お相撲ファンタジー小説

魔法のお相撲さんミンキーネム


第ニ章 ちびっこ相撲大会の巻


1、ネムくん学校に行く 「今日からみんなと一緒に勉強する新しいお友達を紹介します。」  タカコ先生が銀の鈴を振るような透き通った声で言いました。 「ネムくん、入ってらっしゃい。あれっ?ネムくん、ネムくんってば!」 「あ、はい!」  ネムは我に返ると慌てて教室の中に入って来ました。  ネムが通うことになったのは部屋からも近い緑町小学校でした。一応、ネム は相撲取りになるために地上に来たのですが、普段は子供の姿をしているため、 学校に行かなくては、変に思われてしまうという理由からこの小学校に入学す ることになったのです。  で、ネムは五年三組に編入することに決まったのですが、このクラスの担任 のタカコ先生は大学を出て間もない若い女の先生でとってもきれいな人だった のです。ネムがタカコ先生に呼ばれた時、ぼーっとしていたのは実は先生に見 とれていたためなのでした。 「じゃ、ミキコちゃんの隣の席が空いてるから、ネムくんはミキコちゃんの隣 の席に座って下さい。みんななかよくしてあげてね!」  そういうとタカコ先生は生徒たちに向かってにっこりと微笑みました。 「あなたネムくんって言うの?よろしくね。」 「うん、こちらこそ。」  隣の席のミキコちゃんが話掛けて来たのでネムは答えました。メガネを掛け ていてやせっぽっちのさほど美人でもない女の子・・・、というのがネムのミ キコちゃんに対する印象でした。もっともタカコ先生と比べてしまえば、どん な女の子も見劣りしてしまうのですが……。 「あなたお相撲部屋の息子さんなんでしょ? 確か八十通部屋だっけ?」 「うん、そうだよ。」 「あのね、実はあたしお相撲大好きなの。八十通親方の息子さんなんだったら、 もしかしてミンキーネムの弟さん?」 「へ?弟? あ、そう言われてみれば、そうだなぁ。」  そうか。自分はミンキーネムの弟だったのか……。実際には同一人物なんだ けど。ネムは地上に来てから日も浅く、地上での自分の立場をはっきりと把握 していなかったのでした。それで思わず戸惑ってしまったのです。 「そう言われてみればって……、なんか変な言い方ね。」 「い、いや。なんでもないんだ。ははははは(^_^;)」  ネムは笑ってごまかしました。う〜ん、自分は子供の姿の時はミンキーネム の弟だって、これからはちゃんと覚えておかなくては……。 「ねーねー、あたし、ミンキーネムのファンなんだけどさ、ネムくん、サイン 貰ってきてくれないかしら?」 「え、サイン? うん、いいけど……。」 「わぁ、ありがと。」  ミキコちゃんは無邪気に喜んでいます。ん、もしかしてこの子も笑うと結構 かわいーかな〜?、などと思ってしまったネムくんでした。それに、1勝14 敗とボロボロに負け越したミンキーネムのファンだなんて言ってくれるのはな んだかうれしい気分です。  しかしミキコちゃんと楽しそうに話をしているネムをねたましそうな視線で 見つめている少年がいたことにネムは気付きませんでした。  放課後の校庭で、ガキ大将のユーサクは子分たちに忿懣をぶちまけていまし た。 「くっそぉぉぉっ!!なんなんだ、なんなんだ、あのいまいましいガキは!! いきなり転校してきやがって、あろうことかオレのミキコちゃんの隣の席に座 りやがってっ!」  歯軋りして悔しがっています。ユーサクはずっと前からミキコちゃんに首っ たけだったのでした。彼の部屋にはミキコちゃんの隠し撮り写真が沢山飾って ある程です。 「まあまあ、親分、落ち着いて……。」  子分のマサオがなだめにかかりましたが、ユーサクはそのマサオをギロッと 睨みつけました。 「これが落ち着いてられるかってんだ。ちくしょうめ!しかも楽しそうにミキ コちゃんと話なんぞしてやがった。」 「あ、親分! 奴が出てきましたよ。ミキコちゃんと一緒に歩いてます。なん か楽しそうにおしゃべりしてますよ。」 「おのれっ! あんな奴はギッタンギッタンにしてしまって、ミキコちゃんの 前で恥をかかせてやる!!」  そういうとユーサクは駆け出しました。 「あ、親分、待って下さいよ。」  子分のマサオ、ヒロシ、アキラの三人組は慌ててユーサクの後を追いました。 「やいやいやいやいやいっっ!! 待て待てきさま〜〜!!」  ユーサクは校舎から出てきた、ネムたちの前に立ちはだかりました。 