[トップページ] [平成10年下期一覧][人物探訪][210.762 戦後:東京裁判][320 法律]
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        _/  _/    _/  _/           Japan On the Globe (59)
       _/  _/    _/  _/  _/_/      国際派日本人養成講座
 _/   _/   _/   _/  _/    _/    平成10年10月24日 3,509部発行
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_/_/       人物探訪: パール博士の戦い
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_/_/           ■ 目 次 ■
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_/_/    1.東京裁判の最大の犠牲は「法の真理」
_/_/    2.裁判を装った復讐
_/_/    3.近代法の原則を踏みにじった勝者の裁き
_/_/    4.禁じられた判決書出版
_/_/    5.なぜ日本人は沈黙しているのか?
_/_/    6.理性は虚偽からその仮面を剥ぎとったか?
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■1.東京裁判の最大の犠牲は「法の真理」■

 東京裁判で全被告無罪の判決を下したインドのラダビノート・パ
ール博士が、昭和27年に日本側の招きで再来日された時の事であ
る。羽田に降り立った博士は、待ちかまえた記者団に対し、開口一
番、次のように言われた。

     この度の極東国際軍事裁判(東京裁判)の最大の犠牲は『法
    の真理』である。...勝ったがゆえに正義で、負けたがゆえに
    罪悪であるというなら、もはやそこには正義も法律も真理もな
    い。力による暴力の優劣だけがすべてを決定する社会に、信頼
    も平和もあろうはずはない。
     今後も世界に戦争は絶えることはないであろう。しかして、
    そのたびに国際法は弊履のごとく破られるだろう。だが、爾今、
    国際軍事裁判所は開かれることなく、世界は国際的無法社会に
    突入する。その責任はニュルンベルグと東京で開いた連合国の
    国際法を無視した復讐裁判の結果であることをわれわれは忘れ
    てはならない。[1,p22]

 博士の予言は当たった。その後の朝鮮戦争、ベトナム戦争、中越
戦争、湾岸戦争と、いずれも戦争裁判は開かれていない。朝鮮戦争
での北朝鮮、中国、そして湾岸戦争でのイラクも、あからさまな侵
略をしかけたのに、結局、侵略の罪も、戦争犯罪も問われずに終わ
っている。

■2.裁判を装った復讐■

 日本の敗戦後、1946年1月に国際軍事裁判所条例が作られ、その
第5条に侵略戦争および、条約に違反する戦争を犯罪とすると規定
され、過去の日本の戦争行為を裁くために適用された。

 その東京裁判の11ケ国の判事のうち、国際法で学位をとったの
は、パール博士一人であった。博士は東京裁判終了後には、国際連
合の国際法委員会委員長にもなっており、文字通り、法学者として
国際的な権威であった。

 パール博士は、その判決書において、一国が他国に向かって武力
行使する事を違法とする国際法は、いまだかつて成立したことも、
適用されたこともない、と、国際関係の史実、国際法学者の発言を
豊富に引用しながら、結論づける。

     勝者によって今日与えられた犯罪の定義に従っていわゆる
    「裁判」を行うことは、敗戦者を即時に抹殺した昔とわれわれ
    の時代との間に横たわるところの数世紀にわたる文明を抹殺す
    るものである。かようにして定められた法律に照らして行われ
    る裁判は、復讐の欲望を満たすために法律的手続きを踏んでい
    るようなふりをするものにほかならない。それはいやしくも正
    義の観念とは全然合致しないものである。[2,p268]

 東京裁判は勝者が戦争後に自ら法を作って、敗者を裁いたもので
あり、裁判の形を装った復讐に過ぎない。それは権力者の一存によ
って人間の生命を奪うものであって、「法の支配のもとでの自由と
人権」を重んずる近代文明を抹殺する行為だというのである。

■3.近代法の原則を踏みにじった勝者の裁き■

 行為の後で、法律を作って裁くことは「事後法」と呼ばれ、自由
と人権を重んじる近代法では許されないことである。

 たとえば、あなたが時速60キロの制限速度を守って運転してい
る所を、突然警察に捕まって、今から制限速度を40キロに変更し、
過去に遡って適用する、として突然逮捕されたら、どうであろうか。 
こんな事が許されれば、警察は誰でも好きなように逮捕でき、人権
も自由もあったものではない。

