ときめきメモリアルショートストーリー

いにしえの約束を果たす為に



 静かに寄せては返す波の音が聞こえてくる。鏡のように澄み切った水面を穏
やかな風が渡っていく。昨日までの嵐が嘘のように晴れ渡った空には満点の星
が光り輝いていた。

 浜辺に若い男女が打ち上げられていた。彼らはあの巨大な天変地異を逃れて、
たった二人きりで新天地を目指して大海原に舟を漕ぎ出したのだ。
 途中、天変地異の余波の嵐に巻き込まれてしまい、二人の乗った舟はあえな
く波に呑み込まれてしまったのだが、陸地にかなり近づいていたことが幸いし
たようだ。二人は海に投げ出されたものの、運良くこの地に辿りつくことがで
きた。
 女は幼い頃からお守りがわりにしていた埴輪を胸にしっかりと抱きしめたま
ま気を失っている。

 やがて夜が白み始めた頃、男が意識を取り戻した。
 男は身を起こすと自分が何故こんなところにいるのか判らずにいるかように、
暫くの間、ボーッとしていたが、やがて意識がはっきりしてきて、すぐ隣に倒
れていた女に気付くと彼女の名を呼びながら肩を揺すった。暫くして女も意識
を取り戻しゆっくりと目を開いた。

「気がついたかい?」
 男はまだぼんやりとしている女をいたわるような声で話し掛けた。女は自分
の顔を覗きこむように見つめている男の顔を認めると優しい瞳で男を見つめか
えした。そして独特のゆっくりとした口調で男に訊ねた。
「ここは……、どこですか?」
 その声にはありありと疲れがにじんでいる。

「恐らくここは俺たちが目指していたまほろばの国だよ。漸く辿りついたんだ。
嵐に巻き込まれた時はどうなるかと思ったけど、俺達は助かったんだ。」
 男の言葉を聞いて女はにっこりと微笑んだ。
「そうですか。よかったですねぇ・・・。お怪我はありませんでしたか?」
「うん、俺は大丈夫だよ。」
「きっとこの埴輪が私たちを守ってくれたんですよ。本当によかったですねぇ
・・・。」
 女はほおっと息をつくと安心したような穏やかな表情を浮かべながら、幼い
頃から大切にしていた埴輪に頬擦りをした。

「でも、私はもう行かなくてはいけないようです。」
 暫くして女がポツリと言った。
「え・・・?」
「ごめんなさい、でもあなただけは私の言葉を信じてくれました。それだけで
十分です。私はとっても幸せでした。」
「ユカリ、おいっ、ユカリ!!」
「あなたのことは忘れません。いつか・・・・また会えますよね。いつか私た
ちがもう一度生まれ変わることが出来たらきっと・・。その時には今度こそ私
をあなたの本当のお嫁さんにして下さいね・・・。」
 そういうと女は安らかな面持ちのまま静かに目を閉じた。
「ユカリ!! 俺を一人にしないでくれ!! お前なしで俺一人で生きて行け
というのか、おい、ユカリ! 目を開けてくれよ、ユカリっ、ユカリーーーー
ーッッ!!」
 男の必死の叫びも空しく女が再び目を開けることはなかった。


