ときめきメモリアルショートストーリー

新しき夜明け


前編・約束の日


 卒業式の日、教室の机の中から“伝説の樹の下で待ってます”という差出人
の名前のない手紙を見つけた時、“一体差出人は誰だろう?” と、俺は胸を
ときめかせたものだった。
 まさか詩織? それとも優美ちゃん? 虹野さんかも知れない、美樹原さん
という可能性もあるかな? などと色々心の中で思いを巡らせつつ、俺はいそ
いそと伝説の樹の下へと向かった。だがそこで俺を待っていたのは腰まで届く
輝くような金色の髪を持つ美しい少女だった。
 最初に彼女を見た時には一体誰なのか見当もつかなかった。だが一度も会っ
たことがない筈なのにその少女にはどこか見覚えがあるような、奇妙な既視感
を感じていた。

“一体この子は誰なんだろう……。”

 俺は記憶の中をあれこれ探してみたのだが、どうしても判らなかった。だが
その疑問は彼女が“伊集院レイ”と名乗ることによって氷解した。

 しかしあの伊集院が女だったなんて誰が想像しただろう。そしてまるで漫画
の中の話のような伊集院家の奇妙な家訓……。その家訓に反してまで卒業式当
日に俺に心の中の想いを打ち明けたレイ。そんなレイがとてもいとおしく思え
て俺は彼女の想いに応えることにしたのだ。

 高校時代、俺は何度もレイに電話を掛けた。レイが女の子だなんて夢にも思
わなかったが、何故か気にかかる存在だったのだ。気がつくといつの間にか彼
女の家の電話番号をプッシュしていた。もしかするとあの頃から俺は心の底で
気付いていたのかも知れない。伊集院レイが女の子だということに……。だか
ら詩織をはじめ虹野さん、美樹原さん、それに優美ちゃんなど何人ものGFが
いたにも拘わらず、彼女らを差し置いて、レイに電話をかけ続けてしまったの
かも知れない。正確に数えた訳ではないが、恐らく高校時代に電話をかけた回
数で言えば、レイに掛けた回数が一番多かっただろう。
 詩織は俺の幼馴染でずっと憧れの存在だった。虹野さんも世話好きで暖かい
心を持ったとても素敵な女の子だった。美樹原さんも優美ちゃんもそれぞれに
魅力的な女の子で、しかも俺のことを憎からず思っていたようだ。俺自身彼女
等との付き合いの中で淡い恋心にも似た感情を抱いたこともあった。
 だがレイに告白されてからは彼女等への淡い想いはいつの間にか記憶の彼方
に霞んでいった。

 卒業以来半年……。しかしレイは卒業後アメリカへ留学してしまい、会える
機会は少なかった。それが余計に俺の心に火をつけたのかも知れない。なかな
か会えないだけに“会いたい”という想いが募り、それが俺の中の彼女への想
いを増幅させる結果になっていたのだろう。

 レイは海外留学中ではあるが今は夏休みで日本に帰ってきている。しかし伊
集院グループの跡取りということで、色々忙しいらしく会える機会は少ない。
 この前、神社の縁日の日に会って以来、ずっと彼女には会えずにいた。だが
今日はレイの誕生日。今日はレイと二人きりで会う約束になっているのだ。

 神社で会った時には物陰で初めての口付けをかわした。俺は少々頭に血が上
ってしまい、周りに人がいないのをいいことに更にその先へと進もうとした。
だがレイは逸る俺を制止して言った。

『8月23日、私の誕生日まで待って。女の子にとってはとても大切な記念で
すもの、こんなところじゃいや。誕生日の日に私の部屋へ来て。その時にはき
っと……。』

 そうしてレイの誕生日の日、つまり今日、彼女の部屋で二人きりで会う約束
をしたのだった。今日俺がわくわく気分でいるのはレイに会えるというそのこ
とばかりではないのだ。勿論、会えることも楽しみだが、その先のことを考え
ると更に期待が膨らんでしまうのだ。


