ときめきメモリアルショートストーリー
みらくる☆プロローグ
四月、冬の名残りも既に遠く、春の精が我が物顔で暖かな風を運んでくる季
節。進級、入学などで多くの人々が新しい気持ちで新たな一歩を踏み出し始め
る季節でもある。そんな人々を祝福するかのように桜も一斉に花を開き華やか
に季節を彩る。
その日、私立きらめき高校の校門の前に立ち、満開の桜を見上げていた私も、
昨日までの自分とは決別して、唯一人の人を除いて、誰も知る人のいないこの
土地で新しい気持ちで新たな一歩を踏み出そう、そんな気持ちで校門の前にた
たずんでいた。
そんな私の前を何人もの新入生が通り過ぎてゆく。私と同じように今日の入
学式に出席する生徒たちだろう。みな談笑しながら、晴れやかな表情で校舎に
向かっている。きらめき高校はこの辺りでは言わずと知れた名門校だ。そのき
らめき高校の門を生徒として初めてくぐることの誇らしさ、そしてこれから彼
らを待ち受けている高校生活への期待が彼らの表情を明るくさせているのだろ
う。
私もまた彼らと同じ新入生の一人だ。だが私以外の新入生たちはきっと殆ど
の人が私と違って裕福な家庭でなに不自由なく育ったお坊っちゃんやお嬢さん
なのだろう。それを思うと少し胸がちくちくする。
私も中学二年生までは彼らと同じように中流以上の比較的裕福な家庭で育っ
た。その頃はそれが空気のように当たり前だったし、そんな日々がある日突然
消えてしまうなどとは思ってもみなかった。
バブルの崩壊の影響で父の経営していた会社が倒産してしまったのは中学三
年の一学期のことだった。それまで比較的穏やかで幸せな日常を過ごして私達
一家の生活は、その日を境に何もかもが変わってしまった。
父は弱い人だった。順境にいる時は陽気で気風のいい人だったが、逆境に置
かれた瞬間に人が変わったようになってしまった。仕事にも就かず毎日飲んだ
暮れて繰り言ばかりを繰り返すようになってしまった父。母とも口論が絶えな
くなり、私はそんな両親の姿に脅える弟たちをなだめるのに懸命だった。そし
て結局そんな父に見切りをつけたのか、ある秋の朝、母は家を出て行った。
私の身にも大きな変化が起こった。今まで親しく付き合っていた友人たちも
私の家の事情を知った途端によそよそしい態度を取るようになり、級友たちの
私を見る目はすっかり変わってしまった。たまに親切そうに私に声をかけてく
れる同級生もいたが、その目の中には明らかな優越感が見え隠れしていて、そ
んな風に同情されることが私には苦痛だった。自然、私自身も級友から距離を
置くようになり、クラスでも孤立するようになっていった。
「近くに来ないでよ! ビンボ菌が伝染っちゃうわ」
やがてそんな言葉が私に投げ付けられるようになった。いじめの理由など別
に些細なものでも構わない。彼らはストレスを発散させる対象があればそれで
よいのだ。人間というのは他人を見下し、いたぶることを無条件に楽しいと感
じる生き物なのだ。
そして誰よりも私自身が貧乏になってしまった自分を卑下してしまって、自
分自身の境遇を惨めに感じていた。
だがそれ以上にショックだったのは当時付き合っていた男の子、いつも親切
にしてくれて誰よりも私のことを理解してくれていると信じていた男の子から
言われた言葉だった。
彼とは中学二年の頃から付き合っていた。彼は中学に入学した頃からずっと
私に付き合って欲しいと言ってつきまとっていた。
そんな彼に根負けして彼と付き合うことにしたのだが、付き合ってみると彼
はなかなかいいところも持っていて、また自分をそれ程までに必要としてくれ
ているという実感が私の気持ちにも変化を与え、いつしか私自身も彼を愛する
ようになっていた。
私の通っていた中学校は有名な進学校で、恋愛などにかまけている人間はあ
まりいなかった。それもあって彼との交際はひっそりとしたものだったが、そ
れでも私にとっては彼と過ごす一時はかけがえのない時間だった。
だがそんな彼も私の家庭の事情を知った頃から、心なしかよそよそしい態度
を取るようになった。それまではいつも待ち合わせて一緒に下校していたのが、
いつの間にか私を置いて一人で帰ってしまうことが多くなった。
彼の様子に不安を覚えた私は、冬休みを間近に控えたある日、彼を問い詰め
ようと公園に呼び出した。その時彼は言った。
「ママが鏡さんとは付き合っちゃいけないっていうんだ。貧乏だし、家もゴタ
