[トップページ] [平成11年上期一覧][Common Sense][210.1 通史][329.19 国旗・国歌][911 詩歌]


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        _/  _/    _/  _/           Japan On the Globe (93)
       _/  _/    _/  _/  _/_/      国際派日本人養成講座
 _/   _/   _/   _/  _/    _/    平成11年6月26日1,0472部発行
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_/_/       Common Sense: 君が代クイズ
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_/_/           ■ 目 次 ■
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_/_/    1.君が代は習った事はないけど、怖い?
_/_/    2.クイズその1:小さな石が巨岩になる?
_/_/    3.クイズその2:君が代は戦争・侵略の歌?
_/_/    4.クイズその3:君が代は暗い?
_/_/    5.クイズその4:君が代は古臭い?
_/_/    6.クイズその5:君が代は天皇制賛美?
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■1.君が代は習った事はないけど、怖い?■

   国歌に関して、広島県の高校1年生400人を対象にしたアン
  ケート調査が行われた。[1]

  ・ 小学校から高校1年まで「君が代」の歌詞を習ったことがあ
     りますか?
                  ある:13%     ない:87%
  ・ 「君が代」から何をイメージしますか?
                  暗い:25%     戦争・侵略:23%
                  わからない:17%  怖い:13%
        
   歌詞を習った事がないから「わからない」、とか、メロディー
  だけ聞いて「暗い」と感ずるのは、理解できる。
  
   しかし、歌詞を習った事もないのに、「戦争・侵略」をイメー
  ジしたり、「怖い」と思うのは、どういう事なのだろう。それは
  たとえば、何も知らない子供達にただ「鬼畜米英」と刷り込み教
  育をするのとあまり変わらないのではないか?
  
   君が代に賛成するにしろ、反対するにしろ、基本的な事実は踏
  まえておきたい。以下、基本知識をクイズ形式でまとめておくの
  で、それをもとに読者自ら考えていただきたい。

■2.クイズその1:小さな石が巨岩になる?■

    君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで

  「さざれ石の巌となりて」の「さざれ石」は「小さい石」、 
  「巌」、は「岩+穂」の意で「高く突き出た大きな石」と広辞苑
  にある。穂の形で、そびえ立つ巨岩というイメージであろう。し
  かし小さな石が、そんな巨岩に成長するなどというのは、非科学
  的ではないのか?
  
   実はさざれ石とは学名「石灰質角礫岩(かくれきがん)」
  と言い、伊吹山のふもとで産出し、岐阜県の天然記念物に指定さ
  れている。石灰石が雨水で溶けると、粘着力の強い乳状液となる。
  この乳状液が2億年以上にわたって地下に浸透し、小石を互いに
  凝集させ巨岩に成長させる。この巨岩が河川の浸食作用で地表に
  露出したのがさざれ石である。
  
  (さざれ石の写真は、以下の水屋神社ホームページ参照。関連・
  お奨めサイトにさらに詳しい「国歌『君が代』発祥の地」へのリ
  ンクがある。)
http://www2s.biglobe.ne.jp/~mizunoya/index.htm

   文徳天皇(在位850―858年)の皇子惟喬親皇に仕えた藤原朝臣石
  位左衛門は、この地でさざれ石を発見し、「これは珍しい石、目
  出度い石である」と見たまま、感じたままを、詠んで奉った歌が
  
    わが君は干代に八千代にさざれ石の
      いわをとなリて苔のむすまで
      
   の一首である。都では「見かけぬめずらしい石であリ、かつま
  た秀歌である」として、この歌は「古今集」(巻七賀の歌)に採録
  された。石位左衛門は名のある人ではなかったので「詠み人知ら
  ず」とされた。[2]
  
■3.クイズその2:君が代は戦争・侵略の歌?■

   冒頭の高校生へのアンケートでは、「戦争・侵略」、「怖い」
  という回答があったが、この点はどうなのか。
  
   平安時代に既に歌われていた君が代は、鎌倉時代以降になって、
  神事や宴席の最後に歌われる祝歌として一般に広がり、江戸時代
  に至ると物語、御伽草子などの文芸、浄瑠璃、謡曲などの芸能に
  も登場するようになった。[3]
  
   このように人々に歌われるうちに、いつしか、より語感の澄ん
  だ「君が代は」と変わり、平安後期から鎌倉初期に広く歌われて
  いた和歌・漢詩を集めた「和漢朗詠集」には、現在の形で登場し
  ている。

   江戸初期には、隆達節(りゅうたつぶし)という小唄がはやる
  が、その中で君が代は恋の小唄として唄われたようだ。
  
   明治2年、薩摩藩の砲兵隊長・大山巌(後の元帥、元老)らが、
  国歌の選定にあたって、平素愛唱していた君が代を選んだ。君が
  代は薩摩藩では祝賀の歌として用いられ、また薩摩琵琶の「蓬莱
  山」にも、取り入れられている。
  
   江戸の小唄から薩摩琵琶まで、全国津々浦々で親しまれていた
  ことが分かる。国歌として急速に定着したのも、こうした基盤が
  あったからであろう。[4]
  
