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        _/  _/    _/  _/           Japan On the Globe (72)
       _/  _/    _/  _/  _/_/      国際派日本人養成講座
 _/   _/   _/   _/  _/    _/    平成11年1月30日 5,828部発行
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_/_/      The Globe Now: 温室の隣の飢餓地獄
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_/_/           ■ 目 次 ■
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_/_/   1.泥水を呑み、ゴミを拾って食べる浮浪児たち
_/_/   2.温室の隣の飢餓地獄
_/_/   3.抱き合いながら凍死していた七人の子供たち
_/_/   4.見捨てられた子供たちの命は
_/_/   5.何日も汽車を待ちながら、駅舎で死んでいく
_/_/   6.援助食料はどこへ?
_/_/   7.良い生活をする上層部
_/_/   8.隣人としての責任は?
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■1.泥水を呑み、ゴミを拾って食べる浮浪児たち■

 いたいけな少女が、どぶから赤いコップで、泥水を汲んで呑もう
としている。10歳と説明があるが、どう見ても、5、6歳にしか
見えない。

 別の少女は、地面に落ちたクルミの皮のようなものを拾っている。
半袖の薄いシャツに汚れたトレパン。泥まみれの素足。

 飢餓のために、両親を亡くすか、家族とはぐれてしまった孤児た
ちだという。周囲の大人たちも、浮浪児にかまっている余裕はない。
多く孤児たちは、この冬を越せずに、餓死や凍死の運命が待ってい
る。人口2300万人の北朝鮮で、こうした子供たちを含め、すで
に3百万人の国民が餓死、病死したと推定されている。

■2.温室の隣の飢餓地獄■

 この子たちが、東の隣国・日本に生まれていたら、この正月には
数万円のお年玉をもらい(北朝鮮のある鉱山労働者の月給は390
0円)、こたつに入って、「お節料理なんかいやだ、ピザを食べた
い」などとわがままを言っていたであろう。

 何の罪もない子供たちが、北朝鮮に生まれたというだけで、なぜ
このような悲惨な目に遭わねばならないのか。

 日本という温室のすぐ横、北朝鮮ではすさまじい飢餓地獄が広が
っていると、本講座でもレポートしたが[1]、最近ようやく、その
実状が映像や証言として世界に報道され始めた。

 前節で紹介した映像は、北朝鮮から中国へ脱出した青年が、決死
の覚悟で祖国に戻り、こうした惨状をビデオで隠し撮りしてきたも
のだ。その一部はテレビで放映され、また雑誌[2]や、インターネ
ット[3]でも、公開された。

■3.抱き合いながら凍死していた七人の子供たち■

 体験談の方は、フランスに本部を置く「国境なき医師団」が、北
朝鮮から中国へ脱出した人々、中国からの北朝鮮への訪問者の証言
をまとめ、ヨーロッパの有力紙に発表したものである[4]。中立的
な民間の人道的機関がまとめたものだけに、信頼性が高い。

・北朝鮮の親類に食料を持っていった朝鮮系中国人の証言[4,p110]

     餓えた人々は力なく道端に座っていたり横になっていた。大
    部分の子供たちは非常に痩せ細り、皮膚がドス黒くなり、あち
    こち傷ついたまま、服らしいものはみにつけていない。(中
    略)
    
     道端には死体があった。飢えと寒さのためである。服はほと
    んど着ておらず、靴下もなく、靴はもちろんない。この一月、
    新義州に行ったとき七人の子供たちが凍死したのをこの目で見
    た。その子供たちは(寒さ)から避ける所がなく、豚小屋で凍
    え死んでいた。ほとんど半裸の状態で、互いに抱き合い暖めあ
    いながら、夜中に凍死したのだ。

■4.見捨てられた子供たちの命は■

・中国に脱出した18歳の女子の証言[4,p108]

     3年前父が飢えで死に、その後しばらくして母さえも病気で
    亡くなりました。姉の二人の子供たち(1歳と4歳)も飢餓に
    苦しんで順番に命を失いました。父母が亡くなるや、私は二人
    の兄弟を食べさせるために集団農場で働き始めましたが、食べ
    ていくことすら満足にできませんでした。
    
     生活はとても苦しかった。私たちは草と木の根を掘って食べ
    ました。その上、父母がなく、見捨てられた子供たちの命は本
    当に危険になりだした。彼らを哀れに思わないのは勿論のこと、
    捕らえて食べる対象にしました。近所の人々は、誰も世話して
    くれない孤児を捕らえて殺し、塩を振り掛けて食べました。
    
■5.何日も汽車を待ちながら、駅舎で死んでいく■

・中国への脱出に成功した18歳の少年の証言[4,p102]

     多くの北朝鮮人たちが数年前から国境を越えて来ているが、
    94年以後、状況は急速に悪化している。(中略)
    
     窓ガラスが全部割れた汽車が、とてもまれに運行され、常に
    満員である。・・・汽車の手すりにでも乗ろうとすれば、乗務
    員と機関士、そして先に乗った人々にタバコを何本かやらなく
    てはならない。またある人々は汽車の屋根に乗って旅行したり
    する。しかし、これ以外の大部分の人々は乗れないまま、何日
    も待ちながら駅前で死んでいく。・・・
    
