『なるこ』第15号 創立三十周年記念号(平成9年12月) 目次

1998/9/1 初掲載


1501 なるこ会会長挨拶              白倉 昌夫  

1502 祝 詞  (財)神経研究所付属晴和病院院長 本多 裕 先生

1503  同       同      晴和病院  古閑 永之助 先生

1504  同   大熊クリニック院長        大熊 輝雄 先生

1505  同   秋田大学医学部精神科教授     菱川 泰夫 先生

1506  同   大阪バイオサイエンス研究所所長  早石 修  先生

1507  同   名古屋大学医学部精神医学講座教授 太田 龍朗 先生

1508  同   国立精神神経センター武蔵病院院長 高橋 清久 先生

1509  同   久留米大学医学部精神神経科    坂本 哲郎 先生

1510  同   名大病院精神科          粥川 裕平 先生

1511  同   山梨医科大学精神神経医学教室
                 精神生理研究室 石束 嘉和 先生

1512  同   金沢大学名誉教授 梅原病院院長  山口 成良 先生

1513  同   北海道大学医学部精神医学教室   本間 裕士 先生

1514  同   今村病院  (秋田県)      神林 崇  先生

1515  同   米国 Narcolepsy Network 会長  Robert L. Cloud

1516 会員寄稿 切なる願い            水野 愛子

1517  同   体験 ナルコレプシーと私      K.N. 

1518  同   僕の体験談 1           H.H. 

1519  同   僕の体験談 2           H.H. 

1520  同   無題                S.T. 

1521  同   ナルコレプシーと出会って      Y.H. 

1522  同   年下の君たちへ           M.T. 

1523  同   私の青春期             H.I. 

1524  同   居眠りと戦う            K.A. 

1525  同   ナルコレプシーと私         Y.S. 

1526  同   詩一編               K.N. 

1527  同   なるこの皆さんへ          T.F. 

1528 ホームページ開設にあたって         桑原 正孝

1529 日本睡眠学会第22回学術集会と「なるこ会」

1530 資料1 パンフレット「ナルコレプシーは
          こんな病気」はどう活用されたか 清水 利男

1531 資料2 ナルコレプシーはこんな病気

1532 行政への要望陳情              事務局

1533 平成9年度総会速報  編集後記        同 


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1501 なるこ会三十周年記念にあたって   なるこ会々長 白倉 昌夫*


 お陰様で私達のなるこ会も結成以来30年続いてまいりました。世界各地にも趣旨を同じくする会が結成され、それぞれに活躍されており、心強いことであります。
 この度、各方面でご活躍中の諸先生方から三十周年のお祝い、ご激励のお言葉をたまわりました。身にあまる光栄と厚くお礼申しあげます。
 発会当時を顧みると、30年前、自分たちの症状や実体から将来に危惧を抱いておりました。また若き本多先生のご指導もあって、東京大学の一室で自分たちでどうにかしようと立ち上がったのが発端でした。それが海外各地のなるこ会とも交流出来るまでになったのは夢のようであります。

 ナルコレプシーの症状が一般の人々に病気であると分かってもらうのは、未だに大変困難なことで、これが仲間達の悩みの一つです。まして自分がナルコレプシーに罹っていながら病気と知らず、治療の機会をのがしている方々がおられると思うと、全くお気の毒であります。ときたま、新聞などで ナルコレプシーと云う病気が紹介されると、 なるこ会の事務局には沢山の問い合わせがあり、また、病院には多くの方々が診断を希望して見えるようです。 未だにナルコレプシーは知られざる病気です。
 この期にお国として睡眠センターと云われるような施設を設ける構想があるやに伺っておりますが、大変時宜を得たものとしておおいに歓迎したいと思います。

 当なるこ会も時代の流れに遅れぬよう、インターネットにホームページを開設し、ナルコレプシーの説明と、なるこ会の紹介を致しました。幸い会員にその道に詳しい者がおりましたので、都合良く運びました。インターネットは急速に一般化する方向にあるようですから、このホームページもお役に立つ日も近いと信じています。
 当会には青年部があります。まだ数名ですが、若々しい力、やり方で相互の啓発に努力しております。この特集号にも投稿がありますので、ご覧ください。
 これからのなるこ会は本来の相互啓発、相互援助に力を注ぐのは勿論、活動の範囲を拡大すべく進めたいものと思っております。どうか宜しくお願いいたします。

 ご参考
   なるこ会 ホームページのURL(宛名)
      http://www2s.biglobe.ne.jp/~narukohp/


  注記* 去る12月9日に開催された なるこ会年次総会において、新たに
     会長として白倉昌夫さんが選出され、前会長 佐藤芳博 と交代致し
     ました。


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1502 祝詞 財団法人神経研究所附属晴和病院院長 本多 裕 先生


 なるこ会が30周年記念日を迎えることとなり、会の発展をお祝い申し上げます。月日の経つのが本当に早く感じられます。

 なるこ会は昭和42年12月に東大病院地下の精神神経科外来ポクリ室で結成されました。これが世界で最初にナルコレプシー患者さんによる自主的な会が出来た日なのです。
 創立に参加されたのは30人くらいだったでしょうか。すぐに70人くらいに増えました。皆さんとても熱心で、会の活動を考え、お互いに協力し、活動して下さいました。当時の発起人のメンバーであった斎藤さん、梨本さん、佐藤さんなどが今でもなるこ会の例会に何時も出席しておられます。その後なるこ会はだんだんと会員が増え、幹事さんもとても熱心だったので、機関誌「なるこ」だけでなく、「そめいゆ」という新聞を出したり、座談会をしたり、皆でピクニックに神代寺公園、明治神宮内苑、新宿御苑などに出かけたりしました。梨狩りに行ったりもしました。
 私も若かったので家内や子ども連れで全部参加しました。とても楽しかった事を思い出します。新宿御苑で「ハンカチ鬼」のゲームをしていた時、うまく一回り出来そうになった人が情動脱力発作を起こして転んでしまったりしました。

 歴代の会長さんは手弁当でよく頑張って下さいました。毎年12月の第2火曜日の夕方に、外来の待合室や看護学校の講堂を借りてクリスマス会・総会を開いて親睦を深めました。長い間の会の地道な活動の成果によりなるこ会もだんだんと世の中に知られるようになりました。 最近のマスコミの睡眠ブームの中で、なるこ会は堅実な歩みを続けている患者会として評価が高まっています。

 私もお陰様でナルコレプシーについて色々と学ぶことが出来ました。またナルコレプシーの診断や治療の研究を進めることが出来て、国際学会で何度か発表をしたり、第3回国際ナルコレプシー・シンポジウムを日本で開いたり、今年は第22回日本睡眠学会を東京で開催する世話人となり、「ナルコレプシーをめぐって」という会長講演をすることが出来ました。永年の皆様のご協力のお蔭と感謝しております。

 またこの病気のために皆さんがどんなにつらい思いをしてこられたかを教えられました。医師として病気の原因の解明と根治的な治療を目指してもっと頑張らなくてはいけないと思います。その一方で、病気のために社会生活上困っておられる患者さんに世間の援助と理解、福祉的な取り組みがもっと必要だとつくづく思います。そのためにも、なるこ会は単なる親睦会に留まらず、ナルコレプシーや過眠症の患者さんのために社会的に積極的に発言をして欲しいと思います。その資格と力量は十分あるのではないでしょうか。

 なるこ会のさらなる発展を期待しつつ。


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1503 感 想         晴和病院  古閑 永之助 先生


 私は睡眠の研究者の一人として本多先生、高橋先生やその他多くの睡眠学者とお付き合いがありますが、なるこ会の方々とはあまり深いお付き合いはありません。それでも世界で最も古く、地道な活動を続けている様子は承知しています。同じではありませんが、似た社会的立場でご苦労なさっている方々について、知恵遅れ、てんかん等の人達や団体の様子を少し知っています。小数派としての苦労、社会一般の常識の中にないための無知と偏見のなかで少しづつ処遇が改善されてきた様子を見てきました。

 今ナルコレプシーの患者さんのおかれている状況はまだまだですが、そろそろ社会的な知識の中に入って来ているように感じます。本多先生をはじめ何人かの専門家の長い啓蒙活動が浸透しつつあることもありますが、近年アメリカで本格的な啓蒙活動が行われており、これが日本に伝播してくることも予想されます。いつものことで、ちょっと情けないのですが、それでも日本の状況にプラスになればそれも良いと思います。

 医学的な研究も一歩一歩ですが進んでいることはご存じと思いますが、抗生物質を見つけて一発でなおるといったものでないことはつらいことです。今日ではむしろ社会的な状況を改善することのほうに一層力を注ぐべきだと思います。

 先日インタネットのホームページを拝見しましたが、立派な出来で感心しました。このような今日的な情報システムを介して、一方ではナルコレプシーの患者さんの力を集め、一方では社会に知識を広めることによって、より有効な道が開けるように感じました。なるこ会の一層のご発展を祈っております。


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1504 祝 辞      大熊クリニック  院長 大熊 輝雄 先生


 なるこ会の創設三十周年おめでとうございます。
本会が国内だけでなく、世界的にも知られたナルコレプシーの互助組織として発展を続けてこられたことには、創設以来の会員の皆様のたゆまぬご努力の成果であると敬服しております。
 我が国は、ナルコレプシーを始め睡眠障害の研究では世界的に見ても高い水準にあります。特にナルコレプシーに関しては、その本体の解明や治療法の開発に優れた研究が行われており、今年(平成9年8月)にイスラエルで開かれたアジア睡眠学会でも本多裕先生を座長とするナルコレプシーのシンポジュムが行われました。しかし、未だ患者さんがさまざまな症状を克服して快適な社会生活を送るには充分ではありません。従ってこの病気を克服するためには、これまでにも増して、なるこ会のような患者さんや家族の方々と医療関係の人たちが協力していく必要があります。
 最近開かれたなるこ会のホームページを拝見しましたが、なかなか良くできており、これがだんだんと充実して、会員の方々の情報交換や親睦に、また私たち医療関係者との連絡に役立つことを期待しています。なるこ会の一層のご発展を期待しております。


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1505 なるこ会の設立30周年を記念して
         秋田大学医学部精神科 教授 菱川 泰夫 先生


 ナルコレプシー と云う病気のことは、世間ではよく知られていないだけはなく、この病気のことを全く知らない臨床医もきわめて多いのが現状です。
 私自身も約40年前に医師になってから間もない頃にナルコレプシーに関する外国語の研究論文を読んで、ナルコレプシーのことを初めて知りました。それ以来、多数のナルコレプシーの患者さんの治療に関わってきました。

 しかし、殆どの患者さん自身も、最初のうちは、よく居眠りをすることを病気のせいだとは気付いていなかったり、家庭、学校、会社などでは、よく居眠りをする患者さんが「なまけもの」と見られていることが多く、患者さんが病気のために居眠りをするのだとは受け止めてもらえないのが殆どのようです。

 よく居眠りをすることに悩んで、内科の開業医に診察してもらっても「寝る子は育つ」から心配しなくともよいと云われて、放置されてしまうことが多いようです。

 なるこ会の意義は”会員相互の親睦と助け合い”にあるのは当然ですが、ナルコレプシーを病んでいながら、医療も受けずに、一人でひそかに悩んでいる多くの患者さんのために ナルコレプシーと云う病気についての社会的啓蒙の活動もたいせつだと思います。

 なるこ会の一層のご活躍と発展を祈ります。

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1506 祝 詞   大阪バイオサイエンス研究所 所長 早石 修 先生


 なるこ会創立三十周年誠におめでとうございます。
この世界でも希なユニークな会が益々ご発展になり、ナルコレプシーの患者さんの親睦、互助、生活面の向上に役立つと同時に、この難しい病気の原因の解明、診断、治療などにも役立たれることを祈念しております。

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1507 祝 詞         名古屋大学医学部精神医学講座教授
               日本睡眠学会”ニューズレター”担当理事
               太田 龍朗 先生


 三十周年をお迎えの由、誠におめでとうございます。
昭和42年と云えば、私は精神科医の道を歩み始めた年であり、ちょうど貴会と時を同じうして育って来たことになります。勿論ナルコレプシーと云う名前は聞いたことはあっても、患者さんには一度もお会いしたこともなく、精神科の中でもなにを専攻するかも決めていない頃でしたから、睡眠の問題を軸に、研究や診療に当たっている今日からみると昔日の感がいたします。

