ときめきメモリアルショートストーリー

伝説の樹

〜遠い日の昔語り〜




 昔、この辺りがまだ静かな農村できらめき村と呼ばれておった頃、一人の美
しい娘がおったそうな。娘は庄屋の一人娘でその美しさは近在の村でも評判じ
ゃった。年頃になると娘のもとには毎日のように求婚に訪れる若者が絶えなか
ったという。
 じゃが娘はどんなに金持ちの息子が来ようと、どんなに身分の高い家の息子
が来ようと、誰の求婚にも決して首を縦には振らなかった。なぜなら娘には心
に決めた相手がおったからじゃ。
 その相手は娘の幼馴染で、幼い頃から将来はその男のお嫁さんになると心に
決めておった。そして男も娘のことを心から愛していたんじゃ。
 だが男の家は貧しく、庄屋の娘と釣り合う相手ではなかった。娘の両親は当
然のことながら二人の結婚には反対していた。 

 ある日、男は娘に言ったそうな。

「おらぁ、都に奉公に出る。そして一生懸命働いていっぱいお金を稼いで帰っ
てくる。そうすればお前の親父さんやお袋さんもきっとおらたちの結婚を認め
てくれると思うんだ。」
「そんな……、あたし、あんたと離れ離れになりたくない……。それに都には
きれいな女の人が沢山いるわ。きっとあんたは私のことなんて忘れてしまう…
…。」
「お前のことを忘れるなんて、そんなことがあるものか。必ずお前を迎えに帰
ってくる。おらを信じてくれ」

 娘は泣きながら男を引き止めようとしたが男の決意は変わらなかった。男は
娘と一緒になる為には他に方法はないと思い詰めていたんじゃ。

 ある晴れた朝、男は村から旅立っていった。両親の監視が厳しく、娘は男を
見送りにいくことも出来んかった。

 春が過ぎ、夏が過ぎ、秋が過ぎ、冬が過ぎ、そしてまた春が来た。娘は男の
帰りを待ち続けた。娘の両親は男がいなくなったのを幸いとばかりに娘に結婚
を勧めたが、娘は両親の言葉には耳も貸さずひたすら愛しい人を待ち続けた。

 だが男は二年経っても三年経っても帰って来なかった。不安に思った娘は村
から村へと渡り歩いている行商人にそれとなく男の噂を訊ねてみた。
 すると行商人が言うには男はたいそうな働き者であったため、奉公先の商家
の主人の目に止まり、主人の一人娘と結婚して店を継ぎ、幸せに暮らしている
という……。

 娘の驚きはいかばかりであったろう。娘はその日から食事ものどを通らなく
なって、毎日泣いてくらしたそうな。そしてとうとう病気になってしまった。
娘の両親は心配して高名な医者を呼び、毎日一生懸命看病したが、娘は一向に
回復する様子を見せず、時折りうわ言のように男の名を呼び涙を流すのみだっ
た。そして春まだ浅い頃、とうとう帰らぬ人となってしまった。

 村の鎮守の神様は哀れに思い、娘を一本の樹の姿に変えたそうな。その樹が
今、きらめき高校の校庭に立っている古木じゃ。それ以来その樹は恋する娘た
ちの守り神となり、その樹の下で女の子からの告白で生まれた恋人たちは永遠
に幸せな関係になれるということじゃ。


