「ワイン界の常識」にモノ申す


100000アクセスを超えたことにより、本道場も「世間に認知されたもの」と勝手に思い上がり、 このような頁を拵えた。

あまたあるワイン関連の本やWebサイトを見ていると、 どーも師範のワインに対する扱い方とは違った意見が見られる。 ここでは、それらの"常識的"意見に対して反旗を翻したい。


道場開設後10年、アクセスは1,000,000を大きく超え、掲載本数も3,000本を超えた現在でも、 下記「物申す」内容にいささかの疑念/撤回も無い。
(追記 2007/05/25)

ワイン界の常識(?): (2007/05/25 update!) New!

「10年、3,000本も飲めば相当ワインに詳しくなるでしょう。」

ならない。良くも悪くも。

もちろん、知識はそこそこ増える。 でも、それでワインに詳しくなったかと問われれば、 謙遜でなく「いえいえとんでもございません」と答えるし、 謙遜でない根拠には「何の得にもならないのに詳しくなんてなりたく無いのよ」 という意識も働いている。

それにしても、1本飲むのに1時間として、 3,000本飲むのには3,000時間(実際は1本は飲むにはもっとかかるし全部フルボトル飲んだんじゃないんで概算だけど)。 24時間ぶっ通しでも125日ですよ。 そんだけ同じ対象物と向き合ってりゃもうちょっとモノの本質ってモンが見えてきそうな気がするけど、 飲んだ際の「判り方」って、昔と何も変わってない気がするんだよなぁ。 本質見えちゃった人はこんなサイトなんて続けてないんだろうから、 それはそれで幸せなんだろうと思うけど。

・・・って、今回は全然「モノ申」して無いですな。


ワイン界の常識:

「ワインを知りたいのであれば、安いワインを沢山飲んでも無駄です。 そのお金で、月に1本でも良いから高級ワインを飲むべきです。」

この主張が正しいかどうかは、師範は「高級ワインだけをたまに飲む」 という経験したことが無いので知る由も無い。 同様に、多分こういう発言をされる方も「安ワインばかりを沢山飲む」という経験は無いのではないかとも思う。 なのでその真偽は置いといて、本来ワインって知る意味はあるのか?

人間は「慣れる」生き物である。 高級ワインをいろいろ飲めばもちろん知識は増えるかもしれない。 しかし、舌が肥え口が奢るという事実にも着目しなければならない。 ワイン関連で生計を立てておられる方ならいざ知らず、 ワインを買って飲む消費者の立場にあるものにとって、 一文にもならない知識と引き換えに 高級ワインでしか満足できないカラダを持ってしまうことは、ある意味不幸ではなかろうか?
また、山の頂点たる高級ワインばかりを飲む行為は、 日本百名山の頂上にヘリコプターで降りてまわる行為のようにも感じられ、 征服欲を満たすのみで、山の高さや山登りの楽しさを味わっていないのでは? と勘ぐりたくもなる。

安ワインを主体にたま〜に高級ワインも飲む生活を続け、 既に道場への掲載本数も2000本を超えた現在、 師範がちょっぴり悲しく感じるのは、良いワインを飲んでも昔ほど感動しなくなったことである。 図らずも(高級/低級含め)様々なワインを知ってしまったため、 過去の経験を大きく逸脱するほどのワインに出会うことはなかなか難しい。 知識を持ってしまったことの悪しき一面である。

師範にとって、ワインの知識なんて 酒屋で買うときに便利な程度、 せいぜいラベルが読めておよそどんな感じか想像できる程度で十分である。 それよりも、食事と共にワインを毎日美味しく飲むこと、そちらの方がずっと大切である。


ワイン界の常識:

「あの人はブラインド・テイスティングでワインを当てるから凄い!」

確かにそりゃ凄いかも知れない。でもその"凄さ"って、果たして何か意味があるんだろうか?

