののに手渡した。

「やった〜!ありがとうお兄ちゃん」

全然やってないんだけど・・・。出来れば僕が取ってやりたかったんだけど、まあ貰えたんだからいいか  ののが喜んでるんだから。そして僕は言った

「よかったね のの。このペンダント、フタが開くんだよね。ののはこの中に何を入れるの?」

「え〜?決まってるよお兄ちゃん。ペンダントにはねぇ、大切な人の写真を入れるんだよ」

ののの言葉に僕はドキっとした。ドキッとして、その後なにも言えなかった。何も聞けなかった・・・。 でも ののは『大切な人の写真を入れる』そう言った直ぐあとで いつものように僕の手に巻き付いてきた。

神社の鐘の音がゴーンと鳴るのを聞いて、僕はずっとこのままでいたいと思った。これから先も ずっと。









冬の寒さは これから厳しくなる事も知らずに・・・


☆12月のnono☆
〜その7〜
1/8
「うわっ さむ〜い!」

冷たい風が吹けつける。太陽も出ていなくて、空はどんより曇ってる。あと3日で冬休みも終わりだけど、 でも良いんだ。僕にはののがいるから。学校の勉強はあんまり好きじゃないけど、3学期からは毎朝ののと 一緒に登校出来る。それが僕の最近の楽しみ。今日もいつものように、ののの家に遊びに行った。

「ごめんくださ〜い」

いつも僕はのののドアの前でそう言う。すると「は〜い!」と元気な声でののがお出迎えしてくれる。 でも今日はちょっと違った。ドアを開けたのはお姉ちゃんだった。

「いらっしゃいお兄ちゃん。ちょっと待ってね、ほらのぞみ、お兄ちゃん来てるよ、早くしなさい」

お姉ちゃんにそう言われてののが出てきた。

「のの、遊ぼう!」

「・・・いい・・・」

なんだかいつもと違って元気がない。

「え?なんで?遊ぼうよ」

「遊ばない・・・」

「ど、どうして?」

「・・・どうしても・・・」

「なんでだよ?なんでか言わないと解らないだろ? 具合・・・悪いのか?」

「何でもない・・・遊ばない」

煮え切らない答えに僕はムッとした。そして言った

「なんだよっ!何で遊ばないか言えって言ってるだろっ!もういいよっ!」

ののはびくっ!と身体を振るわせて、そして言った

「・・・遊ばない・・・お、お兄ちゃんとは もう・・・遊ばないっ!」

最初は力無く、でも最後は語気を強めて、いつもとおんなじ様に僕の目を見据えてそう言った。 いつもと違っていたのは、その目から一気に涙が溢れて頬を伝った事・・・言い終わるとドアをバタンッと強く 閉めて僕の前から見えなくなった。「うわ〜ん」と言う声がドアの向こうに聞こえた・・・

僕は・・・僕は何がなんだかわからないままその場に立ちつくし、全身から力が抜けていくのを感じた。 そしてそこには居たたまれなくなって・・・駈けだした とにかく駈けだした。

「なんだよ。なんなんだよ・・・なんで・・・のの・・・のの、おかしいよっ!」

わけが解らないまま僕は走り続けた。気がつくと、ののと初めて会った家のそばの空き地に僕は居た。 まだお昼にもなってないし、冬休みで 僕と同じ沢山の子供達が遊んでする。お正月らしく駒遊び、凧揚げ、キャッチボールや  ドッチボールをやってる。バーレーボールで・・・。

当たり前だけどそこにののの姿は無い。やっぱり僕はそこにも居られなくて、その場所から離れた。 街に行って、お正月セールで賑わってるデパートや 大きなスーパーマーケットを歩いた。 お小遣いも持ってないから ただ見て回るだけ。仕方がないからお店を出て、家とは反対の方へ ずーとずーと独りで歩いて、気がつくと海に着いた。いつの間にか夕方になっていて、そこにはもう 誰の姿も無かった。

「おなか空いたなぁ」

人混みの中にいると、何も考えないで周りをボーと見ている。でもする事がないから、気がつくと 誰もいないところに足は向いて・・・。ひとりぼっちになると ののの事だけを考える。

「どうしてだよ?どうして遊ばないなんて・・・どうして・・・」

ずっと考えるのはその事ばかり。ののの事を思い出すとじっとしていられなくて、そして 走り出す。そうすると・・・涙が溢れてくる。もう沢山泣いた。こんなに沢山泣いたのに  どうして涙はどんどん溢れて来るんだろう?朝から何にも食べて無くて、お腹の中は空っぽなのに。 でも悲しくって・・・堪えきれずに・・・。