 睡眠医学は、この間にも飛躍的な発展をとげ、特に我が国の睡眠研究は世界のトップレベルに達していると云っても過言ではありません。中でもナルコレプシーについては、国際的にも高い評価を受けている数々の業績が日本人の手によって、築かれて参りました。貴会の生みのの親であり、かつ強力な支援を惜しむことなく続けてこられた本多裕先生も、そのうちのお一人であることは皆様よくご存じの事であります。

 このような学問のすばらしい成果が、その恩恵を受けるべき患者さんや、医療の現場に充分生かされているかと問われれば、残念ながら我が国の現状は決して満足すべき状態ではありません。この立ち後れに最も迫真をもって訴えることの出来るのは他ならぬ患者さんや家族の方々になるわけですが、貴会のように相互の親睦や互助、生活面の向上を目標にした活動は、その意味できわめて貴重であり、単なる権益の獲得と自己主張にのみ固執することなく、専門家との連携を保ちつつ着実に発展させて来られたことに改めて敬意を表する次第です。

 ときあたかも国を挙げて睡眠の問題に取り組みはじめた米国に続き、我が国にもようやくその方向に動きが出て参りました。ホームページを開いて広報活動を強化されたことは誠に時宜を得たものと云えましょう。日本睡眠学会も1998年春を目指してホームページの開設を予定しております。また、年に二回ほど広報誌”ニューズレター”を発行しておりますので、イベントや専門家に知っておいて欲しいことがありましたら、会員を通じてどうぞご紹介下さい。

 貴会の一層のご発展をお祈り申しあげます。

1997年8月27日


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1508 祝 辞   国立精神・神経センター武蔵病院
                   院長 高橋 清久 先生


 なるこ会が昭和42年に誕生して以来、もう30年になるとのことです。孔子は論語の中で「我十五にして学に志し、三十にして立つ」と云っていますが、なるこ会もいよいよ「而立の歳」になったわけですね。本当におめでとうございます。

 私が医師国家試験に合格したのが昭和39年ですから、なるこ会の年齢と、医者としての私の年齢とがほぼ一致するわけです。実は、私は、なるこ会とは浅からぬ縁があるのです。と申しますのも、私が東大の精神科に入局して一年目の指導者(私たちはドイツ語からくる言葉でオーベンと呼んでいました)が本多先生だったからです。なるこ会の誕生までの間、ずっと先生のそばに居ることが出来たわけです。

 当時、本多先生はナルコレプシーの研究に精力を注いでおられましたが、そのかたわら患者さんの毎日の生活をどのように援助して上げればいいか、と言う事も真剣に考えておられました。なるこ会の誕生もそういう先生のご努力の現れではなかったかと思います。会が発足してまもなくだったと思いますが、なるこ会のことがテレビで報道され、ピクニックで会員の皆さんと一緒にニコニコしながらお弁当を食べる本多先生の姿が画面に映し出されていたことを思い出します。医者として患者さんの生活全体を、我が事として真剣に考えられていた本多先生には大変教えられたものでした。

 私はいま国立精神・神経センター武蔵病院で精神や神経の病気に悩む多くの患者さんのお世話をしていますが、本多先生に教えられた精神を持って、一人一人の患者さんが少しでも毎日の生活が良くなるように努力したいと思っています。

 なるこ会の皆様のご健康とご多幸を祈っています。

平成9年9月20日


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1509 なるこ会30周年を記念して
        久留米大学医学部精神神経科 坂本 哲郎 先生


 なるこ会の30周年を記念してお祝い申しあげるとともに、なるこ会の地道な活動に対してナルコレプシーの治療にたずさわる一医師として厚くお礼申しあげます。

 ご存じの通り、久留米大学睡眠研究グループでは、昭和56年5月に、中沢洋一先生(現名誉教授)の強力なリーダーシップのもと、久留米大学病院精神科内に睡眠障害クリニックを開設し、平成8年12月までの新患者数は実に2403名を数えます。このうちナルコレプシーと診断された患者は65名、2.7%でした。この成績については「睡眠障害の専門外来にしては小さすぎるのでは」とよく本多先生から質問を受けたものです。しかし、この2〜3年の統計を見ると4.5%とやや増加傾向にあります。

 このことに関しては、最初はナルコレプシーは遺伝的要素が強い疾患なので、九州地区では有病率そのものが小さいのでは、などとも考えたのですが、どうも違うようです。きちんとした疫学的調査を行っていないので断言は出来ませんが、まず、ナルコレプシーについての知識がまだ一般に浸透していないことが大きな理由のようです。

 これは医師においても同様で、てんかんや精神疾患と誤診され、誤った治療をうけていた例も決して少なくありません。また、社会的理解も不十分で、患者が安心して治療を受けられる環境も十分整っているとは云えません。
 残念ながら、九州地区においてはまだまだ「なるこ会」の知名度は低く、その活動も活発とは云えないようです。今後、ナルコレプシーに対する理解と啓蒙を深め、ナルコレプシー患者が正しい診断と適切な治療を安心して受けられるよう、機会を得る毎に努力するとともに、なるこ会の活動に微力ながらお手伝い出来ればと思っています。


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1510 祝 詞   名大病院 精神科  粥川 裕平 先生


 幾多の偏見に抗してなるこ会を結成し、偏見打破のための宣伝、病因の究明と治療法の開発の要請など、同時併行で進めるべき課題を今日まで実践してこられた方々に敬意を表したいと思います。
 ご承知のようにナルコレプシーは睡眠無呼吸症候群とならぶ過眠症の代表的疾患で、学業、仕事など様々な面で多大の制約を受けるばかりでなく、アクシデントにも関連する深刻な病です。睡眠学会で本多会長が、HLAから、心理社会的問題までナルコレプシーについて述べられた素晴らしいご講演に感激しました。皆様のご協力あればこそ、HLA抗原の世界的研究が実現したのだと思います。

 過眠症という病気が怠けとか、根性の問題で片ずけられたのでは患者さんは救われません。職業運転手でしょっちゅう居眠りをして首になりかけたナルコレプシーの患者さんがおられました。幸いメチルフェニデートの治療で仕事が続けられました。28才の真面目な労働者で仕事中の居眠りと夜間のいびきがひどいということで受診されました。肥満もさほどでないのに、重度の睡眠時無呼吸症候群がありました。CPAP治療により、すっかり改善され、職場での信頼も回復しています。過眠症の正確な理解と早期の受診は、病気にともなうディスアビリティやハンディキャップを確実に減らします。

 Wake Up America に書かれているようなナルコレプシーのために一生を無駄にした人が半世紀を後悔しなくて済むように、なるこ会と睡眠時無呼吸症候群も含めた過眠症の臨床が発展することを願っております。遅ればせながら、睡眠時無呼吸症候群の患者さんが患者会を準備されているようですので、微力ながら協力してゆく所存です。

 皆様のご健勝と、なるこ会の益々のご発展をお祈り申しあげます。

 追伸 http://www2s.biglobe.ne.jp/~narukohp/
   ホームページ拝見しました。ナルコレプシーの分かりやすい説明、会の案内専門機関など、丁寧に行き届いたホームページで感心しました。

            睡眠学会会員(名大病院精神科) 粥川 裕平

平成9年8月27日


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1511 祝 詞  山梨医科大学精神神経医学教室 精神生理研究室
                       石束 嘉和 先生


 なるこ会 三十周年おめでとうございます。

 先日、貴会のインターネットのホームページ(以下HP)を拝見しましたが、昭和42年から着々と会を運営されてこられた足跡を見て頭が下がる思いでした。これだけの長い間には色々なご苦労があったものと推察いたします。

 私は現在山梨医科大学という地方医科大学の精神神経科にて睡眠外来を担当しておりますが、まだまだナルコレプシーと云う病気が一般の方々の間では知られていないことを痛感いたします。
 ともすれば誤解を受けやすいこの病気の方々がこのような会を自主的に運営され、また間違った報道などに対して毅然たる態度をとっておられるのを見て、心がうたれます。 まだあまり良く知られていないこの疾患を正確に世間の人達に理解してもらうためにも地道な活動が必要と感じます。私も折りにふれて地元の新聞に睡眠の記事をだしていただいておりますが、一時的な花火に終わってしまうことが、多いように思えます。その点、貴会がHPを開設されたことには大変意義あることと感じました。いつでも、誰でも貴HPから正確な情報を受け取ることが出来るからです。

会の運営に加えてのHPの運営など、役員の方もさぞや大変かと存じます。
今後の貴会のご発展を心よりお祈りしております。


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1512 なるこ会創設30周年を祝して
         金沢大学名誉教授 梅原病院 院長 山口 成良


 このたび、なるこ会が創設30周年を迎えられたことを心からお祝い申しあげます。

 私が昭和28年(1953年)金沢大学医学部神経精神医学教室に入局したときには秋元波留夫教授が教室を主宰されておられました。私の研究テーマが睡眠であったため、ナルコレプシーの患者さんとも何人か接してまいりました。金沢大学を平成6年(1994年)定年退職して松原病院に勤務してからも、ナルコレプシーの患者さんを診ておりまして、お付き合いをさせていただいております。

 最近の患者さんで、日中に眠気のために追突事故をおこし、その原因を精査するために私達の病院を受診し、ナルコレプシーと診断され、現在メチルフェニデードを服用しております。事故のあと、会社との折り合いがわるくなり、会社を辞め、一二職を変えましたが、現在自分が学校で学んだコンピューターの知識を生かすコンピューター関係の会社にプログラマーとして勤務しており、やり甲斐を感じて仕事に精をだしております。その間色々人生相談にも応じました。

 ナルコレプシーの方は第三者からは怠け者にみえたり、体の不調ばかりを訴えるようにとられがちですが、よく話を聞いて、適当な治療方針をたてますと、元来性格が真面目な方ですから、スムーズにゆくものであります。なるこ会の会員の方も今後色々、世をわたる上で悩みごとが出てくると思いますが、よく主治医と相談して、社会に上手に適応してゆくことを切望いたします。

 創立30周年を記念して、一言お祝いの言葉をのべさせて頂きました。


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1513 祝 詞  北海道大学医学部精神医学教室  本間 裕士 先生


 なるこ会創設三十周年おめでとうございます。皆様のこれまでの地道な活動の積み重ねが実を結び、ここに一つの節目を迎えましたことを、お慶び申しあげます。
 北海道は何分距離的に東京から離れており、今まではなるこ会を紹介しても実際にご入会される方は少なかったようです。この度、インターネットのホームページも開設されたこともあり、インターネット上でのやりとりが出来るようになれば、北海道の患者さんも参加しやすくなるのでは、と期待しております。
 北大でも啓蒙不足できちんと治療を受けておられるナルコレプシーの方は10名あまりとまだまだ少ないのが実状です。HLAタイピングの保険適応要望の運動ともあわせ、皆様ますますのご活躍を祈念しております。


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1514 なるこ会の皆様へ  今村病院 (秋田県) 神林 崇 先生


 秋田県の今村病院に勤める神林と云います。去年の9月までは、スタンフォード大学のナルコレプシー研究所に居ました。日本に帰ってきてからは、また臨床に戻っています。なるこ会のホームページも見せて頂きました。良くできていますね。

 今村病院は基本的には老人病院なので、ナルコレプシー患者は居らず、一人だけ本態性過眠症の人が外来に通ってきています。その人には、なるこ会のホームページを教えてあげました。
 私もスタンフォード滞在中のことをスタンフォード通信として書いていました。お暇な人は読んでみて下さい。研究のことは余り出てきませんが、アドレスは以下です。

 http://www.is.akita-u.ac.jp/~shiro/WN/bbs/index.html/
   秋田大学のページです。
 http://village.infoweb.or.jp/~fvgf0280/index.html/
   今村病院のホームページ、勤務医の紹介のところにあります。