ゴタしてるし……、そんな人と付き合ったら僕まで悪い影響を受けてしまうっ
て・・・。」
ぽつりぽつりと言いにくそうにそう言った彼。彼は優しい人だった。だがそ
の優しさは自分に必要なものだけに向けられるものだった。以前は私も彼と対
等の立場にいる人間だったが、境遇が変わった後の私は彼の目には全く別の異
邦人のように映っていたのだろう。
「それに今までと違って君と僕では釣り合いが取れなくなっちゃったと思うん
だ。君にはもっと君に相応しい人を見つけて欲しい。」
そう言って彼は去って行った。その場に取り残された私は、もう自分は今ま
での自分とは違ってしまったのだということを思い知らされた気分だった。
そんな私がきらめき高校に入学することになったのは一人の少女との出会い
がきっかけだった。
その少女に会ったのは彼から別れを告げられた日、虚ろな心を抱えて、年の
瀬の街の中を当ても無くさまよっていた時のことだった。
その日の私はひどく心がささくれだっていた。胸の奥に何か不可思議な空洞
があってそこから冷たい氷のトゲを持った風が吹き込んでくるような、そんな
痛みを感じながらふらふらと歩き回っていた。周りの喧騒も行きかう人々もま
るで蜃気楼のようにしか感じていなかった。
町角にたたずんでいた彼女にふと目を留めたのは偶然だったろうか……。金
色の長い髪、やや憂いを含んだようなしかし凛としたまなざし、まるでギリシ
ャ彫刻のような彫りの深い美しい顔立ち、私は暫し放心したようにその少女に
見とれていた。
「こんにちは、あなたこの町の人?」
私の視線に気付いた彼女は私に話し掛けてきた。彼女は質素な目立たない服
装をしてはいたが、立ち居振る舞いにどことなく気品が感じられ、その容姿も
相まって高貴な印象を与えずに置かないような人だった。
だがそんな印象とは別に心の奥にはなにか空洞のようなものを持っているよ
うな、そしてそこに誰にも言えない悲しみを忍ばせているような、そんな気配
も合わせ持っていた。そんな彼女の心が私の傷ついた心に共鳴したのかも知れ
ない。私たちはすぐに親しくなった。そして夜遅くまで、共に過ごし、遊びま
わった。
彼女は言った。
「お金持ちと言っても楽しいことばかりじゃないのよ。特にうちなんかしきた
りとか家訓とかうるさくて縛り付けられてるの。それで時々、誰も知ってる人
のいない町へ来て気晴らしをしているの。」
そういう彼女の横顔には心成しか翳りが感じられた。
「そうだ、あなたきらめき高校に入らない?」
「きらめき高校?」
「そう、うちの祖父が理事長をやってるから私が頼めば入学させて貰えると思
うわ。」
「でもきらめき高校って名門校じゃない、うちにはとてもそんな学校へ通わせ
て貰えるお金はないわ。」
「大丈夫。伊集院財閥が運営してる奨学金があるから。それにきらめき市には
伊集院グループの会社も沢山あるから、あなたのお父様の就職して貰って取り
合えず社宅に入って貰うことも出来るわ。」
「あなたもきらめき高校に進学するの?」
「う〜ん・・、それは今は言えないんだけど、きらめき市に来てくれればきっ
とまた会える機会もあると思うの。」
そう言う彼女の言葉は唯の同情ではなく、心からのいたわりに満ちていたよ
うに感じられた。だから私も彼女の言葉に同意する気になったのかも知れない。
そうして彼女の勧めでこの町にやって来た私は、入学式を控えて、今、きら
めき高校の校門の前に立っている。
中学の頃の悲しい思い、辛い経験、それが私の胸に不安を呼び起こす。でも
この街では私のことなんて誰も知らない。そう誰にも知られなければ、自分も
彼らと同じように振る舞い、裕福な家庭のお嬢さんであるかのような振りをし
続けることが出来るだろう。
「やあ、こんなところに突っ立ってなにをしてるんだい?」
私はいきなり声をかけられて、少しびくっとして声の主に目をやった。声を
かけてきたのは腰のあたりまで伸ばした長い髪を後ろで無造作に束ねた、とっ
ても美しい顔立ちをした少年だった。他の生徒たちもそれなりに裕福な家庭で
育ったことを思わせる育ちのよさそうな顔つきをしていたが、その少年は他の
生徒たちとは別次元の場所に存在するような、何か光り輝くオーラをまとって
いるようなそんな印象さえ感じさせる少年だった。それにどこかあの時の少女
に面影が似ている……。
「もしかしてあなたは伊集院家の……?」
私は思わずそう訊ねていた。もしかしたらあの少女の兄弟なのではないか?