僕はまた、誰にも知られないように、泣き声も誰にも聞こえないように・・・走った。 何処にも行くトコなんか無いのに。僕が居たい場所は、ののの所だけなのに。

「どうしてだよ?どうしてののはあんな事言ったんだよ。なんで・・・なんで遊んでくれないんだよ・・・」

僕は 泣いて 泣いて 泣いて・・・・・思いっきり走って・・・泣いて・・・

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もう辺りは真っ暗になっていた。結局僕は、家の近くの空き地にいる。そう、ののと初めて会った場所だ。 今の僕には、ののしかないもの。ののの事を知ってしまった今は・・・。

でも、ののの事を考えるとどうしても悲しくなってしまう。だからなるべく考えないようにした。でも・・・ でも無理だよ。僕、ののの事大好きだもん。それにココにいて ののの事思い出さない方がおかしい。 ココは・・・あの日ののが座ってたブランコだもの・・・

また 涙が出てくる・・・

「また明日来ましょう。」

不意に、道路の方から声がした。おねえちゃんと・・・ののだっ! 僕は急いで、後の植木の影に隠れた。 〜なんで 隠れるんだよ?僕が居たい場所は、ののの所じゃないか〜

ののはうつむいて、お姉ちゃんに寄り添って歩いている。なんにもしゃべらない。僕はのののしゃべる声を 聞こうと必死になって、音を立てずに耳をすましてたけど、結局ののは何にもしゃべらなかった。二人が だんだん 遠ざかっていく・・・

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ののとはケンカしたままになっちゃったけど、顔を見る事が出来てちょっとほっとした。 そして僕は家に帰る事にした。「もう遊ばない」  そう言われたののに、明日から どうすれば良いのか解らないままだし、それを考えるととても悲しくなってしまうけど・・・

「ただいまぁ」

「飯も食わないで今まで何処ほっつき歩いてたんだっ!」

いきなり父さんにそう言われたけど、僕は答えなかった。そしたら母さんが・・・

「あんたのぞみちゃんとケンカでもしたの?お姉ちゃんと一緒に何回も家に来てくれたんだよ。 最後は、今帰ったばっかりなんだから」

知ってるよ。でも、何回も来たのか・・・ただ、やっぱり僕は何も答えなかった。

「今日はもう遅いから 飯食って明日のぞみちゃんの所に行って来い。帰って来た事、電話 しておいてやるから」

「いいよ」

僕はそう答えた。ののとケンカした事、父さん達知ってるんだな。なんか嫌だな・・・。そしたら 母さんが怒ってこう言った

「いいよじゃないよっ!ケンカしたまんまでいいのっ?!のぞみちゃん、明日東京に帰るんだよっ!









僕は言葉を失った・・・


☆12月のnono☆
〜最終回〜
1/15
「オーラーイ、オーラーイ、オーラーイ、はいオッケー!」

運送屋のお兄さんのかけ声はトラックをバックさせると、向きを変えて出発の準備を完了した。 お兄さんが素早く助手席に乗り込むと、トラックの窓からお姉ちゃんにお辞儀 それと同時に トラックは出発した。のの達の荷物を載せて・・・

お姉ちゃんは僕の父さんと母さんに向かって

「色々お世話になりました。慌ただしかったですけど・・・」

父さんが言った

「直ぐに片づいて良かったですね。今は運送屋がテキパキしてるから」

「まだ荷物もあんまり無かったですし・・・」

「・・・じゃあそろそろ行きましょうか?出発まで時間があるけど、余裕を持った方がいい」

「はい」

荷物はトラックで運んで貰ったけど、ののとお姉ちゃんは電車で東京に帰る事になってる。まさか本当に、 本当にののが帰っちゃうなんて・・・ののが いなくなっちゃうなんて・・・

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昨日の夜、ののが東京に帰るって事を初めて聞いた僕は 直ぐに自分のベットに潜り込んで泣いた。 一日中泣いてばかりいた筈なのに、いつまでも涙が溢れて止まることが無かった。そしていつの間にか 寝てしまった。

朝起きると、母さんがテーブルにおにぎりを用意してくれていたのでそれを食べた。何にも言わずに食べた。 母さんも、何にも言わなかった。ただ

「食べ終わったらのぞみちゃんのお見送りに行くから、準備しなさい」

それだけ言われた。

10時頃、3人で歩いてののの家に向かった。もう運送屋さんは来ていて、荷物は殆どトラックに積んだ 後だった。運送屋のおじさんがお姉ちゃんと話しをしていて、ののは窓側の壁を背にしてしゃがみ込み、 キティちゃんのぬいぐるみを抱えていた。僕があげた物だった。 どんより曇った日だったけど、窓から入る光がののを後から照らして、ののの顔を暗くしていた。 日射しのせいばかりじゃないかもしれないけど・・・