ワインを飲む側の立場に立つと、銘柄が分からずワインを飲む事なんてまず無い。 自宅で飲む場合は言わずもがなだし、レストラン等で飲む場合でも、 分からなかったら聞けば良いだけの話である (店の人も知らないような銘柄のワインは分かったってしょうがない)。 従って、銘柄なんて当てたって何の意味も無い。
ワインを売る側(酒屋さんとかソムリエさんとか)の立場に立って考えたとしても、 銘柄がなんであるかを知らずに飲むなんて機会は、 「ブラインド・テイスティング・ゲーム」以外では有り得ないのではなかろうか? もちろん、ワインを飲む前にそのワインがどんな感じのワインであるか推察できることは、 料理とか雰囲気とかに合わせる意味で重要ではある。 が、それはブラインド・テイスティングして銘柄を当てることとは逆、別物の能力だと考える。 売る立場の方々に求める能力は、ブラインド・テイスティングで銘柄を当てる能力ではなく、 それぞれの銘柄がどんな雰囲気か見定め、説明する能力である。

ブラインド・テイスティングで銘柄を当てる、それ自体は凄い能力かも知れないが、 その能力を意味のある事に使える可能性なんてほとんど無いと考える。 喩えて言えば「スプーンだけが曲げられる超能力」とか、 「円周率を小数点以下100桁まで覚えているけど数学は不得意」みたいなものであり、 見せ物としては面白いが実質的な利用価値の無い能力である。 宴会芸とか自慢のタネ程度には使えるのかも知れないが。
(もちろん、先入観を取り払うためブラインドで飲んで、美味い不味いを言い合う楽しさは否定しないけれども。)


ワイン界の常識:

「あ、このワインは『フル・ボディ』って書いてあるから重厚なんだね」

赤ワインの裏ラベルやお店のPOPには、 しばしば『フル・ボディ』とか『ミディアム・ボディ』とか『ライト・ボディ』とか書かれている。 これを「ワインの重厚さ/軽快さ」だと信じ、購入の際参考にされている御仁も居られることと想像する。 (師範の知人で「フル・ボディはハーフボトルじゃないワインのこと」だと信じていたソコツ者も居たが)
確かに、この言葉が持つ元来の意味は「ワインの重厚さ/軽快さ」を現していたのだと思うが、 現状はほとんどの場合別の意味で使われている。この言葉が現す意味とは…

単に値段である。フル・ボディは高い、ライト・ボディは安い。
それぞれの言葉が意味するところは、

といったところではないだろうか。

上記のごとき具合なんで、値段しか意味しない『***ボディ』の表記を見る意味は無い。 そんなん見るより値段を直接見たほうがずーっと判りやすい。


ワイン界の常識:

「このワイン、まだまだ若くて開けるのが早すぎたみたい。」

確かに、師範も「このワインはまだバランスが悪いけど、何年か熟成したら美味しくなるんだろうな」 と感じることがあるし、 高級なワイン等では、ある程度熟成期間をおかないとその本領は発揮出来ないことも事実であろう。 (実際に検証したわけではないので"であろう"としか言えないが)
ただし、上記のように書かれた書物やWebサイトを拝見すると、 この「まだ若い」という言葉の裏には、別の意味が含まれているような気がしてならない。 して、その別の意味とは…

一つは、世の評判や値段の高いワインを飲んだ時、あんまり美味いとは思わなかったんだけど、 そう書くと自分の味覚のポンコツさを露呈しはしないか、と筆者が心配した場合である。
ワインなんて所詮嗜好品であり、 人それぞれ美味く感じたり不味く感じたりして当たり前であるにもかかわらず、 値段や希少価値を根拠にしたヒエラルキーや、 どこぞのだれぞが付けたナントカポイントを鵜呑みにしてしまうことによって引き起こされる現象、 それがこれである。

もう一つは、誰かが持参したワインを飲んだ時、あんまり美味しいとは思わなかったんだけど、 そう書くと人間関係を害しはしないか、と筆者が心配した場合である。
これに関しては…ま、それもアリでしょう、と申し上げておく。 たかがワインごときで人間関係を壊してしまうのはバカらしいし、 美味くもなかったのに『美味しかったですぅ(^-^)』などと脳天気に書かれるよりは余程正直であるからである。

と、あたかも他人事のように書いてきたが、 上記のような傾向は、悲しいかな「安ワイン道場」にさえあることを認めざるを得ない。 しかるに、本道場を御覧になる際は御注意願いたい。


ワイン界の常識:

「ワインは、温度が低く一定な場所に保存して下さい。セラーが無い場合は、 たとえば押し入れなどに保存するのが良いでしょう。その際は必ず寝かせて保存して下さい。」

確かに押し入れの中は温度の変化は小さいであろう。が、果たして温度は低いか?