 さらに博士は、もし侵略戦争が犯罪ならば、日本を侵略したソ連
が逆に日本を裁く地位にいる、という矛盾を指摘する。

 ソ連と日本は中立条約を締結しており、それは1946年まで有効で
あった。さらに45年6月初旬、日本はソ連に対して連合国との降伏
に関する調停を要請していた。それらを一切無視して、ソ連は8月
8日、日本に対して宣戦布告したのである。これには自衛戦争の要
素はまったくなく、日本の開戦を侵略というなら、それ以上の明白
なる侵略戦争である。

 さらにソ連の参戦は、アメリカとイギリスの要請であり、両国も
侵略に荷担したことになる。侵略戦争が犯罪であるというなら、こ
れらの国々もすべて裁かれるべきだ、と博士は主張する。

 敗戦国だけが裁かれるのは、法の公平な適用という、もう一つの
近代法の原則をあからさまに蹂躙するものである。

■4.禁じられた判決書出版■

 このようにパール博士の判決書は、詳細な事実調査と、徹底的な
法理論の展開で、東京裁判が国際法の精神を踏みにじった点を明ら
かにしている。

 東京裁判が開かれていた約2年半の間、他の判事達が休日毎にド
ライブやパーティを楽しんでいる間、博士は帝国ホテルの一室に閉
じこもったまま、3千巻にもおよぶ文献を調べ、日本語版文庫本に
して1400頁以上もの浩瀚な判決書を書いた。

 そのパール博士が、判決書執筆を中断したのは、夫人危篤の知ら
せを受けて、急ぎ帰国した時だけであった。病床で夫人は「あなた
は日本国の運命を裁く大事なお体です。どうか裁判が終わるまで私
の事は構わないで...」と述べた。

 博士は「日本は美しい国だ。人情も景色も美しい。裁判が終わっ
たら、一緒に日本へ行こう。それまでに早く良くなってくれ」と言
い残して、日本に戻った。しかし、裁判が終わった時には、夫人は
口もきけない状態で、5ヶ月後、ついに帰らぬ人となった。
[1,p40]

 こうした思いまでして完成した判決書は連合国によって公刊を禁
じられ、ようやく1957年になってインドのカルカッタで出版された。 
オーストリアの著名なフェアドロス教授編集になる公法雑誌に掲載
された書評では、「本書を読むと、他の裁判官は全部盲目のように
思われてならない、他日パール博士が正しかったといわれるように
なる日の到来することを切望する」と紹介された。

■5.なぜ日本人は沈黙しているのか?■

 さて、再来日した博士は各地で講演会を行い、日本の法曹界やマ
スコミが、なぜ東京裁判の不当性、不法性に対して、沈黙している
のか、と問われた。

     いまや英・米・仏・独など世界の法学者の間で、東京とニュ
    ルンベルグの軍事裁判が、果たし正当か否かという激しい論争
    や反省が展開されている。...げんに英国法曹界の長老ハンキ
    ー卿は「パール博士の無罪論こそ正論である」として「戦犯裁
    判の錯誤」と題する著書まで出版している。しかるに直接の被
    害国であり、げんに同胞が戦犯として牢獄に苦悶している日本
    において、この重大な国際問題にソッポを向いているのはどう
    したことか。なぜ進んでこの論争に加わらないのか。なぜ堂々
    と国際正義を確立しようとしないのか。[1,p25]

 さらに広島の原爆慰霊碑に刻まれた「過ちは繰り返しません」と
いう文字を見て、博士は言った。

     東京裁判で何もかも日本が悪かったとする戦時宣伝のデマゴ
    ーグがこれほどまでに日本人の魂を奪ってしまったとは思わな
    かった。東京裁判の影響は原子爆弾の被害より甚大だ。
    [1,p29]
    
 博士は、日本の法律家やジャーナリストが、東京裁判で提起され
た問題に対する本質的な論争、すなわち、「大東亜戦争は本当に侵
略戦争なのか」、「日本は平和に対する罪、人道に対する罪を犯し
たのか」という点に関して、あまりにも無関心、不勉強であること
にいたく失望した。そして日本人が「長いものには巻かれろ」とい
う事大主義のあまりに、マハトマ・ガンジーのいう「真理把持」の
精神に欠けているのではないか、と憤った。