 ピンポーン

 呼び鈴の音が聞こえた。俺はゆっくりと立ち上がってドアを開けた。そこに
は伊集院家でレイ付きの執事を勤める外井雪之丞が立っていた。
「お迎えにあがりました。」
 どうやらレイに言われて俺を迎えに来たようだ。
「わかった、すぐ行く」
 俺はそういうと予め買っておいた赤い薔薇の花束を手に外へ出た。

「レイ様も首を長くして待っておられます。さ、どうぞお車へ。」
「ああ、ご苦労さん。わざわざすまないね。」
「いえいえ、とんでもございません。あなたはレイ様の大切な人、礼には及び
ません。」
 そういうと外井は迎えの車のドアを開けて慇懃にお辞儀をした。俺は外井に
軽く会釈をして車に乗り込んだ。

 外井は伊集院家の執事であるが、俺は少々この男が苦手である。高校時代、
伊集院邸でのクリスマスパーティーに出かけた時も思ったのだが、どうやらこ
の男には少々変質の気があるらしい。体力的に優れた男を前にすると途端に目
に妖しい輝きを帯び始めるのがなんとも無気味だった。俺自身、高校時代には
サッカー部に所属していたこともあり、体力には少々自信があるのだが、高校
時代は彼の視線を受ける度に背筋に悪寒が走ったものだ。今はレイから言い含
められているのか、俺に対して妖しい視線を向けることはない。だがどうして
も彼に対しての警戒心は抜けなかった。

 イギリスの執事養成学校を史上最年少で卒業しているとのことで、執事とし
ては優秀な男なのかも知れない。だが伊集院家程の名家がこのような性向を持
つ男を執事として雇っているのは如何なものだろう。将来、俺がレイと結婚し
たら、伊集院家からは追い出してやろうと密かに心に決めている。

 そうこうする内に伊集院家の邸宅に到着した。
「どうぞ。レイ様のお部屋に案内致します。」
 先に車を降りた外井はドアを開けて丁寧に御辞儀をした。俺は車から降りる
と軽く深呼吸をした。いよいよ、レイを俺のものに出来る瞬間が近づいてきた
かと思うとひとりでに胸の動悸が激しくなってくる。なんとかそれを静めて冷
静さを装い、俺は外井の案内に従って歩き出した。