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1515 海外からの祝詞


 アメリカの「ナルコレプシーネットワーク」と言う「なるこ会」からも30周年をお祝いする旨のお言葉を頂きました。原文は次ぎのページにありますが、日本語訳は次ぎの様になります これは会員 水野愛子さんが11月にアメリカフロリダで開かれ ナルコレプシー大会に自費で出席された折りに、先方の会長さんから頂いたものです。
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                       1997年11月10日
なるこ会会長
佐藤 芳博 殿
        なるこ会創立30周年にあたって

 日本のなるこ会が創立30周年を迎えられる機会に、アメリカのナルコレプシー協会及びその会員と、世界中の支援者の代表として、お祝いを述べさせて頂きます。
 なるこ会が長い間存続してこられたことは素晴らしいことだと思います。その発足は、米国の睡眠障害医学の発端より以前のことであると思います。

 ここ数年貴なるこ会のメンバーである水野愛子さんを全米国における大会への参加者としてお迎え出来て光栄であります。最近の大会はフロリダで10月31日と11月1日に開かれ、その際に水野さんから、なるこ会の成長と発展について伺いました。日本からの聡明な代表者を迎えて、私共は大いに恩恵を受けております。

 全世界に有名な本多 裕 先生のご研究と、日本のなるこ会の発展は、私共の模範としてまた、希望の源として役だっております。
 私共は日本のなるこ会とより一層の緊密な連絡を取りあって行きたいと希望します。そうすれば睡眠障害に悩む世界中の人々のために、それぞれのナルコレプシーに関する体験や研究から学び合うことが出来るでありましょう。このような観点から世界ナルコレプシー連合の創立に向けてなるこ会と私共の会の努力を結合して行きたいと思います。
                                敬具
                   ロバート L. クラウド
                   ナルコレプシーネットワーク会長


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1516 切なる願い 水野 愛子


 なるこ会が今年で三十周年を迎えるにあたり、二十年余りも会員になっております私の只今の切なる願いを述べさせて頂きます。

 第一に、自分でコントロール出来ない睡魔に一人で悩んでいると思われる多くの若い人々に、ナルコレプシーと云う病気の存在を知らせてあげたい。一人で困っていないで専門の医者に診断をしてもらい、各自の症状に適した薬を服用すれば、他人に引け目を感じることなく自分の目標に向かって勉学に励み、或いは普通の生活が可能であると云うことを知らせて上げたいのです。それにはどのように活動を広げていったらよいのかを真剣に皆で考えてゆきたいと思います。

 つぎに外国の事情を一つ、私はアメリカのナルコレプシー患者の年次総会に昨年十月に、またカナダの会にも今年(1997)四月に出席して来ましたので、少しお知らせしたい。
 アメリカの“ナルコレプシーネットワーク”と呼ばれている会は全国的な組織のもので、会員は700人くらいです。いくつかの州には州立の会もあるようです。ネットワークの年会費は個人が$25、専門家は$50、そしてスリ−プセンターが$100で 政府は援助していないとのことです。また、著名な会社が多額の寄付をしていて、個人でも遺言での寄付も受付ています。それ故、会の運営のための事務所があり、セクレタリーを雇用しているようです。また、サンフランシスコに暮らしているある女性は、ボランティアとして自宅のパソコンの番号を登録しておき、週日の午後6〜7時の間、誰とでも通信が出来て、即時に対応しサービスしており、時には時間超過することもあるとのことです。会には会長と幹事が十人ほど居て二年ごとに交代するようでした。

 年次総会でとても驚いたのは、初めて会った人達なのに、皆が大変フレンドリーで全く旧知の仲のように気楽に何でも話し合えたことでした。お互いに悩んで来たことが理解出来ると言うことがこのような楽しい人間関係を作るのだなとつくずく感心しました。国が広々としているので、人々の心も大きく広くのんびりしているのでしょうか。とても羨ましく感じ、少しでもまねたいと、強く実感してきた次第です。

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1517 体 験   「ナルコレプシーと私」   K.N. 22歳 女 


 ナルコレプシーと私のつきあいは、もう10年以上になります。
私が母に連れられて様々な病院を渡り歩き、やっと本多先生とお会いすることができた時、私はまだ小学生でした。私は、病気の症状が現れてから「ナルコレプシー」と診断されるまで、ほかの患者さんと比べると比較的早いほうだったと思います。
 おそらく、症状が現れる前の私がまさに健康優良児そのものであり、昼間に眠ることなど考えられない少女であったため、母が突然眠りだした私をみて「どこか異常だ」とすぐ感じ取ってくれたからだと思います。しかし、まだ小学生だった私は病気を受け止めることなどできるわけもなく、脳波の検査、採血、様々な薬を試すための入院などめまぐるしい毎日が続きました。

 そのころの私は、病気と向かい合うことなど考えもせずに、どうにかして健康だった自分を維持したいという思いでいっぱいでした。そんなことが何とか続けることができたのも高校入学まででした。
 わたしにとって病気を受け入れているようで実は自分の心は病気を拒絶していたこの期間が、精神的にも、体力的にも1番つらい時期でした。 「なぜわたしがこんな病気にかからなくてはいけないの?」「病気でなかったら今頃は…」など考えてばかりいる卑屈な自分がいました。人一倍健康で、医者にいったことも薬を飲んだこともなかった過去の自分とのギャップが大きかったせいもありますが、あの頃のわたしは自分を「世界で1番不幸な人間」だと思っていました。そんな「自分自身」が自分を不幸にしていることも気づかないままで…。

 もちろん病気の様々な症状にも悩まされました。早期発見とはいっても、自分にあった薬に合うまで時間もかかりました。脱力発作の症状としては、笑うと首から上はけいれん状態になり、自分ではどうすることもできなくなります。友人とおしゃべりしていて笑ってしまったときは、その場に立っていることすら不可能になりました。家では食事中茶碗や箸を持てずに落としてしまうこともありました。眠気の症状は強い方で、必ず1日2回1時間ずつ眠らないとまず標準の生活は送れませんでした。学校のテストでは眠ってしまい、道で歩いている途中もたったまま寝てしまっていました。電車で乗り過ごすことはない方が珍しいほどでした。

 大学受験は失敗しましたが、今はしっかり「ナルコレプシー」と向き合っている自分がいます。「ナルコレプシー」は、わたしの体の一部です。これからも末永くおつきあいしていくことのなりそうですが、何とか仲良くやっていこうと思っています。

 そしてわたしには、ナルコ会の皆さんがいます。ナルコ会青年部の仲間がいます。同じ悩みを抱えている仲間に支えられて今のわたしがいるのだと思っています。
 わたしは今大学4年生、氷河期といわれる中、就職活動におわれる毎日です。わたし自身、自分の体調とも相談しながら無理なく働ける職場探しに一生懸命です。


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1518 体 験  「僕の体験談」1   H.H.  21歳  男


 初めまして、2年前から入会している21歳で大学生の HHと申します。
自分は中学2年の頃からナルコレプシー の症状が現れましたが、勿論そんな病気があるなんてことは知りもせず、病名がわかり適切な処置をしていただくまではいろいろなことがありました。

 眠気に関しては、授業中寝ていたら友人に起こしてもらっても5秒後には寝ていたり、寝ないように眠気すっきりガムを4・5枚同時に食べても効果なし。コーヒー、紅茶は言うまでもないほど利きませんでした。

 しかしなんと言っても怖いことは、試験の時でも平気で寝てしまうことでした。高校受験では、3つ受験して3つとも寝てしまいました。また、高校での中間・期末試験ではア・イ・ウで答えるところをA・B・Cで答えてしまい、×をもらいました。そんな調子で学年順位が後ろから数えて3番目というところまで落ちていきました。卒業もすれすれで、評定平均が2.6でした。
 そんな成績にもかかわらず、大学を受験しました。現役で合格できるはずもなく、すべて落ちてしまいました。そして浪人生活に入ってから脱力だけは体のどこかおかしいのではないかと思い、病院に行きました。内科、耳鼻科では全く異常がなく、5つ目の病院で精神科にまわされて、やっとナルコレプシーと診断されました。病名を知ったときには嬉しいやら悲しいやらの複雑な気持ちでした。それは眠気と幻覚と脱力が1つの病気だったからです。

 今まで怠け者扱いされていたことや、楽しいことをすると脱力が起きることや、睡眠中にとても恐ろしい出来事にあったことなど、すべてが証明されるなんて思いもしませんでした。しかし、病気のせいで生じた社会的ハンディや、そのほかのいろいろな症状による不安や憤りは、ナルコレプシーになった人にしか理解できないと思います。そのような実体験をあげていたらきりがないのですが、過去は過去、今は今、と気持ちを切り替えて、これからの人生をより有意義に過ごせるように、同じ病気に生まれてきたもの同志、励まし合い、また自分達が苦しんだことでもうだれにも同じ苦しみにあわないよう、少しでも生活が楽になるように、少しずつ力を出し合えたらよいなと思います。

 「ナルコ会」は私が生まれる前からあって、年輩の方が多いのですが、この病気は若い頃に発病することが多いので、若い人たちの意見がもっと反映されるよう自分も時間の許す限りできるだけ協力したいと思います。
 何かわからないことがあれば、年輩の方々に聞くこともできますし、同じ年代同志で話し合うこともできるので是非顔を出してください。


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1519 体 験   「僕の体験談」2  H.H.  22歳  男


 なるこ会に入って、体験談を書くのはこれが2度目ですので、以前に書いた内容と重複するところがありましたが、ご了承ください。

 わたしにナルコレプシーの症状があらわれたのは、中学2年の頃でした。とりあえず昼間からよく寝るようになりました。怖いのは、自分の意志と無関係に眠りについていて、気がつくと、あっ、今眠っていたのか、なんてことがしょっちゅうあったことです。つらかったのは、定期試験は勿論のこと、高校入試、大学入試という人生を左右する大事なときでさえ、ところかまわず眠ってしまったことです。学力を、この病気のせいにするのはよくないとは思いますが、かといって全く関係なかったとはいえないと思います。

 また幻覚は、高校2年生の頃からみるようになり、自分は霊能力があるのか?、宇宙人と対話できる特殊な人間なのか?などとふつうでは考えないことまで考えてしまい、当時の自分は、とても危ない精神状態だったことを思い出します。
 それから脱力発作の症状は、高校3年の頃から始まったのですが、友達と楽しい話をしたときに現れるのが、本当につらかったです。みんなの笑いの中で一人うずくまり、ゆがんだ顔を隠しながら、必死にこらえ、貧血気味なんだよと、無理な説明をしていたことを思い出します。

 今、私は大学3年になり、薬を飲むことによってある程度症状を抑えることで、毎日楽しく暮らしています、ただ、脱力だけは完全に押さえることができず、それに伴い、自分のあり方を変えるというか、他人に対する接し方を変えて生きていかなくてはいけないのかと考えたりします。またどんな友達とも気軽に話せるわけではなく、そんなところから、何となく自分の殻に閉じこもってしまっている気もします。はじめはそんな自分が嫌でしたが、今では前向きに自分なりの生き方を模索しています。

 ナルコレプシーで、恋愛、仕事、勉学、趣味などいろいろな面で自分の人生に大きな影響を与えたことは確かです。否定的に考えればきりがありません。そんな悩みを持った同じ境遇の人が集まるナルコ会は、お互いに症状をわかっているという点で、話も合うし本当に元気づけられ、勉強になりました。
 もしこれを読んで、ナルコ会に参加しようと思った人がおりましたら、是非同年代で集まったときには、顔を出してください。ではこの辺で、さようなら。


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1520 体 験   「無 題」   S.T.  22歳  男


 ナルコの事を初めて知ったのは、高校を卒業後、就職して間もなくのことだった。 生命保険のパンフレットに軽く目を通していたら、ナルコの事が載っていたのです。そこにはナルコの症状がどんなものなのかが書いてありました。それを見たときにははっきりいってすごく嬉しさがこみ上げてきました。それは、今までずっと悩んできた事の答えがそこにあったからだと思います。それと同時に多少の不安感のようなのもあったと思いますが、その時はそれほどでもなかったといます。

 そこには、本多先生の事も書いてあったので、さっそく会社を休んで行ってみました。そこではじめて自分がナルコだという事を自覚しました。はじめは軽い気持ちで「どうにかすれば治るものだ」と思っていました。でも、それが症状を薬で押さえる事はできても治せるわけではないと知ったとき時のショックは大きかったですけれども、悩んでもどうにもならないので…。