私事で恐縮であるが、道場は南西の角部屋に位置し、押し入れもその一辺を西側外壁に接している。 従って、押し入れの温度は「夏暑く冬寒い」、特に夏場は27度くらいで一定している感じである。 決して温度は低くない。よって師範は、この「押し入れ保存」を世間一般に推薦するのはいかがなものかと考える。

さらに、である。そのような温度の高い押し入れの場合、寝かせて保存するのはますます推薦しない。
なぜならば、温度の高い条件下でワインを寝かせた場合、 ピッチピチに詰められたブルゴーニュなどでは液漏れしてしまい、 下手をすると布団やらなんやらを汚しかねないからである (立てていれば、漏れても瓶肌あたりで乾く場合が多い)
知らないうちにその赤黒く汚れた布団を奥方に発見され、『あなた!若い小娘でも連れ込んだの!』 なんて叱られるのは、ヌレギヌという意味でも非常に残念な出来事である。 あったかい場所に大切なものをしまうのであれば「立てる」、これは森羅万象に通じる真理である。

ちなみに、道場で一番「温度一定かつ低め」な場所はトイレである。
しかしながら、あいにくワインをそこには保存していない。 別に「ニオイが移るから」なんてことを心配しているわけではないが、 そこから出してきたワインを飲まされる客人の立場に立つと、 どーも止めておいたほうが良かろうと判断するためである。

(追記 2007/05/25)
新道場を建築し、旧道場(マンション)から環境が変わったため「温度一定かつ低め」 なのがトイレでは無くワインセラー内になった。 よって、置き場所に関してアレコレ言える立場では無くなったけど、 少なくとも「押入れが温度が低く一定なわけではない」は主張として間違ってはいないはず。


ワイン界の常識:

「赤ワインは18℃前後で飲んで下さい。 『室温で』などといいますが、それはヨーロッパにおける室温ですので、 日本ではもうすこし低めの温度にする必要があります。」

確かに、特に夏場などでは赤ワインでもちょっと冷やしたほうが美味しく、師範もそうしている。
んが、ヨーロッパの室温って、そんなに低いのだろうか?

数少ない師範の経験をもってしても、 決して欧州の部屋が日本の部屋に比して低い温度だとは思えない。
『室温(chambre)』の意味は、厳密に「部屋と同じ温度」というような意味ではなく、 「特に冷やしたり温めたりするんではなく、まぁ普通の温度」というような、 そうでないものがあって初めて意味をなす相対的な表現ではないのだろうか。 喩えて言えば、「辛口ワイン」と言っても塩が効いていたり唐辛子が入っていたりせず、 「白ワイン」と言っても牛乳みたいな色をしているわけではないといった類の。


ワイン界の常識:

「冷蔵庫での保存はお勧めしません。万が一ワインを冷蔵庫で保存する際は、防寒のため新聞紙で包み、 防臭のためビニール袋をかぶせて保存することをお勧めします。」

師範は、しばしばワインの保存に冷蔵庫を利用する。
家に帰ってすぐ白ワインの飲みたくなったときのために、一本くらいは常に冷えてて欲しいからである。 保存状況としては、なにもせずそのままポンと、冷蔵室に寝かせたり野菜室に立たせたりしてある。 まぁ遅くとも一ヶ月以内には飲んでしまうんで、"保存"とは言えない程度かもしれないが。

で、この常識には二つの疑問が存在する。

一つは「新聞紙で包むことに防寒の意味があるか?」ということである。
体温をもつ人間が冬山で遭難わけじゃあるまいし、 新聞紙に包んだってそのうち庫内と同じ温度になってしまうのは自明の理である。 「温度変化を避ける」という意味はあるであろう。しかし、それにしたって水の比熱は随分大きいから、 そうそうワイン自体の温度が上がったり下がったりはしないだろうとも思う。

もう一つは「新聞紙やビニールをかぶせても匂いはつくのでは」ということである。
まずは新聞紙に顔を近づけていただきたい。間違いなくインクの匂いがするはずである。 さらにはシンナー遊びよろしくビニール袋のなかの匂いをかいで頂きたい。 間違いなくビニールの匂いがするはずである。 それらの匂いが、冷蔵庫内の匂いよりワインにやさしいというような研究結果でもあるのであろうか?