後編・禁断の秘技

「レイ様、外井です。彼をお連れしました。」  外井はレイの部屋のドアをノックして言った。 「どうぞ、入って下さい。」  ドアの向こうから軽やかなレイの声が聞こえてきた。その返事を聞いて外井 は部屋のドアを開けた。  外井に案内されてレイの部屋に入った俺の目に飛び込んできたのは、卒業式 以来の女性らしい装いをしたレイではなく、卒業式以前のレイ、つまり男の姿 をしたレイだった。 「レイ、どうしたんだ? どうして男の恰好をしてるんだ? もう家訓は気に しなくていいんだろ。」  俺は少々顔をしかめてレイに言った。 「その理由を教えて欲しいかね。」  レイはいつもと違う、高校時代と同じ高圧的な男の喋り方で俺に答えた。一 体どうしたというのだろう……。 「おい、その喋り方はやめてくれよ。それともこれはなにかのゲームのつもり なのか?」  どうも合点がいかない。レイの告白を受けてから半年。今更、俺の前で男と して振る舞う必要はない筈だ。一体、どういうつもりなのだろう。  不満気な俺の顔つきを見てレイはくすっと笑いをもらした。 「レイ?」  レイは最初、くっくっと忍び笑いを漏らしていたが、やがて本格的に声を立 てて笑い始めた。 「おい、レイ、どうしたんだ? 何がそんなにおかしい??」  俺は少々腹を立ててレイを詰問した。今日はレイにとっても大切な記念にな る筈の日なのだ。であるにも拘わらず俺に対してこんな迎え方をするのは少々 不謹慎ではないのか? 「失礼、君があまりにも真正直に僕の芝居を信じ込んでいるのがおかしくてね。 はっきり言ってやろう。伊集院家には代々衆道の伝統があるのだよ。」  レイはこみあげてくる笑いをなんとか押さえるようにしながらそう言った。 「衆道?? なんだそれは。」  俺が問い返すとレイは軽蔑するようなまなざしで俺を見つめながら言った。 「言葉の意味が判らないのかね。これだから学のない庶民は困るのだ。衆道と いうのはつまり判りやすく言えば男色のことだよ。」 「男色??」 「そう男色だ。この意味が判るかね?」  レイは愉快そうに俺の顔を見つめながらその言葉を口にした。 「それは……、どういうことだ!! まさか・・・。」 「そのまさかだよ。君はまんまと僕を女と思い込んでのこのこと罠にはまりに やってきたということさ。」  レイの言葉は俺の頭の中を激しく混乱させた。男色・・・、そして男装をし ているレイ。つまりそれは……。 「まさかレイ、いや伊集院! お前は・・・男??」 「その通りさ。やっと得心がいったかね。」 「じゃ、伊集院家の女は高校卒業まで男として育てられるという家訓というの は……。」 「ふん、そんなもの嘘に決まってるだろう。まさか君がこんな間抜けな嘘に引 っ掛かるとは思わなかったがね。やはり庶民は庶民だな……。」 「そ、そんな……。」  卒業式の日に女性の姿で俺の前に現れたレイ。彼女の言葉、彼女の美しさ、 しおらしさ、一途な想い、真摯な言葉、、それらは全て俺を陥れる為の嘘だっ たというのか?! 「お、おい、レイ。悪い冗談はやめてくれよ。俺をからかって楽しんでるんだ ろう? おい、レイ」  俺の言葉は少々震えていたようだ。“信じたくない”その思いが俺の心を支 配していた。だがレイの口から俺を安心させるような言葉は出てこなかった。 「ふふふ、君だってしつこく僕のところに電話をかけてきたのは、心の底にそ ういう願望があったからじゃないのかね。自分で気付いていないだけなのさ。」 「そんなことがあるものか! 俺はそんな変態じゃない!!」 「変態? 変態だと思うこと自体、庶民の悲しさだな。上流社会ではこのくら い当たり前のことだよ。戦国時代の英雄、織田信長だって武田信玄だって、男 色を好んでいたことは有名な話だ。英雄、色を好む。そこに男女の別はないの さ。」 「・・・。」 「男女間の恋愛など犬や猫でも虫けらでも同じことを行う。単なる本能に過ぎ ない。人間たるもの、唯、本能に引き回されるというのは情けないとは思わん かね。だが衆道は違う。人間だけに許された、言うなれば文化なのだ。今の君 は男女間の口付けに驚愕したゼントラーディと同じさ。真の文化を知らないか ら、衆道を変態だと思い込んでるに過ぎないのだよ。」 「ま、庶民が衆道に偏見を抱いているのは僕も承知していた。だから女に成り すまして君に告白したのだ。君はまんまと騙されて僕の告白を受け入れた。」 「伊集院が男に化けた女じゃなくて、女に化けた男だったなんて……。」  俺はいつしか膝をつき、両手を床についていた。頭の中が真っ白になり、全 身の力が抜けてしまったような感じだった。  伊集院はそんな俺を哀れむような目で見下ろしていた。 「いやだぁ、俺は絶対お前なんかの言いなりにはならないぞ!」  俺は発作的にそう叫ぶと部屋の入り口に向かって走り出した。こんなところ で変態の仲間入りをさせられてたまるか!! 俺は可愛い女の子とノーマルな 恋愛をして、ノーマルな一生を送りたいんだ。なんとかこの場を逃げ出さなけ れば……。  だが逃げおおせることは出来なかった。 「親衛隊!!」  伊集院が叫んだかと思うと部屋の入り口には筋骨隆々でパンツ一丁の赤銅色 の肌をした大男たちがずらりと立ちはだかったのだ。俺はいとも簡単にその男 たちに捕まってしまった。 「は、離せ〜っ! おい、伊集院! どういうつもりだ」  俺は筋肉男たちに動きを封じられたまま伊集院をにらみつけた。伊集院は冷 たい視線で俺を見下ろしている。 「ふん、往生際の悪い奴だ。まあいい。どうせすぐに気が変わって君も衆道の 虜になるさ。」 「馬鹿を言うな!! 俺は絶対そんなことにはならないぞ!!」 「ふふふ、どうかな。・・・外井!!」 「はい、レイ様。」  伊集院に呼ばれてそれまで脇に控えていた外井が伊集院の前に進み出た。 「外井は伊集院流房中術の免許皆伝の達人だ。彼の秘技にかかれば、どんな抵 抗も無意味だ。最初はどんなに嫌がっていても、やがてはよだれを垂らして嬌 声を上げ、恍惚の世界に身を委ねることになるだろう。」 「う、う、やめろ〜っ!! 離せ!! 畜生!」  俺は筋肉男の腕の中で暴れまわったが、男たちの腕を振りほどくことは出来 なかった。 「ではそろそろ儀式を始めるか。外井、彼の調教は任せたぞ。存分に楽しませ てやってくれたまえ。」 「お任せ下さい。伊集院流房中術の奥義を駆使して、彼にこの世のものとも思 えぬ悦びを与えてご覧に入れましょう。」  外井はそう言って伊集院に向かって一礼すると、こちらを振り返った。ゆっ くりとした足取りで近づいてくる。 『ああ、俺はなんだってまた高校時代、伊集院に電話を掛け続けてしまったの だろう……。』  俺の脳裏に詩織の虹野さんの美樹原さんのそして優美ちゃんの面影が浮かん では消えた。俺に想いを寄せていた女の子は何人もいたというのに……。しか し今更後悔をしても遅かった。  外井は妖しく瞳を輝かせて舌なめずりをするような表情を見せて言った。 「さて始めましょうか。」