 まずは、仕事の事です。会社のほうにもナルコの事を話したところ、今まで車で通勤していたのですが、「危ないので電車にしろ」と言われたくらいであとはちょくちょく「ねむくないか?」とか「ねむかったら椅子に座っていていいぞ」とか言いに来てくれました。工場内の仕事だったので寝ぼけたりしたら危ないと言う事で、会社の人が本多先生のところにナルコの事を聞きにいってくれました。薬を飲んでいれば普通に仕事ができると言うことで今までどおり仕事をして、自分がナルコだと言うことを分かっているところで仕事をしているということが結構気に入っていました。

 でも、いつからか「やはり危ないのではないか」といわれるようになり、そして「危ないから、明日から休んでくれ」といわれ、最後には「危ないから他の仕事を見つけたほうがいいよ」などといわれるようになり、「辞表を書いてくれ」と言ってきました。
 会社側の言い分としては「ナルコだとわかっていながら危ない仕事はさせておけない。何かあってからでは遅いから。」「仮に仕事中に事故を起こしてからでは、なぜナルコのことがわかっていながら仕事をさせていたのか、という事になりかねない」などという事を遠まわしに言われました。「だったらいっそのこと首にすればいいだろ」と思いました。でも会社側から首にすると会社の印象だかなんだかが悪くなるから辞表を出してくれという事でした。それを聞いたときには、ものすごく腹がたったしつらかったです。何よりも、ナルコが原因だったという事が何とも言えないつらさでした。

 小学校のいつごろからかはわかりませんが頻繁に居眠りをするようになり、中学のときくらいからみんなに「どこででも眠れる」という印象をもたれて、高校のときは居眠りならまだ良かったのですが、脱力で授業中に倒れたことも何度かありました。他にもいろいろ嫌な事はあったけれども、会社を辞めなくてはならなくなった事が今までで一番つらくてくやしいことでした。

 こんな思いをする人を増やさないために、みんなで話し合って行きたいし、そのためのナルコ会だと思っています。でも、あまり難しい話ばかりしてもつまらないと思うので、みんなで楽しくできればそれでいいと思います。まだナルコ会に来ていない人も、一度顔を出してくれないかなあ…と思う今日このごろです。


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1521 体 験  「ナルコレプシーと出会って」  Y.H. 19歳 男


 私が、ナルコレプシーとわかったのは、小学校3年生のときだった。だが、それ以前からナルコレプシーらしい症状があり、母も不安を持っていたようだ。母の話によると小学校1年の2月のある日の午後居間のソフアーで居眠りをしている私を見て、ちょっとおかしいなと思って病院へ行ったそうだ。医師は「お母さん、僕だって眠いですよ。眠たいときもあるでしょう」と一笑したと云う。

 このころ私は剣道を習っていた。竹刀を持ったまま戦いながら眠っていたりしていた。他の病院の神経科へ行ったところ、そこでは「へそてんかん」と診断され、2年間その薬を飲んでいた。学校でも昼に薬を飲まなくてはならず、小学生の私はいつもそのまま持って帰ってしまった。時が経つにつれて、母は「てんかん」ではないのではないかと思い今度は世田谷の国立小児病院へ行った。ここで河合洋先生に出会った。先生はNHKの子供教育相談もなさっている方で、母には心強い方だったようだ。ここで先生に「お母さん、残念ですがナルコレプシーです」と言われた。「残念ですが…」の意味は、小児てんかんなら18歳頃までに薬で治せるが、ナルコレプシーは一生治らないという意味だったようだ。でもはっきりとした病名が分かり、やっと病気とともにやっていこうという気になったと言う。私はここで2年間くらいお世話になった。

 ある日新聞で本多先生の事を知った。ナルコレプシー専門の病院と先生。5年生の12月だった。小児病院は一生通えるところではないので早めに専門病院を訪ねることにした。初めて清和病院に行ったときは、問診のため小さな部屋に母と入った。女医さんに今までの話を聞かれ、母は順序良く病歴や症状について話した。そして最後に「どんなこともいたしますから、どうか治してください」と言って涙を流していたのを見て、私もいっしょに涙を流してしまった。その時、母の今まで表には出さなかった苦しみがよく分かった。

 いよいよ中学生になった。でも、5・6年生のころから私が時々寝てしまうのを見て、クラスの友達が私を変な目で見るようになって行った。中学へ行ってもこの様子はエスカレートするばかりであった。
 私は、「この病気は私の心を強くするための神様からのさずかりものなのだ。私が病気やいじめで苦労することは、それだけ私の心を強くして人の心を見ることのできるやさしい人間になるためだ」と思い神様に感謝するようになった。勉強もがんばり行きたい高校にも入学できた。その後、同大学の吹奏楽部に入ってフルートを吹いている。
 今私は、今までやってきたことが無駄ではなかったことに満足している。


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1522 体 験  「年下の君たちへ」  M.T.  22歳  男


 僕は、今年大学4年生となり、現在就職活動に追われている22歳の男です。
ナルコレプシーの症状は、中学2年生頃から始まりました。この病気によって自分の人生が変わったかどうかはわかりません。ただ、これからの人格形成に重要な役割を持つ、この時期を過ごす君たちに先輩として少しだけアドバイスをさせてください。

 「やってみたい」と思ったことには、まずチャレンジしてみてください。「病気のことで失敗したら…」などと考えずに、まだある程度は失敗の許される今の時期にいろいろなことを経験しておいてください。やってみたことの中から本当に自分が好きなもの、一生つきあっていけるものを探し出してください。
 どんなことがあっても「自分にはこれがある」といった、心のより所になることを見つけてください。自分に自信を持って常に明るく元気でいてください。

 病気のことでミスをおかすようなことがあっても決して落ち込まず、次の機会では成功させる、というぐらいの前向きな姿勢を持っていてください。

 何か当たり前のことばかり並べていると思うかもしれませんが、これが僕が自分の経験から是非みんなにやってほしいことです。今は、その意味は漠然としたものでしかないかもしれませんが、いつか君たち自身が理解してくれる日を待っています。


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1523 体 験    私の青春期   H.I.  男   53才


 私の故郷は九州の山のなかで、当時8〜9割が農林業で生活をしていました。通っていた中学校は一学年5・60名の小さな学校で、高校に進学する人も10名前後、それもサラリーマンの家庭か裕福な家庭の子供くらいでした。 姉は生徒会長をやっていたので、先生の勧めで進学することになり、現金収入の少ない我が家にとってはそれは大変なことだったらしく、父は私には就職して欲しかったらしい。我が家より裕福な家の子が就職の道を選んでいるのにと謂う父の気持ちと、「これからは高校くらいは出ていないと」と言う姉の間で、15才だった私は姉の意見を優先させてしまい、父には大変苦労させることになりました。

 私の実家は以前は山林や田畑も随分あったのに、祖父が事業に失敗し山林は殆ど人手に渡り田畑合わせても八反ぐらいなってしまい、年に一度の収入源の米の代金も祖父が前借りしてしまうと云う始末で、普段無口な父も時々やけ酒を飲んでは祖父と言い争いをしていました。中学3年のある日、父は酒を飲んで帰ってくるなり「殺してやる」と祖父に向かった。仲裁役の兄がたまたま不在だったので、私が仲裁に入りました。どうにもならない悔しさで、父は私の胸に頭をつけて「すまん」と涙を流していました。その時、あの小柄な父が一層小さく見えました。

 その頃(昭和34年12月)の私は卒業後の進路も決まっていませんでした。当時の日本は景気の波に乗りはじめたころで、中卒者、特に農家の次男三男は就職列車で大阪名古屋方面に就職するのが普通でした。私もどんな仕事が自分に向いているか迷っていたとき、姉は自炊しながら高校を卒業してある大手の証券会社に就職した年だったので、「月謝だけ家から出して貰えば、あとの費用は私が出してもよいので、私の所から通学したら?」と云ってくれました。高校進学を決心し試験にも合格したので、姉はもう一室私のために借りてくれました。姉は入社2年目になったばかりで、限られた給料の中で大変だったようです。
 父は私の進学に反対だったので、入学手続きの当日まで入学金の用意がなく、母と手続きのため家を出る時になって、父は近所の人から都合してもらって渡してくれました。
 そのときの父の心中を思うと今でも涙が出てきます。その父母も昨年十周忌を迎え、親孝行らしいことは何一つ出来なかった事が悔やまれ「親孝行したいときには親はなし」を実感するこの頃であります。

 ナルコレプシーのことも書き始めましたが、まとまりが付かないので後日に譲りたいとおもいます。


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1524 体 験   居眠りと戦う          K.A. 男
      「なるこ」創刊号より転載



 「居眠りタンブカー衝突」、我々が新聞やテレビでよく見かける文字である。居眠り運転による事故の無残な姿は人々の心から取り去ることはできない。
 私は今、ハンドルを持ちながら街道を時速六十キロの速さで走っている。そして頭の中には「安全運転」の四つの文字がこびりつき、全身の神経が緊張していくのがひしひしと肌に感じる。時間は午前四時だ。アスファルトがライトの光で黒く無気味に光っている。ハイトップで走るエンジンの軽快な音とタイヤの摩擦音がリズミカルに私の心をまさぐる。「いけない!!」 私はドアの窓から首を出して軽音楽から逃れようと目をこすった。冬の空気は目から涙か出るくらい冷たい。こんな動作を何回か繰り返したことを私はおぼろげなから覚えていた。けたたましく鳴るエアホーンに、ハッとして我にかえると、一瞬、前方のライトの光に私の目は吸いこまれていった。「ギクッ」、と全身が身震いすると同時にホーンの余韻が耳から糸のように消えていった。間一髪だった。秩父街道から国道七号線に出ると熊谷の町である。町を過ぎると鴻巣まで一直線だ。

 東の空が明るく成ってきた。吹上の町を過ぎたころ車が混雑していたので、どうしたのだろうと思った。やはり事故だった。私は徐行しなから現楊をとうり過ぎようとすると、そこには無惨な遺体が横たわっていた。そして二十メートル位先の反対側にある家の中にダンブカーが後を少し出して突人しているではないか。私は胸が高鳴り、ハンドルをにぎる手、アクセルを踏む足が恐怖におののき、ガクカク震えた。にもかかわらず私は睡魔に打ち勝つことかできなかった。

 こうして私は職を転々として、今日は拝島、明日は横浜と引越していった。そして遂に上京したのだった。今度こそ軽音楽から逸脱しようと近距離運転の職場を選んだ。月に七、八回の徹夜、その上翌日の夕方まで勤めねばなりません。そして上司のきつい命令に遂に、いやになって退織してしまったのです。他の職場を求めて引越しましたが、その会社も一ヶ月でやめてしまい、全く失望しました。そのとき前の会社の友人が心配してくれたので、又思いきつて前の会社へ再びつとめようと決心しました。

 出勤一日目、私は他の運転手に白い目で見られ悪態をつかれ、それでも家族のために堪えねばならないと心に誓ったのでした。こうして無理がたたったのでしょうか、私の頭の中が、落雷の如く狂わんばかりに痛むようになり、それでもねじり鉢巻きで、スパナーで頭をたたきながら戦いました。こうして仕事が出来なくなったのが、東大の先生方にお世話になるきっかけとなったのです。
 私は今、生活保護を受けて暮らしています。世間の冷たい言葉を身にあびる事がよくありますがとてもつらいと思います。「健康は富に勝る」という諺ほど私達を頷かせる言葉は他にないと言っても決して過言ではありません。


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1525 体 験  「ナルコレプシーと私」  K.N.  22歳  女


 ナルコレプシーと私のつきあいは、もう10年以上になります。
私が母に連れられて様々な病院を渡り歩き、やっと本多先生とお会いすることができた時私はまだ小学生でした。

 私は、病気の症状が現れてから「ナルコレプシー」と診断されるまで、ほかの患者さんと比べると比較的早いほうだったと思います。おそらく、症状が現れる前の私がまさに健康優良児そのものであり昼間に眠ることなど考えられない少女であったため、母が突然眠りだした私をみて「どこか異常だ」とすぐ感じ取ってくれたからだと思います。