そもそも、師範はこの「ワインに匂いが移る」という意見に懐疑的である。
少なくとも師範には一度もその経験が無いし、あれだけピッチリ詰められたコルク(またはその周り) を匂いが通り抜けていくとは信じがたいからである。
古いワイン等では、キャップシールを剥がしたときにコルクにカビが生えていることがしばしばある。 そしてそれは、「良い状態下に保存された証」として、あまり嫌われるものではないと聞いている。 だがここで考えて欲しい。 もし、コルクを通して匂いが移るんであれば、間違いなくその状態のワインはカビ臭くなっていると思うのだが。

他にも、「冷蔵庫は振動がある」とか「冷蔵庫内は乾燥する」とか、 冷蔵庫保存を戒める常識は枚挙に暇が無いが、正直言って振動や乾燥の影響を感じたことは無いし、 たとえあったとしてもその影響度なんて微々たるもんだと師範は考える。
もちろん、長期間に渡る保存には向かないであろうことは師範にも理解できるが、 冷蔵庫保存自体を忌み嫌うような考えはいかがなものであろうか。

師範にとって「帰ってすぐに冷えたワインが飲める」、この事実の前には少々のことは屁のようなものである。


ワイン界の常識:

「ワイングラスは洗剤では洗わないで下さい。洗剤の匂いがグラスに移ります。」

移るか?そんなもん。
それが気になるのであれば、ワイングラスのみならずすべての食器が気になるはず。

道場では、ワイングラスは洗剤を使ってジャカジャカ洗う。 その後、手をつけられるぎりぎりくらいの温度の温水で流し、急いで拭きあげる。 そうすると、グラスの余熱があるためあっという間に乾燥する。 匂いが気になるとすれば、洗剤の匂いより布巾の匂いの方が支配的だと思う。

犬のような嗅覚を持つ御仁にとっては洗剤の匂いが気になるグラスかもしれないけど、 少なくとも道場のグラスはどこのレストランに出しても恥ずかしくないくらいピッカピカである。 洗剤を使わず薄汚れたグラスで飲むより、ピッカピカのグラスで飲んだほうが師範にはずっと美味しく感じられる。


ワイン界の常識:

「赤ワインはポリフェノールを多く含み健康に良い飲み物です。」

まぁある意味事実かもしれない。
が、それは節度を持って適量飲む人においての話であろう。

(もちろん各人のアルコール分解能力にもよるが) 栓を開けたら一本飲み干さずにはいられない酒飲みにとって、 ワインは、その健康的要素を遥かに凌駕する不健康的要素、 アルコールという毒を含む飲み物であることを忘れてはならない。
似た例に「白ワインは殺菌作用があって…」という話もあるが、 赤ワインと同様であることは言わずもがなである。

「身体に良いから」なんて考えで飲むことには賛成しない。 身体のことを気遣うなら飲まないほうが良い。 「毒だけど美味いから」飲むのである。 そう考えておいたほうが、 万が一酒が原因で天寿を全うできなかった場合においても諦めがつくというもんである。

ちなみに、道場での酒量は、師範・師範代で夕食時に一本空ける程度、 一般に「夫婦二人で一本が適量」ということらしいので、甚だ健康的な酒量に思える。
ただし、師範代はほとんど飲めないという事実に目をつぶれば、の話である。


ワイン界の常識:

「あ、このワイン不味い。料理用ワイン行きだ。」

不味いワインで作った料理、それはきわめて高い確率で不味い。

特に、酸っぱすぎて渋味がなくてペラッペラな赤ワインを使って煮込み料理なんか作ると最悪、 出来上がった料理もペラッペラになる。 ソテーする際に振り掛ける程度であればそんなに気にならないかもしれないが、 あいにくその際の消費量は微々たるものである。 「不味いワインは飲めないが不味い料理ならいくらでも食える」御仁は別として、 料理には値段は安くてもそこそこしっかりしたワインを使うべきである。

では、残った不味いワインの処理はどうすべきか?
答えは「工夫して飲むべし」である。氷を入れたり炭酸やジュースで割ったりすれば、 よほどとんでもないワインじゃない限りそこそこ飲める。 「流しに捨てる」というのは、安ワイン者たるもの採ってはいけない手段である。
「ワイン風呂にする」という手も使えそうだが、赤ワインだとバスタブにシミが出来そうで恐いし、 何も知らされず次に風呂を使う人が『ナニゴトか?』と思って裸で飛び足してきたり、 勘違いして赤飯を炊いたりする恐れもあるので気を付けられたい。


by 師範