エピローグ

 あれから数ヶ月が過ぎた。あの悪夢のような一日……。だが悪夢はいつしか 至福の時に変わっていった。まるで目から鱗が落ちていくようなそんな経験だ った。  それまでの俺は男女間の恋愛が人間として最も素晴らしいことだと信じてい た。だがあの日の体験で否応なくその間違いに気付かされたのだ。  今の俺はあの頃の俺ではない。愚かな庶民であることから脱皮して、より崇 高な境地に到達したのだ。  今、レイは俺の隣で安らかな寝息を立てている。 「レイ、俺は一生お前を離さないよ。」  俺はそう呟くと彼の唇にそっと口付けた。                          <Fin>
  初出 1996年8月23日   PC−VAN アーケードゲームワールド   #3−6ときめきメモリアル #1445〜#1446   このSSは上記のボードに掲載されたものに、一部加筆修正を加えたもの   です。

あとがき


 このSSは、昨年、八月二十三日、伊集院レイの誕生日に合わせて書いたS Sです。  この日には伊集院レイの誕生日に合わせて何人かの方が誕生日SSをUPし ておられたのですが、女性でありながら、伊集院家の奇妙な家訓により男とし て生活しなくてはならなかった、レイの切ない心情を描いたものが多かったよ うです。  そんな中でいきなりこんな外道なSSをUPしちゃったもんで、なかなかの 反響がありました。  因みにこのSSはあくまで作り話ですので、決して私自身がSS中で伊集院 レイが主張していたような考えを持っている訳ではありません。その点だけは 強調しておきます。(^_^;)  タイトルは色々悩んだんですけど……、タイトルでネタが判ってしまっても 困りますので、後編の内容を想像しにくいようなものにしました。  本文中の補足ですが、“ゼントラーディ”というのは『超時空要塞マクロス』 というアニメに出てくる文化を知らない宇宙人です。  “房中術”というのは酒見賢一氏の『後宮小説』という小説にも出てきます が、“性技法”というような意味で使ってます。  あと、“イギリスの執事養成学校云々”という記述はあみもとさんの外井さ んSSから借用させて頂きました。 と、いうことで最後まで読んで下さったみなさん、どうもありがとうございま した。                       1997/06/29 眠夢

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