その思いが言わせた言葉だった。
「ああ、そうだ。僕は伊集院レイ。伊集院家の一人息子だ。ま、この街で僕の
ことを知らない人間なんていないだろうから、君が僕のことを知っていても別
段不思議はないがね。しかしやはり君のような美しいお嬢さんに名前を覚えて
貰っていることは非常に光栄に思いますよ。」
「う、美しいだなんて……。」
「おや? 君は自分の美しさに気付いてないのかな? 君のような人が自分の
美しさに気付いてないなんて罪なことだよ。」
そういうと彼はふっと微笑しながら前髪をかきあげた。そのやや憂いを秘め
たような笑顔はこれまたぞくぞくする程の美しさだ。歯の浮くような言葉を使
っても、それが彼の口から発せられると自然な感じを受けてしまう。
「あの・・、あなたにお姉さんか妹さんはいらっしゃるかしら?」
「いや、僕は一人っ子だよ。何故そんなことを?」
「いいえ、ちょっと聞いてみただけで……。」
彼女の兄弟ではないかと考えていた私は彼の答えに少しがっかりした。
「まだ名前を聞いていなかったね。」
「わ、私は……、鏡魅羅」
「鏡魅羅・・美しい響きだ。美しい君に似つかわしい・・。」
「そんな……。」
言葉は気障なのだが、でもそんな風に言ってくれた彼の言葉は嬉しかった。
私は心持ち顔を赤くしてうつむいてしまった。
キンコーンカンコーン
その時、校舎の方からチャイムの鳴る音が聞こえて来た。
「おや、予鈴が鳴っている。そろそろいかなくてはいけないようだ。それでは
魅羅さん、失敬するよ。」
そういうと彼は校舎に向けて歩き出した。そんな彼を桜吹雪が包み込み、そ
の情景はまるで一枚の美しい絵を見ているかのように感じられた。
「伊集院レイさん……。」
その日以来、その名前は私の胸に深く刻みこまれることになった。
彼の後姿を見送った私はあの日の少女が別れ際に言った言葉を思い出してい
た。
「プライドを持ちなさい。あなたは例えどんな境遇におかれてもプライドさえ
持ち続けることが出来れば、きっと誰よりも輝くことが出来る人だと私は思う
の。」
彼女はそんな言葉を残して去って行った。その言葉は私の心に強い印象を伴
って刻み付けられていた。
そうだ、私はこの町でこの学校で生まれ変わるのだ。ずっと惨めな気持ちで
自分を卑下して生きてきた私。だが今日からは違う。家は勿論、今でも貧乏な
ままだが、学校ではプライドを持って他の生徒たちの上に君臨して生きてみよ
う。
私はそんな思いを胸に秘め校舎に向かって足を踏み出した。
<FIN>
あとがき
えっとあとがきです。このSSは去年書いた『みらくる☆メモリアル』とい
うSSの裏設定の一部を使ってSSに仕上げたものです。
鏡さんの誕生日に合わせてということで書いたのですが、一応鏡さんネタで
はあるものの、誕生日ネタではありませんし、思いっきり季節外れってとこは
ちょっとあれなんですけど……。(^_^;)
鏡さんの家庭環境については、ゲーム中でもなにやら複雑らしいということ
が匂わされていますが、はっきりとは語られてませんよね。その辺のところで
想像を巡らせる余地が随分ある訳ですが……。
私の思うに鏡さんちってお母さんがいないような気がするんですよね。だっ
て鏡さんは家事一切、それに弟の世話も全部引き受けてるみたいに思えますし
……。勿論、これは私が勝手にそのように考えてるだけなのですけどね。
あと鏡さんは伊集院レイになにか思い入れを持っているような様子もありま
したよね。で、伊集院レイをちょこっと絡ませてみました。
タイトルは最初『新しき旅立ち』とかなんとかいうのも考えてみたのですが、
以前書いたSSに『新しき夜明け』というのがありまして、それがまた少々え
げつないSSなもんで、それとイメージを重ねられたりしたら非常にまずい、
ということで、『みらくる☆メモリアル』とイメージの重なるようなタイトル
にしました。
出来の方はイマイチかなぁ、という気持ちも無きにしもあらずという感じな
んですが、これは毎回SSをUPするたびに思うことなので……、やっぱり文
才が足りないんでしょうね。
ではでは読んで下さったみなさん、どうもありがとうございました。
1997/11/15 眠夢
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