 俺が生まれてからもうどのくらいの時が過ぎたろう。遠い昔、俺は腕利きの 埴輪職人の手で作られた。  そしてある大きなお屋敷に送られた。その屋敷にはピンクの髪の可愛らしい 女の子が住んでいた。その女の子はその屋敷の主人の一人娘で、屋敷の主人は 女の子を目の中に入れても痛くない程可愛がっていた。その愛娘への誕生日の プレゼントにする為に屋敷の主人が埴輪職人に注文し、その結果俺が作られた ということだったらしい。  俺の主人になった女の子はとても優しい気持ちと澄んだ心を持った少女だっ た。女の子は俺を宝物のように可愛がり友達のように話し掛けてくれた。俺も 最初は女の子の言葉を聞くだけだったが、いつのまにか彼女と心と心で言葉を かわすことが出来るようになっていた。  人形は生まれた時には動くことも話すことも出来ない。だが人形というのは 魂の依代であり、心から愛してくれる人がいれば、魂を宿すことが出来るのだ。 俺を作ったのは職人だったが、俺に命を吹き込んだのは彼女の愛情だった。  幸せな日々が続いた。彼女はまわりの全ての人から愛されて育ち、純真無垢 という言葉がそのまま当てはまるような少女だった。まるで天使がそのまま地 上に降り立ったような真っ白な心を持ち、彼女と接する人は皆、彼女を愛さず にはいられなくなるようなそんな不思議な少女だった。俺はそんな彼女を主人 に持ったことを誇りに思い、彼女の笑顔を見るのがなによりの楽しみだった。  だがそんな幸せな日々はたったの十数年しか続かなかった。あの地を襲った 巨大な天変地異、それが俺たちの幸せを全て押し流してしまった。  俺は事前に天変地異を予知して彼女に告げた。俺たち人形族には人間にはな い、いわゆる神通力のようなものがあり、事前に危険を察知することが出来る のだ。  彼女は俺の言葉を聞いて周りの人たちを必死で説いてまわった。早く逃げ出 さないとこの国は滅びる、と。巨大な天変地異によって大陸は海の藻屑と消え てしまうのだと……。  だが人々はせせら笑うだけで彼女の言葉に本気で耳を貸す者は殆どいなかっ た。彼女の両親も娘の気が触れてしまったのではないかと疑って心配するよう なそぶりを見せた。  そして天変地異が目前に迫ったある日、彼女は唯一人彼女の言葉を信じてく れた許婚者とともに小さな船であの地を脱出したのだ。しかし嵐に遭い船は沈 没、漸く近くの陸地に辿りついたものの、その時には彼女の命は尽きようとし ていた。  あれから何百年、いや何千年の時が過ぎただろう……。もはやどのくらいの 時が経ったのか俺自身にも判らない。あの後、俺は男の手によって彼女の墓に 一緒に埋められた。彼女を失った男は悲嘆にくれた。そして彼もまた、その後 長くは生きなかったらしい。  俺が掘り出されたのは今から数百年ほど前。俺を掘り出したのは一人の百姓 だった。長年の間、土の下に埋まっていた俺だが、オリハルコンで作られた俺 の体は傷一つなく、保存状態も極めて良好だった。  暫くの間その百姓の家で飾られていたが、その村を飢饉が襲った年、百姓は 俺を売り払ってなにがしかの金を手にいれた。その後、いろいろな場所を転々 として、今、俺はとある骨董品店の店先に並べられている。  彼女は息を引き取る直前、許婚者の男と約束を交わした。 『いつか生まれ変わってもう一度巡り合いましょう』、と。  だが人間というものは生まれ変わると過去世のことは忘れてしまうようにな っている。地上への入り口に湧いている忘却の泉、その水を飲んだ時点で過去 世のことは忘れてしまい、真っ白な心で新しい人生を歩み出すことになるのだ。 ごくまれに過去世のことを思い出す者もいるが、そういう例は少ない。  彼女とて例外ではないだろう。あの男の生まれ変わりと出会ったとしてもそ れとは気付かずにすれ違ってしまうかも知れない。  俺は決してそんなことにはさせたくなかった。彼女のいまわの際の望みを是 非とも叶えてやりたかった。いつか生まれ変わった彼女を見つけ出して、あの 許婚者ともう一度結ばれるように力を貸してやらなくては、と、俺は固く決意 していた。  そしてやっと、たまたま骨董品店の前を通りかかった彼女とそれにあの男を 見つけたのだ……。
 その埴輪を初めて見掛けた時、彼は何故か判らないがひどく惹きつけられる ような気分になった。なんの変哲もない古ぼけた埴輪である。その埴輪を陳列 していた骨董品店では『卑弥呼の部屋に飾ってあった埴輪』などというなんと も怪しくいかがわしい説明書きが添えられていた。  彼は暫くの間、魅入られたようにその埴輪を見つめていた。何故、こんなも のがこんなに気になるのか全く訳が判らなかった。  そんな彼の様子に気付いたらしい、店の主人が彼に話し掛けて来た。 「その品がお気に召しましたか? お客さん、お若いのになかなかお目が高い。 その埴輪はそこにも書いてあるように邪馬台国の遺跡から出て来たものなんで すよ。学術的な価値を考えれば50万は下らない代物なんですが、そんなに気 に入って下さったのならお客さんに特別に1万円でお譲り致しましょう。」  店の主人は揉み手をしながら、恩着せがましい口調で彼に言った。邪馬台国 がどこにあったのかもまだはっきりとは判っていないのに、よくこんないい加 減なことが言えるものだ、と思い、一度はそ知らぬ振りをして通り過ぎようと したが、それでもどうにもあの埴輪が気になってしようがない。 『そう言えば……。』  ふと彼は一人の少女の顔を思い浮かべた。 『そう言えば、あの子、古式さんって子も埴輪をぼお〜っと眺めてたとか言っ てたっけ……。』  古式ゆかりは彼と同じテニス部に所属していて独特のゆっくりとした喋り方 をする少女である。たまたま混成ダブルスでペアを組むことになった時に知り 合い、言葉をかわすようになった。  不動産屋の一人娘で普段からぼお〜っとしていることが多く、子供の頃から やってるというテニスの腕前もお世辞にもうまいとは言えない。唯、なぜか彼 女は彼にとって気に掛かる存在だった。別にそれが一足飛びに恋愛感情に結び 付く物だとは思わなかったが、彼女と顔を合わせるとなんだか懐かしいような 安心出来るような、不思議な気分に囚われてしまうのだ。  そんな訳でつい先日、近所の公園にデートに誘った。彼女が埴輪のことを話 したのはその時のことだった。 『古式さんも骨董品店の前でその埴輪を見たと言ってたよな。もしかすると彼 女が見ていたのも今俺が見ているこの埴輪だったのかも……。』  そう思い始めると更にその埴輪が気になって仕方がなくなってしまった。そ して結局、もう少し値切って八千円でいかがわしさのぷんぷん漂う親父から、 その埴輪を購入してしまった。  家に帰った彼は購入した埴輪を前にして少し当惑した気分になっていた。何 故、こんなものを買ってしまったのだろう。別に考古学に興味がある訳でもな く骨董品に興味がある訳でもない。こんなものを手に入れてもはっきり言って どうしようもないのだ。  しかし何故かあの骨董品屋でこの埴輪を見た時、どうしても欲しくて仕方が なくなってしまった……。まるでこの埴輪が自分のことを呼んでいたようにあ の時は思えたのだ。 『そう言えばもうすぐ古式さんの誕生日だったっけ……。』  唐突にそんな考えが頭に浮かんだ。彼は慌てて頭を振ってその考えを振り払 った。 『まさかいくらなんでも……、女の子の誕生日にこんな古ぼけた埴輪を贈るな んて非常識過ぎるよな・・・。』  だが一度頭に浮かんだその考えは彼の頭の中にしっかりとこびりついてしま って、はがそうとしても離れなくなってしまった。この埴輪を見る度に何故か 彼女のことが頭に浮かび、彼女に会う度に埴輪を思い出してしまうのだ。  そして……。
 かすかな風のうなりとともにどこか遠くで波の音が聞こえる……。いや、そ んな気がしただけかも知れない。ここは彼女の部屋の中である。近くに海があ る訳ではないし、波の音など聞こえる筈はない。  彼女は机の上に置いた埴輪をぼぉ〜っと眺めていた。この埴輪は一週間前、 彼女の誕生日に同じクラブの男の子がプレゼントしてくれたものだ。その埴輪 を眺めているとなぜか判らないが、なんだか吸い込まれてしまいそうな、とて も暖かな訳の判らない安心感が心の中に湧いてくるのだ。 『タダイマ、ユカリ。ズットキミヲサガシテイタンダ。』  ふと頭の中に届いたメッセージ。一瞬、埴輪が自分に話し掛けてきたような 錯覚にとらわれた。彼女は更にその埴輪をまじまじと見つめた。  その埴輪には、なんだかずっと遥かな昔の記憶を思い起こさせるような、奇 妙な懐かしさを感じていた。心の奥のとても深い場所にしまってあった、幸せ で大切な思い出が呼び起こされるようなとても不思議な……。  波の音が聞こえる。見たこともない装束を着たあの人がいる、あ、あれはお 父さま? それにお母さまも……。いつか彼女は幸せな夢の中に引き込まれて 行った。 『いつか・・・・またあえますよね。』 『いつか私たちがもう一度生まれ変わることが出来たらきっと・・』                            <Fin>
  初出 1997年8月27日   PC−VAN アーケードゲームワールド   #3−6ときめきメモリアル #3763   このSSは上記のボードに掲載されたものに、一部修正を加えたもの   です。