「なんだい君は……。」  ネムは訝しそうな表情でユーサクを睨みつけました。 「ガキ大将のユーサクくんよ。いっつもあたしをいじめるの!」  ミキコちゃんはネムの背中に隠れるようにして言いました。ユーサクはそん なミキコちゃんの様子を見て更に頭に血を上らせたようです。 「ふん、女の子といちゃいちゃしやがって! 俺はおまえみたいな奴が大嫌い なんだ。根性を叩きなおしてやるから、かかってこい!」  ユーサクはネムを睨み付けて怒鳴りました。ユーサクはミキコちゃんに惚れ てはいるものの、女の子なんて苦手で、いじめることでしか愛情表現が出来な いような男の子なのでした。そんな自分に対するのもどかしさもあって、女の 子と仲よくしてるような奴を見ると余計に腹が立つのです。 「なんか知らないけど、こっちも腹が立ってきた。」 「だめよ、ネムくん。ユーサクくんは柔道をやっててとっても喧嘩が強いのよ。 六年生だって適わないんだから。」  ミキコちゃんはネムを止めようとしました。しかし……。二人は睨み合った まま耳を貸そうとはしません。 「いや、こんな奴は一度痛い目に合わせてやらなきゃいけないんだ。大丈夫、 僕だって相撲をやってるんだから。女の子をいじめるような奴は許せないよ!」  なんだかネムは偉そうなことを言っています。ネムはお姫さまを守って戦う 騎士になったようなつもりになってすっかりいい気分になっていたのでした。 「ねえ、やめてよ、喧嘩なんか……。ユーサクくんもお願い! 喧嘩なんかし ないで。」  ミキコちゃんは泣きそうになって止めに入りました。ここまで言われると実 はミキコちゃんに惚れてるユーサクとしては言うことを聞かない訳にも行きま せん。 「よおし、それじゃ、今日のところはミキコちゃんに免じて勘弁してやる。」  ユーサクはネムを睨みつけながら言いました。 「但し、このままじゃ、気がおさまらん。そこでだ。今度の日曜日に町内のち びっこ相撲大会があるから、おまえもそれに出場しろ。その土俵でこてんぱん にやっつけてやるから。」 「よおし、わかった。」  ネムは答えました。 「ふーん、ネムくんってば暫く見ないうちにすっかり色気づいちゃって……。」  帰り道、ミキコちゃんと別れて頻りにユーサクに腹を立てながら歩いていた ネムはいきなり声を掛けられて、ビクッとして振り向きました。 「ユ、ユナじゃないか……。」 「ふふふ、ネムくんも隅におけないわねー。」  ユナはからかうような口調で言ってニヤニヤ笑っています。ネムは慌てて否 定しました。 「な、何言ってんだよ。そんなんじゃないよ。」 「あら、照れなくてもいいのよ。可愛い子じゃないの。」 「違うってば。僕はタカコ先生に憧れてるんだからね。あんなちんくしゃな女 の子目じゃないさ。」 「へぇーっ。その割りには熱くなってたじゃない。」 「そりゃ、僕にだってプライドってもんがあるからね。喧嘩を売られて黙って られないよ。」 「ぷ、ぷ、ぷ、ぷらいどですって!? きゃははははは、ネムくんがプライド だって!」 「何がおかしいんだよっっ!」  ユナが笑いころげながら、飛び回っているのを見てネムは腹を立てて言いま した。 「だってだって、この間はおかみさんに怒鳴りつけられて泣きべそかいてたく せにぃ。」 「うるさい、うるさい、うるっさーーーい!!」  ネムは真っ赤になって怒鳴りました。 「大体なんでユナがこんなとこにいるんだよ!アスガルトで大人しくしてれば いいじゃないか!!」 「えへへ、残念でした。私はトール様にネムくんの監視役を仰せつかったのよ。 トール様ったら、この間のこと報告したらひどく心配しておられてね。」  ネムはユナの言葉を聞いてギクリとしました。 「ま、まさかこの間のこと、全部話したんじゃないだろーな。」 「あら、私は自分の役目を忠実に果しただけよ。」  ユナはいたずらっぽい目をして言いました。 「こいつめ!」  ネムは怒ってユナをはたき落とそうとしました。しかしユナはすばやく逃れ ました。 「おやおや、ネムくんったら乱暴なんだから……。女の子をいじめるような奴 は許せないんじゃなかったのぉ?」 「女の子にもよりけりさ!」 「ふーん、じゃ、やっぱりネムくんはミキコちゃんが好きなんだ。」 「なんでそうなるんだよぉ!」 「だって、ミキコちゃんのためならガキ大将と喧嘩するんでしょ?」 「だからそうじゃなくて……。」 「わかった、わかった、じゃ、私はアッコさんにも挨拶しに行かなきゃならな いから、またあとでねー。」  そういうとユナはあっと言う間に飛び去ってしまいました。 「ユナの奴、もしかしてアッコさんにも変なこと言いやしないだろか……。」  ネムは不安になって、駆け出しました。