 しかし、まだ小学生だった私は病気を受け止めることなどできるわけもなく、脳波の検査、採血、様々な薬を試すための入院などめまぐるしい毎日が続きました。そのころの私は、病気と向かい合うことなど考えもせずに、どうにかして健康だった自分を維持したいという思いでいっぱいでした。そんなことが何とか続けることができたのも高校入学まででした。

 わたしにとって病気を受け入れているようで実は自分の心は病気を拒絶していたこの期間が、精神的にも体力的にも1番つらい時期でした。「なぜわたしがこんな病気にかからなくてはいけないの?」「病気でなかったら今頃は…」など考えてばかりいる卑屈な自分がいました。人一倍健康で、医者にいったことも薬を飲んだこともなかった過去の自分とのギャップが大きかったせいもありますが、あの頃のわたしは自分を「世界で1番不幸な人間」だと思っていました。そんな「自分自身」が自分を不幸にしていることも気づかないままで…。

 もちろん病気の様々な症状にも悩まされました。早期発見とはいっても、自分にあった薬に合うまで時間もかかりました。脱力発作の症状としては、笑うと首から上はけいれん状態になり、自分ではどうすることもできなくなります。友人とおしゃべりしていて笑ってしまったときは、その場に立っていることすら不可能になりました。家では食事中茶碗や箸を持てずに落としてしまうこともありました。眠気の症状は強い方で、必ず1日2回1時間ずつ眠らないとまず標準の生活は送れませんでした。学校のテストでは眠ってしまい、道で歩いている途中もたったまま寝てしまっていました。電車で乗り過ごすことはない方が珍しいほどでした。

 大学受験は失敗しましたが、今はしっかり「ナルコレプシー」と向き合っている自分がいます。「ナルコレプシー」は、わたしの体の一部です。これからも末永くおつきあいしていくことのなりそうですが、何とか仲良くやっていこうと思っています。
 そしてわたしには、ナルコ会の皆さんがいます。ナルコ会青年部の仲間がいます。同じ悩みを抱えている仲間に支えられて今のわたしがいるのだと思っています。

 わたしは今大学4年生、氷河期といわれる中、就職活動におわれる毎日です。わたし自身自分の体調とも相談しながら無理なく働ける職場探しに一生懸命です。


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1526 体 験  ナルコレプシーと私     Y.S.   女


 私の人生は、賞とか栄誉に輝いたと云うことには無縁である。付き合いが長くて深いものは「ナルコレプシー」、ひらたく云うと「居眠り病」である。夜熟睡出来ない体質のものが、昼間、体のどこかの神経が勝手に居眠りをしてしまう奇病である。

 私の場合、まず第一番に高校の授業がちっとも分からなくなった。あんなに得意だった英語もサッパリ理解できない。二番目にはナルコレプシーとは別の尾篭な話だが、お尻の穴がゆるんでしまい、しめてもしめてもガスが漏れてしまう事だった。
 あの頃は、可愛い顔と、一人っ子特有の幼い過敏な神経を私はもっていた。いつも誰かが私を愛して大切にしてくれないと生きてゆけない気持ちであった。それは、家庭でも学校でも友人たちと遊びの最中でも、皆の目が私にそそがれることを期待していた。いつも目立つように、でたらめなことをしてふざけていた。そうでないと不安で寂しくなる、と云う娘であった。
 ガスもれが始まって二ケ月たったころ、私の崇拝者であった彼が二つ前の席から立ち上がり、消しゴムをちぎって私に投げ、また投げた。私はあっけにとられたが、おならが少々もれたからと云っても大事ないと思っていたのが、実は大変なことなのだと気付いた。その翌日からひそかな私の登校拒否が始まった。

 家に居られないからカバンをもって出るには出るが、スクールバスの停留所には行かずブラブラとあるく。渋谷の映画館は二本立て三百円でガラガラであった。名画座や馬事公苑、墓地、デパートの屋上、大病院の待合い室など、学校と家と他人の目を避けウロウロしている間にお金が無くなり、幾つかあった時計やネックレスを売り、ヨガ、何とか体操、栄養学、色々試したがちっとも良くならない。もうどうでも良くなった頃、売った時計屋から学校に通報があって、担任や母に私の行状が知れてしまった。

 一人の友人が遠くの町から一緒に学校に行こうと来てくれた。有り難く感謝しつつも。余計なことをしてくれるものだと思いながらノロノロと一緒にゆくが、結局教室には居られはしなっかつた。

 母があちこちの病院につれていったが「何も異常ありません」と云う答えだけだった。自殺未遂をやってその後連れてゆかれたのが精神病院であった。二週間入院、こんなに私が困っているのに医者は「ガスなんか出ないじゃないですか、幻臭と云うのがあるのですよ」と云う。その頃の東京は未だ水洗トイレではなく、そこはかな香りがどこの家庭でも、精神病院ではなおさらの香りがただよっていた。私は鬱病と診断された。

 私の病名はこれだと確信出来たのは三十三才のとき、疲れがひどく体が思うように動いてくれない、変だと思って行った脳波検査機を備えた病院であった。
 ナルコレプシーであった。私の脳波はやわらかな大ぶりの丸みをおびて次々と続いている。正常な脳波は鋸の歯のように凹凸ととんがっているものであると云う。具体的な説明のもとに下された診断結果は納得できるものであった。

 ここまでこぎつける過程で多くの医師と会ったが、異常ないとか、鬱病だろうとか曖昧な診断をくだされることが多く、納得出来る正確な診断をする医師は実に少ないことを確信するに至った。皆様方はどうお考えですか。
 ともかく正しいと信じられる病名に出会うことが出来た。恋人に会うよりずっと嬉しいことであった。といってもなかなか理解して頂けないかもしれない。
 病名が分かったからと云ってすぐに体調のおかしいのが治るわけでもなかったが、私の長年の悩みの原因が明らかにされたのである。
 さて、病名は分かったものの、薬を飲むとどうも太ってしまう。ついつい薬から遠ざかってしまうことになり、相変わらず体調は優れなかった。

 私の友人には変わり者が多かった。共通しているのは皆スノッブ(上流気取りの俗物)ではないことだろう。外見、権力、世辞など問題にしない。でも金持ちで別荘や家作を持ち、人並み以上の器量で、平気でやりたいことをやってしまう、と言う人たちだが、面倒見もよく、あるとき私にそろそろ身を固めたら、と見合いの話を持ってきた。
 それまで見合いの話は母が全部断ってしまうので、一度は経験してみようと出ていったが、二人きりのドライブの車中で私はグウグウ寝てしまい、目的の湖についても起きず帰途でやっと目覚めた。寿司やで食事したが、目は明いても脳味噌は眠っていて、食欲だけはあり、ボロボロこぼしながら食べ、お茶もひっくり返し、舌は回らず、とても常人とは我ながら思えなかった。その話はおじゃんとなった。

 父母にもこの病気は理解されていない。うつ病、妄想、あるいは天性の怠け者としか映っていない。それ故、私としては立場がなく何度も家出をした。三度目の家出は名古屋に行った。職安で寮のある会社を探したら一社あり、訪ねてみた。ホテルの夜間受付及び警備見回りであった。採用された後、ロビーが妙に暗いので聞いてみたら、ここは連れ込みホテルであった。百室余あり、毎夜いろいろな男女が出入りしていた。下足の鍵などもあずかっていたが、こんなところでもよく居眠りがでた。あまり居眠りをするので、私のために、昼間よく眠れるように屋上の倉庫に専用の部屋を作ってくれたが、一人ぼっちで恐ろしく、毎日うなされていた。

 東京に帰ってからは絵画のモデルになった。疲れ易いので短時間高収入の仕事がほしかった。モデルは眠っても姿勢を崩さねば仕事になるし、裸体でいるとガスが出てもあまり恥かしくない。またどこにも所属していない分迷惑をかける人がすくないのは幸いであった。その後も色々経験した。

 四十才を過ぎたころ、体調は更に悪くなり、とうとう雑巾も絞れないほど体が動かなくなった。今まで薬が自分に合わないと云うだけで、まじめに診断を受けていなかったが、体が動かないと云う差し迫った状態にあわてて、病院に先生を代えてくれるように要求した。たまたま晴和病院が専門の病院であることを知り、本多先生を訪ね相談した。本多先生は、「別に病院を変える必要はありません」と、私が通っていた病院の医師宛に手紙を書いてくれた。この時を境に眠気は軽くなり、体調が改善され始めた。

 今思うとナルコレプシーなるが故に、生きずらかったが人生、父母、友人、自分、貧しさ、豊かさ、それぞれについて考えることが出来たと思う。そして何が大切かも私なりに掴めたように思う。沢山の寄り道はしたけれど、一生懸命生きてきたと思う。これが私の人生なんだと、今の貧しいが落ち着いた幸せをうなずけるのである。私は結局、幸せであった。


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1526 詩一編               K.N.


 幼稚で恥ずかしいのですが敢えて投稿させて頂きました。以前、私が聖教新聞を配っていたころに、池田先生に詩を作って贈ることになり、困ってやっと書いたものです。でも実感は出ていると思うのですが、......
 55年1月6日自分の配っていた新聞で、本多先生の記事を見て東大病院に行くようになりました。

     いつも怖い夢を見た
     毎晩 毎晩 同じ夢
     それが病気だなんて
     顔、首、腕、身体の力がぬける
     これが病気だなんて
     でもいつか知らぬ間に消えた
     忘れる位前の事

     眠い、眠い、いつでもふいに眠くなる
     歌っている時も、話ている時も
     不意に襲ってくる睡魔
     止める事の出来ない睡魔
     これも病気だなんて驚いた

     夜明け前の暗闇に自転車をこぐ
     友の幸いを祈って新聞をくばる
     空気がきれい、そんな時間が好き
     やがてすばらしい朝やけ街
     みんなに見せてあげたい


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1527  なるこの皆さんへ
       なるこ例会に来てみませんか    T.F.


 私は若いころ、50才半ばまでは職業婦人を続けその後趣味とかボランティアなどをして余生を過ごすのだ、と漠然と人生設計をたてていました。でも一昨年主人を亡くし、その上ナルコレプシーの症状も悪くなってきたことで、自分の環境や体力の変化など計算にいれない甘さに気付きました。

 ナルコレプシーは二十年程前に発病し、十数年前から防衛医大から晴和病院を紹介されずっとお世話になっております。本多先生から初めて「なるこ会」を紹介されました。役員の方はお互いに古くからお付き合いの方が多く、新しい私はなかなか仲間に入りにくかったのですが、気心が知れると、ナルコレプシー患者でなければ分かってもらえないこと、不安なことがここでは何でも恥ずかしいことなく相談できるし、心配ごとが皆一緒なのです。
 さて、異常な睡魔の原因がナルコレプシーと診断されるまで、どんなに不安だったか思い出してもゾッとします。自分さえ病名がわかり薬が手にはいれば、あとは関わりを持ちたくないと思ったこともありました。最初のころは主人にも母にもなかなか理解して貰えませんでした。どうしても一人引きこもってしまい勝ちでした。

 晴和病院では毎月一回、なるこ会の幹事さんの集会があります。なるこ例会とでも云うのでしょうか。この集まりには、患者さんならどなたでも参会出来ます。ここで同病の仲間と話しあえるのです。お互い話しがよく通じます。私もこの場で色々の経験談を伺い、大いに自信を取り戻しました。この頃ナルコであることを指摘されても平気になりました。そして元来の明るさも取り戻しつつあります。

 皆さん心に不安はないですか?皆様も一度覗いてみませんか。皆さん仲間同士ですから何の遠慮もいらないのです。お茶をのみながらお話ください。同じ仲間と話合うことで自信を得ることもありますので、どうかお立ち寄りくださることをおすすめします。

☆なるこ例会とは、
 なるこ会は未だ事務所を持っていません。そこで、晴和病院では本多先生のご好意で月一回診察室を半日あけて、なるこ会が使用出来るよう便宜をはかって頂いているのです。ここに幹事の皆さんが三々五々集まり、あれこれ相談をします。相談といっても堅苦しいものでなく、ちょうど居合わせた患者さん(なるこ会々員)も一緒に入っていろいろ話し合ったり、体験談などの交換も致します。患者同士ですから、日常のナルコに関する悩みなど気楽に相談できます。今までは 四週間ごとの木曜日の午後でありましたが、新年度から、懇談日が隔週設けられることになっております。