あとがき


 古式さんの誕生日にプレゼントする埴輪。これってときメモのゲーム中、女 の子の誕生日にプレゼントするものの中でも極めつけに変なもの、ではないで しょうか? しかし変なものであるだけに私はなんだかこれにひきつけられる のです。  普通はこんなもの貰って喜ぶ女の子ってあまりいませんよね。で、ありなが ら“家宝に致します”とまで言って喜んでくれる古式さん。勿論、古式さんは 変な形の物をぼお〜っと眺めているのが好き、という変な女の子なんですが、 そこにちょっとした理由付けをしてみたいと思ったのが発想の発端だったでし ょうか……。  埴輪という物自体、古代のロマンを感じさせますし、なんだか神秘的です。  そういう私の中の思い入れに“人形に魂が宿る”とか“超古代文明の崩壊” “転生輪廻”などというファンタジーとかSFっぽい仕掛けを結び付けて、 SSの形にしてみたのがこの『いにしえの約束を果たす為に』というSSです。  最初はこの設定を使って長編SSを書いてみようと思ってあれこれごちゃご ちゃやっていなかったのですが、なかなかうまくいきませんでした。で、今回 短編の形でまとめてみて、まずまずうまくいきましたので、これで正解だった かな、という気がしています。  ではではその辺で。読んで下さったみなさん、どうもありがとうございまし た。                       1997/09/22 眠夢

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