   いずれにしろ、君が代は、長命を祈る歌、お祝いの歌、さらに
  は、恋の歌として、千年以上も日本人に親しまれ続けてきたので
  ある。いずれも相手に対する「まごころ」を贈るものであり、戦
  争とか侵略とかとはまったく無縁の、平和そのものの歌であった。
  
   本当に戦闘的な国歌とは、たとえば、次のようなものである。
  [1,p39]
  
    悪魔のごとく敵は血に飢えたり
    立て国民 いざ、ほことれ
    進め、進め、あだなす敵をほおむらん(フランス国歌、一部)
    
    起て 奴隷となるな
    血と肉もて築かん
    よき国 われらが危機迫りぬ
    今こそ戦うときはきぬ(中国国歌、一部)
    
    弾丸降る いくさの庭に
    頭上高く ひるがえる
    堂々たる 星条旗よ(アメリカ国歌、一部)
    
   これらの国歌に比較して専門家は君が代を次のように評価する。
    
    作曲家・黛敏郎氏:フランスや中国など、革命から生まれた国
    は、激しい、荒々しい、戦闘的な歌が多い。それに対し、君が
    代は平和を賛美し、その平和の中で日本の将来が永久に続くよ
    う、「君」すなわち天皇になぞらえて、祈っている。平和的な、
    戦闘的な歌でないことを、強調し、大切にしたい。[5]
    
    作曲家・團伊玖磨氏:「君が代」は、不思議な曲である。そし
    て国歌として最適な曲である。国歌としての必要条件は短い事、
    エスニック(民族的)である事、好戦的でない事。この三条件
    である。その意味で、イギリス国歌、ドイツ国歌、そして日本
    の「君が代」。この三つが国歌の中の白眉であると思う。アメ
    リカやフランスの国歌などは長すぎて他人迷惑である。[6]
    
■4.クイズその3:君が代は暗い?■

   暗いかどうかは、個人の感覚の問題だから正解はない。しかし
  君が代の曲について、次のようなことは事実として踏まえておく
  べきだろう。
  
   君が代の最初のメロディーは外国人が作曲したのだが、日本語
  の調子に合わず、不評だった。そこで、明治9年に宮内庁雅楽課
  の林守広が作曲したのが、今日の君が代である。
  
   林守広の家系は、聖徳太子の頃から、代々、雅楽を伝えてきた。
  聖徳太子が604年に秦河勝(はたのかわかつ)に命じて、音楽
  を専門的に学ぶ楽家を作らせた、そのうちの一つが林家である。
  この古代からの雅楽の伝統に則り、さらに西洋音楽の要素も取り
  入れて君が代は作曲された。歌詞だけでなく、曲までも千年以上
  の伝統に根ざしているのである。[6]
  
   明治26年、ドイツにおける世界国家コンクールで、君が代は
  一等になった。めったに外国の事を誉めないイギリス人が、君が
  代を「天上の音楽」と激賞したと伝えられている。[7]

   現代の専門家の評価も聞いてみよう。
   
    作曲家・堀内敬三:曲は荘重さもあり、やわらかさもある名曲
    だと思う。・・・雅楽調といっても、昔の宮廷人も民衆もとも
    に歌った和歌の朗吟風のスタイルをとりいれ、民衆の中にしみ
    こんだ音律が取り入れられている。[3,p16]
    
    作曲家・内藤孝敏氏:一番新しい調査でも63%が「君が代」
    を支持している。国民の63%が支持する歌なんて、なかなか
    作れないですよ。しかも、百年以上にわたって歌い継がれてき
    たということは、「君が代」のメロディーには我々日本人の本
    質に根ざした何かがあるということなんです。[8]
    
■5.クイズその4:君が代は古臭い?■

   これも感覚の問題だから正解はないが、「古臭い」という事は
  どういうことか、考えてみよう?

   日教組が新国歌制定を目指して、昭和26年に国民歌を募集し、
  次の「緑の山河」が選ばれた。
  
    戦争(たたかい)超えて たちあがる みどりの山河 
    雲はれて いまよみがえる 民族の わかい血潮に
    たぎるもの 自由の翼 空を往く 世紀の朝に栄えあれ
    
   千年以上の歴史を持つ「君が代」に比べれば、わずか50年足
  らず前の新しい歌である。しかし今時の若者に言わせたら、「若
  い血潮」、「世紀の朝」など、どうしようもなく古臭く、「ダサ
  イ」の一言だろう。
  
   時代とともに過ぎ去っていく流行歌と、長い年月を通じて人々
  に愛され、時代を超える生命力を与えられた古典音楽とは、別も
  のなのだ。モーツアルトは古い。しかし古臭いとは言えない。君
  が代も同様に時代を超えた生命力を得た歌である。
  
   現代的な感覚に合わないからと言って、新しい国歌を作っても、
  二、三十年もしたら、また次世代の感覚に合わなくなってしまう。
  国歌は、流行歌のように次々と作り替えるべきものではない。時
  代を超えて、代々の国民を結ぶものだ。
  