2、ちびっこ相撲大会 「ええーっ!? ネムったらちびっこ相撲大会に出場するつもり?!」  アッコさんは驚いて聞き返しました。 「うん、そうだけど……、何かまずいことでもあるの?」  ネムは何をそんなに驚いているのか、という顔をしてアッコさんに言いまし た。 「まずいも何も……、ミンキーネムもゲストで出場するんやで。」 「へ??」  ネムは目が点になりました。  そもそもこの町内相撲大会というのは町内に八十通部屋が開設されて以来、 町の人達たちとの交流を深めようという考えで八十通親方が始めたもので、八 十通部屋の主催で行なわれる行事なのでした。で、八十通部屋所属の力士たち の取り組みとかちびっこ力士たちとの対戦とかその他色々な行事も予定されて いるのです。 「うちの部屋には今のとこお関取ゆうたら、幕内の房亜梨州(ふさありす)と 十両に落ちたとはいえ、眠希眠、つまりあんたしかいてへんねんから、部屋の 看板なんやで。あんたが相撲大会に出たら、眠希眠が出場出来んようになるや ないの。そやから今回は諦めてもらわんと困んねんけど……。」 「そ、そんなこと言われたって……。僕はそんな話全然聞いてないよぉー。そ れにもう約束しちゃったもん。今更出場取り消しなんて言ったら、卑怯者にな っちゃうよ。」  ネムはユーサクの意地悪い顔を思い浮かべながら言いました。出場しないな んて言ったら自分のことを臆病者だと言いふらすに決まってます。それにミキ コちゃんだって……。 「なんと言われたって僕は出場するからね。 「しゃーないなー。誤魔化し切れたらいいけど……。」  アッコさんは不安そうに言いました。  さて、いよいよちびっこ相撲大会の当日です。会場の緑町小学校体育館には 続々と人が詰め掛けています。ミキコちゃんも弟のアキヒコと一緒に観戦に来 ていました。 「へえぇ? んじゃ、そいつ姉ちゃんのためにユーサク兄ぃと勝負するとでも 言ったの?」 「うん、まあ……、そういうことになるのかなー。」 「ふーん、物好きな奴もいたもんだ。女なんて幾らでもいるってのによりにも よってこんな……、イテッ!」 「こおら、アキヒコ。それは一体どういう意味よ!」  ミキコちゃんはアキヒコの頭をこづいて、睨み付けました。学校ではどちら かというと大人しいミキコちゃんも弟に対しては暴君のようです。 「いえ、だから、そのぅ……、あ、誰か呼んでるよ。」 「誤魔化そうとしたってだめよ!」 「本当だってば、ほら、あそこ。あれ、もしかしてミンキーネムじゃない?」 「えっ?」  アキヒコの指さした方向を見ると確かにそれはミンキーネムでした。 「ミキコちゃーん、こんなとこにいたのか。探してたんだよ。」 「え、あの、どうしてあたしの名前を……。」 「どうしても何も・・・・・。」  ここまで言ってネムは思い当りました。あ、やばい。そう言えば今はお相撲 さんスタイルに変身していたんだ! 「いや、その、なに、お、弟に聞いてたもんで……。」  ネムはしどろもどろです。うーん、なんて不便なんだろう。 「で、あのこれ、弟に頼まれまして……。」  そう言ってネムはミキコちゃんに色紙を手渡しました。色紙には手形が押し てありその横にきちゃない字で“眠希眠”と書いてあります。これはネムがミ キコちゃんの為に生まれて初めて書いたサインだったりするのでした。 「わぁ、どうもありがとうございます。」  ミキコちゃんは恐縮しつつ色紙を受け取りました。 「で、ネムくんは……。」 「あ、ネムくんですか、あ、後から来ます。んじゃまそうゆうことで……。」  ネムは逃げるようにその場を立ち去ったのでありました。 「ネムくんったら、いくらミキコちゃんの顔を見つけて嬉しくなったからって、 自分が変身してることも忘れるなんて……。」  一部始終を見ていたユナが呆れ返って言いました。 「うるさい!」  どうもネムはこの間からユナにはおちょくられっぱなしです。それもこれも ミキコちゃんが悪いんだい! 大体ミキコちゃんなんて、どっから見ても大し た美人って訳でもないのに……。  