覚醒と睡眠のリズムが乱れて睡眠障害をおこす

 では、こうした一見不可解な睡眠障害は、どうして起こってくるのしょうか。こうした症状がおこるメカニズム、つまり症状の機序は、ある程度明らかになっています。

 「ナルコレプシーの人の昼間の居眠りは、基本的には健康な人の眠りと同じです。脳波で測ると健康な人の居眠りと同じ変化が起こってきますし、強い刺激を与えるとすぐに目覚めます。さらに、夜中にしばしば目が覚めるということで、ナルコレプシーは睡眠そのものが違うということではなく、睡眠のリズムに乱れがあると考えられます。」(菱川氏)

 「昼間にしばしば眠り込み、夜も深い眠りが持続しないで浅い眠りを繰りかえす・・・・・という眠りは、夜にまとまってよく眠る普通の大人の睡眠(単相型)と違って、多相型の眠りで、赤ん坊の眠りに近いものです」(本多氏)

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レムーノンレム睡眠のリズムを乱れている

 また、寝入りばなにレム睡眠がでやすいことと、夜の睡眠の場合に中途覚醒が多くレム睡眠が不規則に起こることが大きな特徴で、これによって情動脱力発作、入眠時幻覚、睡眠麻痺、睡眠発作、夜の不眠感などの症状が説明できます。

 「健康な人の睡眠はノンレム睡眠から入っていくのに対し、ナルコレプシ−の場合、しばしば起きている状態からいきなりレム睡眠に入ります。
健康な人でも、レム睡眠時は、非常に鮮明で情動的な夢をみるとともに、全身の筋肉の緊張が一番、低下するときでもあります。目覚めた状態からすぐにレム睡眠に入ることになると、目覚めている脳の状態に連続で活発な夢体験がおこってくる。これが入眠時幻覚です。本人は、ある程度は目覚めてると思っているときに恐ろしい夢体験をするため、現実と区別がつかないのです。眠りから覚める時にも同様のことが起こります。」(菱川氏)

 さらに、入眠時幻覚にともなう睡眠麻痺も、寝入りばなのレム睡眠によって説明がつきます。つまり、全身の筋肉が極端に緩んでいる状態であるため、なかば目覚めている脳が手足に動けと命じても、その命令に反応することが出来ず、金縛りと感じられるのです。

 「情動脱力発作も、レム睡眠にともなう筋肉緊張低下の強い状態が、情動的な刺激で誘発されて起こると考えられます。ですから、その状態が長く続くと、そのままレム睡眠に入ってしまいます。」(菱川氏)

<解説>
 睡眠は2つに分類されます。ひとつは「ノンレム睡眠」です。ノンレム睡眠中では、全身の筋肉が一定の緊張を保ちリラックスしています。呼吸はゆっくりとした規則的なものになります。大脳皮質からの脳波は、振幅が大きくゆっくりとし、脳で消費されるエネルギー量は最小になります。つまり、脳が休息している状態です。

 もうひとつは、「レム睡眠」です。レム睡眠では、呼吸や脈拍は不規則となり、特徴的な急速な眼球運動が見られます。大脳皮質からの脳波は、覚醒時みられるような不規則な低振幅速波が現れ、このときは夢を見ています。脳の代謝は覚醒時と同じかそれ以上になります。

 健康な人であれば、一晩の眠りはノンレム睡眠で始まり、約90分程度のサイクルで交互に移行します。

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睡眠のリズムの中枢に障害があるのでは?

 「なぜ」こうした症状が起こってくるのか、根本的な原因はまだ分かっていません。しかし、「ナルコレプシーの眠りが赤ん坊の眠りと似ている点があることと、十代で発生することが多いことから、ナルコレプシーはある発達の過程において、脳の睡眠に関する機能に普通の状態とは違った段階が入ってしまうということがあるのではないかと推測されています。遺伝的な要因に、青年期に睡眠の発達を阻害するなんらかの環境要因が加わることによって、発病するのではないでしょうか。患者さんの中には、発病の前に夜更かしして仕事をするという、無理のある暮らし方をしたケースが多いという報告もあります。」(菱川氏)

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発病には遺伝子が大きくかかわっている

 ナルコレプシーの患者さんの家族を調べると、一般の家族にくらべるとナルコレプシーの発現率があきらかに高いという疫学的なデータが多く、本多氏らもこの遺伝的要因に大きな関心をもって調べてきました。
「最近、私たちが行った407家系の研究でも、ナルコレプシーの患者さんの両親と兄弟には、ナルコレプシーのみられるものが4%もあり、普通の家系の十倍近くの高率を示しました。」(本多氏)

 さらに本多氏らは、患者さんの遺伝子について詳しく研究をすすめ、その結果、日本のナルコレプシーの患者さんはすべてHLA(ヒト組織適合抗原)−Dw2という遺伝子をもっていることが分かりました。
「この遺伝子が、なにか別の睡眠のメカニズムをプロモートしてナルコレプシーをひきおこすのではないかと考えられますが、詳しい事はまだ分かっていません。しかし、ここまで分かっているため、例えば親や兄弟がナルコレプシーであったら、子供や兄弟はこの遺伝子をもっているかどうか調べることが出来ます。そして、もしもっていたら、ナルコレプシーになりやすい体質であると考えて、生活のリズムを整えることで、ある程度は発病を予防することは可能です。」(本多氏)

 では、実際に予防のために「生活のリズムを整える」とは、どんな点に気をつけたらいいのでしょうか。
「十代に発病することが多いので、この時期にストレスを受けすぎないようにする、無理な睡眠のとり方はしない、大きな病気をしないよう注意する、などを心がけることによって、ある程度発病のきっかけをつかまないで防ぐことが可能です。」(本多氏)

<解説>
 最近になって、ナルコレプシーに関連する遺伝子の発見が報告されています。テキサス大学ダラス校サウスウェスト医療センターのハワードヒューズ医学研究所、柳沢 正史(やなぎさわ まさし)らは神経伝達物質のひとつである「オレキシン(または、ヒポクレチン)」をつくることのできないマウスを使った実験で、オレキシン(または、ヒポクレチン)の欠乏がナルコレプシーの症状と関連していることをつきとめました。この研究は、米科学誌セル(Cell)八月二十日号に発表されました。

 スタンフォード大学のミニョ−(Emmanuel Mignot)は、ナルコレプシーを患っている犬の遺伝子を調べ、特異的な遺伝子の同定に成功しました。ナルコレプシーの犬では、オレキシン(または、ヒポクレチン)という神経伝達物質の受容体が突然変異により、正常に反応できないということを発見しました。この研究もまた、同誌八月六日号に発表されました。

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