僕はののに近寄る事も、勿論話しをすることも出来なかった。このままじゃいけないとは思うけど、 このままじゃ嫌だと思うけど、僕はどうすることも出来なかった。そんな僕の両肩に手を置いて、 お姉ちゃんが言った。

「昨日はゴメンね。お姉ちゃんとのぞみね、東京に帰る事になったの」

「聞きました」

僕は言った。お姉ちゃんはゆっくり頷くと、僕の頭を右手で抱え おでこをくっつけて、小さな声でこう言った

「のぞみはね、帰りたくないんだって。お兄ちゃんと一緒にいたいんだって。でも私が、「決まった事だから」って 言ったら、わんわん泣いてね。「お兄ちゃんにもう会えなくなるなら、もう会わない」 って。「そんなこと言うもんじゃない」って言ったんだけど・・・それで昨日・・・ね。
のぞみを 許してあげてくれる?」

「うぅっ・・・」

お姉ちゃんの言葉を聞いてるうちに、僕はなんだか涙が出てきた。ののが言ったという「もう会えなくなるなら」 って言葉を聞いて、僕たちは本当にもうお別れなんだって思った。そうしたら涙が溢れて・・・ 僕 昨日から泣いてばっかりだ。

「春休みとか、遊びに来るといいよ。東京のおうちにはね、のぞみのお姉ちゃんもいるの」

そんな話し聞きたくないよっ! 今日ここで別れ別れになったら、もう僕とののはずっと会えない。 そんな気がする。おねえちゃん、どうしてののを連れてこの町に来たの?どうして来たのなら、ずっと 住んでてくれないの?東京に帰るって、のののお父さんの所だろ?あの時ここにいた男の人は・・・

そんな事を頭で考えて、そして 考えるのをやめた。訊ける分けないもの。訊いたところで、なにも 変わらないもの  きっと・・・

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ののの家から駅までの道。相変わらずののは無言で、お姉ちゃんの手にしがみついてる。僕はその姿を後から見て歩いた。 内側にふわふわの綿の付いたフード付きの ベージュ色のコート。ピンクに白いトナカイの、毛糸の手袋。 そしてウサギ耳。初めて会った日とおんなじのの。

いつもは時間がかかる道のりだけど、今日はあっというまに着いてしまった。駅の階段を上がって切符を買う お姉ちゃん達。僕は母さんに、入場券を貰って改札を通った。階段を降りてホームに行くと、もう ののが乗る電車が停まっていた。

〜これに乗って 行ってしまうんだ〜

一昨日まで、一緒に遊んでたんだ。三学期になったら、一緒に学校に行くって約束したんだ。 ずっとのののお兄ちゃんでいてやるって 約束したんだ。ののは、「お兄ちゃんのお嫁さんになる」 って 言ってくれたんだ。なのに、なのになんで行っちゃうんだよっ!どうしてののと僕を 離ればなれに するんだよ?!

時間が経つのが早い。ののとお姉ちゃんが電車に乗った。車両に入って、ののの後ろ姿が消えた時、僕も 一緒に乗って行きたくなって、思わず足が動いた そして・・・はっと気がついて立ち止まった。 お別れ・・・。これでもう最後なんだ。もう会えないんだ。でも・・・でも もう・・・ どうしようもないんだ・・・もう・・・

「お兄ちゃん!」

声のする方向に目をやると、ののが窓を開けてこっちを見ている。僕は直ぐに駆け寄った。 そして言った

「のの・・・ごめんよ」

「うううん。私こそ ゴメンナサイ」

「東京に帰っても、元気でがんばれよっ!」

僕はまた、ありきたりな大人びた事をののに言った。そんなんじゃないっ!ののには元気で いてほしいけど、僕が本当に言いたいのはそんなことじゃないっ!僕が自分自身にイライラしていると ののが言った