  「緑の山河」は日教組の先生方が、新しい国歌にしようと一生懸
  命、生徒達に教えたそうであるが、今では知る人もない。それは
  時代を超える生命力を与えられなかった。日教組が君が代に反対
  しながらも、代わりの歌を提案できないという苦しい立場にある
  のも、こうした失敗があるからだろう。
    
■6.クイズその5:君が代は天皇制賛美?■

   君が代の意味は、「天皇を日本国および日本国民統合の象徴と
  するわが国の末永い繁栄と平和を祈念したもの」という政府統一
  見解が最近出された。憲法第一条の精神に合致した解釈である。
  
   「天皇制賛美=国民主権の否定」という論法は、王権と民権が
  激しい対立抗争を続けてきた西洋諸国の歴史を、そのまま我が国
  に当てはめようとしたものだ。埼玉大学の長谷川三千子教授は、
  次のように指摘する。
  
     たとへば、水戸学の第一人者である藤田東湖は、日本の歴史
    をふりかへつて、そこに見出される第一の特色は代々の天皇が
    民を「おほみたから(大御宝)」として大切にしてこられたと
    いふことであると言ふ。(中略)
    
     しかも、この国体思想は、国民に忘れられることはあつても、
    代々の天皇御自身に忘れられたことは一度もなかった。たとへ
    ばそれをもつともよく反映してゐるのが、昭和天皇の終戦の御
    製四首として伝へられてゐるみうたである。たとへばその一首
    はかうよまれてゐる−−「身はいかになるともいくさとどめけ
    りただたふれゆく民をおもひて」。
    
     すなはち、民をおほみたからとして大切にするといふ日本の
    政治道徳の伝統は、つねに、そのために自らの命を危険にさら
    すことをもいとはぬ、といふ代々の天皇の御決意によって支へ
    られ、引き継がれてきたのである。[9]

★ JOG(74):「おおみたから」と「一つ屋根」
http://www2s.biglobe.ne.jp/~nippon/jogbd_h11_1/jog074.html

   民を大御宝として大切にする政治道徳の伝統があり、それを常
  に体現する皇室があった。日本列島に太古の昔から様々な民族や
  人種が流入しつつも、長い間に平和的に一つの国家としてまとま
  り、発展してきたのは、この政治道徳が国家の統合力として働い
  てきたからであろう。
  
   「君が代」とは、このような政治道徳を体現する皇室を中核と
  して、平和的にまとまり、発展してきた我が国の姿を示している。
  大きさも種類も異なる様々な小石が結ばれあって、長い時間をか
  けて見上げるような巨岩に成長した「さざれ石」は、見事にこの
  国柄を象徴していると言えよう。

  【謝辞】本稿は鈴鹿国際大学および皇學館大學助教授・久保憲一
  氏に貴重な情報を提供していただきました。紙面をお借りして、
  御礼申し上げます。

■ 参考 ■
1. 「日の丸・君が代の法制化をめざして」、日本会議、H11.4
2. 「さざれ石」、岐阜県春日村役場
3. 「日の丸・君が代」、高橋史郎、日本政策研究センター、H2.5
4. 「『しきしまの道』研究」、夜久正雄、国民文化研究会、S60.3
5. 「世界の中の日の丸・君が代」(ビデオ)、日本を守る国民会議
6.  アサヒグラフ、H10.7.17
7. 「日本の唱歌」、安西愛子、講談社文庫
8. 「歌い継ぐべき音楽とは何か」、内藤孝敏、祖国と青年、H11.5
9. 「『君が代』の思想」、長谷川三千子、正論、産経新聞、H11.6.7

_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/★★読者の声★★_/_/_/_/_/_/_/_/_/_/
★JOG(93)「君が代クイズ」について Shinさんより

   私は、今、韓国の大学に留学しています。実は、ここでよく君
  が代を歌うことがあります。国歌を歌い合うというコミュニケー
  ションはすごく自然なこととして、この国の人達は考えているよ
  うです。韓国だけでなく、おそらく世界中の国の常識なのでしょ
  う。
  
   今では、何の抵抗もなく歌えますが、最初歌ってくれと言われ
  たときは、とても驚き、すごく緊張して歌いました。なにせ韓国
  で韓国人を前にして君が代を歌うんですから。しかし、韓国の国
  歌を聞き、君が代を歌ったあと、とても気分が高ぶって、すごく
  気持ちがよかったです。その韓国人の友人とも親しくなれました。

   すべての韓国人が君が代を好きではないと思いますが、日本よ
  りは歌う機会が多いです。慌てて練習しました。ちょっと練習の
  ため君が代を口ずさんでいるのを聞かれたとき、もう一度歌って
  くれと言われました。先日も小学4年生と2年生の友達の妹に国歌
  を歌ってくれと言われて、お互いに歌いあいました。日本でも国
  歌を口ずさむことが自然になればいいと思います。

★編集長・伊勢雅臣: 韓国の国歌(愛国歌)は、次のような歴史
  と自然を讃える穏やかな歌詞です。君が代と歌い合うとさぞ良い
  組み合わせでしょう。

    東海の水が枯れ、白頭山がたとい消えても
    神は守り給わん 永遠の世を
    無窮花(むくげ) 三千里 華麗な江山
    大韓人 多いなれ 永久に育てん

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