「おばあちゃん、その話、本当?」 「さあな、わしが生まれるずっと前、何百年も前の話じゃからな。でもその樹 の下で女の子からの告白で生まれた恋人たちは永遠に幸せな関係になれるとい う伝説は本当じゃよ。」 「でも信じられないわ。」 「論より証拠。わしもその樹の下でおじいさんに愛を告白したんじゃ。」 「そうなの?」 「わしとおじいさんは幼馴染の仲じゃった。わしはおまえくらいの小さな頃か ら大きくなったらきっとおじいさんのお嫁さんになると心に決めてたんじゃ。」 「ふうん、伝説の娘と同じね。」 「ふふふ、そうじゃのう。」 「ねえねえ、おばあちゃんはどんな風におじいちゃんに告白したの?」 「聞きたいか」 「うん。」 「わしが告白したのは確か18の時じゃ。その頃、大きな戦争があっての。多 くの若者が戦場に駆り出されたんじゃ。そしてある日とうとうおじいさんのと ころにも招集礼状が送られてきた……。」 「しょうしゅうれいじょうって?」 「戦争に連れていくという命令を書いた紙切れじゃよ。その頃戦争は激しさを 増していておじいさんが生きて帰って来れるとはとても思えんかった。」 「それでおじいちゃんに告白したのね。」 「そうじゃ。わしはいてもたってもいられなくなり、おじいさんが戦地に赴く 前日に伝説の樹の下に呼び出した。そしてずっと前から好きだったと告げたん じゃ。おじいさんもわしのことを好きだと言ってくれた。この時程嬉しかった ことはなかった。でも明日にはおじいさんは戦争に行ってしまう……。もしか するとこれが今生の別れになってしまうかも知れないと思うと、嬉しいのと悲 しいのがごちゃごちゃになって涙が出てきて止まらんかった。」 「おばあちゃん・・・。」 「その樹の下で結ばれた恋人たちは永遠に幸せな関係になれるという、その伝 説だけがわしのたった一つの心の支えじゃった。生きて帰れる可能性は殆どな いように思えたが、もし伝説が本当ならば、わしからおじいさんを奪ってしま うようなことはないだろう……。そう思ってわしはおじいさんを待ち続けた」 「それでおじいちゃんは帰ってきたのね。」 「ああ、帰ってきたとも。おじいさんは激戦の南の島に派遣されていて、何度 も危ない目に遭ったそうじゃ。一度などは敵兵に追われて疲れ果てて足を動か す気力もなくなってしまい、死を覚悟した時もあったそうじゃ。だがその時ど こからか不思議な声が聞こえてきた。するともう動けないと思っていた体に力 が湧いてきてなんとかその場から逃げ延びることが出来たんだそうじゃ。」 「不思議な話ね。」 「ほんに不思議な話じゃ。でもきっとこの樹がおじいさんを見守っていてくれ て、おじいさんに力を与えてくれたのだとわしは信じておるよ。」 「ふうん。」 「詩織、おまえも大きくなって本当に好きな人が出来たら、この樹の下で思い を告げるといい。わしらと同じようにきっと幸せになれる。」 「うん」  少女は小さな胸におばあさんの言葉を抱きしめるようにして頷いた。その胸 の中には一人の男の子の面影がちらついていた。
 やがて時は流れいつしか詩織は美しい娘に成長していた。そして今日は高校 の卒業式……。 『ごめんなさい、こんなところに呼び出したりして』 『今日、あなたにどうしても言いたいことがあって・・・』                            <Fin> 参考文献:如月未緒 著 『きらめき市の民話と伝承』
  初出 1996年8月14日   PC−VAN アーケードゲームワールド   #3−6ときめきメモリアル #1270   このSSは上記のボードに掲載されたものに、一部加筆修正を加えたもの   です。

あとがき


 このSSは読んで頂ければ判る通り、伝説の樹を題材にしたお話です。伝説 の樹というのはときメモの世界の根幹を成す存在だと思うのですが、 『この樹の下で卒業の日に女の子からの告白で結ばれた恋人たちは永遠に幸せ な関係になれる』という伝説。なぜこのような伝説が生まれたのか? そうい うことを考えてみるのも面白いだろうと思いまして、こういうSSを書いてみ ました。  私自身、伝説の樹の設定が大好きだから、というのもありますけどね。  このSSに出てくる少女を詩織としたのは、民話の方でもおばあさんの昔語 りの方でも“幼馴染”というシチュエーションが出てきましたので、これは詩 織でいくしかないな、ということで詩織にしました。  このお話に出てくる“おばあさん”が詩織の祖母なのか、それとも近所のお ばあさんなのかは、SSを書いた時点でははっきりとは決めていなかったので すが、判らなかったのですが、昭和18〜19年頃に18歳ということで、年 齢的には“祖母”としても計算は合いそうなので、やはり詩織の祖母なんでし ょうね。  このSSをときメモボードにUPしたのは八月十四日。ちょうど終戦の日の 前日だったというのも偶然だったのですが、なかなか絶妙なタイミングでした。  毎年、終戦の日になるとおばあさんは伝説の樹の下へやってきて感謝の祈り を捧げているのかも知れません。  最後の参考文献ですが、これは勿論、架空の文献です。ま、ちょっとしたお 遊びってとこですね。  ではでは読んで下さったみなさん、どうもありがとうございました。                       1997/06/29 眠夢

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