     毎朝十余人の老人と子供たちの死体を駅舎から片付け出さな
    ければならにので、駅舎を閉鎖してしまった。今は、駅舎の外
    で死んでいく。

■6.援助食料はどこへ?■

 平成7年にわが国は50万トンの食料援助を行った。その後、日
本人拉致疑惑が浮上し[5]、わが国は援助を中止しているが、国連
等は継続している。その食料はどこへ行っているのか? 上記3で
紹介した朝鮮系中国人は次のように語っている。[4,p109]

     国際支援といえば、私は2回も赤十字から送られた穀物袋を
    見た。誰でも見ることができた。政府倉庫2棟をぎっしり満た
    しているのが、通りからすっかり見えた。
    
     私は兄(北朝鮮国籍)に、どうして食料が配給されないのか
    と聞いたが、彼は食料配給という話はまったく聞いたことがな
    いと言った。家族はもちろん、彼らの隣人と友達たちも、全く
    聞いたことがないと言った。
    
     ならば、その支援食料はどこに行くのか? その食料の一部
    は戦争準備のために備蓄され、一部は高位官吏と指導級人士た
    ちが市場で他の品物と交換するため、商売目的で使われ、また
    一部は彼らの自己消費のために使われ、残りのごく一部が国際
    機構の目を欺くために住人たちに配給されるのだろう。そして
    また、一部は友邦国の武器と交換された穀物もあると聞いてい
    る。

 もう一人、北朝鮮の親類を訪れた中国の教授も同様の証言をして
いる。[4,p107]

     国際支援だって? 私の従兄弟の話では、97年のいつだっ
    たか、当局が絶対に手をつけるなと命令しながら食糧配給をく
    れた事があったが、外国人たちが、住民たちに食糧配給がきち
    んとなされたか確認しに来て帰るや否や、当局は再び穀物袋に
    集めて行ったきり、援助に関した話は二度と出たことがないと
    言った。

■7.良い生活をする上層部■

 いったい北朝鮮政府は何をしているのだろうか? カナダ国籍を
持つ韓国人で、北朝鮮を訪問した歯科医は次のように語っている。
[4,p106]

     今、北朝鮮で最も良い生活をしているのは官吏たちである。政
    府当局者と軍の指導層には何の問題もない。海岸で海水浴をした
    り、冬にはスケートをしている彼らの姿を見ることができる。
    
     残りの住民たちの中でも、中国や日本に家族がいる人々は思い
    通りに暮らしている。親戚の助けで商売ができるようになり、何
    とかやって行けるのだ。多くの中国人たちも北朝鮮との交易で金
    持ちになって行った。物々交換が交易の主要形態である。女性や
    子供も対象になる。二万元から4万元で結婚前の処女を売る人身
    売買も中国には存在する。

 その他、次のような情報統制や強制により、国民を圧制下に置い
ているようだ。
	 彼ら(北朝鮮政府)は住民たちに、中国やロシアや韓国でも状
	況は(北朝鮮)よりも悪く、従って北朝鮮はさほど悪い状況では
	ないと言い聞かせている。[4,p106]

	 北朝鮮当局は、戦争準備だという口実で住民たちを最大限引き
	止めようとしている。抗日運動の歴史的逸話を思い出させると同
	時に、住民たちにより強くなれ、もっと忍耐しろと強制し、苦痛
	を押し付けている。住民動員、軍事訓練は40日間も続けられた。
	 [4,p111]
■8.隣人としての責任は?■

 北朝鮮に対しては、米国を中心に「太陽政策」がとられている。
イソップ物語の「北風と太陽」の寓話から、旅人にコートを脱がせ
るには、冷たい北風よりも、温かい太陽を用いるべきだと言う。こ
の比喩が不適切極まりない事を、西岡力「現代コリア」編集長は次
のように説く。
	 コートを着ている旅人が、一体何者なのかを考えなければなら
	ない。彼は常習強盗殺人犯で、現在も次の犯行の機会を狙ってい
	る。そのような男に太陽のような誠意を尽くす、たとえば、金を
	貸してやれば、次の犯行のためにナイフか拳銃を買う可能性が高
	い。[6,p175]
 このたとえを延長すれば、この強盗殺人犯は家に帰れば、妻や子を
虐待し、飢え死にさせつつある、という事になろう。

 米、中、韓、そして我が国の太陽政策は、この極悪人と事を構え
るのを恐れるがために、まあまあと、金をやってなだめているのと
同じ事なのではないか。そうしている間にも、北朝鮮の人々は、
刻々といのちを失っていく。

[参考]
1. JOG(55) 北朝鮮、管理された飢餓地獄
2. SAPIO、小学館、H11.2.3
3. 救え、北朝鮮の民衆/緊急行動ネットワーク
4. 国境なき医師団の「悲しい報告」全文、正論、H11.2
5. JOG(31) 北朝鮮に拉致された日本人少女

[その他北朝鮮関連]
JOG(8) 進歩派知識人による北朝鮮賛美の言論責任
JOG(56) 日本統治下での国土開発

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