と、自分に言い聞かせてはみるのですが……、なぜかミキコちゃんのことが 気になってしまって頭から離れないのです。どうしちゃったんだろーな、本当 にもう、困ったもんだ。 「それはそうとおかみさんが呼んでるよ。もうすぐミンキーネムの出番なんだ って。で、それが終わったらすぐに五年生の部の取り組みが始まるから急いで くれって。」 「ふうん、説明聞いただけで一目で姉ちゃんを見分けるなんて大したもんだな ー。こりゃ、相当惚れられてるんじゃない?」  アキヒコはミンキーネムの様子を見て少々誤解してしまったようで、いたく 感心して言いました。 「馬鹿ねっ!そんなんじゃないったら。」  ミキコちゃんは心持ち赤くなって言いました。 「それにしても不憫なのはユーサク兄ぃだなぁ。」 「なんでよ。」 「だってユーサク兄ぃってば絶対姉ちゃんに惚れてるぜ。」 「ユーサクくんが? まさか……。じゃ、なんで意地悪ばかりするのよ。」 「これだから姉ちゃんは鈍感だって言うんだよ。好きな女の子にはね、ちょっ かい出したくなるもんなの。それに姉ちゃん、ユーサク兄ぃ以外の男の子には いじめられたりしないだろ? あれはユーサク兄ぃが睨みをきかせてるからだ ぜ。」 「そういうもんなのかなー。」  ミキコちゃんは考えこみました。そういえばユーサクくんって幼稚園の頃は やさしかったよね。あたしがいじめっ子にいじめられてたりするといつも助け に来てくれてたし……。それなのに小学校に入学してからは自分がいじめっ子 になっちゃって……。  本当にいつからミキコちゃんをいじめずにいられなくなったんだろう……。 力士の控え室でユーサクは考えこんでいました。幼稚園の頃はよかったよなー。 ミキコちゃんはいつも俺を頼ってくれてたし、俺はいっぱしの騎士役だったも んなー。柔道を始めたのだって、ミキコちゃんをいじめっ子から守ってやりた い一心からだったのに……。それなのに、あー、俺って情けねーの。 「ネムくんったら! 何やってるのよ! 早く早く! 取り組みが始まっちゃ うわよ!」 「そうせかさないでよ、ユナ。今、行くから……、パパレホ、パパレホ、ネム にもどれ〜〜!」  トイレの個室で呪文を唱えるとネムはお相撲さんの姿から元の姿に戻りまし た。  ネムは五年生の部の取り組みでなんとかかんとか勝ち進み、決勝に残ること が出来ました。決勝戦の相手はこれも圧倒的な強さで勝ち進んだユーサクです。 で、準決勝が終わって決勝戦の前に房亜梨州との対戦が組まれていたため、ネ ムは大急ぎでミンキーネムに変身して、房亜梨州と対戦してまた大急ぎで元の 姿に戻って、これからユーサクとの対戦に向かうところなのでした。 「ひがぁ〜し〜、ゆう〜さ〜く〜。にぃ〜し〜、ねぇ〜〜む〜〜。」  呼び出しの声に答えてユーサクとネムは土俵に上がりました。審判長席には でっぷりと太った八十通親方が座っています。 「姉ちゃんいよいよだねー。」 「うん。」 「で? 姉ちゃんはどっちを応援する訳? やっぱりネムって奴?」 「そりゃあ、ネムくん応援してあげなきゃ、悪いじゃない。それにこんなこと になったのもあたしのせいだし……、ミンキーネムのサインも頼んでくれたし ……。」 「そういう理由でネムを応援すんのかよ!じゃユーサク兄ぃはかわいそうだと 思わないのか!?」  どうやらアキヒコはネムなんかよりも、幼なじみのユーサクに肩入れしてい るようです。 「そんなこと言われたって……。」  ミキコは困ってしまいました。そりゃ、ユーサクくんだって本心から嫌って るわけじゃないわよ。意地悪はするけどあたしのお誕生日なんか絶対忘れない し……、やさしいとこもあるもんね。でもネムくんだって……、あ〜ん、そん なのわかんないよぉ〜!  いよいよ、時間いっぱいになりました。 「見合って、見合って! はっけよ〜い!」  行事の声が掛かりました。ユーサクとネムは手をついて激しく睨み合ってい ます。 「ギッタンギッタンにしてやる!」 「こっちだって負けるもんか!」 「うるさい! ミキコちゃんはおまえなんかに渡さないからな!」 「へっ?!」  ユーサクが口走った言葉を聞いてネムの目が点になりました。・・・・ちょ っとたんまたんま! 今、ユーサクの奴なんてった?? “ミキコチャンハオマエナンカニワタサナイカラナ???”  確かにそう聞こえました……。てーことは……、えーっ!!