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1528  ホームページ開設にあたって      桑原 正孝


 ここ3、4年の間にインターネットは爆発的なブームとなりマスコミでもいろいろな場面に登場し、小学校の授業にも取り入れられる時代となりました。なるこ会も今年の6月にホームページを開設しましたが現時点では開設したことは会員と日本睡眠学会会員以外にはお知らせしておりません。今年のクリスマス総会までに一般に公開できるよう準備を進めております。
 次のステップに移る前にホームページ担当として開設当時のいきさつや考え方、今後の予定などについて述べてみたいと思います。

◇経緯
 ホームページを作ろうという話が出たのは一昨年の秋頃の例会(晴和病院の2階外来の一室を毎週木曜日の午後にお借りして行っている気楽な集まり)でした。話が出たといっても全国の会員間のコミニュケーションや一般の人々への啓蒙活動の手段としてインターネットが使えないだろうかとか、なかなかタイミングが合わない役員間の連絡を電子メールで行ったらどうかなどといったまだ雑談の段階でした。その年のクリスマス総会後の懇談会のときに本多先生からホームページを作り会員や外国のなるこ会とも情報交換をしたらというお話がありました。

 役員会としても積極的に取り組む方針を固め急遽私がホームページ推進担当に任命されました。いろいろなホームページを見てはいたのですが自分で作ったことはなかったためホームページ用の言語HTML(Hyper Text Markup Language)の本を買い込んで読みながら、発行済みの会誌「なるこ」を読み返したり新聞・雑誌の記事のデータベース化などの準備をしていたらアッという間に1年経ってしまいました。

 さらに昨年(平成8年12月)のクリスマス総会の時に出席頂いた古閑先生から、ナルコレプシー症の人には性格的にホームページによる呼びかけが適しているというホームページ担当としては大変勇気づけられるお話がありまた今年になってすぐ本多先生から7月に東京国際フォーラムにおいて開催される日本睡眠学会第22回学術総会ではプログラムなどをホームページによって案内されるというお話がありました。

 幹事会もなるこ会創立30周年のイベントになること、日本睡眠学会学術総会はピーアールの絶好の機会であることから6月中に開設することを目標とし精力的に取り組むことにしました。早速3回ほど新宿の喫茶店で打ち合わせを行い内容等大体の方針を決め細部は私に一任されました。
 細かな点はいろいろあるものの何とか6月30日に開設にこぎつけ日本睡眠学会第22回学術総会(7月3日、4日)に出席された先生方に見て頂くとともに会員の皆様にホームページ開設をお知らせすることが出来ました。

◇内容
 内容については次のような事項をもりこみました。
   (1) なるこ会について  会のしおり、会則
   (2) 会誌「なるこ」の記事の転載
   (3) 新聞・雑誌記事
   (4) 関連ホームページの紹介
    (5) アンケート
 会誌については非常に量が多いので10年前に発行された11号以降について紹介することにしました。また、新聞・雑誌の記事は著作権の問題があり今回はとりあえず記事の見出しの紹介にとどめました。

◇画面構成
 後で手を入れやすいようにできるだけシンプルなものにすることを念頭に置き、画面は「なるこ」というタイトルとシンボルマーク、目次ならびに本文の3分割構成としました。たまたま書店で手にした本の中にイメージとぴったりあったサンプルが記載されていたので寸法と色を少し変えて利用しました。

◇プロバイダー
 ホームページを登録するプロバイダーは私の加入しているところが5MBまでは無料で登録できるため利用することにし、ID(アドレス)は「narukohp」(なるこ会そのままに「narukokai」としたかったのですが8文字以内という制限により無理と分かった)として申し込みをしたところ幸い他に同じ名前が無かったらしく希望通りのIDが付与されました。

◇苦労した点
 ア)ホームページは不特定多数の人が見るため、会誌記事の転載にあたっては執筆者の名前は姓だけにしたりあるいはイニシャルや単なるA,B,C等の記号にするなどの措置をしました。また会員以外の方には不要と考えられる記事は省略しました。

 イ)会誌はOCR(文字認識装置)で読みとってテキスト化したため誤字が多く数回読み直したのですがなかなか無くなりません。ホームページ開設後もいくつも誤字が見つかり少しずつ訂正するより仕方がないようです。

 ウ)形ができあがってからプロバイダーに登録する段階で何回やってもうまくいかず結局会社の若い社員に昼休みに登録してもらいました。

 エ)アンケートの回答を何人かの方に頂いたのですが当初文字化けで読むことができませんでした。いろいろ本をあさったり人に聞いたりして「URLエンコード」で処理されていることがわかりましたがそれまでかなりの日数がかかってしまいました。このためお礼の返事のタイミングをはずしそのままになってしまい大変失礼しました。

◇今後の予定
 ア)内容の一層の充実と項目の追加
   ・ナルコレプシーの概要(会誌記事への直接リンク)
   ・病院一覧
   ・新聞・雑誌記事の内容
   ・書籍紹介
イ)英語版の作成

◇おわりに
 開設以来本多先生はじめ多くの先生方、会員の皆様から貴重なご意見をいただき大変ありがとうございました。一般公開の時にはできるかぎり反映していきたいと考えております。3ヶ月くらいで更改していきたいと思いますので引き続きよろしくお願いします。

========ホームページのアドレスは次のとおりです。=======
       http://www2s.biglobe.ne.jp/~narukohp
             “~”は半角のチルダ

       ホームページ担当のアドレス
          E-mail: masatkuw@mxa.mesh.ne.jp
          NIFTY SERVE: PXN03502

◆◆もう一言◆◆
 会誌を読み返していて気にかかったことがあります。特に最近の会誌では役員以外の会員の投稿記事が少なく役員の会誌になっているとも見えることです。皆様からの総会出欠のはがきに書かれた2〜3行の短信の転載記事が会誌の中で生き生きと輝いているのに皆様もお気づきではないでしょうか。
 会誌の編集担当が原稿を集めるのに大変苦労しております。体験記はもちろん俳句、川柳、読書感想文、旅行記、趣味や身辺雑感、挿し絵など何でもかまいません。
 会誌もホームページもそしてなるこ会もいわば“たまごっち”なのです。皆様の愛情と皆様自身の参加によって成長できるのです。

★★更に一言 ★★
 ホームページは容易に印刷することが出来ます。3分割されている画面の印刷したい画面(画面の中ならどこでも良い)をクリックしてから印刷します。


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1529  日本睡眠学会第22回学術集会と「なるこ会」     


 睡眠障害に関する日本の最高水準の権威の方々が一堂に会して、日頃の研究成果を発表する場があります。それが日本睡眠学会学術集会なのです。今年は22回を迎えました。

今回の会場は「東京国際フォーラム」、時は1997年7月3.4日でした。この二日間には、あらゆる睡眠障害に関する数多くの研究報告やシンポジュウムがおこなわれました。なるこ会の生みの親である晴和病院院長の本多裕先生がこの集会の会長をお務めになり、会長講演として「ナルコレプシーをめぐって」と題して日頃の研究成果を発表され、またゲストによる特別講演の司会などもされました。

 この学会の行事と併行して、関連機器や資料の展示場も準備され、来場者に公開されたのですが、学会のご好意で、なるこ会にも一区画を割り当てて頂きました。
 その場所には、なるこ会とはどんな目的の会か、歴史は?活動の様子は?など一般の方々に知っていただきたい事柄を文字、数字、写真、図などで展示しました。
 なるこ会の使命を果たすには、より多くの人達にナルコレプシーを、そしてなるこ会を知って頂くことが第一歩です。展示場では二日にわたり、会の幹事さんが交代で務め、来場者に説明したり、資料を差し上げたり致しましたが盛会でありました。


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1530 「ナルコレプシーとはこんな病気 」(パンフレット)は
      どう活用されたか     なるこ会事務局 清水利男


 はじめに1996年8月から9月にかけて、共同通信社の企画により、ナルコレプシーについての啓蒙記事が、地方有力紙に一斉に掲載された。この反響は非常に入きく、事務局にたいする問い合わせは100件以上にのぼった。その際、問い合わせてこられた方全員に 「ナルコレブシーとはこんな病気」というパンフレットを送付した。その後半年程経過した1997年5月に、この資料がどのように活用されたかについてアンケー卜を実施した。

            調 査 結 果


★アンケート発送数 91   回答数 37   回答率 41%

★回答者内訳

   年齢層   男   女   計
    10   5   1   6
    20   3   2   5
    30   2   0   2
    40   4   5   9
    50   3   3   6
    60   1   0   1
    70   1   0   1
   記入なし  7        
  ----------------------------------
    計   19  11  37

☆ナルコレプシー発症年令(記入のあったもののみ)
  男・・・12歳、13歳、14歳…2、16歳…2、25歳、28歳、39歳、42歳、45歳、57歳
  女・・・ 9歳、10歳、14歳、20歳、30歳
☆発症原因が明確なもの
  1.小学6年生のとき組体操中に、崩れて頭を強くうったときから居眠りが始まった。
  2.結婚して子供を出産したときから本格的に症状が出た。

問一 ナルコレプシーのことを何によってお知りになりましたか。
 1 新聞・・27 2 雑誌…13 テレビ…14 知人友人…25 医療機関…47 その他…2

   (内訳)岩手日報・・・2 大分合同新聞・・・2 河北新報・・・3 岐阜新聞
      北国新聞・・・4 北日本新聞    神戸新聞・・・4 産経新聞
      四国新聞   静岡新聞・・・2   東奥日報   長崎新聞
      福島民報   宮崎日々新聞・・・2  琉球新報

      NHK

      イミダス

      公立八鹿病院(兵庫)、帝京大病院、細木病院(高知)、
      宮崎医大小児神経科

問二 お問い合せになった理由(延数)
    1 自分の症状がよく似ていたから、
    2 どこの医療機関に行ったらよいかわからなかったから
    3 ナルコレプシ-について、もっとくわしく知りたかったから
    4 その他
       ・ほんとにそんな病気があるかと思った。
       ・治療したかったから。
       ・他の人の人生観を知りたかった。

問三 お送りした資料を見て、その後しどうなさいましたか。
    1 医療機関に行った。
    2 医療機関と連絡を取った。
    3 特に何もしなかった。
    4 その他

 (医療機関に行った結果)
   *59歳 男----睡眠時無呼吸症とナルコレプシ-の合併症 (久留米大)
   *高校生 男----ナルコレプシーではない。病名ははっきりしなかった
              (福島県立医大)
   *18歳 男----ナルコレブシー(岐阜大病院)
   *37歳 男----ナルコレブシー(晴和病院)
   *49歳 男----ナルコレブシーとは関係ない。(豊中脳神経外科病院)
   *年令不詳----ナルコレプシーではない。病名不明 (石嶋クリニック)
   *36歳 男----ナルコレプシーとは思われない。睡眠不足の傾向
            (岡田クリニツク)
   *29歳 男----ナルコレプシーではない。ストレスによる睡眠障害
            (阪大病院)
   *52歳 男----検査中(阪大病院)
   *14蟻 男----ナルコレプシー(福島大病院)
   *44歳 女----ナルコレブシー(金沢大病院)
   *49歳 男----睡眠時無呼吸症(東北大病院)
   *年令不詳----ナルコレプシーには当てはまらない(神戸市立中央巾民病院)
   *44歳 男----ナルコレプシー(久留米大病院)
   *44歳 女----ナルコレプシー確実(富山医科薬科大病院)
   *48歳 女----少しうつがある(メンタルクリニック)
   *年令不詳----ナルコレプシーではない。病名不詳(久留米大病院)
   *53歳 女----ナルコレプシー(生村病院)
   *53歳 男----ナルコレプシ-の疑い (晴和病院)
   *16歳 男----ナルコレプシ-(晴和病院)
   *11歳 女----小児科から久留米大病院を紹介された。