「のの・・・お兄ちゃんと離れたくないよ。お兄ちゃんと一緒にいたいよっ!」

「お、おれも・・・俺もののと・・・一緒にいたいっ!」

「のの、お兄ちゃんの事忘れないからねっ!」

 〜『忘れない』なんて そんな・・・忘れるとか そんな・・・そんな事言うなよっ! だけどそれは 現実で・・・ののは これが本当のさよならだって知ってるわけで〜

「俺も・・・俺もののの事忘れないよっ!絶対忘れないよ!ずーとずーとずーっとだよっ!」

ジリリリリリ・・・・・

発車のベルが鳴った。ののは手を伸ばして、僕の手に何か渡した

「これ お兄ちゃんにあげる 持ってて!」

それはお正月にお参りに行ったとき、輪投げでもらったペンダントだった

「なんだよ? コレ、ののがあんなに欲しがってたのに!」

「いいの。ののはペンダントが無くてもお兄ちゃんの事忘れないから」

「俺だって忘れるもんか!ののが持ってろよ。中に写真入れるんだろ?俺の写真送るから・・・」

僕はののを忘れない。絶対忘れない!ののも僕の事、忘れるなんて思わないけど、そんな酷い子じゃないと 信じてるけど、でも僕との想い出の物をののに持ってて貰いたかったんだ。それに、それに僕、 ののの写真なんて一枚も持ってないよ。中に入れる写真、持ってないよ・・・

「ののに持ってて欲しいんだ!」

「ののはお兄ちゃんに持ってて欲しい!ののには、お兄ちゃんに貰ったキティちゃんがある。 これからもっとキティちゃん大事にするっ!それからクリスマスプレゼントで貰ったお兄ちゃんの バレーボールもある。のの、お兄ちゃんのバレーボール大切にして、バレーボールの選手になるっ! お兄ちゃんの事忘れないぃっ!」

「俺だって・・・!」

途中で父さんに後からつかまえられた。駅員さんも笛を吹いてる。くそ〜、子供だと思って 馬鹿にして・・・

「放せよっ!」

「親に向かって何て口きくんだ!」

〜関係ないだろそんなのっ!ののと離れたく無いんだよっ!〜 電車が走り出した

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!」

「ののっ!ののっ!」

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!うわ〜ん・・・」

とうとうののは泣き出してしまった。 僕は・・・僕は結局・・・ののの為に何もしてあげられなくて・・・ とにかく 追いかけるしかなくって 電車を、ののを追いかけた。 でもそんな事しても何にもならなくって 走りながらまた・・・涙が溢れてきた

「お兄ちゃん!お兄ちゃ〜ん!」

「ののっ!ののーっ!いやだ・・・いやだよぅ・・・ののーっ!」

12月のnono 〜 作詞:僕。 作曲:Happy Number 唄:ザ☆ぴーすふる

君の笑顔を見つめて 踊る姿を見つめて Oh 遠くからでも手に取る様に やさしさ感じてる 僕の日常
夕暮れひとりきりのキャッチボール 不意に聞こえた笑い声
あの日から誰も知らない 僕たち二人の秘密 切ない物語
冷たい風が吹く12月 君と過ごした2週間 いつかは硬い表情の僕のとなり 白いベールの君が・・・ ・・・なんてね
なのに今日も 君の笑顔を見つめて 歌う姿を見つめて Oh
離れていてもやさしい気持ちで 見守っているよ 君の日常

君の言葉に戸惑った瞬間 確かに感じた温もり
どうしていいか分からないまま 胸に吸い込んだ 君の髪の匂い
少しずつ 不自然な君の表情 思いがけぬ冷たい言葉 全てが明らかになったところで どうすることも出来ない現実 
そしてあの日 君の涙 追いかけて 君の悲しみ消してあげたくて
滲む電車を見送りながら 叫び続けた 見えなくなるまで

そして今日も 君の笑顔を見つめて 踊る姿を見つめて Oh
遠くからでも手に取る様に 切なさ感じてる 僕の日常

電車は駅を出て行き、僕はとうとうホームの一番端っこまで行って 立ちつくした。見据える電車は涙でぼやける。 何度も何度も涙を拭ったけど、その都度電車が ぼやけるだけだった・・・ ・・・
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〜風にブランコが揺れている〜









あれから五年の月日が流れた。不思議な出逢いと 悪戯な別れ。いや、出逢いさえも、それは あの時の二人にとって悪戯なものだったのかもしれない。ののと過ごした たった2週間の出来事。 あれ以来、あの時の話しは家の中で出ることはなかった。けれども、その後ののがどんな様子だったか、 僕は知ることが出来た。捉え方によってはそれさえも悪戯なのか?

ただ、何故か寒さを感じることもなかった『あの12月』は、僕の中で大切な想い出となっている。 結局は空っぽのままの、あのペンダントと共に。 想い出の 12月のnonoと ともに・・・









〜FIN〜

ご愛読 ありがとうございました。12月のnonoの読者だった方へ