■6.理性は虚偽からその仮面を剥ぎとったか?■

 パール判決書は、次のような有名な言葉で締めくくられている。

     時が、熱狂と、偏見をやわらげた暁には、また理性が、虚偽
    からその仮面を剥ぎとった暁には、その時こそ、正義の女神は
    その秤を平衡に保ちながら過去の賞罰の多くに、その所を変え
    ることを要求するであろう。[3,p745]

 しかしこの言葉はまだ実現されていない。たしかに「時」は、
「熱狂と、偏見をやわらげた」と言えるが、人類の「理性」が十分
に「虚偽からその仮面を剥ぎとった」とは言えない。

     満洲事変から大東亜戦争勃発にいたる真実の歴史を、どうか
    私の判決文を通して十分研究していただきたい。日本の子弟が
    歪められた罪悪感を背負って卑屈・退廃に流されてゆくのを、
    私は見過ごして平然たるわけにはゆかない。彼らの戦時宣伝の
    欺瞞を払拭せよ。誤られた歴史は書き換えられねばならない
    [1,p32]

 こうまで言われた博士が現在の我が国の歴史教科書や謝罪外交を
見れば、どう思うだろうか。「真理把持」の精神に欠ける日本人は
自ら「歪められた罪悪感」を背負って卑屈・退廃に流されるだけで
なく、国際正義の確立を通じて世界に貢献しようともしない、と地
下で歯がゆい思いをされているのではないか。

[参考]
1. パール博士の言葉、田中正明、下中記念財団、H7
2. パル判決書(上)、東京裁判研究会、講談社学術文庫、S59
3. 同(下)
4. JOG(39) 国際法を犠牲にした東京裁判

■ おたより: 高橋玉次 さん より

標記の件、興味深く読ませて頂きました、健闘を祈念します。東京裁判史観(日本国溶解計画)の呪縛に侵されたまま、二世代を経て"麗しの緑のまはろば"は、亡国の道をたどりつつあります。パール博士の戦いについて、次の点を補足します。

*************

この日本の荒廃を、45年前、予言・予告した人がいる。インドの国際法律学者・東京裁判判事パール氏である。彼は、日本の教科書が日本を悪く曲解して記述してあることを嘆き、「日本の子供たちが歪められた罪悪感を背負って卑屈、荒廃に流されていくのを平然と見過ごすわけにはいかないということを日本人に訴える」と言われた。

 正に現状の日本は、パールさんの懸念どうり、いやそれ以上に悪化してしてまった。卑屈に歪んだ戦後歴史教育の継続・相乗(洗脳ともいえる)の"賜物"として・・・。(いじめ、教育現場崩壊の原因もここにあると確信している)

■編集長より

 私も教育荒廃の原因の一つに、この点があると思います。


■ おたより: KSASAKIさんより

 先日「週刊金曜日」と言う雑誌(「あの」本多勝一氏が編集する雑誌です)を見ていたら、誰の記事かは忘れましたが「東京裁判で、パール判事は同じアジア人として被告たちに同情したから、被告人全員無罪の判決文を書いた。」という記述をしている記事がありました。

 もしパール氏がこれを読んだとしたら、おそらく烈火のごとく怒るのではないかと思います。また東京裁判と戦後教育の関係については、私は少なくともオウム真理教は戦後教育の結果生まれたものだと思います。「日本人は世界最低の人種だ」と教えられていれば、その結果「日本人は死んで当然だ」と思うようになる人が現われても全く不思議ではないと思います。

■編集長より

 パール博士が来日したときに、ある日本人が挨拶で、「日本に同情的な判決をしてくれた云々」と述べたとき、パール博士はすかさず立ち上がって、「それは大きな誤解である。真実を真実として認め、法の心理を適用したまでだ」と発言されました。

 「この度の極東国際軍事裁判(東京裁判)の最大の犠牲は『法 の真理』である。われわれはこの『法の心理』を奪い返さねばならない」という言葉が、国際法学者としての博士の戦いの動機です。


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