もしかするとひ ょっとしてユーサクもミキコちゃんに惚れてたりする訳〜〜?? うっそー、 なんでなんで? ユーサクは嫌われもんのいじめっ子じゃなかったのぉ??  ミキコちゃんの為に悪いいじめっ子を退治するつもりで土俵に上がっていた ネムは思わぬ言葉を聞かされて呆然としてしまいました。と、その瞬間、 「のこった〜〜〜!!」 という行事の威勢のいい声がかかりました。ユーサクは猛然と突っ込んで来ま す。頭の中がすっかり混乱してしまっていたネムは構える暇もなく、気がつい た時にはあっと言う間に土俵の外にすっ飛ばされてしまっていたのでした。 「ちょっと、何考えてたのよ!」  あっけなく負けてしまって、土俵の外で仰向けになっているネムのところへ ユナが飛んで来て悪態をつきました。ネムの視線はうつろに天井を彷徨ってい ます。反論する気力もありませんでした。 「ねー、ユナ……。」  帰り道、ネムはポツリと呟きました。 「ユーサクがミキコちゃんのこと好きだってこと知ってた?」 「何よ、いきなり……。」 「だって……、僕はちっともそんなこと思ってなかったんだ。で、土俵に上が ってユーサクが“ミキコチャンハオマエナンカニワタサナイカラナ”なんて言 ったもんで驚いちゃって……。」 「ふーん。立ち合いネムくんの様子が変だったと思ってたけど、そのせいだっ たのね。」  ユナは今までネムがまぬけな負け方をしたのを怒っていたのですが、なるほ ど、そういうことだったのか……、と納得しました。 「勿論、私は知ってたわよ。私はあちこち飛び回ってたしね。ミキコちゃんが 弟くんと話してたのも聞いちゃったし……。なんでもユーサクくんはミキコち ゃんとは幼なじみだったそうよ。で、幼稚園の頃はミキコちゃんには優しかっ たんだって……。」 「ふーん。もしかすると……、ミキコちゃんってユーサクのこと今でも好きだ ったりするのかなー。」  ネムは少し寂しそうな口調でポツリと呟きました。 「気になる?」 「うん、少しね。」  ネムは答えました。と、その時、 「おいっ、ネム!!」 と、声を掛けられました。見るとユーサクがネムの前に立ちはだかってます。 「お前、俺との取り組みの時に手を抜いていただろう。なんであんなことをし たんだ!」  ユーサクはネムを怒鳴りつけました。例え恋敵とはいえ、元々ネムはミキコ ちゃんの為に土俵に上がった筈なのです。それなのに、手を抜くなんて……、 ユーサクにはネムがミキコちゃんをないがしろにしたように思えてそれが許せ なかったのです。 「うるさい! おまえこそミキコちゃんが好きなくせになんでいじめたりする んだよ。バカヤロー!!」 「ななななな……。」  ユーサクは図星を指されてうろたえてしまい、頭に血が上ってしまったよう です。 「この野郎!言わせておけば!!」 「なにをっ!!」 「あーらあら、二人とも血の気の多いこと……。」  ユナは二人が取っ組み合いの喧嘩を始めたのを呆れ返って見つめていました。                            <つづく>
  初出 1989年4月29日〜5月6日   PC−VAN 大相撲ぱそ通場所   #3−1肩入れさじき席 #2204、#2241   この小説は上記のボードに掲載されたものに、一部加筆修正を加えたもの   です。

あとがき


 ファンタジー仕立てのスポコンドラマ風だった第一章からうって変わって第 二章は一転して学園ラブコメ風の展開になっています。  このミンキーネムはいくつかのエピソードに分かれる訳ですが、エピソード ごとにそれぞれ趣向を凝らした内容にしたい、というような意図もありまして、 こういう形になっています。第三章は今度は(佐藤さん曰く)人情ドラマ風の お話になります。  ボード連載時に第一章に比べてユナの性格が悪くなっちゃったんじゃないか? という指摘を受けたことがあるんですが、たぶん、第一章で登場した時にはお かみさんの前だったので猫を被ってたんじゃないかと思います。(ってこれは あとから理屈をつけたのですけど……。(^_^;))  ではでは読んで下さったみなさん、どうもありがとうございました。次回を お楽しみに。                       1997/08/30 眠夢

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