 (医療機関に連絡をとった結果)
   *14歳 男----今までかかっていた小児科に相談した結果、阪大病院に
         通院することとなった。
   *21歳 女----気にするなといわれた。(玉山岡本病院)
   *16歳 男----地方の病院で診察をうけられるかとうか連絡をとったが
         はっきりしなかった。(病院名不明)

 (何もしなかった理由)
   *57歳 女----何年も前に国立病院に行って症状を訴えたが貧血性といわれ
          た。病院に行っても理解してもらえないとあきらめている。
   *年令不詳----資料をみて自分の症状とは違うと思った。
   *47歳 女----病院に行きたいが、勇気が出ない。特に主人にどう話した
           らよいか迷っている。
   *58歳 女----県内に医療機関がない。
   *年令不詳----医療機関にいる知人に相談したら・もう少し様子を見たほ
           うがよいといわれた。
   *72歳 男----病身のため行けなかった。近くにあれば診てもらいたい。

 (その他)
   *年令不詳----子供がもしかしたらと思ったが、その後技術学校に通っ
         ているので、安心した。

問四 資料の内容について、ご意見をお聞かせください。
    *良かった。
    *良くわかりました。参考になりました。
    *他にも、同じような事で悩んでおられ、でも病気とたたかいながら
     一生懸命働いているのに勇気づけられた。
    *わかりやすく書かれていた。病院名などくわしく参考になることも
     書かれていて良かった。
    *内容は太変詳しくて読んでいるうちに、この病気の事が、良く理解
     できました。
    *とても良く理解できた。平成8年8月に北日本新聞に「放置される
     ナルコレプシ-」という記事がのっていましたが、資料と似たこと
     が書いてあった。
    *最先端の治療方法を教えていただけると思っていましたが。
    *非常にわかりやすかった。
    *良かったと思う。
    *ナルコレブシ一という病気のことがとても良く理解できました。
    *資料を読ませていただき若干心強いものを感じた。ただ自分の症状
     と合致しない部分もあり、何か原因なのか分からないのです。
    *ナルコレプシ一の症状が良く分かりました。
    *主人の場合と違うように思えた。主人は普通の人より睡眠時間が長
     く心配していた。
    *良く分かった。
    *私の周囲には自分と同じような症状の人は今までになく、低血圧の
     せいだとか、気のゆるみだとか言われて、誰にも理解してもらえ
     ませんでした。自分と同じ人が多くいることを知りました。
    *医師の立場から、睡眠薬等の使用を薦めてるようですが、根本的な
     解決にはならないと思います。医師の話も大事ですが患者単位の
     睡眠障害に対する各々の改善策等を投稿してもらい公開する方法
     をとったらいかがでしょうか。
    *自分の症状とあまりにも似ているので驚いた。
    *資料としてよく理解できたので自分との比較ができました。

問五 会の活動について、ご意見ご要望をお聞かせください。
    *県内に専門病院がないのですが、良きアドバイスかいただけたらと
     思います。
    *地方の病院でも診察がうけられる様になると良いと思います。紹介
     状でもあれば、行きやすいと思います。また薬が手に人れば試し
     てみたいと思う。
    *ナルコレプシ一だと気がつかず、困っている人も多いと思うので、
     もっと広めてほしいと思います。
    *もっと世の中にこの病気のことを知ってもらえるような活動と患者
     同志の横のつながりが保てるような方法かが必要ではないでしょ
     うか。
    *一人でも多くの患者さんを救ってあげてください。
    *悩む者にとって励ましとなりました。
    *ナルコレプシー以外の睡眠障害についても情報があれば幸いです。
    *会の存在や活動が理解者をふやし結果として当事者の利益につな
     がると考える。
    *なるこ会とはどのような活動をしているのか。ナルコレプシーの方
     がどのような職業についているのか、自分の参考になることを聞
     きたい。
    *こういう会があって、いつでも資料を送っていただけるということ
     は、とても心強いとと思います。
    *このような特殊なケースで悩んでいる人が日本にもいることがわか
     って安心した。
    *長期戦でなかなか治らないようだが、明るいニュースも知らせてほ
     しい。
    *ナルコレプシーで悩んでいる人が多々あることを啓蒙してほしい。
    *会費を納入しても意見交換をしたい。

以下はナルコレブシーの方にお伺いします。

Q1 現在の症状は以前より改善されていますか。
        薬の服用あり  薬の服用なし   計
   改善した    10      5       15
   改善してない   2      1        3
   わからない    2      0        2
   記入なし                   17
    計      14      6       37

Q2 現在服用されている薬は?

  1 服用している        13
     a熟眠の薬      (6)
     b居眠りをおさえる薬 (9)
     c脱力をおさえる薬  (7)
     dその他       (1)
  2 服用していない        60
  3 記入なし            7
  4 その他             1
    計              37

薬を飲んでいる人の状況
     a;熟眠の薬  b;居眠りの薬   C;脱力の薬

    *16歳男 b,c(薬名記入なし)
         症状は薬を飲むことにより改善されているようです。
         全くないという訳ではない。
    *53歳男 a, c(薬名記人なし)症状は改善されている。
    *53歳女 a(薬名記入なし)
         最近睡眠薬をのんでグッスリ寝るようにしています
         が、飲み続けると早くボケそうな気がして不安です。
         のまないと脱力があり、仕事にたいする意欲がなく
         なります。子供に対する影響が心配です。
    *44歳女 a(サイレース、レンドルミン)、b(リタリン)、
         c(ァナフラニール )
        薬を飲んでから、突然の居眠りや無意識の行動、幻覚はあ
        りませんが、時々夢と現実の境が分からないことがあります。
    *43歳男 a(ハルシオン、ワイバックス)、b(ペッセンテイ又はリタリ
         ン1/2)、c(トフラニール) 症状は一進一退ですが 気分的
         には大分よいと思います。
    *44歳女 a(ァタラックスP、サイレースとアパモンも飲んだのです
         が合わなかったようです)、b(リタリン)、C(ァナフラニール)
         日中の居眠りが半分ぐらいに治まり、脱力と人眼時幻覚
         も今のところ治っております。
    *20歳女 c(薬名記入なし) 発症時に比べれば大変よくなっている、
    *14歳男 b(リタリン、ベタナミン)、C(アナフラニール)
         改善されている。部活での脱力が悩み
    *18歳男 a(TOF10,CG20)'b(薬名記人なし)
        ほんの少しであるが良くなった。
    *11歳女 b(薬名記入なし)
        病名ははっきりしたが眠気や脱刀は変わらない。

薬を飲んでいない人の状況
    *58歳男 改善している。居眠りをするような会や場所は意識してさ
        げるか事前に仮眠をとる。
    *16歳女 改善していない。勉強に取り組もうとしてもすぐ眠ってし
        まう。
    *61歳男 病気であるとは知りませんでしたが若い時よりは大分軽く
        なっている。
    *57歳女 以前より太分良くなっている。薬も何もしていませんか生
        活環境が落ちついてきたのも関係していると思います。
        今は、車の運転もお茶の教室もやめました。
    *37歳男 規則正しい生活をすれば、大分改善されている。
    *59歳男 少し良くなってきている。退職後は良くなってきている。
---------------------------------------------------------------------------
おわりに

*回答数が少なかったのは残念でしたが、配付した資料は大変好評でした。菱川泰夫先生、本多裕先生には厚くお礼申し上げます。

*薬を飲んでいる人と飲んでいない人がいて、それぞれの考え方があるようです。あらた めて意見交換の場を設ける必要があると思います。

*私の個人的な考えですが、ナルコレブシーであれば、薬で症状はある程度おさえることができ、日常生活や通勤、通学等は、それ程大きな支障なくできるようなると思っています。(今まで約20年間事務局をやってきて色々なケースをみてきた経験からですが) もちろん個人差がありますから、薬の種類や量については医師と相談しながら試行錯誤的に気長に決めていくことになると思います。私の場合、脱力の薬として最初トフラニールを飲んでいましたが 殆ど効果がなかったのでアナフラニールに変えたところ非常に良く効きました。また、アナフラニ-ルを飲んだら頭痛がしたり気持ちが悪くなったりしたのでトフラニールにかえたら良くなった人もおります。

*ナルコレプシーの入眠時幻覚、脱力発作、日中の居眠り等はいずれもREM睡眠に関連するものですから、綜合的に考えなければならないのに、居眠りの薬たけや睡眠の薬だけしか飲んでいなくて症状が改善されない例がみられるようです。

*なるこ会ができてから、30年になりますが、重大な副作用は聞いていません。今、ナルコレプシーの症状で苦しんでおられる方は積極的に治療にトライしてみてはいかがでしょうか。

*地方の専門医療機関が少ないことがやはり悩みの種ですが、今後厚生省をはじめ各機関と連絡をとり、出来るだけ早く情報を提供したいと思います。何か良い情報がありましたら、是非 事務局にお知らせください。



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1531 資料1 ナルコレプシーとはこんな病気 要約


◎主症状は「何ヶ月も続く日中の居眠り」
 ナルコレプシーは「居眠り病」といわれる睡眠障害のひとつです。 日中の眠気は前夜の睡眠不足のときや食後などの条件によっては誰でもおこりますが、ナルコレプシーの場合、良く眠っていても空腹でも関係なく眠気が襲い、毎日繰り返し一日に何度もおこり、最低三ヶ月以上つづくものです。

◎「怠け者」のレッテルをはられることも多い
 なかには耐えられない強い眠気がおこって突然眠りこんでしまう「睡眠発作」をともなうこともあります。退屈な授業や会議中など、健康な人でもねむくなる状況では、一層起こりやすいので、周囲の」人から「たるんでる」などと誤解されがちです。  ナルコレプシーの場合居眠りが職業上の失敗、学業の不振、事故など、不利益の原因になったりします。

◎本人にも病気であることの認識が乏しい
 日常的に眠くなるため、眠いと云う自覚をあまり持たなくなります。眠い病気だという意識が段々うすれてきてあきらめてしまう、外見的には眠そうにぼやっと見えるのに本人には自覚がなく、仕事のミスがおこりやすくなるのです。

◎理解を得られず退職や転職を余儀なくされる人も
 お客様との商談中に眠ったとか事故をおこしたなどいうことがあると、しかられたり、配置転換させられたりと云うことが起こります。病気と知らず治療を受ける機会を失うと社会への適応力が小さくなってしまいます。目がさめて居るときは能力を発揮出来るのに眠い状態で仕事を続けることが多いため、事故になり、信用を失うことになります。  家族を含めこのことを理解してくれる人が周囲に少なく不利な立場におかれていることがナルコレプシー患者さんの悩みであります。

◎患者会や社会的サポートが生活上の悩みを軽くする
 最近、アメリカなどでやっと患者さんの社会的立場、生活上の悩みなどの調査と対策などが研究され始めた。ナルコレプシーに関しては医師の側の理解にも問題があり、改善が望まれます。また患者さん同士で話合ったりする会として「なるこ会」が昭和42年に発足しています。  きちんと治療し生活上の注意を守ればふつうの人に近い感じでやってゆけますが、まだ根本的治療法がありませんので、社会的サポートが必要です。

★症状は日中の眠気だけではない、
  眠気以外にもこんな症状があらわれる。

◇情動脱力発作;興奮したときなどに体の力が抜ける。
 情動とは喜怒哀楽のこと、こういう感情が起こったときに体の姿勢を保つ筋肉の緊張が抜けてしまうものです。発作は一日に数回から一週間に数回など様々です。強さも膝がガクガクする程度から地面に崩れるように倒れるケースもあります。
 この症状は大変重要でこの症状が無いといくら眠くても別な疾患だと考えられます。

◇入眠時幻覚;寝入りばなに鮮明な恐ろしい夢をみる。
 これは70−80%の患者さんに見られ半分眠りかけた様なときに鮮明な怖い夢を見ます。生々しい現実感をもった幻視、幻聴、幻触が起こります。

◇睡眠まひ;幻覚に伴う金縛り状態
 寝入りばな、急に体に力が入らない、声が出ない、起きあがろうとしても体がうごかない、という、いわゆる金縛り体験です。発病の初期によく起こります。
 また、情動脱力発作、入眠時幻覚、睡眠まひは、いずれも覚醒状態からすぐにレム睡眠に移るという、ナルコレプシーに特有の睡眠解離現象に伴ってあらわれるものです。このため、この三つの症状はレム睡眠関連症状と呼ばれることもあります。

◇そのほか  睡眠発作、自動症、夜の熟眠困難など
 睡眠発作は瞬間的に眠るもので、一二秒間フッと眠ってしまうものです。
自動症は普段半分くらい眠いとき、自分では眠いという自覚はないのだけれど、あとでやったことを覚えていない、ということがおこるものです。知らないうちに歩いて居た、買い物をしていた、食べていた、などということが起こります。
 夜、鮮明な夢をよくみるため、熟眠感が得られないという不眠の訴えもあります。

 ではこれらの症状はナルコレプシーだけに見られるのでしょうか。殆どの症状は健康な人にもときには起こることもあります。つまりこうした症状の一つを時折体験するからといって、それだけではナルコレプシーではありません。先にのべた二つの症状があれば、後半にのべた症状がなくとも、ナルコレプシーと診断されます。

★睡眠のリズムが乱れる原因はまだ不明
◎覚醒と睡眠のリズムが乱れて睡眠障害をおこす
 ナルコレプシーは睡眠そのものがちがうということでなく、睡眠のリズムに乱れがあると考えられます。昼間にしばしば眠り込み、夜も深い眠りが持続しないで浅い眠りを繰り返す と言う眠りは、多相型の眠りで赤ん坊の眠りに近いものです。

◎レム、ノンレム睡眠のリズムも乱れている
 また、寝入りばなにレム睡眠が出やすいことと、夜の睡眠の場合に中途覚醒が多く、レム睡眠が不規則におこることが大きな特徴で、これによって情動脱力発作、入眠時幻覚、睡眠まひ、睡眠発作、などの症状が説明できます。

★生活のコントロールと薬物療法を根気よくつづける

◎睡眠障害にくわしい精神科を受診する
 患者さんはナルコレプシーと知らないあいだは、眠りすぎることが問題ですから、多くは内科を受診します。しかし、内科の医師ですと「よく眠るのは病気じゃない」などと診断されてしまうこともあります。こんなことで十年間も病気と知らず苦しんできたというひとも居ます。
 ナルコレプシー は睡眠をコントロールする脳の機能に異常を来たす病気ですから、精神科で治療を受けるのがよいと思います。

◎規則正しい生活を心がけ昼寝をする
 ナルコレプシーは根本的原因が分かっていないため、根本的治療はありません。生活を規則正しくして、薬物で眠気をコントロールし、苦しむことなく生活出来る程度に症状を軽くすることが基本です。夜早めに寝て充分に睡眠時間をとり、規則正しい生活をすることが必要です。

◎夜は眠れるくすり、昼は眠気をさますくすりを
 夜眠ることが努力だけでは不可能な人の場合、入眠時幻覚や睡眠まひをおさえるくすり(クロミプラミン、イミプラミン、など三環系の抗うつ剤、レム睡眠をおさえるはたらきあり)と、睡眠誘導剤を用います。
 しかし、居眠り傾向はこれだけでは充分にコントロール出来ないので、足りない分は精神賦活剤(ペモリン 商品名ベタナミン、 メチルフェニデイト 商品名リタリン)を用います。夜の熟眠障害にはベンゾジアゼピン系の睡眠誘導剤や、ベゲタミンbなどの長時間作用する睡眠剤を投与します。
 これらの各種の薬は患者さんの症状とその強さに合わせて使いわけられます。

◎段々軽減する例が多いので、根気よく
 年月が経つとだんだんと症状が軽くなる場合が多いのです。五年十年という期間で見ると軽くなってゆくケースが目立ちます。

◎くすりは長期に飲んでも正しく服用すれば心配無用
 副作用は個人差があり使用量によっても違ってきます。しかし副作用は防ぐ手だてがありますしそんなに問題ありません。くすりのマイナス面や副作用があったら自分で判断せず、医師に相談して生活の質の向上をはかることが大切です。
                                 以上

注 「ナルコレプシーはこんな病気」は、保健同人社の健康雑誌に数年前掲載された記事で、要領よく纏まっていたので、同社の了解のもとに、この部分をパンフレットにして市民から問い合わせがあるたびに、なるこ会事務局から理解の補助資料として提供してきました。医学情報は晴和病院院長の本多先生と、秋田大学医学部教授の菱川先生によるものであります。



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1532 行政への要望陳情


                         平成9年12月20日
厚生大臣
小泉 純一郎 殿
                      なるこ会 会長 白倉 昌夫

             陳 情 書

 なるこ会は、ナルコレプシー患者自身の会として昭和42年に発足し、全国に約400名の会員が居ります。なるこ会は会員相互の親睦・互助、社会生活面の向上、治療・研究への協力を目的として活動をしております。
 ナルコレプシーは、比較的希な疾患であり専門医が少なくかつ精神(神経)科で治療が行われていること、根本的な治療がなく薬の服用が毎日必要であることから下記について要望いたします。
               記

1.診療科名として睡眠科(仮称)を設置してください
 新聞・雑誌などによると日本では5人に1人が何らかの睡眠障害をもっているといわれています。睡眠障害の治療は、現在は精神(神経)科などの一部として行われていますが、このことを知っている人はごく少数に過ぎません。なるこ会会員を対象としたアンケート調査でも最初に訪れた診療科が精神(神経)科と答えたものは50%以下であり、またなるこ会の事務局(対外窓口)に対しても「睡眠の悩みはどこで診療してもらえるのか」という問い合わせが数多くきております。眼科や歯科などと同じように誰にでも分かるような名称にする必要があります。
 次に精神(神経)科という言葉のイメージから治療を受けにくいことです。全国の会員の中にも精神(神経)科に通っていることが分からないように自宅から遠く離れた病院に通ったり、自分の車を持っていてもタクシーを利用するなど大変苦労している者がおります。睡眠障害の治療を行われている先生方の研究報告の中にも「ある企業集団内の調査で推定では150人以上の患者がいると考えられるにもかかわらずナルコレプシーと診断された患者は20人に満たず、直接診断したナルコレプシー患者のうち精神科に受診したものは一人も居なかった」とあります。私たちの経験からこの中には診療を受けたくても精神(神経)科に通うことに躊躇しているケースもかなりあると考えられます。
 以上から睡眠障害の治療を精神(神経)科から分けることにより治療を受けやすい環境を作っていただきたく強く要望いたします。

2.睡眠障害センタを設立してください
 米国では睡眠障害センタをはじめ、全国に睡眠障害センタが配置され患者の治療、睡眠障害の研究、専門家の育成に大きな成果を上げていると聞きます。さらに最近国立睡眠財団(National Sleep Foundation)も設立され、活発な啓蒙活動を行っております。是非日本においても同様の組織の発足をお願いします。さらに民間において睡眠障害センタが運営可能となる健康保険制度の枠組みを作っていただくことを要望いたします。

3.アナフラニールをナルコレプシーの保険適用薬として認定してください
 抗うつ剤として認可されているアナフラニール錠がナルコレプシーの情動発作を抑える上で特効的な効用があることは、国内国外の医学界において広く認められており、昭和36年の厚生省保険局長通達「精神科の治療方針」の中にも明記されております。
またこの効果は我国で初めて発見されたものでもあり、実際にひろく用いられております。 私たち患者にとっては情動脱力発作や入眠時の幻覚・金縛りを防止するアナフラニールは毎日欠かすことができません。
 しかしながら、30年間におよぶ私たちの再三再四の要請にもかかわらず製薬会社がナルコレプシーの保険適用薬としての効能追加の申請をしていないため現在でも保険薬として認められていません。
 一方、保険の財政事情から保険適用薬でない薬品についてはその使用を制限する方向にあり私たちナルコレプシー患者としては大きな危機感を抱かざるをえません。
 これまで十分実績のあるアナフラニールを早急に保険薬として認定して頂きたいと要望致します。

4.モダフィニール(Modafinil)を認可してください
 インターネットなどの情報によると約10年ほど前からフランスで開発・使用さ れ米国で治験薬とされているモダフィニールが米国の食品医薬品局(FDA)より認可されました。
 通常の社会生活を行うために精神賦活剤を毎日服用することが必要な私たちにとってモダフィニールのような効果が高く副作用が少ない薬品の開発を待望しております。 できる限り早急にモダフィニールを医薬品として、さらにナルコレプシーに対する健康保険適用薬剤として認可されることを希望致します。

               連絡先
                なるこ会事務局
                我孫子市新木野1−19−15(〒270-11)
                清水方 
                電話 0471-88-1851


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1533 平成9年度総会 速報


 平成9年12月9日晴和病院講堂においてなるこ会平成9年度総会並びに懇親会が開かれた。概要をここに速報します。

議案1 平成9年度活動報告
    今年度の計画は昨年に継ぎ
     1 啓発活動の促進による会員数の増加
     2 活動資金の確保
     3 海外との交流継続
     4 三十周年記念誌作り
   とした。

1 啓蒙活動による会員の増加
 1−1 タイトルからみると積極的に内外に働きかける積極活動をイメージするが、目下の実力はその任には充分ではない。しかしながら、先般、新しいメディアであるインターネットにやっとホームページを開設することが出来た。いまはコンピューターを操作出来るひとにのみ見る機会があるが、コンピューターの普及は早く、インターネットが生活の中に入り込むのは遠くない。
 今後はインターネットの記事を新鮮に保つことが重要になってくる。

 1−2 青年部が作られから初めて、青年会員同士で交流を持った。そして若者からのメッセージを綴ってくれた。これは記念誌に掲載した。将来、会の中心的役割を担ってくれるものと期待できる。

 1−3 日本睡眠学会学術集会(22回)が7月にひらかれ、本多先生は学会の会長としてご苦労された。この折りに展示ブースをお借りすることができたので、なるこ会として、啓蒙展示を試みた。主に学会参加の方々が多数見えた。

2 資金の確保
  特筆すべき活動なし。他方、4月発行の「なるこ便り」は副会長 白倉さんの技術、資金の全面的ご支援で印刷することが出来た。その分、活動費にゆとりが出来た。

3 海外との交流の継続
  会員の水野愛子さんが自費でアメリカのなるこ会大会に出席された。

4 記念誌の発行
  目下制作中である。

議案2 会計報告 監査報告
      省略

    監査役報告 監査結果資料計算等に誤りない旨の報告あった。

議案3 平成10年度活動予定 9年度事業を継続する。

議案4 平成10年予算案 資金の許す範囲の予算とする。

議案5 平成10年役員 次ぎのように推薦され決定した。

 会 長   白倉 昌夫
 副会長   梨本 哲男
 事務局長  清水 利男
 事務局次長 田宮 由道
 事務局   浅田 初美
  同    斉藤 邦一
       佐藤 芳博
       M.T.
       M.N.
       T.H.
       T.F.
 会 計   K.N.
 ホームページ 桑原 正孝
 外国連絡担当 水野 愛子
        南  新
 青年部    K.N.
        T.T.
 監 査    I.S.

 以上出席者全員の賛成を得て可決した。

新会長から来年度は会員間の交流をよりよくはかる施策をすすめたい との挨拶があった。

以上で総会は終了した。


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1534 編集後記


 なるこ会創立三十周年を記念して多くの権威ある先生方からお祝詞をいただき感激です。これも本多先生のなるこ会の育成に注がれた熱意が各位に伝わったからでありましょう。
 また、インターネットホームページの開設が会員の力で成り、嬉しいことです。また、青年部の諸君が「体験」をメッセージと云う表現で書いてくれたのは、体験と云う言葉の重くるしさを吹き飛ばしてくれました。
 「事務局」はなるこ会の窓口で、地味な存在だが、仕事の一端をのぞかせる報告をまとめたのは意義があります。これに数人の方々の投稿を得て、体裁を整えることが出来ました。編集担当としては精一杯やったつもりですが、ご批判は喜んで頂ますのでお手紙でいただければ幸いです。


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なるこ15号
 平成9年12月25日発行
 発行責任者 白倉 昌夫  TEL 0473‐53‐3588
 編集    田宮 由道  TEL & FAX 03‐3312‐8053
 発行    なるこ会事務局
       清水 利男  TEL & FAX 0471‐88‐1851
       〒270‐1114 安孫子市新木野 1‐19‐5



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